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第四部
50 王太子妃殿下付き筆頭侍女候補リリアンナの回想【サイドストーリー】
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「お疲れ様。首尾はどうだったの?」
予定通りシリルの元にエレナを連れてきたエリオットにリリアンナは労いの声をかける。
「さぁ? どうだろうね?」
「……エリオットはなにしに来たの」
「リリアンナに会いにかな? って痛っ」
リリアンナが幼馴染の暢気な返事に呆れた時にはすでに、夫のランスは拳を握りしめエリオットは頭をさすっていた。
「ランスったら痛いよ! 乱暴な男は女の子にモテないんだからね!」
「……俺はもう女性にモテる必要はないから構わない」
「えー? ねぇ、リリィ。夫が女の子から相手にされずに疎まれたりしていたら嫌じゃない?」
「それは程度によるとしか言えないわ」
モテる必要はないけれど疎まれる必要もない。ほどほどが丁度よい。
リリアンナはそんなことを考えながら、焼き菓子に手を伸ばす。エレナが配る予定の胡桃のケーキの味見だ。
エリオットが付いてくるということでかなり多めに用意されていた。
一口かじると、いつも冷静なリリアンナの頬も自然と緩む。
空気をたっぷり含ませたバターに蜂蜜に卵。胚芽混じりの小麦粉にたっぷり入った香ばしい胡桃。全体的に甘いケーキにアクセントのレーズンの酸味が嬉しい。
全てトワイン産の食材でまかなわれているという素朴な見た目のケーキは、王都の菓子店が一から材料を揃えて作ったら、どれほどの金額がかかるだろうか。
(あの日食べたクッキーとどちらが値が張るかしら。あのクッキーは見た目の繊細さも見事だったけれどスパイスが効いていて美味しかったわね。もう少し食べたかったわ)
リリアンナは、ネリーネが持参したクッキーのことと共にあの日王宮で話していた内容を思い出した。
***
「それにしても、トワイン領で余る毛糸の活用として『水着』とやらを作るために、毛編生地工場を建設して大量生産したものをイスファーンに輸出だなんて、エリオットもよく思いつくわね」
エレナがネリーネにトワイン領に作る工場への出資についての提示をするため机の上に広げていた見本の水着を一枚手に取る。
「僕じゃないよ、考えたのは──」
「エレナだろう?」
エリオットの否定にシリルが被せる。
「昨年エレナの誕生日を祝うために私がトワイン侯爵家本邸に招かれた際、エレナに『領地で困り事はないか』と尋ねたのだ。『領地で羊がたくさん産まれて、羊毛が余っている。このままでは肥料にするしかないけれど、領地に役立つ製品を考えたいの』なんて相談してきたのだ。あの当時陛下の側近どもは私の婚約者探しだとかいいながら、政敵にならないような自分たちに都合のよいご令嬢ばかりを集めたくだらぬ茶会が開かれていただろう? ご令嬢たちはみな領地について聞かれても父親や兄任せで何も答えられなかった」
「今まで遠巻きに顔を拝んだことしかない王太子様から、急にそんな質問されたら緊張してなにも答えられないのが普通よ」
しかも無駄に顔が整っている。リリアンナからすれば白々しい作り笑顔も、年頃のご令嬢からすれば美麗な王子様の微笑みは緊張に拍車をかけるだけだ。
「しかし、その時エレナは聡明な瞳をまっすぐ私に向け、そういったのだ。おそらくトワイン侯爵やエリオットに尋ねれば異なる回答であったろう。それでも自分なりの考えを持ち私にぶつけてきた──」
リリアンナのツッコミを聞こえないふりしてシリルはまだ熱く語り続けている。
