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第105話 現実世界で
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研究所からは当面金は出ない。そしてタケウチから金を取ろうにも(当面は)金がない。ってことは俺はいくら働いても金はもらえないと、そういうことか。
「なんかやる気なくした。もう帰って寝る」
「あーあ、ユウのやる気なくした宣言が発動したぞ」
「え? ちょっと待ってくださいよ、ユウ様。それはいったいどういうことで?」
「アスクル。俺はもうどうでも良くなった。引きこもりになる。ミヨシ、メシだけ俺の部屋に運んでくれ。もうそこから動かないから。じゃあ、部屋に帰って寝る」
「レクサスです。えっと。それで研究所のほうは」
「勝手にやれば? 俺はもう関わらない。知らない。やる気なくした俺をなめるな。俺がやる気をなくしたときには徹底的になにもしない男だ」
「格好つけたような口調で、ものすごいダメな男をアピールしてますが」
「ユウ、そんなことをしたらもうご飯を作ってあげないわよ?」
「じゃ、鉄も作らせてあげないよ」
「ううぅぐぐ」
あ、ミヨシに勝った。でも、それもこれもどうでもいいや、寝よう。起きたら自分の部屋だといいな、おやすみ。すやすやすや。
「寝ちゃったな。まだ6時過ぎだというのに。よほど腹に据えかねたようですな」
「え? いまユウ様が言っていたのはマジですか? それとも言ってみただけでしょうか、タケウチ社長?」
「こうなったらこいつは朝まで起きない。いつもあれもこれもと気を張り詰めているのだろうな。それだけに、なにかやる気を削ぐようなきっかけがあると、すぐにこうなっちゃうんだ。これは、レクサス殿、あなたの責任ですな」
「私は、契約の話をしただけなのですが」
「それがユウからやる気を奪ったのよ。レクサスさん、自覚してるんですか!」
ミヨシがいつになく強い口調で執事をなじる。
「そうだ。ユウはもともと身体は弱いし体力も筋力もない。そんなユウが、私たちのためにいろいろ考えて商品を作ってくれていたのだ。そのユウから一番大切なものを奪ったのはあなたですよ、侯爵様!」
ハルミは侯爵に狙いを定めたようだ。
エースは、え? 俺? 的な顔をしている。
「ユウがやる気をなくしても、私たちはまだいままでの商品を作っていれば良いですが、これから商品を開発しないといけない研究所は、大変困ったことになるのではありませんか?」
これはソウである。次期社長なだけあって研究所の運営のことを真っ先に考えたようだ。それが見事にふたり(エースとレクサス)の壺にはまった。ユウは本気でなにもしないつもりでいるのか。そうなったら一番困るのは。
「「俺たちじゃないか。うぐぐっげごごご!!」」
「確か独立採算性とか言ってましたな、侯爵どの」
「は、はい。そうです。年度末までに利益を出す目処が立たなければ、来年度の出資金が凍結されます。それより私のトヨタ家での立場が……」
「そんなことよりも、僕の魔ノミはどうしてくれるんですか!」
「俺の魔釣り竿もすでに予約してあるんだぞ!」
「魔カナヅチでもっとすごい刀を作りたいのに邪魔をするのか!」
「私は魔まな板を」
「ワシには魔入れ歯だ」
それさえなければお前らは良いやつなんだけどな!
「どうするんだ、レクサス。この件はお前にまかせてあったはずだ」
「は、はい。いえ、こんなことになるなんて、想像もできませんでした。冗談だと思っていたのに、マジでこういうことをするお人だったとは。困りました」
「なぁに、困ることはないぞ、レクサス殿」
「え? どういうことですか、社長」
「ユウはな、改善とかいうものが好きで好きでしかたないのだ。だから、改善のネタだけを提供してやれば、黙っていても勝手に働くやつだ」
「し、しかし。すでにネタはいくらでもあると言ってました。それでもこうなってしまったのですが」
「うむ。へそを曲げてしまったからな。まずはそれを戻すことを考えるべきであろう」
「それには、いったいどうすれば良いのでしょう」
「ミヨシがおっぱい出せば機嫌も治ると思いだぁぁぁぁぁぁい!! ミヨシ無茶すんな!!」
「ハルミ姉さんは黙ってて!!」
(あのときも揉むだけはしたが、起きなかったヨ)
(ミノウ様!!)
