追放聖女の薬草店~光らない無能と言われた私の治癒力は、最強騎士団長の呪いにだけ効くようです。辺境で始める溺愛スローライフ~

黒崎隼人

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第6話「不器用な恩返しと、シチューの味」

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 食事は、この上なく素朴で、そして衝撃的に美味かった。

 硬くなったパンをミルクとチーズで煮込んだパングラタンのようなものと、野菜がたっぷり入ったコンソメスープ。

 特別な食材など使っていないはずなのに、野菜一つ一つの味が濃く、体に優しく染み渡る。

「俺はゼフィルだ」

「私はエリナ。こっちはポポ」

 スープを飲み終えた後、ようやく互いの自己紹介を済ませた。

 エリナは、ゼフィルが騎士団長であることも、呪いの正体も深くは聞いてこなかった。ただ「森で倒れていた旅人」として接してくれている。

 それが、ゼフィルにとっては救いだった。

「さて、と。私はこれから店の準備があるから」

 食器を片付けると、エリナはすぐに作業に取り掛かった。

 彼女はこの廃屋を改装し、薬草店を開くつもりらしい。

 しかし、どう見ても一人でやるには重労働だ。棚を作るための木材は山積みだし、庭の雑草もまだ半分も刈り取られていない。

 ゼフィルは窓辺で腕を組んで、その様子を眺めていた。

 体は動く。痛みもない。

 ならば、礼も言わずに立ち去るのが、余計なトラブルを避ける最善手だ。自分は追われる身に近いし、何より呪いがいつ再発するかわからない。近くにいれば、彼女を巻き込むことになる。

 そう思考では結論づけているのに、足が動かなかった。

 彼女が一人で大きな木箱を持ち上げようとして、よろめく姿が目に入る。

 危なっかしい。見ていられない。

「……貸せ」

 気づけば、ゼフィルは彼女の横に立ち、その木箱を軽々と持ち上げていた。

「えっ? あ、ダメですよ! ゼフィルさんはまだ安静にしてないと!」

「この程度の重さ、小指一本で持てる。どこに運べばいい」

「えっと……あの棚の上に置いてほしいんですけど」

 ゼフィルは片手でひょいと箱を持ち上げ、指定された高い棚へと設置した。

 エリナが目を丸くして、パチパチと拍手をする。

「すごーい! さすが騎士様ですね! 私じゃ踏み台を使っても届かなくて困ってたんです」

「……騎士だと、言った覚えはないが」

「あの鎧と剣を見れば分かりますよ。それに、その体つき。相当鍛えてないと、あんな動きはできません」

 彼女は悪びれもせず、にこりと笑った。

 その笑顔には、詮索の色はない。純粋な称賛だけがある。

 ゼフィルは居心地の悪さを感じて、ふいっと顔を背けた。

「他にやることはあるか」

「え? でも……」

「宿代と飯代だ。タダで世話になるつもりはない。俺の体が動くうちに、使い倒しておけ」

 それは、彼なりの不器用な申し出だった。

 エリナは少し驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに頷いた。

「じゃあ……お言葉に甘えて。裏庭の井戸のポンプ、直せたりしますか?」

「見てみよう」

 それからは、予想外の共同作業となった。

 ゼフィルは錆びついたポンプを分解して油を差し、歪んでいたレバーを腕力で修正した。

 エリナはその間に、庭のハーブ畑の手入れをする。

 時折、ポポが木の実を運んできては、ゼフィルの作業を見守る(邪魔をする)のが恒例となった。

 夕暮れ時、作業を終えて縁側に座り込んだ。

 井戸からは冷たくて綺麗な水が出るようになり、庭も随分と整った。

 労働の後の心地よい疲労感。

 エリナが冷たいハーブティーを持って隣に座る。

「ありがとうございます。ゼフィルさんのおかげで、予定よりずっと早く開店できそうです」

「……これくらい、造作もない」

 ゼフィルはカップを受け取り、一口飲んだ。

 ミントとレモングラス。爽やかな風が吹き抜けるような味だ。

 ふと、エリナの手元に目が行く。

 泥と葉っぱで汚れた、小さな手。その指先には、いくつもの小さな切り傷があった。薬草を採る時や、土いじりでついたものだろう。

 その手は、昨夜、自分の呪いを鎮めた手と同じものだ。

「お前の……その治癒魔法は」

「ん?」

「普通じゃない。俺の呪いは、魔法を喰らう性質がある。王都の高名な司祭でも匙を投げた代物だ。なぜ、お前には治せた?」

 問いかけると、エリナは少し困ったように笑って、自分の手のひらを見つめた。

「魔法、じゃないからかもしれません」

「魔法じゃない?」

「はい。私は魔力を光らせたり、一瞬で傷を消したりすることはできません。だから、王都では『無能』って呼ばれてました」

 彼女は事もなげに言ったが、その言葉の裏にある痛みを、ゼフィルは見逃さなかった。

 無能。追放。

 彼女もまた、場所を追われた人間だったのか。

「私の力は、ただ『生きる力』を応援するだけなんです。細胞とお話しして、頑張れって背中を押すだけ。ゼフィルさんの体が、まだ生きたいって叫んでいたから、私の声が届いたんだと思います」

 彼女はそう言って、ゼフィルの目をまっすぐに見つめた。

「だから、治したのは私じゃありません。ゼフィルさん自身の力ですよ」

 その言葉は、どんな勲章や賛辞よりも、ゼフィルの胸に深く刺さった。

 氷の処刑人として、生きるか死ぬかの世界で心を凍らせてきた自分。

 その自分が「生きたいと叫んでいた」と、彼女は肯定してくれたのだ。

 胸の奥が、熱い。

 呪いの熱さとは違う、もっと穏やかで、どうしようもなく切ない熱。

「……お人好しだな、お前は」

「よく言われます」

 二人は顔を見合わせて、小さく笑った。

 夕日が、庭のハーブたちを茜色に染めていく。

 こんなに穏やかな夕暮れを見たのは、いつ以来だろうか。

 ゼフィルは、もう少しだけここにいたいと、柄にもなくそう願ってしまった。
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