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第156話 パンを焼く
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「モナカ、強力粉用の小麦の栽培って進んでいるか?」
「はい。研究所の裏に作った畑に、先月作付けを済ませています。来年の梅雨前には収穫できると思いますよ」
「そうか。この間かなりの大雨が降ったが生育は順調だろうか?」
「ええと、私がこちらにいる間は、畑の管理をミヨシにまかせてあります。異常があったら知らせてくれと言ってあります。そういう話がまだないので大丈夫だったとは思うのですが」
「ミヨシは専門家ではないし、他の仕事もある。ちょっと心配だな。モナカ、オウミに送ってもらって、一度ミノ国に帰ってもらうとしよう。こちらの仕事が一段落したら、お前が畑を確認してきてくれ」
「分かりました。確認してきます」
「それと、エチ国側のほうは小麦を作ってくれているよな?」
「コメの田んぼをいくつか潰して畑にしたようです。イズナ様が見てきてくれました。ただし、今回は薄力粉用ですけど」
「それでいい。まずは高品質な小麦が収穫できることが大事だ」
「ところで私がミノに行くと、ちょっと心配があるんですが」
「なんだ、やり残したことでもあるのか?」
「私がいない間に所長のセクハラが炸裂しないかと心配で」
「そっちかよ! やかましいわ。そんなやたらめったらにそんなことするか」
「さっきもユウコの胸を揉んでましたけど」
「いや、あれはだな。朝の挨拶というか、それはその。セ、セクハラってのはだな、相手が嫌がるから問題なんだろうが」
「あと、スクナへの教育上もよろしくないかと」
「そんなのは大人の傲慢な思い込みだ。子供ってのは、親が自分の好き嫌いで考えているような単純な生き物じゃない。それにセクハラにしても、苦情を言って良いのはされた本人だけだ。回りの関係ないやつが騒ぐのは間違っている」
「じゃ、ミヨシにそう伝えておきますね」
「あ、少し言い過ぎました。すみませんです。それだけはやめて!!」
いかん。こいつらはもう俺への対処法をマスターしている上に、女性ネットワークまで築いていやがる。
「それと、ミノ国に行くときはスクナも一緒に連れていってくれ」
「「ええっ?」」
「ふたりで一緒に驚くなよ。スクナは一度あちらの人と会ってこい。いずれ一緒に働く人たちだ。それと、こちらの甜菜糖を持って行って、いま苦戦しているちょこれいと作りに使うように言ってくれ。ついでに状況報告を頼む。ウエモンの話はさっぱり分からんのだ」
「ユウさんは行かないの?」
「俺はこちらでやらなきゃいけない仕事があるから、もう少しこちらにいることになる」
「さっきはひたすらひとりでイテコマシをしていたノだ?」
「いま、仕事ができたんだよ」
で、たったいまできたばかりの仕事をするわけである。俺は例によって口だけだけど。
「それはともかくとして。材料がそろったら始めるぞ。スクナ、作業はお前にまかせる」
「分かった」
「まず、このボウルに小麦粉100グラム、甜菜糖を20グラムと塩2グラムを入れて、めっちゃ混ぜる」
「ぐりぐりぐりぐり、はい」
「そこにモナカ酵母を2グラムと牛乳を100ミリリットル入れて、めっちゃ混ぜる」
「ぐりぐりぐりぐり、はい」
「モナカ酵母なんて名前じゃないんですけど。私が発見したってだけですよ?」
「モナカは気にすんな。スクナは力が強いから早くできて助かるよ。粘りが出てくるまでさらにめっちゃ混ぜる」
「ぐりぐりぐりぐり、はい……だんだん固くなってきました」
「もう箸では無理だな。木のヘラに交換してさらに混ぜる」
