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第四部
44 エレナと胡桃が実る時期
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「へえ。ユーゴが興奮してたからどんなドレスかと思ったら、ネリーネ嬢もなかなか面白いこと考えるね。いいじゃない着ていけば」
朝の紅茶は少し濃いめに入れるので、茶葉の匂いが部屋いっぱいに漂う。
「……着替え前のレディの部屋にいつまで居座るおつもりですか?」
「別にいいじゃない。着替えるのは支度部屋でしょ?」
これから女神様の礼拝堂にいくためにわたしは着替えなきゃいけないのに。
お兄様は気にもせず、わたしの部屋で優雅に紅茶を飲んで寛いでいる。
他人にはデリカシーだなんだいうくせに、自分は適当だ。
「それに僕がここで見張ってないと、エレナは違う服を着ちゃいそうだからさ」
「見張ってなくてもメリーがやる気だもの。わたしがどれだけ足掻いてもどうにもならないわ。わたしは違う服が着たいのに」
振り返らなくても、わたしの後ろでやる気満々のメリーの気配を感じる。
多分腕まくりしているに違いない。
「なんで渋ってるの? 別にそのままなら普段着にしか見えないし、ユーゴが女神様の格好に変身をさせたいのは子供達の前でしょ」
「それは、そうなんですけど」
わたしは下を向く。
ネリーネ嬢から「女神様」だと思っているなんて言われて贈っていただいたデイ・ドレスは嬉しいけれど、わたしには重荷だ。
だってわたしは「女神様」なんかじゃない。
前世はただのオタクだし、今世は市井で嫌われている小太りの醜女で我儘で癇癪持ちで殿下の婚約者に固執している悪役令嬢だもの。
お兄様はティーカップを置いて、わたしの隣に座り直した。
顔を上げると、わたしを優しく見つめている。
「トビーの奉公先が決まったから、今日で会えるのは最後だってよ。女神様の格好して幸せを祈ってあげたら?」
「そう。決まったのね……わかったわ」
頷いたわたしをお兄様は胸に抱き寄せた。
トビーは孤児院の最年長の少年だ。わたしよりもちょっぴりだけ背が高い。
初めて会ったときは身構えていたけれど、わたしがレンガを踏み台にしてお菓子を配ってから、いろいろ話をしてくれるようになった。
本当は騎士になりたいけど、王都の商店で働くことになったと聞いている。
わたしは幸せを願うだけで、夢を叶えてあげることはできない。
お兄様は、わたしが落ち込んでいるときは優しく甘やかしてくれる。
前世の記憶を思い出してすぐはドキドキしたけれど、今は穏やかに身を委ねることができる。穏やかな胸の鼓動を聞きながら深呼吸をした。
頭を撫でる手は、わたしの呼吸にあわせてくれている。優しくて温かい。
「それにさ。機は熟したから」
「機は熟した? どういう事ですか?」
「……もうすぐ胡桃が実る時期だってことかな。さあ、着替えておいで」
お兄様は意味深なことを呟いてわたしのことを支度室に送り出した。
***
「エレナ様! こっち!」
子どもたちが元気な声で出迎えてくれる。いつも元気だけど、今日はみんな一段と興奮している。
顔見知りになった女の子たちが馬車から降りたばかりのわたしの手を引っ張って走り出す。
珍しくついてきてくれたお兄様は「お淑やかにねー」なんて暢気に言っている。
普段は食堂室か子供達が遊ぶのに使う広間に通されるのに今日は通り過ぎる。
「ねえ、どこに行くの」
わたしの質問に女の子達は「はやく」「はやく」と急かすばかりで何も説明してくれない。
ネリーネ嬢からいただいたデイ・ドレスは普段着にしか見えないはずだから、わたしが女神様の格好でお菓子を配るとは思っていないはず。
何にこんなに興奮しているのかしら。
子供たちの勉強に使う教室の前にとまると、ドアを開けるように促される。
言われるがままドアをあけると、金髪の青年がポスターを貼っていた。
──えっ?
