【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

文字の大きさ
256 / 276
第五部

50 エレナ、殿下とお忍びで視察する

しおりを挟む
 到着したのはまるで百貨店デパートのような大きな建物だった。
 馬車から降りた人物に少し慌てた表情のドアマンが慇懃に扉を開く。一階は宝飾品や美術品のフロアだ。
 上を見上げれば吹き抜けに大きなシャンデリア。足元はふかふかの絨毯が敷き詰められている。待ち構えていた店員に挨拶をして奥へと進む。

「私どもは王都で古くからある商会として貴族の皆様にご贔屓いただき御用聞きを中心とした商売をしております。現在力をつけてきた中産階級相手にも商売を広げております。この店舗はその中産階級に向けて開かれた店舗です」

 店員が説明しながら歩くのを聞くながら着いていく。
 たくさん陳列された宝飾品の前には女性店員が立ち、着飾ったご婦人に鏡の前で試着するように勧めている後ろを通る。

「真珠の装飾品が多いのですね。それにイスファーンを意識した意匠デザインが多く感じます」

 アイラン様がよく身につけている額飾りサークレットに似ている。

「はい。今までの天然真珠は高価だったため、資金力のある貴族の方くらいしか手にすることが難しかったのですが、養殖真珠が流通したおかげでお求めやすい価格でご紹介することができるようになりました」

 店員の話に値札を見る。

「それでも高級なのね」

 お求めやすいなんて聞いたけど庶民じゃ手が出ないほどの金額なのは世間知らずなわたしでも理解できる。
 前にハロルド様が真珠の宝飾品を流行らせるために購入をおすすめされたけど、安請け合いしなくてよかった。

「贈ろうか?」

 小声で殿下に聞かれて見上げる。

「理由もないのに贈っていただくなんてわたしには身分不相応です」

 そりゃ殿下にしたら安いんだろうけど、こんな高いものホイホイ買ったりしたら反感買うわ。
 慌てて断ると殿下の顔が耳元に近づく。「真珠が手に入りやすくなったのは、民のためにシーワード子爵の不正を暴くべきだと背中を押してくれたのがきっかけなのだから。遠慮することはないんだよ」と甘い声。心臓が跳ねる。
 調子に乗ったらダメよ。
 わたしは「不正を暴くように」と騒いだだけで、何もしていない。知らない間に殿下達がやってくれたことだ。

「……わたしはいただいたイヤリングだけで充分です」
「そう?」

 着飾ったご婦人も上品そうな店員もこちらを見て顔を赤くして口をぽかんと開けている。

「邪魔をしてしまったかな。もう移動するので気兼ねせずゆっくりと買い物を楽しんでもらいたい」
「はっはい」

 突然王太子殿下に話しかけられて驚いたのか、真っ赤な顔の二人は頷くだけしかできない様子だった。

 階段を上がると今度は服飾フロアだ。
 いろとりどりのドレスをまとうトルソーが並んでいる。

「あまりあちこち見回さないように願います」
「はっはい」

 つい物珍しくてキョロキョロしていたのをリリィさんに窘められる。
 そうよね。物珍しげにしていたら、普段買い物をしていないのがバレてしまう。
 だって普段買い物に出かけたりしないし、使用人がなんでも用意してくれるんだもの。
 イスファーン王国の大使を歓迎する歓迎式典に参加した時にデイ・ドレスをいくつもあつらえた時はお店の人が屋敷まで来てくれたし、王立学園アカデミーでスピカさんたちに差し入れをする時だってメアリさんを通じて頼んでいるだけだもの。
 でも、あまり落ち着きがないのはいけない。殿下の付き添い人として不自然すぎる。
 わたしは姿勢を正して前を向いた。

 販売フロアの奥に重厚な扉。店員がノックの後に扉を開いた。
 渋い白髪の細身なおじさまが出迎えてくれる。

「よくいらしてくださいました」

 お得意様用の応接室に通される。

「王太子殿下に侯爵家の方まで足を運んでいただけるだなんて身に余る光栄でございます」

 あら。商会長にはわたしの素性が知らされているのね。

 そう思ってわたしが挨拶しようとすると、渋オジの視線はわたしを素通りしてステファン様に釘付けだった。
 ステファン様はマグナレイ侯爵家の傍系である男爵家の出だと聞いている。

 ステファン様経由でマグナレイ侯爵に繋がろうとしてるってことか。
 やっぱり、わたしは素性がバレないように振る舞った方がいいのね。

 商会長が殿下やステファン様に向けて説明するのを隣で大人しく聞くことにした。



 帰りがけ、美術品が売られるフロアにでたくさんの絵画が置かれているのを見学した。
 油絵の風景画が多いけど、多色刷の版画は人物が多い。
 オペラの歌姫たちと思われる美人画に混じり見慣れた顔の王侯貴族をモデルにした版画も並ぶ。
 あの版画は絶世の美女と名高いコーデリア様だ。婚約者のダスティン様と並ぶ姿絵まである。
 国王陛下や殿下の姿絵、それに王宮で女官達から人気のあった王弟殿下の姿絵も。
 あれはお兄様とアイラン様だわ。
 もともとお兄様は市井でも人気があったらしいんだけど、アイラン様とボルボラ諸島で執り行われた婚約式から益々人気が出たと王立学園アカデミーのご令嬢達が教えてくれたのを思い出す。
 口を開けば暢気なお兄様と騒がしいお姫様も、絵なら見た目通り柔和なイケメンと華やかな美少女でしかないもの。
 目の保養になる。

 そんななかでとても気になるのが……
 少しイケメンに描かれたステファン様と結婚衣装ウェディングドレスをきた金髪の美少女の姿絵だった。

「えっ? もしかしてネリーネ様?」

 隣のリリィさんに小声でたずねる。

「ええ。そうですね。ああ、そうでした。街の噂はあまり知らされないんですよね。ステファン様とネリーネ様の姿絵が一番人気みたいですね。少し前まではエリオット様のご婚約を祝福する姿絵ばかり溢れていたんですけど。まぁ、お二人の結婚式はそれはもう王都がひっくり返るんじゃないかと思うほどの大事件だったので当然かと」
「どういうこと?」
「ネリーネ様は『社交界の毒花』なんて異名がつくほど悪い意味で有名だったのですが、結婚式で見せた素顔に驚かされただけでなく、子どものいないマグナレイ侯爵がステファン様を侯爵家の跡取りに指名されたのです」
「まぁ、そんな事があったのね」

 初耳だ。
 そうか。それで商会長はステファン様に媚を売っていたのか。

 店内を見回す。
 もちろん殿下のことにも気がついているとは思うけど……
 客の多くはステファン様に注目している。姿絵に描かれている有名人が目の前にいることに動揺している様子だった。

「わかったわ。木を隠すなら森ってことね」
「どういうことですか?」
「つまり、わたしたちよりも騒がれる人がいればそちらに気を取られて目立たなくなるってことでしょう? リリィさんが考えてくれたの? ありがとう」
「……まあ、可愛いらしいのでそういうことにしておきますね」
「え?」
「さあ、次は少し街中を歩いてみましょう」

 リリィさんは口の端を少し上げてわたしの背中を押した。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。 唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。 だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。 プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。 「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」 唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。 ──はずだった。 目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。 逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。

処理中です...