【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

文字の大きさ
201 / 276
第四部 

51 王太子妃殿下付き筆頭侍女候補リリアンナの回想【サイドストーリー】

しおりを挟む
「こんなのが王立学園アカデミーが休みのたびにエレナ様に届いていたはずよ」
「こんなの……」

 シリルの呟きは聞こえないふりをして、以前添削を頼まれた時に預かったままの手紙をエリオットに渡す。エリオットは受け取ると無言で読み始めた。

「……リリィ。こんなシリルの恥になるようなもの残しておいてどうするつもりだったんだ」
「やだ。握れる弱みは握っておくのは当たり前のことよ」

 夫のランスに小言を言われてリリアンナは言い返す。忠誠を尽くすだけなら馬鹿でもできる。何事も万が一に備えておかねば生き抜けない。
 妻に熱い視線を送られているのに愛する夫は寒気をしたように身体をぶるりと震わせた。リリアンナは口の動きだけで「愚か者」と伝えた。

 シリルは先ほどから神妙な顔で手紙を読み進めるエリオットを見つめている。手紙に対する評価は、リリアンナのこき下ろしかシリルの侍従でリリアンナの兄であるウェードの絶賛しか聞いていないはずだ。
 エレナに一番近いエリオットの評価が気になってしょうがない様子だった。
 分厚い便せんの束を読み終わったエリオットは封筒に戻し机に置く。リリアンナは素早く回収した。

「やはり、トワイン侯爵家の使用人たちも、私の手紙はエレナに読ませられないと判断したのだろう」
「うーん。うちの使用人たちはこの手紙を受け取ったら、エレナに渡すと思いますけど」

 自嘲気味のシリルの顔が、エリオットの発言でパッと明るくなる。

「そうか! リリィは重たいなどと言うが、婚約者に送る手紙としたら普通だろう? ほらウェードの方が正しかったのではないか」
「あ、それは僕はリリィと同意見だよ。子供の頃の思い出話を運命にこじつけて執着してるのは重たいもん」

 項垂れるシリルのことなど気にせずエリオットは「やっぱりデスティモナ家が用意するとお菓子も贅を尽くしてるよね」などと言いながら再び差し入れのクッキーに手を伸ばす。リリアンナは少しは残しておくように睨んだ。

「……でも、僕からしたら重いけど、ウェードにしたら生きてるだけで尊い殿下の思いは相手が受け止めて当然なわけでしょう? うちの使用人ノヴァやメリーにしたらエレナは生きているだけで愛されて当然の存在だから、殿下がエレナに執着することに多分なんの違和感も感じないと思うよ」

 エリオットはたいした事じゃないかのようにそう言うと、最後の一枚を手に取って頬張った。

「あ」
「え? なに?」
「んんっ。いいえ。シリルの手紙を隠しているのがトワイン侯爵家でないなら手紙はどこにあるというの?」
「どこにって王宮内のどこかじゃないの?」
「まさか!」
「ほら、ちょっと前まで殿下担当の文書係はモーガンだったじゃない。殿下にさっさと署名しろって詰め寄っていたし、公的な書類だけ渡して私的な手紙は後回しにでもしていたんじゃない?」
「……あの男は書類の確認などしない。私宛の書類は全てそのまま持ってくるような男だ。公的な書類と私的な手紙を分けるような手間をかけるとは思えない」

 この一年シリルの執務が増えていた原因の一つだ。本来各部署で稟議し、シリルや王弟殿下、宰相閣下に国王陛下が決裁する書類も、宛名の中にシリルの名があると言うだけで全てシリルの元に届けていた。
 差し戻したくとも署名をしろと詰める文書係相手に話は通じない。シリルが決裁して問題がないのか、自分が承認して王弟殿下や国王陛下に決裁いただいて問題ないのか、シリルが自ら確認する羽目になっていた。

「それに、私たちが文書係の業務を担った時にもシリル宛の私的な手紙は見ていないわ」

 四人で顔を見合わせる。

「逓信省に確認が必要ね」

 逓信省は国内の郵便制度を司る。王宮内の事務方として文官が機密書類の輸送には武官が関わる。国内の各領地に張り巡らせた郵便網は各領主たちの関わりも深い。多種多様な立場の人間が関わるため多くの陰謀が渦巻いていてもおかしくない。

「まずは、殿下宛の手紙が今でも本当に届かないのか調べてからだね」

 エリオットの発言に頷き四人で計画を立てる。

 エリオットとエレナの名前でそれぞれ、シリル宛ての他、念のため従者のウェードと側近のランス宛てにも手紙を送る。
 ウェードとランスに宛てて手紙を送るのは誰でもすぐに思いつく抜け穴だ。
 シリル宛ての手紙が届かないことに作為的なものがあるのなら全て届かないはず。ランスは言われてみれば私的な手紙が届かないような気がするなどと言っている。

(友好関係の狭さが裏目に出たのね)

 リリアンナは夫を憐みの目で見つめる。
 もちろんリリアンナには王立学園アカデミー時代の友人たちから近況を知らせる手紙が宿舎宛てに届いている。
 エリオットからの手紙であればリリアンナに届く可能性は高い。

 七通の手紙にはそれぞれ別の日のエレナの予定を書き記し、その予定の日に現地にいるかいないかで手紙が届いているか確認することにした。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。 唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。 だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。 プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。 「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」 唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。 ──はずだった。 目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。 逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。

処理中です...