(あ、すまぬのだヨ)
「一晩寝れば、元に戻っていることもあるのだが」
「今回はどうでしょうね」
「とりあえず、様子を見るか」
「だな。こいつの内心までは分からんし」
「じゃあ、ハルミとミヨシでユウを部屋に運んでやってくれ。それからこの大部屋使って俺たちは」
「「「宴会だ!!!」」」
そして飲めや歌えや斬れや騒げやの大宴会となるのである。
……ちょっと待て。
飲めや→分かる。騒げや→分かる。斬れや→ってなんだ?
そんな宴会があったことも知らずに、俺は次の日旅館の部屋で目を覚ました。
ふぁれ? 誰もいない……? コウセイさんとアチラと同室だったのだが、ふとんは敷いてあるが使った様子がない。なぜに?
まだ半分覚醒の状態で、むっくりふとんから出るとちょっと寒い。もう秋なんだなと実感する。
お腹空いたな。旅館の朝食は、起きてからそれぞれのタイミングで食べればいいことになっていたはずだ。ただし10時までだったと思う。
俺の体内時計は朝9時を示している。それ以外の時間に起きたことはないからきっとそんなもんだ。それなら朝食の準備は終わっている。他に誰かいるかもしれないし行ってみよう。
それにしてはなんか暗いなと思いながら、食堂までてこてこと歩いて行く。
ドアを開けると、そこは戦場さながらの光景であった。死屍累々である。いったいなにがあったのか。だいたい想像はつくが、俺はそいうことは気にならないタチだ。それよりメシだメシ。
死体を避けながら(ときどき踏んづけたらぐえっって音がしたが)テーブルにたどり着く。
いつもならこうして座っていれば、暖かいご飯が運ばれてくるのだが誰も来ない。寒い。足が冷たい。暖房ぐらい入れやがれ。床で寝ているやつ、酔いが覚めたら凍死するぞ。
ミノウ? と呼んでみるが返事はない。あいつもこの累々の中にいるのか? 俺の前には伏せられた茶碗と箸があるだけだ。
こういうとき、俺のいた世界ではどうするのが作法なのか。それを不意に思い出した。
チンチン。朝ご飯まだー? チンチン。
誰も来ない。おぉーい。チンチン。まだー? 待ちくたびれたー お腹空いたー チンチン。めっしまだっか。
そのとき、累々の中からひとりが不意に立ち上がった。
おや、こなたのそなたはハルミではないか。これはいったいどうしたことだ。俺の朝ご飯はいったいどこに、
「斬る!!」
なんでだよ!! しかしその直後、バタンと音を立てて崩れ落ちた。
「ぐでぇぇぇすいすいすいすい」
そしてハルミは水辺を泳ぐように永遠の眠りについた。かどうかは知らない。
「寝ぼけただけかよ!! 脅かすなよ。俺は思い切り目が覚めちゃったじゃないか」
まだご飯食べてないのに。あ、沢庵の切れっぱしみっけこりこりこり。うむ、うまいこりこり。しかしむなしい。ご飯が欲しい。ご飯だけはきついが、ご飯がないのはもっときつい。沢庵だけはさらにきつい。
まったくもう。客が席に着いているというのに、なんでこの旅館はほったらかしにするんだ。どこがお・も・て・な・しだ。これじゃあ外国人観光客なんか来ないぞ。どこかの五輪か。
と怒ってみるが、それにしても様子がおかしい。ほんとにこれが朝の9時か? ふと窓を見る。カーテンがかかっていたので、そこまで歩いて行きじゃわっと開けると。
「なんで真っ暗なんだ? もしかして、まだ夜の9時か? あれ、俺って寝たのはいったい何時だったっけ?」
そしてようやくそこにある時計の存在に気がついた。3時半……だと?
