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第10話:隣国のスパイ
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最近、どうも視線を感じる。
学園の廊下を歩いていても、中庭で日向ぼっこをしていても、図書館で居眠りをしていても、どこかからじっとりとした視線が突き刺さるのだ。
「最近、どうも誰かに見られているような気がするのよね……。気味が悪いわ」
屋敷に帰宅し、お茶を淹れてくれたコンラートに、私はぽつりと愚痴をこぼした。
その視線の主は、だいたい見当がついている。アルフォンス皇太子だ。
あの日、ヴァレンシュタイン領に突然やってきた彼は、私がちょうど昼寝から覚めたばかりの、髪もボサボサで気の抜けた姿を見てしまい、何か衝撃を受けていた。それ以来、学園でやたらと私を見てくるようになったのだ。おそらく、私の化けの皮を剥がそうとしているのだろう。迷惑な話だ。
しかし、私のその言葉を、コンラートは全く別の意味で受け取った。
彼の完璧な微笑みが、すっと消える。その瞳に、かつて暗殺組織の首領だった頃の、冷酷な光が宿った。
「……視線、でございますか」
「ええ。なんだか粘着質で、気持ち悪いのよ」
「承知いたしました。お嬢様を不快にさせる輩は、根絶やしにせねばなりませんな」
コンラートの低い声に、私はぞくりとした。
(あ、これ、まずいスイッチ押しちゃったかも……)
「こ、コンラート? 相手はたぶん、アルフォンス殿下だから、手出しは無用よ?」
慌てて付け加えるが、コンラートは静かに首を振った。
「お嬢様。あなたほどの御方が、ただの痴情のもつれを『気味が悪い』と表現されるはずがない。その視線の裏には、もっと大きな、国家を揺るがす陰謀が隠されているはず。つまり、国内に潜む隣国のスパイ網の存在を、私にお示しくださったのですね?」
どこをどう解釈したらそうなるんだ!
私の不安の原因は九十九パーセント、皇太子の熱視線だというのに!
「違う、コンラート、私の話を……!」
「お見事です、お嬢様。常人には感じ取れぬ脅威の『気配』を察知されるとは。そのお力、恐れ入ります。このコンラート、すぐさま裏の者共に命じ、王都に潜むネズミを一匹残らず炙り出してみせましょう」
そう言うと、コンラートは音もなく部屋から姿を消した。彼の「裏の者共」というのが、元暗殺組織の仲間たちであることは、想像に難くない。
もう、何を言っても手遅れだ。
そして翌日、王都はまたしても大騒ぎになった。
王都に巧妙に潜伏し、長年にわたって我が国の軍事機密や経済情報を盗み出していた、隣国のスパイ組織が一斉に摘発されたのだ。その手際は神業としか言いようがなく、まるで全ての情報を事前に知っていたかのように、完璧なタイミングで一網打尽にされたという。
おかげで、危うく隣国に渡るところだった重要な国家機密の漏洩が、未然に防がれた。
この国を揺るがしかねない大事件だった。
もちろん、その功労者が誰であるかは、すぐに王宮の上層部に伝わった。
コンラートが、ぬかりなく報告していたからだ。
「全ては、我が主イザベラ様の『ご慧眼』によるものです」と。
数日後、私は父と共に王城に呼び出され、国王陛下から直々に感謝状を贈られることになった。
「ヴァレンシュタイン公爵令嬢イザベラ。そなたの洞察力が、この国を救った。まことに見事であった。この功績に、心から感謝する」
国王陛下からのありがたいお言葉。周囲の貴族たちからの称賛の眼差し。
しかし、私の心は死んでいた。
隣には、なぜかアルフォンス皇太子が立っており、熱っぽい視線で私を見つめている。
「君は、私の視線に紛れたスパイの気配まで感じ取っていたというのか……。イザベラ、君は一体どこまで見通しているんだ……」
違うんです、殿下。私が感じていたのは、あなたの視線だけなんです。
私の愚痴が、国際問題にまで発展してしまった。
