異世界でカイゼン

soue kitakaze

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第76話 黙ってりゃわかりゃしない

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 あれがああなってこうなって、これはこうなってこうで、あぁぁ面倒くさい。ぶつぶつ。ああなってこうなって、面倒くさいああだこうだこうだからああだ。ああ面倒くさい。まだ3つもあるのかよ、ああなってこうなってこうすると、あぁぁぁ間違えた消し消し消し、これはあれだからこうなって。

「なんか呪文を唱える特訓をしているようなノだ」
「いちいち面倒くさがっていて草ヨ」

 なんとでも言いやがれ。俺はあのときみたいな完全な計算することは放棄した。P値(有意差確率)なんていちいち求めていられるものか。
 F値まで計算したらだいたいの判断はできる。そこからあとはまあ、当てずっぽうだ。

「酷い計算もあったものなノだ」
「大丈夫なのかヨ、それで」

 大丈夫だ。F値計算なんて俺の他にできるやつはいないのだから、間違っていたとしても黙ってりゃ分かりゃしない。

「お得意の台詞が出たノだ!」
「それがお得意なのか。ユウらしいのだヨ」

「オウミ、この金めっき品の経時劣化試験をやってくれ。ちょっとできが悪いので、おそらく1日分くらいでいいはずだ」
「ほい、なノだ」
「ミノウは、この銑鉄の表面分析を頼む。不純物が入ってると思うが、それが何かを知りたい」
「分かったのだヨ」

 F値。カメラレンズの明るさを表す指標ではない。あれはフォーカスの頭文字である。

 ここでいうF値とは分散比のことである。効果のばらつきと誤差のばらつきの比である。F値が大きいほど有意差があると判断できる確率が高くなるのだ。

 このとき、俺は決心していた。絶対こいつらに統計計算の仕方を教えてやると。そしてこんな面倒な計算は全部そいつらにやらせようと。

「いや、我は子孫繁栄ノだな」
「だからそれは孫子曰くというのだヨ」

 いいからお前らは先祖代々黙ってやがれ。お前らはあてにしてねぇよ。狙いはまだ若いアチラとゼンシンだ。

 このふたりなら、教えれば計算ぐらいはできるようになるだろう。最後の判断だけを俺がすればいい。

 詳細は省くが、F値ぐらいなら単純な計算(面倒くさいだけで)だけでできるのだ。

 アチラとゼンシンにはせめてそこまでできるようになってもらおうと思う。……平方和とか理解できるやろか?
 ま、まあそれはそれとして、その知識は彼らの今後の人生できっと役に立つことになるだろう。

「職人にはあまり使い道がないと思うノだが?」

 スルー。

 あの壮絶なハルミの剣技のあと、時代は少しだけ動いた。イズナの進軍がどうも遅いということが判明し、最初ほどの緊迫感がなくなったのだ。もしかすると、ただのジェスチャーだったのかもしれないという観測も生まれている。

 そして、止まっていたドレミ伯爵からの金めっきの注文が再開したのである。アチラは金めっきに戻り、ニホン刀はヤッサンとゼンシン、包丁はヤッサンとモブ弟子たち、という形が定着した。これで、工房はフル稼働状態である。

「おい、アチラ。とりあえず3つの試験のデータ解析は終了したぞ」
「ユウさん、ありがとうございます。それでどうでしょうか」

「まずひとつ目。電流密度だが、ニッケルの電流密度は10から20(A/dm2)までの間のすべてで有意差はない。現状のままでいいということだ」
「そうですか。では、金はどうですか? そちらが本命なんです」

「そうなのか? ふたつ目。金めっきのほうは1(A/dm2)を越えると、剥離が発生するようだな。信頼性でも悪い結果がでている。上限は0.5ぐらいにしておくべきだろう。それ以上は意味はないようだ。今後のそういう試験は禁止だな」

「そうですか、分かりました。電流値を上げるのはダメなようですよ、コウセイさん」
「でも、どうして電流値を上げようと思ったんだ? 電流値を上げて金を余分つけてもコストが増えるばかりで無駄じゃないのか?」

「じつは最近、金の光沢が少し落ちたような気がするとコウセイさんが言ったのです。それで電流値を上げようかという話になったんです。光沢も改善していないので、意味はなかったようですが」

 そういう理由の試験だったのか。オウミの信頼性試験で異常はでていないから、問題になることはないだろう。
 だが、光沢は定量化ができないから、作業者の*カンに頼るしかないのだ。ミノウに金の濃度を測定させればよかったか。