……ということは。朝の3時半。ですかね? ですよね?
だからこいつらみんな寝てるんか。宴会をやってそのまま寝てしまったのか。おそらく、終わったのはついさっきなんだろうなぁ。変な時間に寝てしまったので、こんな時間に起きてしまったのだ。
ってことは現在起きているのは、俺だけってことか。
(・∀・)! 俺だけ?
なんかワクワクしてきたただおら。
誰にも邪魔されず、なんでもやり放題じゃね? なんでも……なんでも……なんでも? なにをすることがある?
気温は低い。足下から冷えてきた。ここにいたところで、食い物は沢庵ぐらいしかない。酒は残っているようだが、それはいらない。お茶も冷え冷えなので飲みたくない。
こんな状態でひとりでできること……。そして思い付いた。俺は温泉旅館に泊まっていたのだった。
「そうだ、温泉に行こう!」
旅行会社のキャッチフレーズみたいにそうつぶやいて、俺はタオルだけを持って風呂場に直行した。
寒っ寒っ。風呂場までの廊下寒っ。両手で身体を抱きかかえるようにして、小走りで脱衣所に入ろうとしてそこでふと考えた。
いま、起きているのは俺だけだ。シャワー壁が稼働中かどうかは分からないが、いまなら女湯におおっぴらに入れるのではないか。
そんなちょっとした冒険心である。そこには女湯の脱衣所という未知の世界がある。同じ作りかもしれないが、なにかが違うかもしれない。ブラジャーとかが落ちていたら、拾って自分の宝物にしよう。
なんて思ってないんだからね? しばらく身につけようとか、考えてないんだからね? ましてや匂いをかごうなんて。
……ひとりボケはつまらないので止めておこう。ともかく、そんな気分で女湯と書かれた入り口から中に入った。
見渡してみる。男湯よりは広いようだが、特に変わったところはない。落とし物もないようだ。つまらん。寒いからさっさと入って暖まろう。
そして着ているものを全部脱いで、脱衣所から外の温泉に向かう。うわぁぁお。めっさ寒い。これはもう冬じゃないのかと思うぐらい寒い。
あ、噴水壁は止まっているな。あれは客のいるときだけにするのだから当然か。こうなると、男湯も女湯も区別がないな。なんで俺、わざわざ女湯から入ったんだろう。
そんな観察もそこそこに、寒さのあまり俺はかけ湯なんて作法も忘れて、一目散に湯船を目指した。そして途中でなにかに躓いた。
どわぁぁぁと、その勢いのまま湯船にどっぱぁぁぁぁぁんと子気味良い音を立てて頭から飛び込んだ形となった。
痛ったぁ。お湯で腹を打った! 痛いっ。それと熱い。それからもっと痛いっ。どっちだよ! 熱くて痛い。両方だ! 熱痛いっ熱痛いっ熱痛いっ。
なんだこれは熱湯風呂かよ。我慢して入っていた分だけ宣伝でもできるのか。ダメだ、もう出るむぎゅぅぅぅぅぅぐぇ。
冷え切った身体に42度ほどのお湯は熱湯に感じられたのだ。いや、それはまだいい。
あまりの熱さに出ようとしたら、なにかにひっかかって出られない。ぐぅぇぇぇ。もげっ。熱っ熱っ熱っ痛い。ばじゃばじゃごえ熱熱っ。熱痛い、あれ? ミヨシさん?
