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第五部
51 王太子妃筆頭侍女候補リリアンナの画策【サイドストーリー】
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十年ほど前、はやり病で活気を失っていた王都も今は昔。市井はかっての勢いを取り戻し、今はいくつもの大商会が群雄割拠の様相をていしている。
リリアンナが訪れたのは王都で名だたる商会の一つだ。
目の前に座る商会長はこちらが名乗った「王太子殿下付き」の名に媚びることはない。
要件を伝えると笑顔で話を逸らされ煙に巻かれる。
本題に辿り着かぬまま雑談ばかりで無駄に時間が過ぎていく。
隣に座る不愛想な夫に期待をしても無駄だ。リリアンナは微笑み商会長と目を合わせた。
「──そういえば、一部の王宮官吏たちに広がる噂話をご存じですか」
「王宮官吏たちの噂話ですか。まことに言いづらいのですが、私どもの店は社交シーズンに王都までいらっしゃる上位貴族の方々の御用聞きが中心でございますし。新たな事業として開きました百貨店は実業家の方々を顧客にしております。王宮官吏の皆様とはあまりお付き合いがないものでして」
庶民からすれば金を持っていると思われる王宮官吏たちだが、商会長にしてみれば普段相手にしている上位貴族や実業家たちに比べれば「働かなくては生きていけない貧乏人」だ。
貧乏人は商売相手にしていないと商会長は言いたいのだろう。
リリアンナは嫌味を無視し、微笑みからもう一段階目を細め口角を上げる。
「今までは格式の高いこちらの百貨店に伺うのは敷居が高く感じる王宮官吏も多かったでしょうね。養殖真珠の流通が始まったことで真珠のアクセサリーはわたくしども王宮官吏でも手が届くようになりましたので、ぜひ間口を広げていただきたく存じますわ」
「それはそれは。そうですね。考えておきましょう」
「ご検討ありがとうございます。商会長さまと養殖真珠の流通にご尽力いただいたあのお方にも感謝いたしませんとね」
商会長の右頬がかすかに動いたのをリリアンナは見逃さなかった。
「養殖真珠が国内に流通するようになったのは世継ぎとして指名された公爵令嬢の婚約者さまがご尽力されたと聞いておりますがお付き合いでも?」
「ああ。あの事件の告発者は次期公爵さまということになっていますものね」
商会長の問いかけにリリアンナはあえてずれた回答をする。
シーワード子爵による真珠養殖の不正を暴いたのはシーワード公爵家の令嬢の婚約者であるダスティン・トレヴァーだとされている。
正義感が強く婚約者への愛情が深い男は時の人となった。
ダスティンの生家は古くから王家につかえる忠臣とはいえ公爵家とは格が違いすぎる。いくら正義感が強く公爵令嬢へ愛を捧げていたとしても単独で成し遂げるのは難しい。
だれか大きな後ろ盾がいるはずだ。と、事件の背景にいる人物への予想合戦は白熱していた。
今後、養殖真珠は我が国の一大産業にになる。利権を得るためにその中心人物に近づきたい権力者は多かった。
「次期公爵さまは王立学園に入学して早々に王太子殿下から実力を認められ護衛に指名されるような優秀なお方ですから。告発台に立っていただくに相応しい御仁ですわ」
「……まさか、王太子殿下がご自身の腹心として箔付するためお力添えされたとでも?」
言葉の裏を読み生き馬の目を抜くように生きてきた商会長は、リリアンナの言葉からそう結論づけた。
「というのが王宮の官吏たちの噂話でございます」
もちろんリリアンナは否定も肯定もしない。噂があると伝えただけだ。
商会長が笑顔の奥で算段を始めたのをリリアンナは表情を変えずに眺めた。
シーワード子爵の不正を暴いてから、国内に養殖真珠が流通し装飾品産業が活性化し、それに伴い高額な商取引が急増した。
イスファーン王国との交易が開始されたことにより国内需要だけでは頭打ちだった産業も販路が拡大したことで生産量を増やしている。
イスファーン王国の姫君とトワイン侯爵家の令息の婚約式の舞台となったボルボラ諸島でホテルなどの建設に沸いている。
本当に王太子は無能な傀儡なのか? 未曾有の好景気が王太子功績だとしたら? そんな風に考えているのだろう。
