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第13話:旱魃と聖女の祈り
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王国を、未曾有の危機が襲った。
何ヶ月も雨が降らず、大地は干上がり、作物は枯れ、人々は水不足に苦しんでいた。深刻な干ばつだ。
この危機に、王家は聖なる力を持つヒロイン、エマに雨乞いの儀式を依頼した。彼女の聖なる力ならば、天に祈りを届け、恵みの雨を降らせることができるかもしれない。
エマは民のために、毎日懸命に祈りを捧げた。しかし、彼女の力をもってしても、空は応えず、乾いた風が吹くだけだった。
連日の祈祷で心身ともに消耗し、ついにエマは倒れてしまった。
その知らせは、学園にいる私の耳にも届いた。
「エマが倒れた……?」
彼女は、今や私の熱烈な信者だ。私に会うたびに「イザベラ様!」と子犬のように駆け寄ってくる彼女の顔が目に浮かぶ。いくら面倒くさがりな私でも、さすがに心配になった。
私は、コンラートとリリアを伴い、エマが見舞いのため療養している教会を訪れた。
ベッドに横たわるエマは、顔色が悪く、ぐったりとしていた。
「イザベラ……様……。申し訳、ありません……。私の力が、足りないばかりに……」
「いいから、今は休みなさい。あなたはよく頑張ったわ」
私は彼女の手を握り、そう声をかけることしかできなかった。
エマの枕元には、水差しが置かれていたが、中身はほとんど空だった。国中が水不足なのだから、仕方がない。
見舞いを終え、教会の外に出ると、じりじりと太陽が照りつけていた。喉が、カラカラに乾く。
「……ああ、喉が渇いたわ。お水が、飲みたいわね……」
それは、本当に、ただの生理的な欲求から出た言葉だった。
しかし、私の隣にいたリリアは、その呟きを聞き逃さなかった。彼女は、倒れたエマと、苦しむ民衆、そして私の物憂げな表情を見て、全てを理解した(と勘違いした)。
(そうか……! お嬢様は、エマ様の心を汲み、この国を憂い、天に雨を願っておられるのだ! 『お水が飲みたい』……それは、この乾いた大地に恵みを与えよという、天への祈り! そして、私への指令!)
リリアの天才的な頭脳が、フル回転を始める。
「コンラート、お嬢様を館までお頼みします! 私、急用を思い出しました!」
そう言うと、リリアは猛然と走り出した。彼女が向かったのは、ヴァレンシュタイン領にある彼女の巨大な研究所だった。
研究所に着いたリリアは、助手を総動員し、ある巨大な魔導具の起動準備を始めた。それは、彼女が密かに研究していた、対大規模災害用の環境改変装置だった。
大気中に無数に存在する魔素を強制的に結合させ、物質に変換する――つまり、何もない空間から水を生成するという、神の御業にも等しい禁断の魔導具だった。
まだ実験段階で、稼働には領地一つの電力を賄えるほどの膨大な魔力が必要になる。しかし、リリアに迷いはなかった。
「お嬢様の祈りを、叶えるために! 全魔力、注入開始!」
リリアの号令と共に、ヴァレンシュタイン領の全ての魔導灯が消え、魔力が装置へと注ぎ込まれていく。
装置が天に向かって光の柱を放った、その数分後。
奇跡は起きた。
乾ききっていた王都の上空に、みるみるうちに暗雲が立ち込め、やがて、ぽつり、ぽつりと大粒の雨が落ち始めたのだ。それは瞬く間に豪雨となり、乾いた大地を潤していった。
人々は空を見上げ、歓喜の声を上げた。何ヶ月も続いた旱魃が終わったのだ。
教会で療養していたエマも、窓から差し込む雨を見て、涙を流した。
「雨……! 奇跡が起きたんだわ……!」
そして、彼女は思い出した。先ほどまで自分のそばにいてくれた、敬愛する令嬢の姿を。
「まさか……。イザベラ様が、私のために祈ってくださったんだわ! 私の未熟な力を補い、天に祈りを届けてくださったんだ!」
この奇跡は、「聖女イザベラの祈り」として、瞬く間に国中に広まった。聖なる乙女エマですら起こせなかった奇跡を、ヴァレンシュタインの令嬢が起こした、と。
一方、その頃の私は。