「いきなり飛び込んで来たと思ったら、なんですぐ逃げて行くのよ。夜這いならもっと落ち着いてやんなさいよ」
「いや、落ち着いている場合じゃない。熱いっての。離せ。熱い。こらあっち行け。背中が尻がモモがひりひりするんだよ。夜這いってなんだよ。そんな習慣は俺の世界ですでに絶えて久しい熱い熱い熱っ熱っ。離せこら!」
「ここで会ったが100年目」
「敵討ちかよ! いいから離せ。一旦外に出る。でないと熱くて……熱くて……平気かな?」
「やっと皮膚が慣れたのね。ここ、そこまで熱くはないわよ」
「そ、そうか。それならいいや。むぎゅぅぅ」
「それでさっそく揉み始めるのか!」
「いや、安心したとこに、おっぱいがあれば揉むだろ普通。他にすることもないしもにもに」
「ちょっと、ちょっと離しなさいよ!」
さっきとは立場逆転なのだわはははもにもに。ああ、いい湯だな。
「いい湯だな、じゃないっての。痛いんだからそんなに強く揉むな」
「あれ、痛かったのか。それはすまなんだもににもにに」
「よし、そのぐらいならOK」
OKが出た。
俺とミヨシは露天風呂に並んで入っている。俺はミヨシの背中から手を回し、右手で右側のおっぱいを揉みしだく。同時に、左のおっぱいは左手を伸ばして揉みしだく。
ああ、いい湯である。
「この体勢でお湯の感想なの?!」
「ところでミヨシ」
「な、なによ」
「なんでここにいる?」
「夢よ」
「はい?」
「これはユウの中の夢の出来事なの。だからユウに都合の良い設定になっているのよ」
「もにもにもに。そうなのか。それにしてはやけにリアルな揉み応えがうぐぐぐぐぅ?」
「ほらね。私がユウにキスなんかするはずがないでしょ? 夢なのよ、これは、ゆ・め」
「そ、そうなのか。夢でもいいや。夢ならもうしばらく覚めませんようにっともにもにもに」
「あんたはどうしてもおっぱいのほうに気持ちが行くのね」
「ええ、根が好きなものでもにもに。しかし、でっかいなぁ。Gカップぐらいある?」
「なにそれ、知らないわよ。サイズなら88cmよ。ハルミ姉さんは90あるから私のほうが少し小さいね」
「そうなのか。あれが90cmのおっぱいだったのいだだだだだ。痛い痛いだ、だから小指を反対側に曲げるなって、あれ? 夢にしては熱かったり痛かったりするのはなんでだ?」
「現実世界で誰かが指を曲げてんじゃないの?」
「そんなことが起こってたら怖いわ!!」
もうそろそろかしら?
「ユウはハルミ姉さんの裸を見たでしょ」
「ええ、そりゃもう、アソコまではっきりくっりきと」
「私のは?」
「そりゃもう、アソコまではっきりくっきりむっちりと」
「1単語多いけど! やっぱりそうか。そういうとき男はね、目を背けてあげるのが紳士の嗜みってものなのよ。今度からはそうしなさいよ」
「無茶を言うな。俺は見たいものはじっくり観察するタイプなんだ。こんな美しいものが目の前にあるのに、そこから目を背けるなんてできるものですふぁぁぁぁ? あれ?」
「じゃあ、私だけは見ていいことにしてあげる。だけど、他の人はダメ。いい? 分かった? 約束よ!」
「ふぁぁぁぁかった。こんどふぁらなそうふる……」
あ、のぼせた。やれやれやっとか。
素っ裸のユウを運ぶのは大変そうだけど、ひとりでやらなきゃね。これは夢なんだから。
私も見られたし揉まれたし。ちょっとぐらいひっぱってみてもいいかな。ぴにょーん。あははは可愛いー。ぴにょーーん。あはははは面白ーい。
おっといけない。裸でこんなことしていると風邪を引いてしまう。よいしょっと。いつもは姉さんがメインで運んでいるけど、けっこう重いのね。こういうとこは華奢でも男の子ね。
そんなことがあったとはつゆ知らず、次の日。やや寝不足気味の俺は9時にたたき起こされた。
「いつまで寝ている。ユウ、帰るぞ!」
「ふぁぁぁぁい」
はい。関ヶ原編の完結です。
「なんてしまりのない完結なのだヨ」