「ねりねりねりねり、はい」
「うむ、そんな感じだろう。それを、ひとつかみほどちぎって丸める。お団子が3つはできるだろう」
「こねこね、まるまるまると。3つできたよ。これで完成?」
「もう少し頑張れ。それをまな板の上で、さらにこねこねする」
「こねこねこねこね。これ疲れるこねこねこね」
「うむ。がんばれ」
「こねこねこねこねこぬこぬこぬこぬこ」
「途中から言葉が変わってんぞ」
「あれそうだっけ? こんなもんでいいですか?」
「一度ビローンと伸ばしてみてくれ」
「ビロー、あ、ちぎれた」
「ああ、もうちょっとぬこが必要だ」
「はい、ぬこぬこぬこぬこぬこ」
「ねえ、スクナ? 私のぬこが恐がっているので、そのかけ声止めてあげてくれない? 自分が引き延ばされているみたいに感じがするって」
「あ、すみません。このかけ声にするとなんか調子が良くて。こねこねこね。ビローン。あ、けっこう伸びるようになったよ」
「よし、そしたら伸ばした真ん中にバターを3グラムほど入れて包み込む」
「つつみつつみ、はい」
「で、またこねる」
「なんかベタベタするんですが。べたべた」
「最初のうちだけのはずだ。そのうちつるつるした生地になる」
「べたべたこねこねこね、あ、ほんとだ。こねこぬこぬこぬこ」
「……どうしてもぬこになるのね」
「ぬこぬこぬこぬこ。あ、つるつるしてきた」
「バターが全体に行き渡ったな。そしたらこの火鉢の近くでしばらく放置だ。あとはモナカ酵母が働いてくれる」
「ああ、ここからが酵母の仕事なのですね?」
「そう、モナカ酵母が中の砂糖を使って発酵する。そのときに出る二酸化炭素が生地をふっくらさせるんだ」
「「へぇぇ」」
「生地が乾燥しないように、濡らした布巾を掛けておこう」
「小麦を発酵させるなんて、誰も思い付きませんよ」
「そうだろうな。漬物にしても納豆にしても、発酵させること自体が目的だ。だがこれは発酵させたときに出る二酸化炭素を使っているだけだからな。しかし、これがないとカチンカチンの石みたいなパンを食べるはめになる。それじゃぁうまくないんだよ」
「「「パンってなんですか???」」」
ふっふっふ。俺のいた世界で、小麦が一番使われる食品、それがパンだ。即席麺の3倍以上も使われているのだ。それがここで受けないはずはない。
「まあ、食べてみれば分かる。これはこの国に革命をもたらすだろう。保存も利いて調理が簡単。しかも寒冷に強い小麦だから、ホッカイ国でもエチ国でも生産が可能だ。粉にすればいくらでも保存できて冬の貯蔵にも向いている」
「へぇぇ。あとは食べることができれば良いのですね」
「食べられるのは当たり前だよ。元は小麦なんだから。おいしく食べられないとダメなんだ」
「あ、なんか大きくなってる!? ふくらんできたってこと?」
「そのようだな。大きくなるのが止まったら……あれ、どうやって焼こう? モナカ、ここにはオーブン……窯ってあるか?」
「え、えっと。大学に行けばありますけど、ここにはそんな設備がありません」
「しまった。焼くことを考えていなかった。大学まで運ぶか」
「ここで焼けばいいんじゃない?」
スクナがそう言って指さしたのは、火鉢である。
「家ではいつもこういうふうにお餅を焼くよ?」
「えぇと。そうだな、できないことはないか。温度は充分あるし、片面ずつ焼けばいいのかな? じゃあ最後の仕上げだ。スクナ、叩いてくれ」
「はい、ぽかすかぽかぽかぽかすか」
「痛い痛い痛い。馬鹿たれ! 俺じゃねぇ! 生地だ、生地」
「あれ、なんだ違うのかあはははは」
こいつぜったいわざとやりやがった。モナカの悪いところばかりを見習うんじゃねぇよ。
私がいつそんなことを?!