祭司様は恐縮しきりで焦っている。
そりゃ焦るに違いない。
「ほら、機が熟して殿下に会えたでしょ?」
入り口で立ち止まるわたしの後ろから聞こえる暢気そうな声。その声に振り返ったのは殿下だった。
朝の紅茶は少し濃いめに入れるので、茶葉の匂いが部屋いっぱいに漂う。
「……着替え前のレディの部屋にいつまで居座るおつもりですか?」
「別にいいじゃない。着替えるのは支度部屋でしょ?」
これから女神様の礼拝堂にいくためにわたしは着替えなきゃいけないのに。
お兄様は気にもせず、わたしの部屋で優雅に紅茶を飲んで寛いでいる。
他人にはデリカシーだなんだいうくせに、自分は適当だ。
「それに僕がここで見張ってないと、エレナは違う服を着ちゃいそうだからさ」
「見張ってなくてもメリーがやる気だもの。わたしがどれだけ足掻いてもどうにもならないわ。わたしは違う服が着たいのに」
振り返らなくても、わたしの後ろでやる気満々のメリーの気配を感じる。
多分腕まくりしているに違いない。
「なんで渋ってるの? 別にそのままなら普段着にしか見えないし、ユーゴが女神様の格好に変身をさせたいのは子供達の前でしょ」
「それは、そうなんですけど」
わたしは下を向く。
ネリーネ嬢から「女神様」だと思っているなんて言われて贈っていただいたデイ・ドレスは嬉しいけれど、わたしには重荷だ。
だってわたしは「女神様」なんかじゃない。
前世はただのオタクだし、今世は市井で嫌われている小太りの醜女で我儘で癇癪持ちで殿下の婚約者に固執している悪役令嬢だもの。
お兄様はティーカップを置いて、わたしの隣に座り直した。
顔を上げると、わたしを優しく見つめている。
「トビーの奉公先が決まったから、今日で会えるのは最後だってよ。女神様の格好して幸せを祈ってあげたら?」
「そう。決まったのね……わかったわ」
頷いたわたしをお兄様は胸に抱き寄せた。
トビーは孤児院の最年長の少年だ。わたしよりもちょっぴりだけ背が高い。
初めて会ったときは身構えていたけれど、わたしがレンガを踏み台にしてお菓子を配ってから、いろいろ話をしてくれるようになった。
本当は騎士になりたいけど、王都の商店で働くことになったと聞いている。
わたしは幸せを願うだけで、夢を叶えてあげることはできない。
お兄様は、わたしが落ち込んでいるときは優しく甘やかしてくれる。
前世の記憶を思い出してすぐはドキドキしたけれど、今は穏やかに身を委ねることができる。穏やかな胸の鼓動を聞きながら深呼吸をした。
頭を撫でる手は、わたしの呼吸にあわせてくれている。優しくて温かい。
「それにさ。機は熟したから」
「機は熟した? どういう事ですか?」
「……もうすぐ胡桃が実る時期だってことかな。さあ、着替えておいで」
お兄様は意味深なことを呟いてわたしのことを支度室に送り出した。
***
「エレナ様! こっち!」
子どもたちが元気な声で出迎えてくれる。いつも元気だけど、今日はみんな一段と興奮している。
顔見知りになった女の子たちが馬車から降りたばかりのわたしの手を引っ張って走り出す。
珍しくついてきてくれたお兄様は「お淑やかにねー」なんて暢気に言っている。
普段は食堂室か子供達が遊ぶのに使う広間に通されるのに今日は通り過ぎる。
「ねえ、どこに行くの」
わたしの質問に女の子達は「はやく」「はやく」と急かすばかりで何も説明してくれない。
ネリーネ嬢からいただいたデイ・ドレスは普段着にしか見えないはずだから、わたしが女神様の格好でお菓子を配るとは思っていないはず。
何にこんなに興奮しているのかしら。
子供たちの勉強に使う教室の前にとまると、ドアを開けるように促される。
言われるがままドアをあけると、金髪の青年がポスターを貼っていた。
──えっ?
祭司様は恐縮しきりで焦っている。
そりゃ焦るに違いない。
「ほら、機が熟して殿下に会えたでしょ?」
入り口で立ち止まるわたしの後ろから聞こえる暢気そうな声。その声に振り返ったのは殿下だった。
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