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第2章:神の食べ物と奇跡の薬
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コンビニの自動ドアが開くと、文明の光と電子音が俺を迎えた。さっきまで魔物が闊歩する原野にいたのが嘘のようだ。俺はまず、カゴに次々と商品を放り込んでいった。
腹を満たすための弁当とカップ麺。喉を潤すペットボトルのお茶。そして、万が一に備えて、カロリーメイトやチョコレートなどの保存食。
「そうだ、向こうの世界で何が役立つか分からんしな」
俺は棚から棚へと移動し、元商社マンの目で商品を吟味していく。
ライター、LEDの小型ライト、カッターナイフ、丈夫なビニール紐、乾電池。それから、救急絆創膏、消毒液、風邪薬、胃腸薬が揃った救急セット。
最後に、見切り品コーナーにあったフリースジャケットと、丈夫そうな作業用手袋もカゴに入れた。しめて一万円弱。退職金で当分は生活できるし、これは必要経費だ。
自宅に戻った俺は、買ってきたものをすべて【次元倉庫】に放り込む。そして、再び【往還の門】を開いた。
ゲートの向こうは、先ほどの原野だ。巨大な狼の姿はない。どうやら諦めて去ったらしい。
「さて、どうしたものか……」
原野で途方に暮れていても仕方ない。俺はとりあえず、人がいそうな方角へと歩き始めた。幸い、遠くに煙が上がっているのが見える。集落があるのかもしれない。
数時間後、俺はボロボロの木の柵で囲まれた、小さな村にたどり着いた。
村の様子は、酷いものだった。家は粗末な木と土でできており、畑は痩せ細っている。道行く人々の顔には覇気がなく、皆、空腹と疲労でやつれていた。
俺が異邦人であることに気づいたのか、村人たちが警戒した目で遠巻きに見ている。
「あの、すみません。旅の者ですが……」
俺が声をかけると、一番近くにいた子供がびくりと肩を震わせ、母親の後ろに隠れた。気まずい沈黙が流れる。このままでは埒が明かない。
「そうだ……」
俺は次元倉庫から、あるものを取り出した。温めてはいないが、それでも強烈なスパイスの香りを放つ、レトルトカレーだ。パックの封を切り、持参した紙皿にあける。
途端に、村人たちの鼻がひくひくと動いた。何人かが、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。
「お腹、空いてるんだろ? 良かったら、どうぞ」
俺はしゃがみ込み、子供の目の前にカレーを差し出した。子供は母親の顔を窺うが、その母親もまた、魅惑的な香りを放つ茶色い物体から目が離せないでいた。
やがて、一番年長らしい老人がおずおずと近づいてきた。
「旅の方……それは、一体……?」
「これはカレーっていう、俺の故郷の料理だ。害はないから、食べてみてくれ」
老人は俺の目をじっと見つめた後、覚悟を決めたように、指でカレーをすくって口に運んだ。
その瞬間、老人の目が見開かれる。
「なっ……こ、これは……!? なんという芳醇な香り! 複雑で、しかし調和のとれた深い味わい! 神々の食べ物か……!?」
大袈裟な、と思うが、彼らにとってはそれほどの衝撃だったのだろう。村では、塩で味付けしただけの固いパンや薄い野菜スープが主食のようだったから。
老人の絶賛を皮切りに、村人たちが次々と集まってきた。俺は次元倉庫から次々とレトルトカレーを取り出し、振る舞っていく。大人も子供も、夢中になってカレーを頬張り、「美味い!」「こんなの初めてだ!」と歓声が上がった。
一人の女性が、足を引きずっている男の子を連れてきた。見ると、足に酷い切り傷を負っている。傷口は化膿しかけており、このままだと危険だろう。
「すみません、この子、怪我をしてしまって……何か、良い薬はありませんでしょうか」
「薬、か。ちょっと待っててくれ」
俺は次元倉庫から救急セットを取り出し、まずペットボトルの水で傷口を洗い、消毒液を吹きかけた。少年が「しみる!」と顔をしかめるが、すぐに我慢する。次に、抗生物質入りの軟膏を塗り、上から救急絆創膏を貼ってやった。
「これでよし。毎日一回、綺麗にして貼り替えてくれ」
俺がそう言うと、母親は信じられないものを見るような目で、綺麗に保護された息子の足と俺の顔を交互に見た。
「き、傷口を覆ってしまったら、膿んでしまうのでは……?」
「大丈夫。これはそういうものなんだ。それと、少し熱があるみたいだから、この薬を飲んでおくといい」
俺は子供用の風邪薬を数錠手渡した。
翌日、奇跡が起きた。あれほど酷かった少年の傷は化膿が引き、熱もすっかり下がっていたのだ。村人たちは、俺が渡したただの絆創膏と風邪薬を「奇跡の薬」と呼び、俺のことを「神の使い」ではないかと噂し始めた。
