「洗い場のシミ落とし」と追放された元宮廷魔術師。辺境で洗濯屋を開いたら、聖なる浄化の力に目覚め、呪いも穢れも洗い流して成り上がる

黒崎隼人

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第7話「王都からの来訪者」

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 ソレイユの丘に、穏やかな秋風が吹き始める季節。
 ひまわりたちが収穫の時を迎え、村が一年で最も活気づく頃、アルクの日常は唐突に破られた。

 その日、彼はいつものように洗濯物を干していた。
 空は高く澄み渡り、心地よい風が洗い上がったシーツを気持ちよさそうに揺らしている。隣ではブクが満足そうに浮かび、ヒマリが持たせてくれたリンゴのパイの甘い香りが漂っていた。
 完璧な、平和な午後だった。

 それが、地平線の向こうから土煙が上がるのを見るまでは。

 最初は、村へ向かう商人の馬車かと思った。だが、その土煙は一つではなかった。
 複数の騎馬が一糸乱れぬ隊列を組み、迷いなくこの洗濯屋を目指してくる。
 先頭の旗印を見て、アルクの心臓が氷のように冷たくなった。それは、王家に仕える宮廷魔術師団の紋章。彼が五年前に捨てた、過去の象徴だった。

 馬が店の前でいななき、止まる。降り立ったのは、見覚えのある顔ぶれだった。
 上質なローブを身にまとった五人の魔術師。その誰もが、憔悴しきった表情を浮かべていた。
 そして、その中心に立つ男を見て、アルクは思わず息を呑んだ。

「……ギデオン」

 銀髪を神経質そうにかきあげ、苦虫を噛み潰したような顔で辺りを見回す男。ギデオン・アークライト。
 かつてはアルクと将来を競い合ったライバルであり、そして、彼が儀式に失敗した際、誰よりも激しく彼を非難し、追放に追い込んだ張本人だった。

 ギデオンは、店の看板に書かれた「ひまわり洗濯店」という文字を侮蔑するように一瞥し、やがてアルクの姿を認めると、その眉間に深い皺を刻んだ。

「……やはり、お前だったか。アルク・レンフィールド」

 その声には再会の喜びなど微塵もなく、困惑と焦燥、そしてわずかな敵意だけがにじんでいた。

「何の用だ。宮廷魔術師様が、こんな辺境の洗濯屋に」

 アルクは、努めて平静を装って答えた。だが、その声は自分でもわかるほどに硬くなっていた。
 忘れたはずの過去の亡霊が、突然目の前に現れたのだ。心の奥底で、古傷がずきりと痛んだ。

 ギデオンはアルクの皮肉を無視し、単刀直入に本題を切り出した。

「王都が、危機にある」

 彼の口から語られた現状は、アルクの想像を絶するものだった。
 現在、王都では「黒煤病」と呼ばれる、原因不明の奇病が猛威を振るっているという。
 発病した者は、体に黒いシミのような痣が浮かび上がり、徐々に気力と生命力を奪われ、やがては衰弱して死に至る。それは、まるで強力な呪いだった。

 宮廷の最高位の魔術師や、大神殿の神官たちが総力を挙げて解呪を試みたが、あらゆる聖術も治癒魔法も効果がなく、病の拡大を止められない。
 感染は貴族から平民にまで広がり、王都は今や、絶望と死の気配に覆われているという。

「そして、ついに……王女殿下までもが、その病に倒れられた」

 ギデオンは、悔しそうに唇を噛んだ。王家直系にまで呪いが及んだことで、国は存亡の危機に立たされている。

 アルクは黙って聞いていた。他人事だ、と心のどこかで冷たくつぶやく自分がいた。
 自分を捨てた王都がどうなろうと、知ったことではない。

 だが、ギデオンの次の言葉が、その冷めた感情を打ち砕いた。

「呪いの発生源が、わかった。……それは、五年前の『聖別の大祈禱』で、お前が汚した、あの聖布だ」

 アルクの世界から、音が消えた。

 聖布。彼の失敗の象徴。あの黒いシミ。
 時を経て、あのシミに宿った穢れが、呪いとして具現化し、王都全体を蝕み始めたというのだ。

「我々は、あらゆる手を尽くした。だが、呪いを解くことはできない。そんな中、一つの噂を耳にした。この辺境の村に、どんな呪いをも洗い流す、奇跡の洗濯屋がいる、と」

 ギデオンの目が、アルクを真っ直ぐに射抜く。その目には、藁にもすがるような、必死の色が浮かんでいた。

「まさかとは、思った。お前のような落ちこぼれが、そんな力を持っているはずがない、と。だが、他に手立てはない。我々は、最後の望みをかけて、ここまで来たのだ」

 つまり、こういうことだ。
 自分たちが追放した男が、自分たちの手に負えない問題を解決できる唯一の存在かもしれない。その事実を認めなければならないという屈辱に、ギデオンたちは顔を歪めているのだ。

 アルクの胸に、黒く冷たい感情が渦巻いた。都合のいい話だ。
 散々自分を嘲笑い、貶め、追放しておきながら、困った時だけ助けを求めに来るのか。

 彼の脳裏に、五年間の屈辱と孤独が、鮮明に蘇る。
 ひまわり畑を眺めるしかできなかった、空虚な日々。ヒマリと出会うまで、彼の心は死んでいたも同然だった。

 アルクは、静かに首を振った。
 その意味を、ギデオンはまだ理解できないでいた。
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