「ぱしぱしぱし、べしびしばしびし」
「あ、あの、スクナ。私のぬこが恐がるのでもう少し優しく」
「びしばしびしびしがしがし。ところでこれ、どうして叩かないといけないの?」
「生地のガス抜きのためだ」
「わざわざガスを発生させて膨らませたのに、もう抜いちゃうの?」
「大きなガスの塊だけはな。それが残っていると焼いたときに膨張して、生地に穴が開いちゃうだろ?」
「あ、そうか。じゃ、遠慮なく。びしびしびしがしびし」
「△☆〇〇△■☆☆△◇×〇〇◎◇!」
「ぬこが止めて、って言ってる」
「もうちょっと長く苦情を言っているような気がするが」
「こんなもんでどう?」
「いいだろう。じゃ、もう一度丸めて、こんどはそこからから少し平たくしてくれ。正月の飾り餅みたいなイメージで」
「はーい。こねっとこねっとしてぽんと。できたよ」
「じゃ、その状態でもう少し寝かせる。10分ほどでいいだろ」
「なかなか焼かせてもらえないね。また布巾を掛けて放置っと」
火鉢の上にフライパンを置いて薄く油を塗る。そこに最終発酵が終わったパンを乗せる。
「時間はどのくらい?」
「まったく分からない」
「お餅を焼くときぐらいでいいかしら?」
「もう少しかかるんじゃないかな? 上にフタを乗せたほうが早い気がする。なんか適当なものないか?」
「じゃ、お鍋のフタをかぶせましょう」
「これだと中が見えないね」
「もう匂いで判断するしかないか」
そして10分ほどが経つと、すごく良い匂いがしてきた。くんかくんか。おお、これはうまく行ったっぽい。
「そろそろいいかな。じゅる」
「スクナ、よだれよだれ」
「よだれを拭きなさい。レディの嗜みよ、スクナ。じゅる」
お前もなー。
「もういいんじゃない?」
「じゃあ、ちょっとフタを開けて見てくれ」
そして俺たちは見た。家政婦じゃないけど見た。そこには、少し焦げ目が付いているが、見事に焼きあがった3つの塊があった。
「うわぁぁ。おいしそうな匂い! ユウさん、早く、早くユウさんを食べようよ」
「俺を食うな! なんか違うんだ。俺がおもてたんと違う。これはパンじゃない」
「でもおいしそうよ。早くユウさんを食べてみましょうよ」
「俺を食うなっての。それはパンというよりも……って言っているまに食うな!!」
「さくさくさくさく。うまいうまい。うまいノださく」
「ざくざくざくざく。おおおっ。これはなかなか。ざくざく」
「さくさく。さっくりこん。おいしい。なにこれ、こんな食感初めてですよ」
「さくさく。あ、おいしい。これならいくらでも食べられそうさくさく」
好評である。しかし、これはパンではない。
ビスケットである。
「俺の分は?」
「あ、所長は私のを1/3上げます」
「半分じゃないのか! まあ、いいけど。さくさくさく」
うむ。味はなかなか良い。バターの風味が良く出ていてうまい。だが、いまいち粘りが足りない。というよりほとんどない。さくさくな食感だ。ぽろぽろこぼれるのもなんか嫌だなぁ。
「所長の希望と違うのですか? やはり私の酵母のせいでしょうか」
「いやそうじゃない。小麦が薄力粉だからだ。薄力粉はグルテンの量が少ないんだよ。それで粘りがでないんだ。それにしてもここまで違うとは思わなかったなぁ」
「パンじゃいなノかこれ。でも、なんでもいいじゃないか。おいしいものができたノだから」
「もちもちを想像していたものでな、このモソモソ感がちょっと受け入れがたかったんだ。だが味は悪くない。くどくないし、これなら主食になり得るだろう。あ、そうだ」
「ユウコ。マツからもらったハチミツがあっただろ? あれを付けて食べてみろ。良く合うはずだ」
「ハチミツですか。もらって来てそのままになってます。でもあれ、マツ様は薬って言ってましたけど、こんな普通に食べて良いものですか?」
ハチミツは不老長寿の薬とまで言われたこともある。そのぐらい、栄養価の高い食品なのである。
殺菌作用があって咳止めや喉の炎症や口内炎にも効く。エルフの治療薬・ナオールにもハチミツが使われている。
