異世界でカイゼン

soue kitakaze

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第28話 交渉カード

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 ミヨシのやつ、いったい何を考えてんだ?

 俺は手にした砥石をしげしげと見る。荒砥石120番手と書いてある。剣を削るときに、一番初めに使う目の粗い砥石である。

 他の連中は金めっきされた安物のブレード・ソードに夢中だ。比重を量れとか、同じものを持ってきてその重量と比較しようとか、いっそ寸法を測ったらどうとか、覚醒魔法をかけようとか何だそれ。

 まあ、そんなこんなで喧々諤々である。俺のほうなんか誰も見ちゃいない。

 そして、俺の手には砥石がある。なんでミヨシはこれを俺に渡したのか。
 あんにゃろめ、この会議の内容をこっそり聞いてやがったな。今でもきっと扉の向こうで聞き耳を立てているに違いない。

 よし、いいだろう。その期待に応えてやる。俺も男だ。ちょうどうまいぐあいに部屋の中にいる連中の気は逸れている。やるなら今だ。

 俺はそっと立ち上がり、ブレード・ソードの先っちょに近づく。そしておもむろに砥石を取りだし、その剣先を

「がががりんっ」

 と削った。その物音に一瞬部屋が沈黙に包まれた。その一削りで剣の下地はかすかに見えたが、まだはっきりと中身まで分からない。音の割に削りにくい剣である。周りの視線など委細かまわず、俺は続けた。

「ががりん、ががりん、ががありん」

 うむ、地球は青かった。ではない、下地は銀色だった。

「ちょぉっ。おま、何をやってるんだあぁぁ!!!!」

 貴族の叫びである。

「ほら、これを見て」

 俺が指さした先には、削られた剣先がある。そこだけは黄金のきらめきを失い、銀色の下地が露出している。皆の注目が集まる。なんだか照れちゃう。

 お前を見てるわけじゃない! ぼかっ。あ痛っ。いちいち殴るんじゃねぇよ。あとでその白髪を200本はむしってやるからな、覚えてやがれ。

「あぁ、こんな貴重なもの……、あれ、確かに下地は銀色ですな」

 ようやく我に返ったドレミ伯が言った。そして剣を手に取り、ポケットから拡大鏡を取りだして、それで見始めた。

「おお、良いものをお持ちですな」
「ああこれですか。ついこの間、サバエ卿の領地にある工房で手に入れたものでして。近頃はこれがないと小さな文字が見えなくなりましたな。お宅もひとついかがかな?」

「ワシもひとつ持っておりますが、サバエ産の拡大鏡とはまた素晴らしいものを手に入れましたな」
「近頃は倍率の高いものとか、透過率の高いガラスなども開発されてまして、どんどん良くなってますぞ」

「そうでしたか。明るい拡大鏡ならワシも興味あります。ぜひそのメーカーを紹介してくだされ」
「よければ、次の機会にでも持ってきましょう」
「それは助かります。あれは長くお世話になるものですからな、良いものを選びた……」

「そんなことはいいから!!! どうなの、その断面は!!」

 俺より先に小僧が切れた。まったくじじいがふたり集まると、かしましいとは愉快だね。

 いや愉快じゃないが。かしましくもないか。48才をじじいと一緒にしてゴメ。

「ふむふむ、これが金めっきであることは間違いないな。フラット、お前も見て見るか」

 と言って拡大鏡と剣を渡す。もっともフラットに拡大鏡は必要ない。邪険に受け取って削り口に目を近づける。

「あぁ、ほんとだ。断面がきちんと2層に分かれていますね。金はあきらかにほんのちょっと乗っているだけです……あれ? なんか下地に違う色が見え……」

 そこまでいったところで、俺が取り上げた。まずい、俺のノウハウが流出の危機だ。

「この剣が間違いなく金めっきであることは、お分かりいただけたかと思います」

 あ、ああ。そうだな。間違いはないようだ。

 そういうことになった。

 さて、納得してもらえたのなら、次は値段交渉である。

「さて、第27話の冒頭でお話したように、すでにお渡ししたブレードソードの金めっきの品質で良いのでしたら、最初に決めた値段でこちらはかまいません。ですがもし、こちらのブレード・ソードの品質をお望みでしたら」
「僕はそっちがいい! そっちじゃなきゃ嫌だ!!」