「なんかやる気なくした。もう帰って寝る」
「あーあ、ユウのやる気なくした宣言が発動したぞ」
「え? ちょっと待ってくださいよ、ユウ様。それはいったいどういうことで?」
「アスクル。俺はもうどうでも良くなった。引きこもりになる。ミヨシ、メシだけ俺の部屋に運んでくれ。もうそこから動かないから。じゃあ、部屋に帰って寝る」
「レクサスです。えっと。それで研究所のほうは」
「勝手にやれば? 俺はもう関わらない。知らない。やる気なくした俺をなめるな。俺がやる気をなくしたときには徹底的になにもしない男だ」
「格好つけたような口調で、ものすごいダメな男をアピールしてますが」
「ユウ、そんなことをしたらもうご飯を作ってあげないわよ?」
「じゃ、鉄も作らせてあげないよ」
「ううぅぐぐ」
あ、ミヨシに勝った。でも、それもこれもどうでもいいや、寝よう。起きたら自分の部屋だといいな、おやすみ。すやすやすや。
「寝ちゃったな。まだ6時過ぎだというのに。よほど腹に据えかねたようですな」
「え? いまユウ様が言っていたのはマジですか? それとも言ってみただけでしょうか、タケウチ社長?」
「こうなったらこいつは朝まで起きない。いつもあれもこれもと気を張り詰めているのだろうな。それだけに、なにかやる気を削ぐようなきっかけがあると、すぐにこうなっちゃうんだ。これは、レクサス殿、あなたの責任ですな」
「私は、契約の話をしただけなのですが」
「それがユウからやる気を奪ったのよ。レクサスさん、自覚してるんですか!」
ミヨシがいつになく強い口調で執事をなじる。
「そうだ。ユウはもともと身体は弱いし体力も筋力もない。そんなユウが、私たちのためにいろいろ考えて商品を作ってくれていたのだ。そのユウから一番大切なものを奪ったのはあなたですよ、侯爵様!」
ハルミは侯爵に狙いを定めたようだ。
エースは、え? 俺? 的な顔をしている。
「ユウがやる気をなくしても、私たちはまだいままでの商品を作っていれば良いですが、これから商品を開発しないといけない研究所は、大変困ったことになるのではありませんか?」
これはソウである。次期社長なだけあって研究所の運営のことを真っ先に考えたようだ。それが見事にふたり(エースとレクサス)の壺にはまった。ユウは本気でなにもしないつもりでいるのか。そうなったら一番困るのは。
「「俺たちじゃないか。うぐぐっげごごご!!」」
「確か独立採算性とか言ってましたな、侯爵どの」
「は、はい。そうです。年度末までに利益を出す目処が立たなければ、来年度の出資金が凍結されます。それより私のトヨタ家での立場が……」
「そんなことよりも、僕の魔ノミはどうしてくれるんですか!」
「俺の魔釣り竿もすでに予約してあるんだぞ!」
「魔カナヅチでもっとすごい刀を作りたいのに邪魔をするのか!」
「私は魔まな板を」
「ワシには魔入れ歯だ」
それさえなければお前らは良いやつなんだけどな!
「どうするんだ、レクサス。この件はお前にまかせてあったはずだ」
「は、はい。いえ、こんなことになるなんて、想像もできませんでした。冗談だと思っていたのに、マジでこういうことをするお人だったとは。困りました」
「なぁに、困ることはないぞ、レクサス殿」
「え? どういうことですか、社長」
「ユウはな、改善とかいうものが好きで好きでしかたないのだ。だから、改善のネタだけを提供してやれば、黙っていても勝手に働くやつだ」
「し、しかし。すでにネタはいくらでもあると言ってました。それでもこうなってしまったのですが」
「うむ。へそを曲げてしまったからな。まずはそれを戻すことを考えるべきであろう」
「それには、いったいどうすれば良いのでしょう」
「ミヨシがおっぱい出せば機嫌も治ると思いだぁぁぁぁぁぁい!! ミヨシ無茶すんな!!」
「ハルミ姉さんは黙ってて!!」
(あのときも揉むだけはしたが、起きなかったヨ)
(ミノウ様!!)