*官能検査という。エロいことをするわけではない。人の感覚でする検査のことである。

「できあがったものならできるが、液体は無理なのだヨ」
「そうなのか?」
「我は土属性だから、固体じゃないと無理だヨ」
「いろいろと制限があるものだな」

「やはり金の濃度なのかぁ。アチラの言った通りだったな」
「コウセイさん、それはいったいどういう?」

「アチラは金の濃度が下がっているのではないかと、ずっと言ってたんだ。しかしどうにも信じられなくてな。シアン化金カリウムの補充は毎日やっているのに」

「アチラは、どうして金の濃度が下がったと思ったんだ?」
「朝に補充したときはいいのですが、午後になるとちょっと味が薄くなるんです」

 はい?

「ユウさんが毎日なめろって言ったんじゃないですか」

 あ、いや、言ったっけ、言ったかな。言ったな。はい、確かに言いました。だが。

「それはニッケルめっきの話だろ?!」
「え? 全部じゃなかったんですか?」
「お前、金めっきには猛毒のシアンが入ってんだぞ。そんなこと言うわけがないだろが」

「あれぇ。そうだったんですか。でも、あれから毎日なめてますけど、身体はなんともないですよ?」
「量が少ないからなんともないのだろうけど、それでなんともないのかよ」
「ユウさん、言葉が混乱してます。最近は慣れちゃって。ニッケルも慣れるとそんなにまずくはないかなって」

 慣れるなよ。魔法使いって身体に解毒機能でも持ってるのか?

「おかげで、日々の違いが良く分かるようになりました、あはははは」
「おかげでこちらは助かってはいる。前処理液の交換タイミングも今ではアチラの舌で判断してるしな。これからは金めっき浴の交換もアチラ頼りだ」

 お前の舌は分析装置かよ。もっとも、前の世界でも金めっき液をなめて濃度を当てられるって人がいたけどな(注:実話です)。

「アチラが大丈夫ならいいが、ちょっとでも体調が悪くなったらすぐに医者行けよ」
「はい、了解です。じゃあ、コウセイさん。金めっき浴の更新をしましょう」

 おかしな能力を身につけやがって。お前は天才か。

 そして3つ目の試験結果も報告したことで一段落ついた。しかし今度はヤッサンのやつか。はぁあ面倒くさいなぁもう、これがこうなってこうだからこうでああ面倒くさい。

「また始まったノだ」
「見ているのも退屈だから、我はゼンシンのとこに行ってくるヨ」
「あ、それじゃ我もミヨシのとこに行くノだ」

 ええと、こうだからああなってこうしてこうなってこうで、これはこうだから。

「「返事がない、ただの計算機のようだ」」

「じゃあ、行くか」
「うむ、行こう」

 よし、できた! 結果をヤッサンのところに持って……あそこは暑いんだよなぁ。ざっと一気に説明して終わろうっと。

「ということでだな、この接着用鉄の収量は、吹き込む風が当たりにくい場所でなおかつ高温多湿にするというふたつ条件がそろう(交互作用)と初めて有意となる。それからクロム鉱は12%入れたやつが一番良い結果だった」

「おお、ありがとうなユウ。ということは、だいたいゼンシンの予想通りか」
「はい。でもこうしてはっきりした数値で出るというのはすごいですね。これなら自信を持って作業にあたれます。ユウさん、ありがとうございました。これで一番必要な接着鉄は確保できそうです」

「なに、喜んでもらえて幸いだよ、じゃあ俺はこれで」
「刃になる炭素鋼とステンレス部分の鉄の試験などで、あと3つ試験をしたので、この計算もお願いしますね」
「だぁぁぁぁ。まだあるんかいっ」

「このひとつだけはちょっと急いでもらえますか。あとのふたつは後回しでもかまいません」

 全部後回しにしたいのだが。だが、そんなことよりもだ。

「分かった。じゃあまたな」

「この部屋から逃げたようだヨ」
「体質ですね」
「体質だな」

 あぢぃぃぃ。そしてまた面倒くさい宿題をもらってしまった。

 そんなこんなで、多忙を極める毎日である。忙しいのは苦にならないが、この忙しさはちょっと違う。

 俺は頭脳労働派なのに、ただの計算機に成り下がってしまった。あぁ、面倒くさい。
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