離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります

黒崎隼人

文字の大きさ
4 / 17

第3話「土と共に、信頼を育む」

しおりを挟む
 種を撒いてから数日後、奇跡は起きた。
 黒々とした土の表面を突き破って、か細くも力強い緑の芽がいくつも顔を出したのだ。

「リセラ様! 芽が……芽が出ております!」

 早朝、畑の様子を見に来たエルヴィンが、子供のようにはしゃいだ声で私を呼びに来た。駆けつけた私も、ユリアも、その光景に言葉を失った。ひび割れた大地に、確かに生命が芽吹いている。それは、この荒れ果てた土地で何年もの間、誰も見ることのなかった希望の光だった。

「……すごい。本当に芽が出たんですね」

 ユリアが感動に声を震わせる。エルヴィンはそっと膝をつき、まるで我が子を愛でるかのように、優しい手つきで双葉に触れた。彼の目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。

 しかし、本当の戦いはこれからだ。芽生えた命を、いかにして育て上げるか。私は前世の知識を総動員して、この小さな命たちを守り抜くことを誓った。

 まずは水の確保。この土地にはまともな水源が少ない。私たちは館の井戸から桶で水を汲み、毎日せっせと畑まで運んだ。重労働だったが、緑の葉が日に日に力強さを増していくのを見ると、疲れなど吹き飛んでしまう。

 次に、肥料だ。化学肥料など望むべくもないこの世界で、私が頼りにしたのは有機肥料だった。館から出る生ゴミや枯れ葉、家畜の糞などを集めて、畑の隅に穴を掘って積み重ねる。いわゆる「堆肥作り」だ。

「リセラ様、このようなものを集めて、一体何を……?」

 ユリアは鼻をつまみながら、不思議そうに首を傾げた。

「これはね、魔法の土よ。時間をかければ、栄養満点の土に生まれ変わるの。作物が元気に育つためのごちそうになるの」

 私は堆肥作りの理論を、エルヴィンとユリアに丁寧に説明した。最初は半信半疑だった二人も、私の熱心な説明と、実際に緑の芽が育っていく様子を見て、次第に理解を示してくれるようになった。エルヴィンは村の数少ない家畜持ちの家を回り、糞尿を分けてもらえるよう交渉してくれた。

 そんな私たちの様子を、村人たちは相変わらず遠巻きに眺めていた。だが、その視線に含まれる嘲笑の色は、少しずつ薄れてきているように感じられた。代わりに増えてきたのは、純粋な好奇心だ。

 ある日の午後、私が一人で畑の雑草を抜いていると、一人の老婆がおずおずと話しかけてきた。

「あの……お嬢様。本当に、そんな草っ葉が育つのかねぇ」

「ええ、おばあさん。見ていてください。この子たちは、この土地を救ってくれる大事な草ですから」

 私はにっこりと微笑んで答えた。老婆はしばらくの間、黙って私の作業を見ていたが、やがてぽつりと言った。

「わしらも昔は、色々試したんだよ。でも、何を植えてもダメだった。この土地は呪われているんだと、みんな諦めちまったんだよ」

 その言葉には、長年この土地で生きてきた者の、深い絶望が込められていた。

「呪いなんかじゃありません。ただ、土が疲れて、お腹を空かせているだけなんです。だから、今はこうしてごちそうをあげているんですよ」

 そう言って、私は堆肥の山を指さした。老婆は怪訝な顔をしたが、何も言わずに去って行った。

 しかし、その日を境に、少しずつ変化が訪れた。一人、また一人と、村人が畑の様子を見に訪れるようになったのだ。彼らは何も言わないが、日に日に緑を濃くしていくライ麦とクローバーの畑から、目を離すことができないようだった。

 そして、三ヶ月が過ぎた頃。試験畑は、見渡す限りの緑の絨毯で覆われていた。風が吹くたびに、青々とした葉がさわさわと音を立てて揺れる。それは、このグレンドール村で誰もが見たことのない、生命力に満ち溢れた光景だった。

「リセラ様、やりましたな……! 本当に、こんな景色が見られる日が来るとは……」

 エルヴィンの声は、感無量といった様子で震えていた。
 いよいよ、次の段階に進む時が来た。私は村人たちを集め、この緑の絨毯を、収穫せずに土にスキ込むと宣言した。

「なっ、なんだって!? せっかく育った草を、刈り取っちまうのか!」

 案の定、村人たちから驚きと反対の声が上がった。無理もない。彼らにとって、作物は食料そのものなのだから。

「これは、未来への投資です!」

 私は声を張り上げた。

「このライ麦とクローバーを土に混ぜ込むことで、土そのものが栄養になります。来年、ここに植える作物は、きっと今年の何倍も大きく、美味しく育つはずです! どうか、私を信じてください!」