(シリルはエレナ様から向けられた期待に応えたいだけだもの。この好景気はエレナ様の功績なのだわ)
リリアンナは自分が敬愛する女神がこの国にどれだけ恵みをもたらす存在なのか誇示したいのをこらえる。
「それで本日のご用件というのは、王太子殿下の視察を我が商会にという事でしたな」
算段が終わったのか、商会長が自分から今日の本題を切り出した。
「さようでございます。お願いできますでしょうか」
「願ってもいないことですが、どうして我が商会に? 庶民相手にも販路を伸ばす『ジェームズ商会』のほうが手広く、王都で幅を利かせているので視察に向いているのではありませんか」
まだ駆け引きの途中だ。簡単に諾とは言わない。
「おっしゃることはよくわかります。ですが……」
リリアンナは目を伏せる。
「ジェームズ商会の商会長がトワイン侯爵家の傘下となられましたでしょう」
エレナが王室に嫁いだ後ジェームズ商会の若奥様であるメアリを侍女として出仕させるために、ジェームズ商会長はトワイン侯爵領内にある村の管理者として男爵位を叙爵された。
事情を知らないものからはトワイン侯爵家に必死に媚を売り貴族の地位を得たように見えるだろう。
商会長はリリアンナの発言に取り繕った笑顔を浮かべるのをやめ顎を撫でた。
「なるほど。しかしトワイン侯爵家といえば王太子殿下と関わり合いが深いのでは?」
「だからでございます」
リリアンナははるか遠くを見つめる。大げさにかぶりをふり手で胸を押さえる。
「……ご内密にお願いしたいのですが」
「ほう」
「王太子殿下の視察時にわたくしども王宮官吏のほか、王太子殿下たってのご希望で官吏見習いの少女が同行いたします」
「王太子殿下たっての」
「ええ。ですから騒ぎになると困るのです。特にトワイン侯爵家のご令息の耳に入りでもしたら……」
「ああ。王太子殿下の婚約にはトワイン侯爵家のご令息がずいぶんと汗をかかれたのでしたな」
「もちろんそれなりの対価は用意いたします。あと、そうですね。王太子殿下の腹心の部下であるマグナレイ次期侯爵も同行予定です。まだ贔屓にされている商会はないようですし商会長様をご紹介させていただければ幸いです」
リリアンナは商会長としっかり目を合わせその日一番の笑顔を浮かべた。
リリアンナが訪れたのは王都で名だたる商会の一つだ。
目の前に座る商会長はこちらが名乗った「王太子殿下付き」の名に媚びることはない。
要件を伝えると笑顔で話を逸らされ煙に巻かれる。
本題に辿り着かぬまま雑談ばかりで無駄に時間が過ぎていく。
隣に座る不愛想な夫に期待をしても無駄だ。リリアンナは微笑み商会長と目を合わせた。
「──そういえば、一部の王宮官吏たちに広がる噂話をご存じですか」
「王宮官吏たちの噂話ですか。まことに言いづらいのですが、私どもの店は社交シーズンに王都までいらっしゃる上位貴族の方々の御用聞きが中心でございますし。新たな事業として開きました百貨店は実業家の方々を顧客にしております。王宮官吏の皆様とはあまりお付き合いがないものでして」
庶民からすれば金を持っていると思われる王宮官吏たちだが、商会長にしてみれば普段相手にしている上位貴族や実業家たちに比べれば「働かなくては生きていけない貧乏人」だ。
貧乏人は商売相手にしていないと商会長は言いたいのだろう。
リリアンナは嫌味を無視し、微笑みからもう一段階目を細め口角を上げる。
「今までは格式の高いこちらの百貨店に伺うのは敷居が高く感じる王宮官吏も多かったでしょうね。養殖真珠の流通が始まったことで真珠のアクセサリーはわたくしども王宮官吏でも手が届くようになりましたので、ぜひ間口を広げていただきたく存じますわ」
「それはそれは。そうですね。考えておきましょう」
「ご検討ありがとうございます。商会長さまと養殖真珠の流通にご尽力いただいたあのお方にも感謝いたしませんとね」
商会長の右頬がかすかに動いたのをリリアンナは見逃さなかった。
「養殖真珠が国内に流通するようになったのは世継ぎとして指名された公爵令嬢の婚約者さまがご尽力されたと聞いておりますがお付き合いでも?」
「ああ。あの事件の告発者は次期公爵さまということになっていますものね」