(あ、すまぬのだヨ)
「一晩寝れば、元に戻っていることもあるのだが」
「今回はどうでしょうね」
「とりあえず、様子を見るか」
「だな。こいつの内心までは分からんし」
「じゃあ、ハルミとミヨシでユウを部屋に運んでやってくれ。それからこの大部屋使って俺たちは」
「「「宴会だ!!!」」」
そして飲めや歌えや斬れや騒げやの大宴会となるのである。
……ちょっと待て。
飲めや→分かる。騒げや→分かる。斬れや→ってなんだ?
そんな宴会があったことも知らずに、俺は次の日旅館の部屋で目を覚ました。
ふぁれ? 誰もいない……? コウセイさんとアチラと同室だったのだが、ふとんは敷いてあるが使った様子がない。なぜに?
まだ半分覚醒の状態で、むっくりふとんから出るとちょっと寒い。もう秋なんだなと実感する。
お腹空いたな。旅館の朝食は、起きてからそれぞれのタイミングで食べればいいことになっていたはずだ。ただし10時までだったと思う。
俺の体内時計は朝9時を示している。それ以外の時間に起きたことはないからきっとそんなもんだ。それなら朝食の準備は終わっている。他に誰かいるかもしれないし行ってみよう。
それにしてはなんか暗いなと思いながら、食堂までてこてこと歩いて行く。
ドアを開けると、そこは戦場さながらの光景であった。死屍累々である。いったいなにがあったのか。だいたい想像はつくが、俺はそいうことは気にならないタチだ。それよりメシだメシ。
死体を避けながら(ときどき踏んづけたらぐえっって音がしたが)テーブルにたどり着く。
いつもならこうして座っていれば、暖かいご飯が運ばれてくるのだが誰も来ない。寒い。足が冷たい。暖房ぐらい入れやがれ。床で寝ているやつ、酔いが覚めたら凍死するぞ。
ミノウ? と呼んでみるが返事はない。あいつもこの累々の中にいるのか? 俺の前には伏せられた茶碗と箸があるだけだ。
こういうとき、俺のいた世界ではどうするのが作法なのか。それを不意に思い出した。
チンチン。朝ご飯まだー? チンチン。
誰も来ない。おぉーい。チンチン。まだー? 待ちくたびれたー お腹空いたー チンチン。めっしまだっか。
そのとき、累々の中からひとりが不意に立ち上がった。
おや、こなたのそなたはハルミではないか。これはいったいどうしたことだ。俺の朝ご飯はいったいどこに、
「斬る!!」
なんでだよ!! しかしその直後、バタンと音を立てて崩れ落ちた。
「ぐでぇぇぇすいすいすいすい」
そしてハルミは水辺を泳ぐように永遠の眠りについた。かどうかは知らない。
「寝ぼけただけかよ!! 脅かすなよ。俺は思い切り目が覚めちゃったじゃないか」
まだご飯食べてないのに。あ、沢庵の切れっぱしみっけこりこりこり。うむ、うまいこりこり。しかしむなしい。ご飯が欲しい。ご飯だけはきついが、ご飯がないのはもっときつい。沢庵だけはさらにきつい。
まったくもう。客が席に着いているというのに、なんでこの旅館はほったらかしにするんだ。どこがお・も・て・な・しだ。これじゃあ外国人観光客なんか来ないぞ。どこかの五輪か。
と怒ってみるが、それにしても様子がおかしい。ほんとにこれが朝の9時か? ふと窓を見る。カーテンがかかっていたので、そこまで歩いて行きじゃわっと開けると。
「なんで真っ暗なんだ? もしかして、まだ夜の9時か? あれ、俺って寝たのはいったい何時だったっけ?」
そしてようやくそこにある時計の存在に気がついた。3時半……だと?
……ということは。朝の3時半。ですかね? ですよね?