「自分が一番の理解者だみたいな顔してエレナについて熱く語っちゃってさ、いまさら腹立たしいと思わない? だって婚約の申し出をした後、いくらだってエレナに会って話す機会はあったんだよ? いまだって、本人目の前にしたら気取って王子様ぶっちゃってまともな会話はできないしさ」
「だからってそんな冷たい目を向けたりしないのよ。エリオットだって一応シリルに仕えることになるんでしょう?」
自分も冷めた目でシリルを眺めているのを棚に上げて注意する。ランスから口を慎めという視線を感じるけれど、リリアンナは口が軽い幼馴染を注意した側だ。
口を尖らせているエリオットの方が不敬だ。
しかしながらエリオットはシリルからの重たすぎる手紙の存在を知らないのだから、不敬な態度は仕方のないことなのかもしれない。リリアンナは助け舟を出すことにした。
「それに、シリルはシリルなりにエレナ様に思いを伝えようとしていたわよ。届かなかったけど」
「届かなかった? どういうこと?」
「シリルが今語ってるようなことを、婚約が決まってから何枚も便せんに書き連ねてエレナ様宛に送ってるのよ。エレナ様はお読みになってないみたいだけど。まあ、あんな手紙お嬢様宛に送られてもお渡ししたくないっていうトワイン家の皆様のお気持ちは察するわ」
「手紙? なにそれ? そういやさっきもリリィが殿下に手紙がどうとか言ってたけど。我が家に殿下からエレナ宛に渡したくなくなるような手紙が届いたなんて聞いてないよ」
「そりゃエリオットは去年寮暮らしでトワイン侯爵家の本邸なんて数えるほどしか帰ってないんだから知らなくて当然でしょう?」
「いや、まあ本邸にあまり戻ってなかったのはそうなんだけど、僕は父上たちや家令からは殿下からなんの音沙汰もないって聞いてたよ? ちょうど家令が王都に来るから念のため確認するけど、聞いてた話と違いすぎるよ」
「でも、シリルが手紙を書いていたのは本当よ。私は添削を頼まれたもの。添削前の手紙ならまだあるわよ? 証拠に持ってくるわ」
リリアンナは、まだブツブツと自分の婚約者の聡明さを語り続けている幼馴染を置いて、使用人寮に向かった。
予定通りシリルの元にエレナを連れてきたエリオットにリリアンナは労いの声をかける。
「さぁ? どうだろうね?」
「……エリオットはなにしに来たの」
「リリアンナに会いにかな? って痛っ」
リリアンナが幼馴染の暢気な返事に呆れた時にはすでに、夫のランスは拳を握りしめエリオットは頭をさすっていた。
「ランスったら痛いよ! 乱暴な男は女の子にモテないんだからね!」
「……俺はもう女性にモテる必要はないから構わない」
「えー? ねぇ、リリィ。夫が女の子から相手にされずに疎まれたりしていたら嫌じゃない?」
「それは程度によるとしか言えないわ」
モテる必要はないけれど疎まれる必要もない。ほどほどが丁度よい。
リリアンナはそんなことを考えながら、焼き菓子に手を伸ばす。エレナが配る予定の胡桃のケーキの味見だ。
エリオットが付いてくるということでかなり多めに用意されていた。
一口かじると、いつも冷静なリリアンナの頬も自然と緩む。
空気をたっぷり含ませたバターに蜂蜜に卵。胚芽混じりの小麦粉にたっぷり入った香ばしい胡桃。全体的に甘いケーキにアクセントのレーズンの酸味が嬉しい。
全てトワイン産の食材でまかなわれているという素朴な見た目のケーキは、王都の菓子店が一から材料を揃えて作ったら、どれほどの金額がかかるだろうか。
(あの日食べたクッキーとどちらが値が張るかしら。あのクッキーは見た目の繊細さも見事だったけれどスパイスが効いていて美味しかったわね。もう少し食べたかったわ)
リリアンナは、ネリーネが持参したクッキーのことと共にあの日王宮で話していた内容を思い出した。
***
「それにしても、トワイン領で余る毛糸の活用として『水着』とやらを作るために、毛編生地工場を建設して大量生産したものをイスファーンに輸出だなんて、エリオットもよく思いつくわね」
