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第五部
59 エレナと殿下のデート
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食事を終え繁華街の人込みに再び足を踏み入れる。
「次が今日視察する最後の場所なんですよね」
「……あぁ」
あれ? なんか覇気がない。
それにさっきまでの楽しそうな表情はどこかに、張り付けたような笑顔だ。
「具合でも悪いのですか?」
わたしも同じものを食べたけどなんともないから、食中毒とかそういうのではないと思うけど。
普段あまり食事をしないのに急にたくさんの食事をとったら胃がびっくりしちゃったのかしら?
痩せ我慢して倒れたりしたら大変だ。
殿下の様子を確認しながら周りを見回す。近くにランス様。少し離れたところに護衛のブライアン様やジェレミー様が見える。
「……護衛を呼びましょうか?」
「いや。具合はなんの問題もない。呼ぶ必要ないよ」
声をひそめて尋ねると殿下はゆっくり首を振る。
うそよ。わたしは騙されない。
「無理する必要ないと思います」
「どうして無理だと思うんだい?」
「だって偽物の笑顔だもの」
「……そうか。表情を繕うのは得意なはずなのにわかってしまうのだな」
「繕ってらっしゃるからわかるんだわ。まだ正体はバレていないんだし、もうお開きにしてこれから行く場所はまた今度にすればいいのよ」
「はは。まだ誰も正体に気付いていないか」
なぜかはりついた笑顔が少し緩む。わたしはホッとする。
「これから向かう先に連れて行っていいものか悩んでいたのだ。連れて行くつもりで計画をしたというのに、いざとなると躊躇してしまう」
「わたしを連れて行く計画? もしかして今日の視察はそこに行くために計画されたってこと?」
「ああ」
「それは今日じゃなきゃダメなんですか?」
「そうだ。私一人ででも行かなくてはならない」
連れて行こうと思ってたのにためらう? なんで? わたしを連れて行かないことになっても殿下だけでも行かなくちゃいけないってどうして? 意味がまったくわからない。
どういう意味か深く追求したいけれど人目がある。
最近色々話してくださるようになった殿下が奥歯にものが挟まったような話し方をするってことは、きっと周りに聞かれたくないことなんだろう。
意味がわからない場所に行っていいのか悩むけれど、具合が悪そうな殿下を放って送り出す訳いかない。
「ならご一緒しますよ。もともと連れて行ってくださるつもりだったのでしょう?」
「一緒に行ってくれるのか? 場所も理由も説明していないのに?」
「ええ。もちろん」
見上げると見開いた目はキラキラと輝きはじめた。
「行こう」
わたしの手を引く大きくて骨ばった男らしい手はしっとりとして暖かい。
なんだろう。腰を抱き寄せられエスコートされていた時のほうが密着していたはずなのに、手をつないで歩くと人肌を感じるからか、変に意識してしまう。
幼いころは何度も手を引かれてあの別荘の周りを歩いていたはずなのに……
こんな日が来るなんて思ってなかった。
いつか物語の悪役令嬢みたいに断罪されるだけだって勝手にビクビク怯えていた。
王都の繁華街なんて歩くことは許されない。ましてや殿下と手を繋いで歩くだなんて有り得ないと思っていた。
殿下と一緒にいるのが、街で嫌われている「小太りの醜女で癇癪持ちの侯爵令嬢」だってバレたら、罵詈雑言を投げつけられるだなんて思っていたのに。
いざ一緒に歩いてみると、誰も殿下のことにもわたしのことにも気がついていないのか、まるで恋人同士を揶揄うような冷やかしの声や口笛が聞こえるだけだ。
周りを見渡す。
葉のような緑色の屋根に立派な幹のような茶色い壁の店。綺麗に磨かれた窓ガラスは雨露みたいに光る。
街ゆく同い年くらいの少女たちが身に纏うのは花びらのような白にクリーム色のブラウス。それに紅葉したかのような濃淡の違う黄色や赤、落ち着いた茶色のスカートが軽やかにひるがえる。
幼い頃に殿下と過ごした日々。あの別荘の周りに咲く多種多様な花々や季節が深まるに連れ色づく葉と同じように、王都の繁華街もたくさんの色に溢れている。
いつまでもこの時間が続けばいいのに。
そんなことを考えながら歩いていると急に歩みが止まる。まるで吸い付いたようにしっかりと握られた手はいつの間にか汗ばんでいる。
「ここだ」
殿下の声にその建物を見上げる。
えっ。ここは……
王都なんてろくに歩いたことがないはずなのになぜか見覚えがある建物には、あるお芝居の看板が掲げられている。
──操り人形の王子と運命の恋。
頭の中まで心音が鳴り響き周りの音は聞こえなくなり、さっきまでの色あざやかな景色が一気に色褪せる。
力強く握られた手にひかれてわたしは建物の入り口をくぐった。
「次が今日視察する最後の場所なんですよね」
「……あぁ」
あれ? なんか覇気がない。
それにさっきまでの楽しそうな表情はどこかに、張り付けたような笑顔だ。
「具合でも悪いのですか?」
わたしも同じものを食べたけどなんともないから、食中毒とかそういうのではないと思うけど。
普段あまり食事をしないのに急にたくさんの食事をとったら胃がびっくりしちゃったのかしら?
