【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

文字の大きさ
186 / 276
第四部 

36 エレナと礼拝堂の子どもたち

しおりを挟む
 お兄様から馬車から降りるように声がかかる。

 開けられたドアの先には、いつも通りお兄様が笑顔でわたしに手を差し出している。
 ギュッとお兄様の手を握り、恐る恐る降りると祭司様と子どもたちがわたしを見て固まっていた。

「こんにちは。わたしはエレナ・トワインです。今日はみなさんにお会いするのを楽しみにしていました」

 淑女の礼をして顔を上げる。子どもたちは顔をこわばらせたままだ。
 わたしは少しでも悪い印象を払拭できるように微笑みを浮かべて子どもたちを見渡すと、今度は小さな女の子と目が合った。
 口角を上げてわたしができる一番優しい笑顔で見つめる。
 女の子は後ろを振り返り再びわたしを見て「……本物の女神さまがいる」と呟いた。
 わたしは女の子と一緒に入り口に立つ女神様の石像を見上げる。

 領地のお祭りで着る女神様の衣装を着たわたしは、編み込みしてアップにした髪型も、身につけるアクセサリーも完璧に再現されている。
 なんていったって今日の準備は有識者ユーゴ監修の元、侍女のメリーだけじゃなく屋敷のメイドたち総出だったもの。
 ここのところずっと王立学園アカデミーの制服ばかりだったうえに、女官見習いだからと髪型も地味だったから、みんな久しぶりのおめかしに全力で取り組んでくれた。だから異様に仕上がりがいい。

 大丈夫。
 みんながわたしを女神様に見えるようにしてくれた。
 あとは、こないだの領地のお祭りと同じように振る舞えばいいだけのことだもの。

「祭司様。この子たちに礼拝堂の案内をお願いしてもいいかしら? 子どもたちにお礼も用意しているのよ」

 固まってわたしたちを見ていた祭司様は、はっと我に返り笑顔で「もちろんです」と頷いた。
 聖職者だもの子どもたちの前でわたしの我儘を非難したりはしないだけの良識は持ち合わせていらっしゃるようだ。

 祭司様の返事に子どもたちは顔を輝かせてわたしの手を取る。
 ユーゴの言うように子どもたちはお菓子が配られるのを楽しみにしているのよ。
 もので釣るのは後ろめたいけれど、我儘なご令嬢だって思われるくらいなら女神様をやりきって見せる。

 わたしは子どもたちに引っ張られて歩き出した。


***


 豊穣を司る『恵みの女神様』は慈愛に満ちた母なる女神だ。
 女神様を讃える礼拝堂は慈善活動に力を入れていて、王都で一番大きな孤児院を運営している。とユーゴがさっき馬車で熱く語っていた。
 古いながらも館内は清潔で、暖かな自然光が照らしても気になるような汚れはない。

 子どもたちはわたしの手を引きいろんな部屋を紹介してくれる。
 祈りの場である礼拝堂に、子どもたちの居住スペース。
 孤児院は十二、三歳くらいまでの身寄りのない子供達のための施設だ。
 食堂や寝室、それに勉強をするための教室もある。

 外に連れ出されると、子どもたちが走り回るのに十分な広い庭だ。たくさんの子どもたちが庭で遊んでいる。
 その一角に洗濯物が風にたなびいていた。夏らしい濃い青の空に真っ白な洗濯物が眩しい。

 わたしと子供達の後をドヤ顔で歩いていたユーゴが恭しく籠をかかげる。

「女神の子どもたちにと、女神様が胡桃のケーキを持ってきてくれましたよ」

 意気揚々と言い放ち、わたしに籠を押し付けると子どもたちの誘導をはじめた。

 女神様をやり切る決意はしたけれど、ユーゴに煽られるのは違うと思う。
 お兄様に目で訴えるけど、祭司様と話し込んでいてこちらのことなんて気に留めてもいない。

 後でユーゴにもお兄様にもいっぱい文句言ってやる!

 わたしは籠を抱えて子供たちの元にむかう。
 子どもたちはユーゴの言うことをちゃんと聞き、整列してお菓子が配られるのを待っていた。
 寄付金で運営される孤児院は衣食住に困ることはなくても、お菓子を頻繁に食べることはできない。
 領地と同じように一人一人抱きしめてお菓子を配るとみんな嬉しそうに笑っている。

 そんななか、一人列に並ばずに壁に寄りかかっている少年がいた。
 馬車の中から目が合った少年だ。

「お菓子は要らないの?」

 わたしが近づいて声をかけると、少年はヒュッと息を吸った。
 怖がらせてしまったかしら。
 でも、お菓子をもらえる機会なんてそんなにないだろうから、この少年にも食べさせてあげたい。
 わたしがお菓子を渡そうとすると、少年はお菓子を押し返した。

「さっき、あの人がみんなに女神様からお菓子をもらえるのは女神様よりも小さな子どもたちだって。だからオレはもらえないんだ。それに、もうすぐ働きに出なきゃいけないしさ、もう子どもじゃないから」

 ちょっとだけわたしよりも背が高い少年はそう言って強がった。

 わたしは「愛されていない王太子殿下のかりそめの婚約者」なんていう破滅フラグが立ちまくった侯爵家のご令嬢に転生したことを嘆いていたけれど、目の前の少年にしてみれば恵まれた立場だ。
 自分のことばかり不幸だと思っていたのが急に恥ずかしくなる。
 この少年はまだ孤児院に保護されて命を脅かされることはない。きっともっと悲惨な人生を送っている子どもたちだって沢山いるはずなのに。

 わたしは補修用に積んであるレンガを手に取り、土の上に置く。
 二つ並べたくらいで大丈夫かしら。
 その上に乗り少年に笑いかける。

「まだ、わたしより小さな子どもよ」

 少年の手を取り胡桃のケーキを置く。

「お名前は?」
「……トビー……です」
「トビー。あなたの人生に幸多からんことを」

 わたしは少年──トビーのことを抱きしめた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】第一王子の婚約者になりましたが、妃になるにはまだまだ先がみえません!

風見ゆうみ
恋愛
「王族に嫁いだ者は、夫を二人もつ事を義務化とする」  第二王子の婚約者である私の親友に恋をした第三王子のワガママなお願いを無効にするまでのもう一人の夫候補として思い浮かんだのは、私に思いを寄せてくれていた次期公爵。  夫候補をお願いしたことにより第一王子だけでなく次期公爵からも溺愛される事に?!  彼らを好きな令嬢やお姫様達ともひと悶着ありですが、親友と一緒に頑張ります! /「小説家になろう」で完結済みです。本作からお読みいただいてもわかるようにしておりますが、拙作の「身を引いたつもりが逆効果でした」の続編になります。 基本はヒロインが王子と次期公爵から溺愛される三角関係メインの甘めな話です。揺れるヒロインが苦手な方は、ご遠慮下さい。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々
恋愛
    兄の婚約者を手に入れたい第二皇子ジェレミーと、特に何も考えていない鈍感令嬢リリアンの執着と苦悩の物語。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...