145 / 276
第三部
44 エレナと別荘での思い出
しおりを挟む
お兄様はひとしきり、「あー。かわいい」だとか「あー。癒される」だとかのたまってアイラン様の膝枕でゴロゴロとしている。
ついつい「呆れた」と口から漏れ出てしまうくと、殿下も「そう……だな……」と応じて呟いた。
「何? 二人とも何か言いたいことあるなら、はっきり言えば?」
アイラン様に膝枕してもらったまま半眼でわたしと殿下を見つめているお兄様は、挑発するような態度だ。
殿下に対してもアイラン様に対しても不敬この上ない。
「ネネイがいないからって調子に乗って。だらしない格好で子供みたいに甘えたりして、みっともないわ」
はっきりと断言する。
「ふふ。子供みたい?」
お兄様はそう言って笑うと、寝転がったままアイラン様の黒髪を一房すくう。
真っ赤に染まっていくアイラン様に微笑みながら、黒髪に唇を落とした。
『エレナったら僕が子供みたいな振る舞いしてるだって。アイラン様はどう思う?』
『……とんでもないわ。大人よ』
新婚だ何だと騒いでいても、まだ十四歳のアイラン様には刺激が強すぎるんだろう。
顔を横に振る首筋まで赤くなっている。
「ほら。膝枕なんて婚約者らしい戯れだよ。ウェードだってそう思うでしょう?」
ハーブティーと焼き菓子の給仕をしているウェードにまで同意を求める。
「さあ、どうなのでしょう。私の妻は庶民の出なものですから、貴族の子息として一般的な婚約者というものに縁遠く、残念ながらエリオット様のご質問にお答えできるほどの経験を持ち得ておりませんね」
そう言って、給仕を終えたウェードはお辞儀をすると壁際で待機する。
この状態になったら、殿下のご用事でもないと、置物よろしく私たちが何を言っても答えてくれない。
お兄様はつまらなそうに唇を尖らせる。
わたしは、テーブルに刺繍枠を置き、ハーブティーをひと口飲んで無理やりにでもリラックスしようとする。
「じゃあ、ランスとかブライアンに聞いてみようかな」
新婚のランス様や、もうすぐ結婚するブライアン様なら、確かに質問相手として相応しいかもしれないけれど、この場に呼びつけてそんな質問されたりするのは針のむしろに違いないわ。
しつこいお兄様を睨む。
「やめてやれ。いいか、エリオット。別に私もエレナも膝枕をすること自体が子供のような振る舞いだと言いたい訳ではなく、だらしない姿で甘えるのは外聞が悪いと言いたいだけだ。するのであれば誰から見ても恥ずかしくない振る舞いを心掛けろ」
殿下はそう言ってご自身の膝の上で握る手に力をこめた。
「ふぅん。じゃあ手本を見せてよ」
「は?」
そう言ってお兄様は有無を言わせないくらいの満面の笑顔を浮かべた。
「さあ、早く。殿下は臣民の規範となるべきお方でしょう。ほら、僕に誰から見ても恥ずかしくない膝枕を教えてください。あ、それとも、やっぱり外聞のよい膝枕なんて殿下でも無理でしたか? できないことおっしゃるなんて殿下らしくもない。そんなことないですよね? どうなんですか?」
お兄様はアイラン様が自分のバックにいるからと強気だ。ニコニコと笑いながら責め立てる。
「……いま、この場でやりようがないだろう」
殿下は出来るとも出来ないとも言わずに、やりようがないことにして逃げようとする。
「殿下ったら何をおっしゃてるんですか? 殿下だって隣に婚約者がいるじゃない。むしろこの場以外にやる場があると思えませんけど? ほら、エレナ。殿下が外聞のよい膝枕の手本を僕に見せてくださるそうだから、殿下にお膝を貸して差し上げて?」
「えっ?」
「あの頃は毎日のようにしてたんだし、エレナは別に殿下に膝を貸すくらいは嫌じゃないでしょ?」
意地の悪い聞き方だ。そんな聞き方されて断ったら殿下に対して失礼な態度になる。
こんなことで不敬罪で訴えられたりしたら困るわ。
「……そりゃ、もちろん嫌な訳ないわ」
わたしはそう答えるしかない。
それなのに、隣に座っている殿下が両手で顔を覆い下を向くのが目の端にとまる。
呻き声のようなお腹から振り絞った深いため息が、わたしの返事を責めているように聞こえた。
「さあ、お手本をどうぞ」
こちらの気持ちも気にせずお兄様は、殿下に「ほら、ほら」と急かす。
「エレナ……すまない……」