 私の必死の訴えに、村人たちはざわめいた。誰もが、目の前の緑と私の言葉の間で揺れ動いている。
 その時、沈黙を破ったのは、あの老婆だった。

「……やってみようじゃないか。このお嬢様の言う通りに」

 老婆が静かに言うと、周りの者たちも、こくりとうなずいた。

「そうだ。ここまでやったんだ。最後まで付き合ってみるさ」
「わしらも、手伝うぜ」

 その言葉を聞いた瞬間、私の目から熱いものが込み上げてきた。三ヶ月。たった三ヶ月だが、私はこの土地で、確かに信頼という名の種を蒔き、育てることができたのだ。

 その日から、村を挙げての土壌改良が始まった。男たちはクワを持ち、私やエルヴィンの指示に従って、緑肥を土にスキ込んでいく。女たちは堆肥作りを手伝い、子供たちは畑の石拾いに精を出した。

 諦めに沈んでいた村に、活気が戻ってきた。人々の顔には笑みが浮かび、そこには確かな希望の光が灯っていた。
 私は汗を拭いながら、土と、そして村人たちと共に働く喜びに、心の底から満たされていた。王宮での華やかだが空虚な日々は、もう遠い過去の記憶となっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された傷心令嬢です。

あんど もあ
ファンタジー
王立学園に在学するコレットは、友人のマデリーヌが退学になった事を知る。マデリーヌは、コレットと親しくしつつコレットの婚約者のフランツを狙っていたのだが……。そして今、フランツの横にはカタリナが。 したたかでたくましいコレットの話。

【読切短編】婚約破棄された令嬢ですが、帳簿があれば辺境でも無双できます ~追い出した公爵家は、私がいないと破産するらしい~

Lihito
ファンタジー
公爵令嬢アイリスは、身に覚えのない罪で婚約破棄され、辺境へ追放された。 だが彼女には秘密がある。 前世は経理OL。そして今世では、物や土地の「価値」が数字で見える能力を持っていた。 公爵家の帳簿を一手に管理していたのは、実は彼女。 追い出した側は、それを知らない。 「三ヶ月で破産すると思うけど……まあ、私には関係ないわね」 荒れ果てた辺境領。誰も気づかなかった資源。無口な護衛騎士。 アイリスは数字を武器に、この土地を立て直すことを決意する。 これは、一人の令嬢が「価値」を証明する物語。 ——追い出したこと、後悔させてあげる。

追放令嬢のスローライフ。辺境で美食レストランを開いたら、元婚約者が「戻ってきてくれ」と泣きついてきましたが、寡黙な騎士様と幸せなのでお断り!

緋村ルナ
ファンタジー
「リナ・アーシェット公爵令嬢!貴様との婚約を破棄し、辺境への追放を命じる!」 聖女をいじめたという濡れ衣を着せられ、全てを奪われた悪役令嬢リナ。しかし、絶望の淵で彼女は思い出す。――自分が日本のOLで、家庭菜園をこよなく愛していた前世の記憶を! 『悪役令嬢?上等じゃない!これからは大地を耕し、自分の手で幸せを掴んでみせるわ!』 痩せた土地を蘇らせ、極上のオーガニック野菜で人々の胃袋を掴み、やがては小さなレストランから国をも動かす伝説を築いていく。 これは、失うことから始まった、一人の女性の美味しくて最高に爽快な逆転成り上がり物語。元婚約者が土下座しに来た頃には、もう手遅れです!

追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。

緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。 前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。 これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

追放令嬢は辺境の廃村で美食の楽園を創る〜土と炎で紡ぐ、真の幸福レストラン〜

緋村ルナ
ファンタジー
華やかな公爵令嬢アメリアは、身に覚えのない罪で辺境の荒野へ追放された。絶望と空腹の中、泥まみれになって触れた土。そこから芽吹いた小さな命と、生まれたての料理は、アメリアの人生を大きく変える。土と炎、そして温かい人々との出会いが、彼女の才能を呼び覚ます!やがて、その手から生み出される「幸福の味」は、辺境の小さな村に奇跡を巻き起こし、追放されたはずの令嬢が、世界を変えるレストランのオーナーとして輝き始める!これは復讐ではない。自らの手で真の豊かさを掴む、美食と成長の成り上がり物語!

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!

六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。 家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能! 「ここなら、自由に生きられるかもしれない」 活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。 「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」

処理中です...