また胃腸にも良く、動脈硬化も防いでくれて、不眠症にも有効だ。その上砂糖の7割ぐらいのカロリーしかないという優れものなのである。それをビスケットに少量乗せて食べるのである。
「スクナ。少しだけそれを付て食べて見ろ」
「じゃあ、ほんの少しだってああぁ、なんか糸を引くんだけど、これ。伸びるから手に付いちゃった。てへぺろ……あれ? 甘い。すっごい甘い。もしかして、これってさくっ。えええっ!!!」
「どうだ?」
「すごい!! さっきよりぜんぜんおいしくなった!! これ、欲しい。もっともっと焼こうよ! ユウさんを焼こう!!」
だから俺を焼くな。
「そんなに変わるもの? たしかにハチミツって甘いけど、あれって薬になるぐらいちょっとくどいのよねぇ。喉が焼けるような感じがあって私はあまり好きじゃ……。え? さくっ!! うそ!? これ本当にハチミツ!!」
実は俺は事前にこっそりなめて知っていた。このハチミツには秘密があるということを。
「はい。研究所の裏に作った畑に、先月作付けを済ませています。来年の梅雨前には収穫できると思いますよ」
「そうか。この間かなりの大雨が降ったが生育は順調だろうか?」
「ええと、私がこちらにいる間は、畑の管理をミヨシにまかせてあります。異常があったら知らせてくれと言ってあります。そういう話がまだないので大丈夫だったとは思うのですが」
「ミヨシは専門家ではないし、他の仕事もある。ちょっと心配だな。モナカ、オウミに送ってもらって、一度ミノ国に帰ってもらうとしよう。こちらの仕事が一段落したら、お前が畑を確認してきてくれ」
「分かりました。確認してきます」
「それと、エチ国側のほうは小麦を作ってくれているよな?」
「コメの田んぼをいくつか潰して畑にしたようです。イズナ様が見てきてくれました。ただし、今回は薄力粉用ですけど」
「それでいい。まずは高品質な小麦が収穫できることが大事だ」
「ところで私がミノに行くと、ちょっと心配があるんですが」
「なんだ、やり残したことでもあるのか?」
「私がいない間に所長のセクハラが炸裂しないかと心配で」
「そっちかよ! やかましいわ。そんなやたらめったらにそんなことするか」
「さっきもユウコの胸を揉んでましたけど」
「いや、あれはだな。朝の挨拶というか、それはその。セ、セクハラってのはだな、相手が嫌がるから問題なんだろうが」
「あと、スクナへの教育上もよろしくないかと」
「そんなのは大人の傲慢な思い込みだ。子供ってのは、親が自分の好き嫌いで考えているような単純な生き物じゃない。それにセクハラにしても、苦情を言って良いのはされた本人だけだ。回りの関係ないやつが騒ぐのは間違っている」
「じゃ、ミヨシにそう伝えておきますね」
「あ、少し言い過ぎました。すみませんです。それだけはやめて!!」
いかん。こいつらはもう俺への対処法をマスターしている上に、女性ネットワークまで築いていやがる。
「それと、ミノ国に行くときはスクナも一緒に連れていってくれ」
「「ええっ?」」
「ふたりで一緒に驚くなよ。スクナは一度あちらの人と会ってこい。いずれ一緒に働く人たちだ。それと、こちらの甜菜糖を持って行って、いま苦戦しているちょこれいと作りに使うように言ってくれ。ついでに状況報告を頼む。ウエモンの話はさっぱり分からんのだ」
「ユウさんは行かないの?」
「俺はこちらでやらなきゃいけない仕事があるから、もう少しこちらにいることになる」
「さっきはひたすらひとりでイテコマシをしていたノだ?」
「いま、仕事ができたんだよ」
で、たったいまできたばかりの仕事をするわけである。俺は例によって口だけだけど。
「それはともかくとして。材料がそろったら始めるぞ。スクナ、作業はお前にまかせる」
「分かった」
「まず、このボウルに小麦粉100グラム、甜菜糖を20グラムと塩2グラムを入れて、めっちゃ混ぜる」
「ぐりぐりぐりぐり、はい」
「そこにモナカ酵母を2グラムと牛乳を100ミリリットル入れて、めっちゃ混ぜる」
「ぐりぐりぐりぐり、はい」
