【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

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第四部 

39 エレナと流行りのお芝居

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 ──とある大陸の大国。その名もワーデン王国には、シルルという名前の王子様がいた。
 愛を知らずに育ち、感情のない王子様は悪辣な侯爵家の息子が企てた謀略に嵌り侯爵家の令嬢ヘレナと婚約を結ぶことになる。
 傲慢で不遜で気位が高いヘレナは我儘に育ち礼儀も知識も身についていない。
 そんな婚約者との政略結婚を甘んじて受け入れていた王子様は、ある日王宮で一人の少女と出会う。
 平民の女官見習いヘレンは、王子様の婚約者とよく似た名前だが、中身は全く違う。働き者で表情のくるくる変わる愛らしい少女だ。
 懸命に働く少女はいつの間にか王宮でも一目置かれるようになっていた。

 王子様が市井に視察をすることになり、平民出身である女官見習いの少女は案内係に抜擢される。
 少女との視察は王子様にとって衝撃的なものであった。
 活気の溢れる市場に見たこともない野菜や肉、魚が並ぶ。民は皆声を上げて笑っている。
 街には光があれば影もある。道を一本奥に入れば貧民街だ。
 精気のない顔に痩せぎすの体。
 自国の民にそんな人間がいることも知らずに育った事を王子様は悔やむ。
 そんな王子様に少女は「今から知ればいいんですよ」と励ました。

 王子様は民の暮らしを知るために少女に教えを乞う。
 勉強会と称したその時間は二人の間に愛を育むのに十分だった。
 二人の逢瀬を知り激怒したのは、王子様の婚約者だ。
 女官見習いの少女にありとあらゆる手で嫌がらせを始める。
 少女はそれでも逃げる事はなかった。王子様が民に目を向ける賢王になるための協力を続ける。
 業を煮やした王子様の婚約者は少女を階段から突き落とした。

 王子様は最愛の少女の生命の危機に立ち上がった。
 貴族が集まる舞踏会で婚約者の悪事を暴き断罪する。悪辣な侯爵家の兄妹は親からも見捨てられ、地下に投獄される。
 真実の愛を見つけた王子様は、最愛の少女と結婚し王国は栄え、賢王と呼ばれた──

「くだらないわ」

 ネリーネ様から芝居の内容を聞き終え、真っ先に口を開いたのはコーデリア様だった。
 人差し指で顎を支えて上を向く。半目で見下ろし冷ややかな声でそう吐き捨てた。
 コーデリア様のいつものツンツンは怒っているわけじゃない。単純に照れている時に心にもない事を口走っているだけだ。
 本当に怒るときは落ち着き払っている。まるで冷気が漂っているみたいだった。

「本当にこんなくだらないこと! 許せないわ!」

 そう言ってベリンダさんは力に任せてテーブルを拳で叩く。
 ドンと鈍い音がするものの、デスティモナ家の豪華で堅牢なテーブルはびくりともしない。
 拳は痛くないのかじっと手元を見つめるけれど、ベリンダさんの拳もびくともしていないようだった。

 ミンディさんもネリーネ様も怒りをあらわにしている。

 最初ネリーネ様の話す芝居の内容や、わたしや殿下をを仄めかすような登場人物の名前を聞いて悲しかったり腹立たしかったりしたけれど、わたし以上に怒ってくれる人達がいると、妙に冷静になってくる。

 前世の記憶を思い出したから耐えられるのかしら。エレナのままだったら耐えられずに泣いていた?
 わたしは自分がエレナとして育った記憶をたくさん思い出している。
 もちろん忘れていることもあるけれど、それは時間経過が原因なものばかり。
 どうしても思い出そうとして思い出せない記憶があるのは殿下と婚約をしたあとの一年程度だけだ。それでもその一年のピースは少しずつ埋まっているように感じる。

 わたしはそんな事を考えながら、一人冷静なメアリさんを見つめる。

「メアリさんはこんな芝居が市井で流行ってるってご存知だったの?」
「……そうですね。婚家は繁華街に何軒も店を持ってますので嫌でもいろんな情報が入ってきますから、内容はなんとなく。でも見にいった事はありませんよ」

 後ろめたそうなメアリさんの手を取る。

「市井の皆さんはこの物語をどう思っているかはご存知?」

 メアリさんは何も言わない。

「こんなくだらない芝居、気にする必要ないわ。貴女は物語の登場人物なんかじゃないんだから」
「そうですよ! 私たちはエレナ様が物語の悪役令嬢じゃないってわかってます」
「わたしたちはエレナ様の味方です!」

 口々に励ましてくれるみんなの顔を見ていると嬉しくて泣いてしまいそうになる。
 でも、きっと泣いたらみんなに心配かけちゃうわ。
 わたしは唇を噛み締めてぐっと泣くのを我慢する。

「ですから、わたくしエレナ様の役に立てればと思いましたの! くだらない芝居でくだらない噂を増長するのでしたら、もっと大きな噂話を流せばいいんですわ!」

 そう言ってネリーネ様は思い切り胸を張った。
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