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第9章:過去からの訪問者
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村の復興作業がようやく落ち着きを取り戻し始めた、ある晴れた日の午後。村の入り口が、にわかに騒がしくなった。サラが慌てた様子で私の元へ駆け込んでくる。
「クラリス! とんでもないのが来たわよ!」
「とんでもないの?」
「王家の紋章が入った、ピッカピカの馬車! 護衛の騎士付きよ!」
王家の馬車? 一体何のようだというのか。嫌な予感が、胸をよぎる。
私とガイアが広場へ向かうと、そこには確かに、見覚えのある壮麗な馬車が停まっていた。そして、その馬車から降りてきた人物を見て、私は我が目を疑った。
金色の髪、青い瞳。数ヶ月前、私を断罪した張本人――元婚約者のアラン殿下だった。
彼は、以前の自信に満ちた姿とはどこか違い、少しやつれた様子で、辺りを見回していた。泥が残り、復興作業の槌音が響くロッカ村の光景に、明らかに戸惑っている。やがて、その視線が私を捉えた。
「……クラリス。君か。本当に、こんな場所にいたのだな」
その声には、驚きと、安堵と、そしてほんの少しの当惑が混じっていた。
周囲の村人たちは、突然現れた高貴な人物に遠巻きにしながらも、警戒の目を向けている。ガイアは、いつでも私の前に出られるよう、半歩前に立っていた。
「アラン殿下。このような辺境の村に、一体何の御用でしょうか」
私は、かつてのように完璧なカーテシーをしながらも、声のトーンはあくまで「便利屋クラリス」のものだった。そこには、かつての婚約者に向けるような情は、ひとかけらもなかった。
アラン殿下は、私のその態度に一瞬怯んだようだったが、意を決したように口を開いた。
「……君に、会いに来た」
「私に?」
「そうだ。クラリス……君がいなくなって、初めてわかったんだ。君が、どれほど有能だったかということを」
彼の口から語られたのは、私が追放された後の王宮の惨状だった。
私が担当していた予算管理や外交文書の草案、宮廷行事の差配など、あらゆる業務が滞り始めたらしい。後任の者たちは、私のやり方を引き継げず、王宮の機能はあちこちで麻痺状態に陥った。
そして、彼が新たな婚約者として選んだリリア嬢は、愛らしいだけで、王太子妃としての実務能力は皆無だった。彼女は「難しいことはわからない」と言って泣き出すばかりで、アラン殿下は心身ともに疲れ果ててしまったのだという。
「君は、私が気づかないところで、この国を支えてくれていたんだ。私は……私は、とんでもない過ちを犯した」
彼は、心から悔いているようだった。その青い瞳が、助けを求めるように私を見つめている。
「クラリス。王都に、私の元に帰ってきてはくれないか。もう一度、私を支えてほしい。君が必要なんだ」
それは、あまりにも身勝手な言葉だった。
私を冤罪で追放し、全てを奪った男が、今度は「君が必要だ」と泣きついてくる。都合のいい道具が、また必要になった。ただ、それだけのことだ。
もし、これが数ヶ月前の私だったら、少しは心が揺らいだかもしれない。けれど、今の私は違う。
私は、ふっと笑みを漏らした。それは、嘲笑でも、憐れみの笑みでもない。ただ、心の底からおかしくてたまらない、というような、軽やかな笑いだった。
「お断りしますわ、殿下」
きっぱりとした私の返事に、アラン殿下は信じられないという顔をした。
「な……なぜだ! 君を苦しめた者たちは、私が必ず罰しよう! 君の家も、名誉も、私が元に戻す! だから……!」
「殿下。私は、今の生活が気に入っておりますの」
私は、自分の泥のついた手を見つめ、そして隣に立つガイアとサラの顔を見た。彼らも、私と同じように、穏やかな顔で頷いている。
「私には、帰るべき場所も、守りたい人たちも、ここにあります。王宮での生活より、ずっと充実していますわ」
そして、私はもう一度アラン殿下に向き直り、とどめの一言を告げた。
「それに、便利屋に未練を残されても困ります。もう、過去の依頼は処理済みですから」
『過去の依頼は、処理済み』。
その言葉が、アラン殿下には何よりも深く突き刺さったようだった。彼は、がっくりと肩を落とし、顔を覆った。
私がもう、決して彼の元へは戻らない人間になってしまったこと。そして、その原因を作ったのが、他の誰でもない彼自身であることを、ようやく悟ったのだろう。
「……そうか。そう、だな……。君は、もう……」
彼は、それ以上言葉を続けることができず、力なく馬車へと引き返していった。
去り際に、彼はもう一度だけ私を振り返った。その目に宿っていたのは、後悔と、そしてほんのわずかな、羨望の色だったように見えた。
王家の馬車が去っていくのを、私たちは静かに見送った。
村人たちが、わっと私の周りに集まってくる。
「やったな、クラリス!」
「いい気味だぜ!」
皆が、自分のことのように喜んでくれている。
サラが、私の腕をツンとつついた。
「あんた、最高にいい女だったわよ」
その言葉に、私は照れくさく笑った。
過去からの訪問者は、私に何も残さずに去っていった。いや、一つだけ残していったものがある。