痩せ我慢して倒れたりしたら大変だ。
殿下の様子を確認しながら周りを見回す。近くにランス様。少し離れたところに護衛のブライアン様やジェレミー様が見える。
「……護衛を呼びましょうか?」
「いや。具合はなんの問題もない。呼ぶ必要ないよ」
声をひそめて尋ねると殿下はゆっくり首を振る。
うそよ。わたしは騙されない。
「無理する必要ないと思います」
「どうして無理だと思うんだい?」
「だって偽物の笑顔だもの」
「……そうか。表情を繕うのは得意なはずなのにわかってしまうのだな」
「繕ってらっしゃるからわかるんだわ。まだ正体はバレていないんだし、もうお開きにしてこれから行く場所はまた今度にすればいいのよ」
「はは。まだ誰も正体に気付いていないか」
なぜかはりついた笑顔が少し緩む。わたしはホッとする。
「これから向かう先に連れて行っていいものか悩んでいたのだ。連れて行くつもりで計画をしたというのに、いざとなると躊躇してしまう」
「わたしを連れて行く計画? もしかして今日の視察はそこに行くために計画されたってこと?」
「ああ」
「それは今日じゃなきゃダメなんですか?」
「そうだ。私一人ででも行かなくてはならない」
連れて行こうと思ってたのにためらう? なんで? わたしを連れて行かないことになっても殿下だけでも行かなくちゃいけないってどうして? 意味がまったくわからない。
どういう意味か深く追求したいけれど人目がある。
最近色々話してくださるようになった殿下が奥歯にものが挟まったような話し方をするってことは、きっと周りに聞かれたくないことなんだろう。
意味がわからない場所に行っていいのか悩むけれど、具合が悪そうな殿下を放って送り出す訳いかない。
「ならご一緒しますよ。もともと連れて行ってくださるつもりだったのでしょう?」
「一緒に行ってくれるのか? 場所も理由も説明していないのに?」
「ええ。もちろん」
見上げると見開いた目はキラキラと輝きはじめた。
「行こう」
わたしの手を引く大きくて骨ばった男らしい手はしっとりとして暖かい。
なんだろう。腰を抱き寄せられエスコートされていた時のほうが密着していたはずなのに、手をつないで歩くと人肌を感じるからか、変に意識してしまう。
幼いころは何度も手を引かれてあの別荘の周りを歩いていたはずなのに……
こんな日が来るなんて思ってなかった。
いつか物語の悪役令嬢みたいに断罪されるだけだって勝手にビクビク怯えていた。
王都の繁華街なんて歩くことは許されない。ましてや殿下と手を繋いで歩くだなんて有り得ないと思っていた。
殿下と一緒にいるのが、街で嫌われている「小太りの醜女で癇癪持ちの侯爵令嬢」だってバレたら、罵詈雑言を投げつけられるだなんて思っていたのに。
いざ一緒に歩いてみると、誰も殿下のことにもわたしのことにも気がついていないのか、まるで恋人同士を揶揄うような冷やかしの声や口笛が聞こえるだけだ。
周りを見渡す。
葉のような緑色の屋根に立派な幹のような茶色い壁の店。綺麗に磨かれた窓ガラスは雨露みたいに光る。
街ゆく同い年くらいの少女たちが身に纏うのは花びらのような白にクリーム色のブラウス。それに紅葉したかのような濃淡の違う黄色や赤、落ち着いた茶色のスカートが軽やかにひるがえる。
幼い頃に殿下と過ごした日々。あの別荘の周りに咲く多種多様な花々や季節が深まるに連れ色づく葉と同じように、王都の繁華街もたくさんの色に溢れている。
いつまでもこの時間が続けばいいのに。
そんなことを考えながら歩いていると急に歩みが止まる。まるで吸い付いたようにしっかりと握られた手はいつの間にか汗ばんでいる。
「ここだ」
殿下の声にその建物を見上げる。
えっ。ここは……
王都なんてろくに歩いたことがないはずなのになぜか見覚えがある建物には、あるお芝居の看板が掲げられている。
──操り人形の王子と運命の恋。
頭の中まで心音が鳴り響き周りの音は聞こえなくなり、さっきまでの色あざやかな景色が一気に色褪せる。
力強く握られた手にひかれてわたしは建物の入り口をくぐった。
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