商会長の問いかけにリリアンナはあえてずれた回答をする。
シーワード子爵による真珠養殖の不正を暴いたのはシーワード公爵家の令嬢の婚約者であるダスティン・トレヴァーだとされている。
正義感が強く婚約者への愛情が深い男は時の人となった。
ダスティンの生家は古くから王家につかえる忠臣とはいえ公爵家とは格が違いすぎる。いくら正義感が強く公爵令嬢へ愛を捧げていたとしても単独で成し遂げるのは難しい。
だれか大きな後ろ盾がいるはずだ。と、事件の背景にいる人物への予想合戦は白熱していた。
今後、養殖真珠は我が国の一大産業にになる。利権を得るためにその中心人物に近づきたい権力者は多かった。
「次期公爵さまは王立学園に入学して早々に王太子殿下から実力を認められ護衛に指名されるような優秀なお方ですから。告発台に立っていただくに相応しい御仁ですわ」
「……まさか、王太子殿下がご自身の腹心として箔付するためお力添えされたとでも?」
言葉の裏を読み生き馬の目を抜くように生きてきた商会長は、リリアンナの言葉からそう結論づけた。
「というのが王宮の官吏たちの噂話でございます」
もちろんリリアンナは否定も肯定もしない。噂があると伝えただけだ。
商会長が笑顔の奥で算段を始めたのをリリアンナは表情を変えずに眺めた。
シーワード子爵の不正を暴いてから、国内に養殖真珠が流通し装飾品産業が活性化し、それに伴い高額な商取引が急増した。
イスファーン王国との交易が開始されたことにより国内需要だけでは頭打ちだった産業も販路が拡大したことで生産量を増やしている。
イスファーン王国の姫君とトワイン侯爵家の令息の婚約式の舞台となったボルボラ諸島でホテルなどの建設に沸いている。
本当に王太子は無能な傀儡なのか? 未曾有の好景気が王太子功績だとしたら? そんな風に考えているのだろう。
(シリルはエレナ様から向けられた期待に応えたいだけだもの。この好景気はエレナ様の功績なのだわ)
リリアンナは自分が敬愛する女神がこの国にどれだけ恵みをもたらす存在なのか誇示したいのをこらえる。
「それで本日のご用件というのは、王太子殿下の視察を我が商会にという事でしたな」
算段が終わったのか、商会長が自分から今日の本題を切り出した。
「さようでございます。お願いできますでしょうか」
「願ってもいないことですが、どうして我が商会に? 庶民相手にも販路を伸ばす『ジェームズ商会』のほうが手広く、王都で幅を利かせているので視察に向いているのではありませんか」
まだ駆け引きの途中だ。簡単に諾とは言わない。
「おっしゃることはよくわかります。ですが……」
リリアンナは目を伏せる。
「ジェームズ商会の商会長がトワイン侯爵家の傘下となられましたでしょう」
エレナが王室に嫁いだ後ジェームズ商会の若奥様であるメアリを侍女として出仕させるために、ジェームズ商会長はトワイン侯爵領内にある村の管理者として男爵位を叙爵された。
事情を知らないものからはトワイン侯爵家に必死に媚を売り貴族の地位を得たように見えるだろう。
商会長はリリアンナの発言に取り繕った笑顔を浮かべるのをやめ顎を撫でた。
「なるほど。しかしトワイン侯爵家といえば王太子殿下と関わり合いが深いのでは?」
「だからでございます」
リリアンナははるか遠くを見つめる。大げさにかぶりをふり手で胸を押さえる。
「……ご内密にお願いしたいのですが」
「ほう」
「王太子殿下の視察時にわたくしども王宮官吏のほか、王太子殿下たってのご希望で官吏見習いの少女が同行いたします」
「王太子殿下たっての」
「ええ。ですから騒ぎになると困るのです。特にトワイン侯爵家のご令息の耳に入りでもしたら……」
「ああ。王太子殿下の婚約にはトワイン侯爵家のご令息がずいぶんと汗をかかれたのでしたな」
「もちろんそれなりの対価は用意いたします。あと、そうですね。王太子殿下の腹心の部下であるマグナレイ次期侯爵も同行予定です。まだ贔屓にされている商会はないようですし商会長様をご紹介させていただければ幸いです」
リリアンナは商会長としっかり目を合わせその日一番の笑顔を浮かべた。
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