それは、「私はもう、過去には囚われない」という、確固たる自信だった。私の道は、王都ではなく、このロッカ村に、未来へと続いているのだから。
「クラリス! とんでもないのが来たわよ!」
「とんでもないの?」
「王家の紋章が入った、ピッカピカの馬車! 護衛の騎士付きよ!」
王家の馬車? 一体何のようだというのか。嫌な予感が、胸をよぎる。
私とガイアが広場へ向かうと、そこには確かに、見覚えのある壮麗な馬車が停まっていた。そして、その馬車から降りてきた人物を見て、私は我が目を疑った。
金色の髪、青い瞳。数ヶ月前、私を断罪した張本人――元婚約者のアラン殿下だった。
彼は、以前の自信に満ちた姿とはどこか違い、少しやつれた様子で、辺りを見回していた。泥が残り、復興作業の槌音が響くロッカ村の光景に、明らかに戸惑っている。やがて、その視線が私を捉えた。
「……クラリス。君か。本当に、こんな場所にいたのだな」
その声には、驚きと、安堵と、そしてほんの少しの当惑が混じっていた。
周囲の村人たちは、突然現れた高貴な人物に遠巻きにしながらも、警戒の目を向けている。ガイアは、いつでも私の前に出られるよう、半歩前に立っていた。
「アラン殿下。このような辺境の村に、一体何の御用でしょうか」
私は、かつてのように完璧なカーテシーをしながらも、声のトーンはあくまで「便利屋クラリス」のものだった。そこには、かつての婚約者に向けるような情は、ひとかけらもなかった。
アラン殿下は、私のその態度に一瞬怯んだようだったが、意を決したように口を開いた。
「……君に、会いに来た」
「私に?」
「そうだ。クラリス……君がいなくなって、初めてわかったんだ。君が、どれほど有能だったかということを」
彼の口から語られたのは、私が追放された後の王宮の惨状だった。
私が担当していた予算管理や外交文書の草案、宮廷行事の差配など、あらゆる業務が滞り始めたらしい。後任の者たちは、私のやり方を引き継げず、王宮の機能はあちこちで麻痺状態に陥った。
そして、彼が新たな婚約者として選んだリリア嬢は、愛らしいだけで、王太子妃としての実務能力は皆無だった。彼女は「難しいことはわからない」と言って泣き出すばかりで、アラン殿下は心身ともに疲れ果ててしまったのだという。
「君は、私が気づかないところで、この国を支えてくれていたんだ。私は……私は、とんでもない過ちを犯した」
彼は、心から悔いているようだった。その青い瞳が、助けを求めるように私を見つめている。
「クラリス。王都に、私の元に帰ってきてはくれないか。もう一度、私を支えてほしい。君が必要なんだ」
それは、あまりにも身勝手な言葉だった。
私を冤罪で追放し、全てを奪った男が、今度は「君が必要だ」と泣きついてくる。都合のいい道具が、また必要になった。ただ、それだけのことだ。
もし、これが数ヶ月前の私だったら、少しは心が揺らいだかもしれない。けれど、今の私は違う。
私は、ふっと笑みを漏らした。それは、嘲笑でも、憐れみの笑みでもない。ただ、心の底からおかしくてたまらない、というような、軽やかな笑いだった。
「お断りしますわ、殿下」
きっぱりとした私の返事に、アラン殿下は信じられないという顔をした。
「な……なぜだ! 君を苦しめた者たちは、私が必ず罰しよう! 君の家も、名誉も、私が元に戻す! だから……!」
「殿下。私は、今の生活が気に入っておりますの」
私は、自分の泥のついた手を見つめ、そして隣に立つガイアとサラの顔を見た。彼らも、私と同じように、穏やかな顔で頷いている。
「私には、帰るべき場所も、守りたい人たちも、ここにあります。王宮での生活より、ずっと充実していますわ」
そして、私はもう一度アラン殿下に向き直り、とどめの一言を告げた。
「それに、便利屋に未練を残されても困ります。もう、過去の依頼は処理済みですから」
『過去の依頼は、処理済み』。
その言葉が、アラン殿下には何よりも深く突き刺さったようだった。彼は、がっくりと肩を落とし、顔を覆った。
私がもう、決して彼の元へは戻らない人間になってしまったこと。そして、その原因を作ったのが、他の誰でもない彼自身であることを、ようやく悟ったのだろう。
「……そうか。そう、だな……。君は、もう……」
彼は、それ以上言葉を続けることができず、力なく馬車へと引き返していった。
去り際に、彼はもう一度だけ私を振り返った。その目に宿っていたのは、後悔と、そしてほんのわずかな、羨望の色だったように見えた。
王家の馬車が去っていくのを、私たちは静かに見送った。
村人たちが、わっと私の周りに集まってくる。
「やったな、クラリス!」
「いい気味だぜ!」
皆が、自分のことのように喜んでくれている。
サラが、私の腕をツンとつついた。
「あんた、最高にいい女だったわよ」
その言葉に、私は照れくさく笑った。
過去からの訪問者は、私に何も残さずに去っていった。いや、一つだけ残していったものがある。
それは、「私はもう、過去には囚われない」という、確固たる自信だった。私の道は、王都ではなく、このロッカ村に、未来へと続いているのだから。
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