 うんうん。想定外だけど偉いぞフラット。お前はあとでなでなでしてやっても良いぐらいだ。

「しかし、これができるのであれば、どうして私の剣に最初からこのめっきをしてくれなかったのだ?」
「最初のお約束が1万でしたので、その値段ではとてもできないのです」

 できますけどね? ニッケルめっきするだけだし。

「じゃあ、あのときにそう言ってくれれば、最初からこれでお願いしたものを」

「実は、あのときはまだテスト段階でしたので確約ができませんでした。最初にお渡ししたものしか技術確立ができていなかったのです。これが成功したのはつい先日のことです」

 できたのはついさっきだけどな。アチラの舌という尊い犠牲の上で。

「そういうこと……でしたか。実はあのとき、私は不思議に思っていたのです。社長が1万なら引き受けると言ってくださったときの、あの自信満々な表情に」

 おいっ、じじい、てめぇ。

「どこでもできないと言われた金めっきを、ここでは簡単に引き受けてくれたのはこういう技術があればこそだったのですね。しかも、今ではさらに上の、こんな素晴らしい金めっきまでもができるようになったとは、いやはやたいしたものです」

 いや、この技術が完成したのはついさきほでのことで、なんて言えるわけがない。ところで、じじい。勝算もなく自信満々で引き受けた、という件についてはあとで説教だからな。

 しかし、まだ最後の難関が残っているぞ。じじい、俺が値段を言うけど良いか、と表情で聞く。もう任せたと答えが返ってきた。

 任されちゃった。ぐぬ?

「ただ、このめっきは前処理にもめっきにも大変な時間がかかります。そのために大幅なコスト増となっています」
「そうでしょうなぁ。率直に聞きましょう。この金めっきをしていただくのに、いくら必要ですか」

 この俺に丁寧語で話し始めた。どうやら交渉相手として認めてくれたようだ。

 しかも貴族らしくなく率直にきた。これはこちらの技術の勝利である。

 交渉というのはカードがあってこそ可能になるのだ。相手が一方的に有利なカードを揃えていれば、そもそも成り立つものではない。全面降伏する以外はにないのだ。

 この貴族さん、そのことを良く分かってらっしゃる。こういう場合は、少しでも相手の心証を良くしたほうが得なのだということを。

「はい、1本12万8,000円いただきます」

 じゅっ……で絶句した。てか、じじいまでが絶句してどうするよ!

 じじいもドレミ伯も、さすがにそこまでとは思っていなかったようだ。しかし、俺には勝算がある。カードがこちらにあるからこその勝算が。

「今後の話込みですが、もしまだ30本ほどあると言われるソードについても、こちらで金めっきさせていただけるのでしたら、最初に1万で請け負いましたこちらのブレードソードを、新方式でやり直しをさせていただきます」

「金めっきをやり直す? そんなことができるのですか?」
「はい。化学的処理で今ある金を剥離して、その後、いろいろな処理をして再度金めっきをかけことは可能です。それはそれほど難しいことではありません」

「うむ、そうか。そうすると、これが12万8000になるということですか」

 そらきた。チラっとこっちを見やがった。分かってるよ、言いたいことは。

「いえ、そこまでは1万でやらせていただきます」
「お、お父様!!」

「ちょっと待て、逸るなフラット」

 くそ、父親は簡単には落ちないな。

「確認をさせてください。つまり、このブレード・ソードは1万でこちらの美しい金めっきをかけていただけると?」
「はい、そうです」
「そのためには、次の30本の注文が欲しい。そしてそれは12万8,000だと」
「その通りです」

(ふむ。そういうことか。この少年、最初はただの丁稚だと思っていたが、途中から人が変わったように交渉人になりおった。しかも、この技術を支えているのは、社長ではなくこの少年のようだ。当家が囲い込むのは、タケウチ工房ではなくこの少年と見るべきだろう)

 貴族が思考の縁に沈んだようなので、ちょっと波風を立ててみた。

「この金めっき技術は他にはありません。そのことはお分かりいただけていると思います。この純金にも匹敵するこの光沢と信頼性は、市場価値の極めて高いものであると思われます」

「まあ、それはその通りですね」

「例えばの話ですが。ドレミ伯がそのお知り合いなどにこれを紹介していただいた場合、その相手の人には20万するといっても納得していただけるのではありませんか?」

(うっ、ぐ。こやつ。私の考えを読んだのか?!)