エレナがネリーネにトワイン領に作る工場への出資についての提示をするため机の上に広げていた見本の水着を一枚手に取る。
「僕じゃないよ、考えたのは──」
「エレナだろう?」
エリオットの否定にシリルが被せる。
「昨年エレナの誕生日を祝うために私がトワイン侯爵家本邸に招かれた際、エレナに『領地で困り事はないか』と尋ねたのだ。『領地で羊がたくさん産まれて、羊毛が余っている。このままでは肥料にするしかないけれど、領地に役立つ製品を考えたいの』なんて相談してきたのだ。あの当時陛下の側近どもは私の婚約者探しだとかいいながら、政敵にならないような自分たちに都合のよいご令嬢ばかりを集めたくだらぬ茶会が開かれていただろう? ご令嬢たちはみな領地について聞かれても父親や兄任せで何も答えられなかった」
「今まで遠巻きに顔を拝んだことしかない王太子様から、急にそんな質問されたら緊張してなにも答えられないのが普通よ」
しかも無駄に顔が整っている。リリアンナからすれば白々しい作り笑顔も、年頃のご令嬢からすれば美麗な王子様の微笑みは緊張に拍車をかけるだけだ。
「しかし、その時エレナは聡明な瞳をまっすぐ私に向け、そういったのだ。おそらくトワイン侯爵やエリオットに尋ねれば異なる回答であったろう。それでも自分なりの考えを持ち私にぶつけてきた──」
リリアンナのツッコミを聞こえないふりしてシリルはまだ熱く語り続けている。
「自分が一番の理解者だみたいな顔してエレナについて熱く語っちゃってさ、いまさら腹立たしいと思わない? だって婚約の申し出をした後、いくらだってエレナに会って話す機会はあったんだよ? いまだって、本人目の前にしたら気取って王子様ぶっちゃってまともな会話はできないしさ」
「だからってそんな冷たい目を向けたりしないのよ。エリオットだって一応シリルに仕えることになるんでしょう?」
自分も冷めた目でシリルを眺めているのを棚に上げて注意する。ランスから口を慎めという視線を感じるけれど、リリアンナは口が軽い幼馴染を注意した側だ。
口を尖らせているエリオットの方が不敬だ。
しかしながらエリオットはシリルからの重たすぎる手紙の存在を知らないのだから、不敬な態度は仕方のないことなのかもしれない。リリアンナは助け舟を出すことにした。
「それに、シリルはシリルなりにエレナ様に思いを伝えようとしていたわよ。届かなかったけど」
「届かなかった? どういうこと?」
「シリルが今語ってるようなことを、婚約が決まってから何枚も便せんに書き連ねてエレナ様宛に送ってるのよ。エレナ様はお読みになってないみたいだけど。まあ、あんな手紙お嬢様宛に送られてもお渡ししたくないっていうトワイン家の皆様のお気持ちは察するわ」
「手紙? なにそれ? そういやさっきもリリィが殿下に手紙がどうとか言ってたけど。我が家に殿下からエレナ宛に渡したくなくなるような手紙が届いたなんて聞いてないよ」
「そりゃエリオットは去年寮暮らしでトワイン侯爵家の本邸なんて数えるほどしか帰ってないんだから知らなくて当然でしょう?」
「いや、まあ本邸にあまり戻ってなかったのはそうなんだけど、僕は父上たちや家令からは殿下からなんの音沙汰もないって聞いてたよ? ちょうど家令が王都に来るから念のため確認するけど、聞いてた話と違いすぎるよ」
「でも、シリルが手紙を書いていたのは本当よ。私は添削を頼まれたもの。添削前の手紙ならまだあるわよ? 証拠に持ってくるわ」
リリアンナは、まだブツブツと自分の婚約者の聡明さを語り続けている幼馴染を置いて、使用人寮に向かった。
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