もはや、ただの公爵令嬢として穏便に婚約破棄する、なんて道は完全に閉ざされたような気がした。私の未来は、一体どうなってしまうのだろうか。
学園の廊下を歩いていても、中庭で日向ぼっこをしていても、図書館で居眠りをしていても、どこかからじっとりとした視線が突き刺さるのだ。
「最近、どうも誰かに見られているような気がするのよね……。気味が悪いわ」
屋敷に帰宅し、お茶を淹れてくれたコンラートに、私はぽつりと愚痴をこぼした。
その視線の主は、だいたい見当がついている。アルフォンス皇太子だ。
あの日、ヴァレンシュタイン領に突然やってきた彼は、私がちょうど昼寝から覚めたばかりの、髪もボサボサで気の抜けた姿を見てしまい、何か衝撃を受けていた。それ以来、学園でやたらと私を見てくるようになったのだ。おそらく、私の化けの皮を剥がそうとしているのだろう。迷惑な話だ。
しかし、私のその言葉を、コンラートは全く別の意味で受け取った。
彼の完璧な微笑みが、すっと消える。その瞳に、かつて暗殺組織の首領だった頃の、冷酷な光が宿った。
「……視線、でございますか」
「ええ。なんだか粘着質で、気持ち悪いのよ」
「承知いたしました。お嬢様を不快にさせる輩は、根絶やしにせねばなりませんな」
コンラートの低い声に、私はぞくりとした。
(あ、これ、まずいスイッチ押しちゃったかも……)
「こ、コンラート? 相手はたぶん、アルフォンス殿下だから、手出しは無用よ?」
慌てて付け加えるが、コンラートは静かに首を振った。
「お嬢様。あなたほどの御方が、ただの痴情のもつれを『気味が悪い』と表現されるはずがない。その視線の裏には、もっと大きな、国家を揺るがす陰謀が隠されているはず。つまり、国内に潜む隣国のスパイ網の存在を、私にお示しくださったのですね?」
どこをどう解釈したらそうなるんだ!
私の不安の原因は九十九パーセント、皇太子の熱視線だというのに!
「違う、コンラート、私の話を……!」
「お見事です、お嬢様。常人には感じ取れぬ脅威の『気配』を察知されるとは。そのお力、恐れ入ります。このコンラート、すぐさま裏の者共に命じ、王都に潜むネズミを一匹残らず炙り出してみせましょう」
そう言うと、コンラートは音もなく部屋から姿を消した。彼の「裏の者共」というのが、元暗殺組織の仲間たちであることは、想像に難くない。
もう、何を言っても手遅れだ。
そして翌日、王都はまたしても大騒ぎになった。
王都に巧妙に潜伏し、長年にわたって我が国の軍事機密や経済情報を盗み出していた、隣国のスパイ組織が一斉に摘発されたのだ。その手際は神業としか言いようがなく、まるで全ての情報を事前に知っていたかのように、完璧なタイミングで一網打尽にされたという。
おかげで、危うく隣国に渡るところだった重要な国家機密の漏洩が、未然に防がれた。
この国を揺るがしかねない大事件だった。
もちろん、その功労者が誰であるかは、すぐに王宮の上層部に伝わった。
コンラートが、ぬかりなく報告していたからだ。
「全ては、我が主イザベラ様の『ご慧眼』によるものです」と。
数日後、私は父と共に王城に呼び出され、国王陛下から直々に感謝状を贈られることになった。
「ヴァレンシュタイン公爵令嬢イザベラ。そなたの洞察力が、この国を救った。まことに見事であった。この功績に、心から感謝する」
国王陛下からのありがたいお言葉。周囲の貴族たちからの称賛の眼差し。
しかし、私の心は死んでいた。
隣には、なぜかアルフォンス皇太子が立っており、熱っぽい視線で私を見つめている。
「君は、私の視線に紛れたスパイの気配まで感じ取っていたというのか……。イザベラ、君は一体どこまで見通しているんだ……」
違うんです、殿下。私が感じていたのは、あなたの視線だけなんです。
私の愚痴が、国際問題にまで発展してしまった。
もはや、ただの公爵令嬢として穏便に婚約破棄する、なんて道は完全に閉ざされたような気がした。私の未来は、一体どうなってしまうのだろうか。
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