だからこいつらみんな寝てるんか。宴会をやってそのまま寝てしまったのか。おそらく、終わったのはついさっきなんだろうなぁ。変な時間に寝てしまったので、こんな時間に起きてしまったのだ。
ってことは現在起きているのは、俺だけってことか。
(・∀・)! 俺だけ?
なんかワクワクしてきたただおら。
誰にも邪魔されず、なんでもやり放題じゃね? なんでも……なんでも……なんでも? なにをすることがある?
気温は低い。足下から冷えてきた。ここにいたところで、食い物は沢庵ぐらいしかない。酒は残っているようだが、それはいらない。お茶も冷え冷えなので飲みたくない。
こんな状態でひとりでできること……。そして思い付いた。俺は温泉旅館に泊まっていたのだった。
「そうだ、温泉に行こう!」
旅行会社のキャッチフレーズみたいにそうつぶやいて、俺はタオルだけを持って風呂場に直行した。
寒っ寒っ。風呂場までの廊下寒っ。両手で身体を抱きかかえるようにして、小走りで脱衣所に入ろうとしてそこでふと考えた。
いま、起きているのは俺だけだ。シャワー壁が稼働中かどうかは分からないが、いまなら女湯におおっぴらに入れるのではないか。
そんなちょっとした冒険心である。そこには女湯の脱衣所という未知の世界がある。同じ作りかもしれないが、なにかが違うかもしれない。ブラジャーとかが落ちていたら、拾って自分の宝物にしよう。
なんて思ってないんだからね? しばらく身につけようとか、考えてないんだからね? ましてや匂いをかごうなんて。
……ひとりボケはつまらないので止めておこう。ともかく、そんな気分で女湯と書かれた入り口から中に入った。
見渡してみる。男湯よりは広いようだが、特に変わったところはない。落とし物もないようだ。つまらん。寒いからさっさと入って暖まろう。
そして着ているものを全部脱いで、脱衣所から外の温泉に向かう。うわぁぁお。めっさ寒い。これはもう冬じゃないのかと思うぐらい寒い。
あ、噴水壁は止まっているな。あれは客のいるときだけにするのだから当然か。こうなると、男湯も女湯も区別がないな。なんで俺、わざわざ女湯から入ったんだろう。
そんな観察もそこそこに、寒さのあまり俺はかけ湯なんて作法も忘れて、一目散に湯船を目指した。そして途中でなにかに躓いた。
どわぁぁぁと、その勢いのまま湯船にどっぱぁぁぁぁぁんと子気味良い音を立てて頭から飛び込んだ形となった。
痛ったぁ。お湯で腹を打った! 痛いっ。それと熱い。それからもっと痛いっ。どっちだよ! 熱くて痛い。両方だ! 熱痛いっ熱痛いっ熱痛いっ。
なんだこれは熱湯風呂かよ。我慢して入っていた分だけ宣伝でもできるのか。ダメだ、もう出るむぎゅぅぅぅぅぅぐぇ。
冷え切った身体に42度ほどのお湯は熱湯に感じられたのだ。いや、それはまだいい。
あまりの熱さに出ようとしたら、なにかにひっかかって出られない。ぐぅぇぇぇ。もげっ。熱っ熱っ熱っ痛い。ばじゃばじゃごえ熱熱っ。熱痛い、あれ? ミヨシさん?