殿下の苦しげな謝罪の声が聞こえた後、ポスっと私の眼下に淡い金色が広がった。
ついつい「呆れた」と口から漏れ出てしまうくと、殿下も「そう……だな……」と応じて呟いた。
「何? 二人とも何か言いたいことあるなら、はっきり言えば?」
アイラン様に膝枕してもらったまま半眼でわたしと殿下を見つめているお兄様は、挑発するような態度だ。
殿下に対してもアイラン様に対しても不敬この上ない。
「ネネイがいないからって調子に乗って。だらしない格好で子供みたいに甘えたりして、みっともないわ」
はっきりと断言する。
「ふふ。子供みたい?」
お兄様はそう言って笑うと、寝転がったままアイラン様の黒髪を一房すくう。
真っ赤に染まっていくアイラン様に微笑みながら、黒髪に唇を落とした。
『エレナったら僕が子供みたいな振る舞いしてるだって。アイラン様はどう思う?』
『……とんでもないわ。大人よ』
新婚だ何だと騒いでいても、まだ十四歳のアイラン様には刺激が強すぎるんだろう。
顔を横に振る首筋まで赤くなっている。
「ほら。膝枕なんて婚約者らしい戯れだよ。ウェードだってそう思うでしょう?」
ハーブティーと焼き菓子の給仕をしているウェードにまで同意を求める。
「さあ、どうなのでしょう。私の妻は庶民の出なものですから、貴族の子息として一般的な婚約者というものに縁遠く、残念ながらエリオット様のご質問にお答えできるほどの経験を持ち得ておりませんね」
そう言って、給仕を終えたウェードはお辞儀をすると壁際で待機する。
この状態になったら、殿下のご用事でもないと、置物よろしく私たちが何を言っても答えてくれない。
お兄様はつまらなそうに唇を尖らせる。
わたしは、テーブルに刺繍枠を置き、ハーブティーをひと口飲んで無理やりにでもリラックスしようとする。
「じゃあ、ランスとかブライアンに聞いてみようかな」
新婚のランス様や、もうすぐ結婚するブライアン様なら、確かに質問相手として相応しいかもしれないけれど、この場に呼びつけてそんな質問されたりするのは針のむしろに違いないわ。
しつこいお兄様を睨む。
「やめてやれ。いいか、エリオット。別に私もエレナも膝枕をすること自体が子供のような振る舞いだと言いたい訳ではなく、だらしない姿で甘えるのは外聞が悪いと言いたいだけだ。するのであれば誰から見ても恥ずかしくない振る舞いを心掛けろ」
殿下はそう言ってご自身の膝の上で握る手に力をこめた。
「ふぅん。じゃあ手本を見せてよ」
「は?」
そう言ってお兄様は有無を言わせないくらいの満面の笑顔を浮かべた。
「さあ、早く。殿下は臣民の規範となるべきお方でしょう。ほら、僕に誰から見ても恥ずかしくない膝枕を教えてください。あ、それとも、やっぱり外聞のよい膝枕なんて殿下でも無理でしたか? できないことおっしゃるなんて殿下らしくもない。そんなことないですよね? どうなんですか?」
お兄様はアイラン様が自分のバックにいるからと強気だ。ニコニコと笑いながら責め立てる。
「……いま、この場でやりようがないだろう」
殿下は出来るとも出来ないとも言わずに、やりようがないことにして逃げようとする。
「殿下ったら何をおっしゃてるんですか? 殿下だって隣に婚約者がいるじゃない。むしろこの場以外にやる場があると思えませんけど? ほら、エレナ。殿下が外聞のよい膝枕の手本を僕に見せてくださるそうだから、殿下にお膝を貸して差し上げて?」
「えっ?」
「あの頃は毎日のようにしてたんだし、エレナは別に殿下に膝を貸すくらいは嫌じゃないでしょ?」
意地の悪い聞き方だ。そんな聞き方されて断ったら殿下に対して失礼な態度になる。
こんなことで不敬罪で訴えられたりしたら困るわ。
「……そりゃ、もちろん嫌な訳ないわ」
わたしはそう答えるしかない。
それなのに、隣に座っている殿下が両手で顔を覆い下を向くのが目の端にとまる。
呻き声のようなお腹から振り絞った深いため息が、わたしの返事を責めているように聞こえた。
「さあ、お手本をどうぞ」
こちらの気持ちも気にせずお兄様は、殿下に「ほら、ほら」と急かす。
「エレナ……すまない……」
殿下の苦しげな謝罪の声が聞こえた後、ポスっと私の眼下に淡い金色が広がった。
23
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる