260 / 276
第五部
54 エレナと流行りのワンピース
しおりを挟む
「さあ、エレナ様。こちらのワンピースにお着替えくださいませ」
何度か王都視察が続いていたある日。王立学園にある殿下の執務室でリリィさんが満面の笑みを浮かべて一枚のワンピースを差し出してきた。
「着替えってどうして? 今日もこれから視察をしに行くのでしょう? 王立学園の制服は王宮官吏と一緒だからこの服が一番目立たないのではないの?」
いつも通り女官見習いの振りをするつもりだったわたしはたくさんの疑問が浮かんだ。
「今日は本当にデートなのです。まぁお忍びなのは変わらないですけど」
「またそうやってわたしのことからかって。わかってますからね」
「まあ! 私がエレナ様をからかうなんてからかうなんてとんでもないことでございます」
頬を膨らませてリリィさんを見つめる。リリィさんは心外そうに小首を傾げているけど誤魔化されない。
「視察という名のデートだなんて言いながら、殿下は真面目に視察されていただけだったわ」
「えっ? ええっ? 視察はもちろん名目を果たすためにしてましたけど、王太子殿下はここぞとばかりエレナ様の耳元で囁いたり、腰に手を回したり、髪の毛に触ったりしていたと記憶してますが」
リリィさんはわざとらしく目を丸くしてわたしを見る。演技派だ。
「リリィさんたら何言ってるの? あまり大っぴらにするべきじゃないお話があって耳打ちされたり、人混みに巻き込まれないように身体を引き寄せてくださったり、髪の毛が絡まっていたのを直していただいたりしたけれど、それだけよ? お兄様が普段わたしにしてることとなにも変わらないわ」
「エリオットと同じ……そうですか……」
ぶつぶつ独りごとをリリィさんは呟きはじめたのを腕を組んで見つめる。
そう。殿下の振る舞いはお兄様がわたしに向ける態度と一緒で優しくて甘い。
けれどそれだけだもの。
お兄様のアイラン様に対する態度はそんなレベルじゃない。アイラン様の膝のうえでゴロゴロ甘えているか、さもなくば膝のうえにアイラン様を乗せて耳元でなんか囁いている。
砂糖菓子に生クリームをこんもり乗せて蜂蜜と練乳とキャラメルシロップをぶちまけて粉糖をこれでもかとまぶしてカラーチョコスプレーをばら撒いたくらい甘い。
あの傍若無人なアイラン様が真っ赤になってされるがままになるしかないくらい甘い。
思い出しただけで胸焼けがする。
そのお兄様は領地の秋祭りにアイラン様とバイラム王子をはじめとしたイスファーン王国の大使を連れて接待するために出掛けている。
本当はわたしも行きたかったのに「領地のじっちゃま達はエレナがいるとエレナを拝むのに必死になってアイラン様を蔑ろにしかねないからお留守番しててね」なんて言ってわたしを置いていってしまった。
何かあっては一大事だからってお母様も同行してしまったのでわたしはお父様と王都でお留守番なんだけど、お父様は国家をあげて街道整備をすることになった兼ね合いで責任者として忙しい日々を送っている。
ようは一人でお留守番だ。
とはいえ屋敷にはメリーをはじめ使用人達もいるし、日中は王立学園に通ったり、王都の視察に連れていってもらえているから寂しい思いはしていない。
もしかしたらこの事態を見越してお父様はわたしが殿下の王都の視察に同行するのを承諾されたのかしら……
「エレナ様?」
わたしより先に脳内会議を終えていたリリィさんに顔を覗き込まれる。
「あ! やだ。考え事をしていたわ。そう。それで今日はどうしてワンピースに着替えるの? 何か理由があるんでしょう? 別にデートだなんて誤魔化さなくてもきちんと説明してくだされば着がえますから。本当のことを言って?」
「そう言われましても……えっと、今までの視察では大きな商店や市場などを視察しておりましたが、より庶民の生活に触れるためには流行り物も視察しなくてはいけない。エレナ様もそう思われませんか?」
同意して頷く。
嫌な噂話がわたしの耳に入らないよう気遣いされているからか、別にわたしと関係のない話も耳に入らない。
ステファン様がマグナレイ侯爵家の跡取りになった話も、ネリーネ様が毒薬令嬢じゃなくなった話も誰も教えてくれなかった。
流行り物の一つくらい知っておきたい。
「王宮の官吏は堅物が多いので、王立学園の制服ではこれから行く場所では浮いてしまいます。恋人同士であれば流行り物を追いかけに行くのもおかしくないですから。という理由で納得いただきたいのですがよろしいでしょうか」
そう言ってリリィさんはわたしの手を強く握る。
「リリィ。エレナから手を離すんだ」
凛とした声に振り返ると白いブラウス姿の殿下が腕を組んで立っていた。