「いきなり飛び込んで来たと思ったら、なんですぐ逃げて行くのよ。夜這いならもっと落ち着いてやんなさいよ」
「いや、落ち着いている場合じゃない。熱いっての。離せ。熱い。こらあっち行け。背中が尻がモモがひりひりするんだよ。夜這いってなんだよ。そんな習慣は俺の世界ですでに絶えて久しい熱い熱い熱っ熱っ。離せこら!」
「ここで会ったが100年目」
「敵討ちかよ! いいから離せ。一旦外に出る。でないと熱くて……熱くて……平気かな?」
「やっと皮膚が慣れたのね。ここ、そこまで熱くはないわよ」
「そ、そうか。それならいいや。むぎゅぅぅ」
「それでさっそく揉み始めるのか!」
「いや、安心したとこに、おっぱいがあれば揉むだろ普通。他にすることもないしもにもに」
「ちょっと、ちょっと離しなさいよ!」
さっきとは立場逆転なのだわはははもにもに。ああ、いい湯だな。
「いい湯だな、じゃないっての。痛いんだからそんなに強く揉むな」
「あれ、痛かったのか。それはすまなんだもににもにに」
「よし、そのぐらいならOK」
OKが出た。
俺とミヨシは露天風呂に並んで入っている。俺はミヨシの背中から手を回し、右手で右側のおっぱいを揉みしだく。同時に、左のおっぱいは左手を伸ばして揉みしだく。
ああ、いい湯である。
「この体勢でお湯の感想なの?!」
「ところでミヨシ」
「な、なによ」
「なんでここにいる?」
「夢よ」
「はい?」
「これはユウの中の夢の出来事なの。だからユウに都合の良い設定になっているのよ」
「もにもにもに。そうなのか。それにしてはやけにリアルな揉み応えがうぐぐぐぐぅ?」
「ほらね。私がユウにキスなんかするはずがないでしょ? 夢なのよ、これは、ゆ・め」
「そ、そうなのか。夢でもいいや。夢ならもうしばらく覚めませんようにっともにもにもに」
「あんたはどうしてもおっぱいのほうに気持ちが行くのね」
「ええ、根が好きなものでもにもに。しかし、でっかいなぁ。Gカップぐらいある?」
「なにそれ、知らないわよ。サイズなら88cmよ。ハルミ姉さんは90あるから私のほうが少し小さいね」
「そうなのか。あれが90cmのおっぱいだったのいだだだだだ。痛い痛いだ、だから小指を反対側に曲げるなって、あれ? 夢にしては熱かったり痛かったりするのはなんでだ?」
「現実世界で誰かが指を曲げてんじゃないの?」
「そんなことが起こってたら怖いわ!!」
もうそろそろかしら?
「ユウはハルミ姉さんの裸を見たでしょ」
「ええ、そりゃもう、アソコまではっきりくっりきと」
「私のは?」
「そりゃもう、アソコまではっきりくっきりむっちりと」
「1単語多いけど! やっぱりそうか。そういうとき男はね、目を背けてあげるのが紳士の嗜みってものなのよ。今度からはそうしなさいよ」
「無茶を言うな。俺は見たいものはじっくり観察するタイプなんだ。こんな美しいものが目の前にあるのに、そこから目を背けるなんてできるものですふぁぁぁぁ? あれ?」
「じゃあ、私だけは見ていいことにしてあげる。だけど、他の人はダメ。いい? 分かった? 約束よ!」
「ふぁぁぁぁかった。こんどふぁらなそうふる……」
あ、のぼせた。やれやれやっとか。
素っ裸のユウを運ぶのは大変そうだけど、ひとりでやらなきゃね。これは夢なんだから。
私も見られたし揉まれたし。ちょっとぐらいひっぱってみてもいいかな。ぴにょーん。あははは可愛いー。ぴにょーーん。あはははは面白ーい。
おっといけない。裸でこんなことしていると風邪を引いてしまう。よいしょっと。いつもは姉さんがメインで運んでいるけど、けっこう重いのね。こういうとこは華奢でも男の子ね。
そんなことがあったとはつゆ知らず、次の日。やや寝不足気味の俺は9時にたたき起こされた。
「いつまで寝ている。ユウ、帰るぞ!」
「ふぁぁぁぁい」
はい。関ヶ原編の完結です。
「なんてしまりのない完結なのだヨ」
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これは、剣ではなく契約で世界を制圧する男の物語。
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価値を見抜き、価値を操り、世界に値札を付ける――
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その境界線を踏み越えながら、蓮司は異世界そのものを経営していく。
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私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~
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聖女シリーズ第一弾「正しい聖女さまのつくりかた」
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初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
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