「もちろん、当工房がそれだけの値段をもらおうとは考えていません。常に1本、12万8000で提供させていただきます」

(完全にこちらの腹を読まれているか。だが、それなら話は早い)

 ドレミ伯の脳裏には、さっきとは違った貴族の名前が浮かぶ。たかが金めっきだ。そんなものに1万なら出せても12万8000を出せる貴族はそれほど多くない。ごく一部の富裕層だけだ。

 1万を2万で売っても差額は1万に過ぎない。だが、12万8000で買って20万で売れば1本で7万2000の利益だ(ちなみにタケウチ工房の先月の売り上げとそんなに変わらない、わはははは)。

 当家ぐらいの資金力があって、技術保護に熱心な貴族、もしくは見栄張りの貴族か。

 コスミ伯は入れざるを得まいな。あとは中央にも顔が利くアルミ伯。隣の領地だが、シャチ公爵やトヨタ侯爵は有り余るほどの現金を持っていると聞く。口コミで噂が広まればまだまだニーズはあるだろう。少なくとも100本は行けそうだ……うわあっ。
 利益のあまりの多さに驚いたのだ。

「わ、分かった。その値段で手を打ちましょう。それで、この金めっきは量産は可能ですか?」
「残念なら、現在では月に8本程度が限界です」

 じじいが、おいおいそれは少ないだろ、という表情でこちらを睨んだ。これでいいのだ、と返しておいた。

「8本ですか。ちょっと少ないですね。それでは当家のものだけでも4ヶ月近くもかかってしまいます」
「これから設備投資と人材育成で、増産はするつもりです。しかし、それでも最終的に月に20本ぐらいが限度かと思われます。どうか、稀少品としての価値をお楽しみいただけますように」

(なるほど、一気に増やしたのでは商品の価値が落ちる。小出しにして利益率を高くしよう、ということだな。良い戦略だ)

(この小僧とは気が合いそうだ。それならここはぜひ、抑えておかなくてはなるまい)

「それじゃひとつだけ、こちらも条件を出させてもらいましょう」

 え? そそそそそそんなこと俺は知らねぇよ?

 じじいに任せた! と表情を作ったら、おう、と返事が来た。あーよかった。俺が考えていたのはここまでだ。まさかここで条件を出されるとは。俺はアドリブには弱いんだよ。

「この金めっき技術は大変優れています。この技術を他国にとられてはいけない」
「それは、もちろんこちらもそう考えますす。それで、条件とは?」
「この金めっきの販売について、ドレミ家との専属契約を結んでいただきたい。それが条件です」

 えっと? それってどういう???

「願ってもないことです。こちらこそそれでよろしくお願いします」

 じじい決断が早いな?! それで良いのか、大丈夫か? 専属ってことは他所には売れないということだろ。

「ただし、契約期限は1年としましょう。毎年この季節になったら契約を更新するということでどうでしょう」
「なるほど。では、最初だけは3年契約にしてもらいましょう。その後は1年ごとに更新ということで」

 うぅむ。しょせん俺はただのカイゼン屋だ。こうなると口を挟む隙はない。黙っていようっと。

 そんな地道なコマの取り合いのあと、契約は2年ごとに更新、値段は随時相談するということで落ち着いたようだ。

 ん? なにか疑問でも? ああ、生産数か。当面は、月に8本で最終的に20本と俺は言った。じじいも少ないと思っているようだったが、それが問題?

 単純な工数を考えるなら、月に1万本近くはできる。しかし、まさかそれだけの注文はあるまい。
 もし仮に注文が来たとしても、そんな急に市場を立ち上げたら、あっという間に単価は下がり商品寿命は短くなってしまう。それではこちらの利益は少ないのだ。

 どこにもない技術、というのは安売りしてはならない。2年後の再契約のときには、おそらく単価は2割は安くなっているだろう。その後もどんどん下がって行く。それが市場というものだ。その値崩れを自分から早めることはない。

 もう忘れているかもしれないけど、第18話で俺は「めっきで200万」の売り上げを見込むと言った。8本で100万。20本になれば250万だ。これで金めっきに関しては、だいたい俺の言ったことが現実になるのだから、問題はないだろ?

 さて、次は(俺がほとんど知らない)刀かな。
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