何度か王都視察が続いていたある日。王立学園にある殿下の執務室でリリィさんが満面の笑みを浮かべて一枚のワンピースを差し出してきた。
「着替えってどうして? 今日もこれから視察をしに行くのでしょう? 王立学園の制服は王宮官吏と一緒だからこの服が一番目立たないのではないの?」
いつも通り女官見習いの振りをするつもりだったわたしはたくさんの疑問が浮かんだ。
「今日は本当にデートなのです。まぁお忍びなのは変わらないですけど」
「またそうやってわたしのことからかって。わかってますからね」
「まあ! 私がエレナ様をからかうなんてからかうなんてとんでもないことでございます」
頬を膨らませてリリィさんを見つめる。リリィさんは心外そうに小首を傾げているけど誤魔化されない。
「視察という名のデートだなんて言いながら、殿下は真面目に視察されていただけだったわ」
「えっ? ええっ? 視察はもちろん名目を果たすためにしてましたけど、王太子殿下はここぞとばかりエレナ様の耳元で囁いたり、腰に手を回したり、髪の毛に触ったりしていたと記憶してますが」
リリィさんはわざとらしく目を丸くしてわたしを見る。演技派だ。
「リリィさんたら何言ってるの? あまり大っぴらにするべきじゃないお話があって耳打ちされたり、人混みに巻き込まれないように身体を引き寄せてくださったり、髪の毛が絡まっていたのを直していただいたりしたけれど、それだけよ? お兄様が普段わたしにしてることとなにも変わらないわ」
「エリオットと同じ……そうですか……」
ぶつぶつ独りごとをリリィさんは呟きはじめたのを腕を組んで見つめる。
そう。殿下の振る舞いはお兄様がわたしに向ける態度と一緒で優しくて甘い。
けれどそれだけだもの。
お兄様のアイラン様に対する態度はそんなレベルじゃない。アイラン様の膝のうえでゴロゴロ甘えているか、さもなくば膝のうえにアイラン様を乗せて耳元でなんか囁いている。
砂糖菓子に生クリームをこんもり乗せて蜂蜜と練乳とキャラメルシロップをぶちまけて粉糖をこれでもかとまぶしてカラーチョコスプレーをばら撒いたくらい甘い。
あの傍若無人なアイラン様が真っ赤になってされるがままになるしかないくらい甘い。
思い出しただけで胸焼けがする。
そのお兄様は領地の秋祭りにアイラン様とバイラム王子をはじめとしたイスファーン王国の大使を連れて接待するために出掛けている。
本当はわたしも行きたかったのに「領地のじっちゃま達はエレナがいるとエレナを拝むのに必死になってアイラン様を蔑ろにしかねないからお留守番しててね」なんて言ってわたしを置いていってしまった。
何かあっては一大事だからってお母様も同行してしまったのでわたしはお父様と王都でお留守番なんだけど、お父様は国家をあげて街道整備をすることになった兼ね合いで責任者として忙しい日々を送っている。
ようは一人でお留守番だ。
とはいえ屋敷にはメリーをはじめ使用人達もいるし、日中は王立学園に通ったり、王都の視察に連れていってもらえているから寂しい思いはしていない。
もしかしたらこの事態を見越してお父様はわたしが殿下の王都の視察に同行するのを承諾されたのかしら……
「エレナ様?」
わたしより先に脳内会議を終えていたリリィさんに顔を覗き込まれる。
「あ! やだ。考え事をしていたわ。そう。それで今日はどうしてワンピースに着替えるの? 何か理由があるんでしょう? 別にデートだなんて誤魔化さなくてもきちんと説明してくだされば着がえますから。本当のことを言って?」
「そう言われましても……えっと、今までの視察では大きな商店や市場などを視察しておりましたが、より庶民の生活に触れるためには流行り物も視察しなくてはいけない。エレナ様もそう思われませんか?」
同意して頷く。
嫌な噂話がわたしの耳に入らないよう気遣いされているからか、別にわたしと関係のない話も耳に入らない。
ステファン様がマグナレイ侯爵家の跡取りになった話も、ネリーネ様が毒薬令嬢じゃなくなった話も誰も教えてくれなかった。
流行り物の一つくらい知っておきたい。
「王宮の官吏は堅物が多いので、王立学園の制服ではこれから行く場所では浮いてしまいます。恋人同士であれば流行り物を追いかけに行くのもおかしくないですから。という理由で納得いただきたいのですがよろしいでしょうか」
そう言ってリリィさんはわたしの手を強く握る。
「リリィ。エレナから手を離すんだ」
凛とした声に振り返ると白いブラウス姿の殿下が腕を組んで立っていた。
9
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる