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13:旅人の待遇
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レイはファラルの顔から目を逸らし、まだ見ていない方向に視線を投げた。そこには風と水の魔術、そして賊の襲撃によって大きく損傷を受けた施設が目に入る。
ここの住人ではないレイとファラルのふたりや賊、そして騎兵団にとっても、この施設が半壊しようと全壊しようと直接的な被害はない。しかし、施設で暮らしている者にとっては悪夢のような出来事に思えるのだろう。
部外者のレイが言えることでもないが、取るに足らないような賊のために精鋭が出てきた理由は分かっても、賊を捕まえるためにこの施設が大いに破壊されてしまったことは、割に合わない悲劇だと思う。
施設の外観を眺めながらそう思っていた時、軽い足音が耳に届いた。その足音は走るような音を立てて段々と近づいてくるが敵意も驚異も感じない。やがて、
「おねーちゃん! おねーちゃんもけがはない?」
そんな言葉と共にレイの足にしがみついてきたのは、足音の軽さからレイが予想していた通り、昨日レイが話を聞かせた施設の子供のひとりだった。少年騎士がわずかに目を細めたのを視界の端に収める。
レイはしがみついてきた小さな体の背に手を回して、
「ええ。私は大丈夫。怪我ひとつしなかったわ。あなたや他のみんなも怪我はしなかった?」
「へーき!」
施設の大人と子供たちは一か所に固まって保護されているはずだが、抜け出して来てしまったのだろう。しばらく子供と他愛のない話をしていると、この子が逃げ出したことに気づいてずっと探していたのか、それとも少年騎士が子供の存在を磨道具か何かで伝えたのか、息を切らせた年若い青年がやって来た。
銀髪の騎士や少年騎士が来ている騎士服とはまったく意匠の違う簡素で地味な兵服を着ていることから、帝国騎士ではないだろうと思った。
「ここに居たんだね。さあ、みんなの所へ戻ろう。危ないからひとりになってはいけないよ」
そう言って兵士はレイの服の裾を握っていた子供の手を離させて、その小さな体を抱き上げる。
「ひとりじゃないよ。おねえちゃんといっしょだったもん」
無邪気に答えた子供に、
「旅人の近くに行くなんて、危ないことだよ」
兵士が困った顔で子供にそう言い含めた後、ハッとした顔でレイとファラルを見た。
ファラルはいつもの通りの無反応を貫き、レイは無言で微笑みを返す。
兵士の言葉の意味を理解していない子供がきょとんとした顔をしている。
バツの悪い顔をした兵士は、それ以上は何も言わないまま抱き上げた子供を他の子供たちがいる場所へと戻しに行った。
「……あとで謝罪に来させよう」
一連のやりとりを見ていた少年騎士が苦々しい顔で口を開く。睨んでいるのは子供を抱えて去っていく兵士の背中だった。
名乗っている以上、旅人に対する偏見の根深さをレイもファラルも理解している。
「旅人に謝罪は必要ありません。あれが普通の対応です。いえ、むしろ普通よりも平和的な対応でした。それに、旅人に謝罪をするなど、特に国に仕える方にとっては耐え難い屈辱でしょう」
微笑みを浮かべたままのレイが本心から断ると、少年騎士は複雑そうな顔をして反論する。
「だが、無礼を働いたのは事実だ」
「あの程度の言葉は無礼の内に入りませんよ。問答無用で斬りかかって来られると流石に困りますが、それも仕方がありません。私たちは旅人なのですから」
旅人という立場でいる時には、偏見も差別も迫害も織り込み済みだ。むしろ、旅人を受け入れようという者の方が珍しい。
「……真っ当に旅人やってる人間に会うのは君たちが初めてなんだけど、君達って皆そうなの?」
難しい質問だった。
「お答えできるほど他の旅人との交流がありませんし、そもそも」
自分たちは真っ当な旅人でもない、と答えようとしたところで声がかかった。
「すまない。待たせたな」
少年騎士への返答を切って、声が掛けられた方を向けば、銀髪の騎士が癖のある濃い茶色の髪をした大柄な騎士と水色の長い髪を後ろで纏めた女騎士を伴って、レイたちの元へ近づいてきていた。
ここの住人ではないレイとファラルのふたりや賊、そして騎兵団にとっても、この施設が半壊しようと全壊しようと直接的な被害はない。しかし、施設で暮らしている者にとっては悪夢のような出来事に思えるのだろう。
部外者のレイが言えることでもないが、取るに足らないような賊のために精鋭が出てきた理由は分かっても、賊を捕まえるためにこの施設が大いに破壊されてしまったことは、割に合わない悲劇だと思う。
施設の外観を眺めながらそう思っていた時、軽い足音が耳に届いた。その足音は走るような音を立てて段々と近づいてくるが敵意も驚異も感じない。やがて、
「おねーちゃん! おねーちゃんもけがはない?」
そんな言葉と共にレイの足にしがみついてきたのは、足音の軽さからレイが予想していた通り、昨日レイが話を聞かせた施設の子供のひとりだった。少年騎士がわずかに目を細めたのを視界の端に収める。
レイはしがみついてきた小さな体の背に手を回して、
「ええ。私は大丈夫。怪我ひとつしなかったわ。あなたや他のみんなも怪我はしなかった?」
「へーき!」
施設の大人と子供たちは一か所に固まって保護されているはずだが、抜け出して来てしまったのだろう。しばらく子供と他愛のない話をしていると、この子が逃げ出したことに気づいてずっと探していたのか、それとも少年騎士が子供の存在を磨道具か何かで伝えたのか、息を切らせた年若い青年がやって来た。
銀髪の騎士や少年騎士が来ている騎士服とはまったく意匠の違う簡素で地味な兵服を着ていることから、帝国騎士ではないだろうと思った。
「ここに居たんだね。さあ、みんなの所へ戻ろう。危ないからひとりになってはいけないよ」
そう言って兵士はレイの服の裾を握っていた子供の手を離させて、その小さな体を抱き上げる。
「ひとりじゃないよ。おねえちゃんといっしょだったもん」
無邪気に答えた子供に、
「旅人の近くに行くなんて、危ないことだよ」
兵士が困った顔で子供にそう言い含めた後、ハッとした顔でレイとファラルを見た。
ファラルはいつもの通りの無反応を貫き、レイは無言で微笑みを返す。
兵士の言葉の意味を理解していない子供がきょとんとした顔をしている。
バツの悪い顔をした兵士は、それ以上は何も言わないまま抱き上げた子供を他の子供たちがいる場所へと戻しに行った。
「……あとで謝罪に来させよう」
一連のやりとりを見ていた少年騎士が苦々しい顔で口を開く。睨んでいるのは子供を抱えて去っていく兵士の背中だった。
名乗っている以上、旅人に対する偏見の根深さをレイもファラルも理解している。
「旅人に謝罪は必要ありません。あれが普通の対応です。いえ、むしろ普通よりも平和的な対応でした。それに、旅人に謝罪をするなど、特に国に仕える方にとっては耐え難い屈辱でしょう」
微笑みを浮かべたままのレイが本心から断ると、少年騎士は複雑そうな顔をして反論する。
「だが、無礼を働いたのは事実だ」
「あの程度の言葉は無礼の内に入りませんよ。問答無用で斬りかかって来られると流石に困りますが、それも仕方がありません。私たちは旅人なのですから」
旅人という立場でいる時には、偏見も差別も迫害も織り込み済みだ。むしろ、旅人を受け入れようという者の方が珍しい。
「……真っ当に旅人やってる人間に会うのは君たちが初めてなんだけど、君達って皆そうなの?」
難しい質問だった。
「お答えできるほど他の旅人との交流がありませんし、そもそも」
自分たちは真っ当な旅人でもない、と答えようとしたところで声がかかった。
「すまない。待たせたな」
少年騎士への返答を切って、声が掛けられた方を向けば、銀髪の騎士が癖のある濃い茶色の髪をした大柄な騎士と水色の長い髪を後ろで纏めた女騎士を伴って、レイたちの元へ近づいてきていた。
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