「モナカ酵母なんて名前じゃないんですけど。私が発見したってだけですよ?」
「モナカは気にすんな。スクナは力が強いから早くできて助かるよ。粘りが出てくるまでさらにめっちゃ混ぜる」
「ぐりぐりぐりぐり、はい……だんだん固くなってきました」
「もう箸では無理だな。木のヘラに交換してさらに混ぜる」
「ねりねりねりねり、はい」
「うむ、そんな感じだろう。それを、ひとつかみほどちぎって丸める。お団子が3つはできるだろう」
「こねこね、まるまるまると。3つできたよ。これで完成?」
「もう少し頑張れ。それをまな板の上で、さらにこねこねする」
「こねこねこねこね。これ疲れるこねこねこね」
「うむ。がんばれ」
「こねこねこねこねこぬこぬこぬこぬこ」
「途中から言葉が変わってんぞ」
「あれそうだっけ? こんなもんでいいですか?」
「一度ビローンと伸ばしてみてくれ」
「ビロー、あ、ちぎれた」
「ああ、もうちょっとぬこが必要だ」
「はい、ぬこぬこぬこぬこぬこ」
「ねえ、スクナ? 私のぬこが恐がっているので、そのかけ声止めてあげてくれない? 自分が引き延ばされているみたいに感じがするって」
「あ、すみません。このかけ声にするとなんか調子が良くて。こねこねこね。ビローン。あ、けっこう伸びるようになったよ」
「よし、そしたら伸ばした真ん中にバターを3グラムほど入れて包み込む」
「つつみつつみ、はい」
「で、またこねる」
「なんかベタベタするんですが。べたべた」
「最初のうちだけのはずだ。そのうちつるつるした生地になる」
「べたべたこねこねこね、あ、ほんとだ。こねこぬこぬこぬこ」
「……どうしてもぬこになるのね」
「ぬこぬこぬこぬこ。あ、つるつるしてきた」
「バターが全体に行き渡ったな。そしたらこの火鉢の近くでしばらく放置だ。あとはモナカ酵母が働いてくれる」
「ああ、ここからが酵母の仕事なのですね?」
「そう、モナカ酵母が中の砂糖を使って発酵する。そのときに出る二酸化炭素が生地をふっくらさせるんだ」
「「へぇぇ」」
「生地が乾燥しないように、濡らした布巾を掛けておこう」
「小麦を発酵させるなんて、誰も思い付きませんよ」
「そうだろうな。漬物にしても納豆にしても、発酵させること自体が目的だ。だがこれは発酵させたときに出る二酸化炭素を使っているだけだからな。しかし、これがないとカチンカチンの石みたいなパンを食べるはめになる。それじゃぁうまくないんだよ」
「「「パンってなんですか???」」」
ふっふっふ。俺のいた世界で、小麦が一番使われる食品、それがパンだ。即席麺の3倍以上も使われているのだ。それがここで受けないはずはない。
「まあ、食べてみれば分かる。これはこの国に革命をもたらすだろう。保存も利いて調理が簡単。しかも寒冷に強い小麦だから、ホッカイ国でもエチ国でも生産が可能だ。粉にすればいくらでも保存できて冬の貯蔵にも向いている」
「へぇぇ。あとは食べることができれば良いのですね」
「食べられるのは当たり前だよ。元は小麦なんだから。おいしく食べられないとダメなんだ」
「あ、なんか大きくなってる!? ふくらんできたってこと?」
「そのようだな。大きくなるのが止まったら……あれ、どうやって焼こう? モナカ、ここにはオーブン……窯ってあるか?」
「え、えっと。大学に行けばありますけど、ここにはそんな設備がありません」
「しまった。焼くことを考えていなかった。大学まで運ぶか」
「ここで焼けばいいんじゃない?」
スクナがそう言って指さしたのは、火鉢である。
「家ではいつもこういうふうにお餅を焼くよ?」
「えぇと。そうだな、できないことはないか。温度は充分あるし、片面ずつ焼けばいいのかな? じゃあ最後の仕上げだ。スクナ、叩いてくれ」
「はい、ぽかすかぽかぽかぽかすか」
「痛い痛い痛い。馬鹿たれ! 俺じゃねぇ! 生地だ、生地」
「あれ、なんだ違うのかあはははは」
こいつぜったいわざとやりやがった。モナカの悪いところばかりを見習うんじゃねぇよ。
私がいつそんなことを?!