コンビニで買った千円にも満たない商品が、この世界では神の奇跡と讃えられる。
俺は、自分の手にある力の大きさと、その可能性を改めて実感していた。
これは、ただの商売じゃない。この力を使えば、この貧しい世界の人々を、根本から救えるかもしれない。
俺の心に、元商社マンとしての情熱とは別の、熱い何かが込み上げてくるのを感じた。
腹を満たすための弁当とカップ麺。喉を潤すペットボトルのお茶。そして、万が一に備えて、カロリーメイトやチョコレートなどの保存食。
「そうだ、向こうの世界で何が役立つか分からんしな」
俺は棚から棚へと移動し、元商社マンの目で商品を吟味していく。
ライター、LEDの小型ライト、カッターナイフ、丈夫なビニール紐、乾電池。それから、救急絆創膏、消毒液、風邪薬、胃腸薬が揃った救急セット。
最後に、見切り品コーナーにあったフリースジャケットと、丈夫そうな作業用手袋もカゴに入れた。しめて一万円弱。退職金で当分は生活できるし、これは必要経費だ。
自宅に戻った俺は、買ってきたものをすべて【次元倉庫】に放り込む。そして、再び【往還の門】を開いた。
ゲートの向こうは、先ほどの原野だ。巨大な狼の姿はない。どうやら諦めて去ったらしい。
「さて、どうしたものか……」
原野で途方に暮れていても仕方ない。俺はとりあえず、人がいそうな方角へと歩き始めた。幸い、遠くに煙が上がっているのが見える。集落があるのかもしれない。
数時間後、俺はボロボロの木の柵で囲まれた、小さな村にたどり着いた。
村の様子は、酷いものだった。家は粗末な木と土でできており、畑は痩せ細っている。道行く人々の顔には覇気がなく、皆、空腹と疲労でやつれていた。
俺が異邦人であることに気づいたのか、村人たちが警戒した目で遠巻きに見ている。
「あの、すみません。旅の者ですが……」
俺が声をかけると、一番近くにいた子供がびくりと肩を震わせ、母親の後ろに隠れた。気まずい沈黙が流れる。このままでは埒が明かない。
「そうだ……」
俺は次元倉庫から、あるものを取り出した。温めてはいないが、それでも強烈なスパイスの香りを放つ、レトルトカレーだ。パックの封を切り、持参した紙皿にあける。
途端に、村人たちの鼻がひくひくと動いた。何人かが、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。
「お腹、空いてるんだろ? 良かったら、どうぞ」
俺はしゃがみ込み、子供の目の前にカレーを差し出した。子供は母親の顔を窺うが、その母親もまた、魅惑的な香りを放つ茶色い物体から目が離せないでいた。
やがて、一番年長らしい老人がおずおずと近づいてきた。
「旅の方……それは、一体……?」
「これはカレーっていう、俺の故郷の料理だ。害はないから、食べてみてくれ」
老人は俺の目をじっと見つめた後、覚悟を決めたように、指でカレーをすくって口に運んだ。
その瞬間、老人の目が見開かれる。
「なっ……こ、これは……!? なんという芳醇な香り! 複雑で、しかし調和のとれた深い味わい! 神々の食べ物か……!?」
大袈裟な、と思うが、彼らにとってはそれほどの衝撃だったのだろう。村では、塩で味付けしただけの固いパンや薄い野菜スープが主食のようだったから。
老人の絶賛を皮切りに、村人たちが次々と集まってきた。俺は次元倉庫から次々とレトルトカレーを取り出し、振る舞っていく。大人も子供も、夢中になってカレーを頬張り、「美味い!」「こんなの初めてだ!」と歓声が上がった。
一人の女性が、足を引きずっている男の子を連れてきた。見ると、足に酷い切り傷を負っている。傷口は化膿しかけており、このままだと危険だろう。
「すみません、この子、怪我をしてしまって……何か、良い薬はありませんでしょうか」
「薬、か。ちょっと待っててくれ」
俺は次元倉庫から救急セットを取り出し、まずペットボトルの水で傷口を洗い、消毒液を吹きかけた。少年が「しみる!」と顔をしかめるが、すぐに我慢する。次に、抗生物質入りの軟膏を塗り、上から救急絆創膏を貼ってやった。
「これでよし。毎日一回、綺麗にして貼り替えてくれ」
俺がそう言うと、母親は信じられないものを見るような目で、綺麗に保護された息子の足と俺の顔を交互に見た。
「き、傷口を覆ってしまったら、膿んでしまうのでは……?」
「大丈夫。これはそういうものなんだ。それと、少し熱があるみたいだから、この薬を飲んでおくといい」
俺は子供用の風邪薬を数錠手渡した。
翌日、奇跡が起きた。あれほど酷かった少年の傷は化膿が引き、熱もすっかり下がっていたのだ。村人たちは、俺が渡したただの絆創膏と風邪薬を「奇跡の薬」と呼び、俺のことを「神の使い」ではないかと噂し始めた。
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