「ぱしぱしぱし、べしびしばしびし」
「あ、あの、スクナ。私のぬこが恐がるのでもう少し優しく」
「びしばしびしびしがしがし。ところでこれ、どうして叩かないといけないの?」
「生地のガス抜きのためだ」
「わざわざガスを発生させて膨らませたのに、もう抜いちゃうの?」
「大きなガスの塊だけはな。それが残っていると焼いたときに膨張して、生地に穴が開いちゃうだろ?」
「あ、そうか。じゃ、遠慮なく。びしびしびしがしびし」
「△☆〇〇△■☆☆△◇×〇〇◎◇!」
「ぬこが止めて、って言ってる」
「もうちょっと長く苦情を言っているような気がするが」
「こんなもんでどう?」
「いいだろう。じゃ、もう一度丸めて、こんどはそこからから少し平たくしてくれ。正月の飾り餅みたいなイメージで」
「はーい。こねっとこねっとしてぽんと。できたよ」
「じゃ、その状態でもう少し寝かせる。10分ほどでいいだろ」
「なかなか焼かせてもらえないね。また布巾を掛けて放置っと」
火鉢の上にフライパンを置いて薄く油を塗る。そこに最終発酵が終わったパンを乗せる。
「時間はどのくらい?」
「まったく分からない」
「お餅を焼くときぐらいでいいかしら?」
「もう少しかかるんじゃないかな? 上にフタを乗せたほうが早い気がする。なんか適当なものないか?」
「じゃ、お鍋のフタをかぶせましょう」
「これだと中が見えないね」
「もう匂いで判断するしかないか」
そして10分ほどが経つと、すごく良い匂いがしてきた。くんかくんか。おお、これはうまく行ったっぽい。
「そろそろいいかな。じゅる」
「スクナ、よだれよだれ」
「よだれを拭きなさい。レディの嗜みよ、スクナ。じゅる」
お前もなー。
「もういいんじゃない?」
「じゃあ、ちょっとフタを開けて見てくれ」
そして俺たちは見た。家政婦じゃないけど見た。そこには、少し焦げ目が付いているが、見事に焼きあがった3つの塊があった。
「うわぁぁ。おいしそうな匂い! ユウさん、早く、早くユウさんを食べようよ」
「俺を食うな! なんか違うんだ。俺がおもてたんと違う。これはパンじゃない」
「でもおいしそうよ。早くユウさんを食べてみましょうよ」
「俺を食うなっての。それはパンというよりも……って言っているまに食うな!!」
「さくさくさくさく。うまいうまい。うまいノださく」
「ざくざくざくざく。おおおっ。これはなかなか。ざくざく」
「さくさく。さっくりこん。おいしい。なにこれ、こんな食感初めてですよ」
「さくさく。あ、おいしい。これならいくらでも食べられそうさくさく」
好評である。しかし、これはパンではない。
ビスケットである。
「俺の分は?」
「あ、所長は私のを1/3上げます」
「半分じゃないのか! まあ、いいけど。さくさくさく」
うむ。味はなかなか良い。バターの風味が良く出ていてうまい。だが、いまいち粘りが足りない。というよりほとんどない。さくさくな食感だ。ぽろぽろこぼれるのもなんか嫌だなぁ。
「所長の希望と違うのですか? やはり私の酵母のせいでしょうか」
「いやそうじゃない。小麦が薄力粉だからだ。薄力粉はグルテンの量が少ないんだよ。それで粘りがでないんだ。それにしてもここまで違うとは思わなかったなぁ」
「パンじゃいなノかこれ。でも、なんでもいいじゃないか。おいしいものができたノだから」
「もちもちを想像していたものでな、このモソモソ感がちょっと受け入れがたかったんだ。だが味は悪くない。くどくないし、これなら主食になり得るだろう。あ、そうだ」
「ユウコ。マツからもらったハチミツがあっただろ? あれを付けて食べてみろ。良く合うはずだ」
「ハチミツですか。もらって来てそのままになってます。でもあれ、マツ様は薬って言ってましたけど、こんな普通に食べて良いものですか?」
ハチミツは不老長寿の薬とまで言われたこともある。そのぐらい、栄養価の高い食品なのである。
殺菌作用があって咳止めや喉の炎症や口内炎にも効く。エルフの治療薬・ナオールにもハチミツが使われている。
また胃腸にも良く、動脈硬化も防いでくれて、不眠症にも有効だ。その上砂糖の7割ぐらいのカロリーしかないという優れものなのである。それをビスケットに少量乗せて食べるのである。
「スクナ。少しだけそれを付て食べて見ろ」
「じゃあ、ほんの少しだってああぁ、なんか糸を引くんだけど、これ。伸びるから手に付いちゃった。てへぺろ……あれ? 甘い。すっごい甘い。もしかして、これってさくっ。えええっ!!!」
「どうだ?」
「すごい!! さっきよりぜんぜんおいしくなった!! これ、欲しい。もっともっと焼こうよ! ユウさんを焼こう!!」
だから俺を焼くな。
「そんなに変わるもの? たしかにハチミツって甘いけど、あれって薬になるぐらいちょっとくどいのよねぇ。喉が焼けるような感じがあって私はあまり好きじゃ……。え? さくっ!! うそ!? これ本当にハチミツ!!」
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