屋敷に帰り、リリアが作った「永久氷晶箱」の氷を浮かべた冷たいレモン水を飲みながら、一息ついていた。
「やっぱり、喉が渇いた時はこれに限るわね」
窓の外で大雨が降っていることにも気づかず、私はただ、一人の時間を満喫していた。
自分が、国を救った「奇跡の聖女」として崇められているなど、夢にも思わずに。
何ヶ月も雨が降らず、大地は干上がり、作物は枯れ、人々は水不足に苦しんでいた。深刻な干ばつだ。
この危機に、王家は聖なる力を持つヒロイン、エマに雨乞いの儀式を依頼した。彼女の聖なる力ならば、天に祈りを届け、恵みの雨を降らせることができるかもしれない。
エマは民のために、毎日懸命に祈りを捧げた。しかし、彼女の力をもってしても、空は応えず、乾いた風が吹くだけだった。
連日の祈祷で心身ともに消耗し、ついにエマは倒れてしまった。
その知らせは、学園にいる私の耳にも届いた。
「エマが倒れた……?」
彼女は、今や私の熱烈な信者だ。私に会うたびに「イザベラ様!」と子犬のように駆け寄ってくる彼女の顔が目に浮かぶ。いくら面倒くさがりな私でも、さすがに心配になった。
私は、コンラートとリリアを伴い、エマが見舞いのため療養している教会を訪れた。
ベッドに横たわるエマは、顔色が悪く、ぐったりとしていた。
「イザベラ……様……。申し訳、ありません……。私の力が、足りないばかりに……」
「いいから、今は休みなさい。あなたはよく頑張ったわ」
私は彼女の手を握り、そう声をかけることしかできなかった。
エマの枕元には、水差しが置かれていたが、中身はほとんど空だった。国中が水不足なのだから、仕方がない。
見舞いを終え、教会の外に出ると、じりじりと太陽が照りつけていた。喉が、カラカラに乾く。
「……ああ、喉が渇いたわ。お水が、飲みたいわね……」
それは、本当に、ただの生理的な欲求から出た言葉だった。
しかし、私の隣にいたリリアは、その呟きを聞き逃さなかった。彼女は、倒れたエマと、苦しむ民衆、そして私の物憂げな表情を見て、全てを理解した(と勘違いした)。
(そうか……! お嬢様は、エマ様の心を汲み、この国を憂い、天に雨を願っておられるのだ! 『お水が飲みたい』……それは、この乾いた大地に恵みを与えよという、天への祈り! そして、私への指令!)
リリアの天才的な頭脳が、フル回転を始める。
「コンラート、お嬢様を館までお頼みします! 私、急用を思い出しました!」
そう言うと、リリアは猛然と走り出した。彼女が向かったのは、ヴァレンシュタイン領にある彼女の巨大な研究所だった。
研究所に着いたリリアは、助手を総動員し、ある巨大な魔導具の起動準備を始めた。それは、彼女が密かに研究していた、対大規模災害用の環境改変装置だった。
大気中に無数に存在する魔素を強制的に結合させ、物質に変換する――つまり、何もない空間から水を生成するという、神の御業にも等しい禁断の魔導具だった。
まだ実験段階で、稼働には領地一つの電力を賄えるほどの膨大な魔力が必要になる。しかし、リリアに迷いはなかった。
「お嬢様の祈りを、叶えるために! 全魔力、注入開始!」
リリアの号令と共に、ヴァレンシュタイン領の全ての魔導灯が消え、魔力が装置へと注ぎ込まれていく。
装置が天に向かって光の柱を放った、その数分後。
奇跡は起きた。
乾ききっていた王都の上空に、みるみるうちに暗雲が立ち込め、やがて、ぽつり、ぽつりと大粒の雨が落ち始めたのだ。それは瞬く間に豪雨となり、乾いた大地を潤していった。
人々は空を見上げ、歓喜の声を上げた。何ヶ月も続いた旱魃が終わったのだ。
教会で療養していたエマも、窓から差し込む雨を見て、涙を流した。
「雨……! 奇跡が起きたんだわ……!」
そして、彼女は思い出した。先ほどまで自分のそばにいてくれた、敬愛する令嬢の姿を。
「まさか……。イザベラ様が、私のために祈ってくださったんだわ! 私の未熟な力を補い、天に祈りを届けてくださったんだ!」
この奇跡は、「聖女イザベラの祈り」として、瞬く間に国中に広まった。聖なる乙女エマですら起こせなかった奇跡を、ヴァレンシュタインの令嬢が起こした、と。
一方、その頃の私は。
屋敷に帰り、リリアが作った「永久氷晶箱」の氷を浮かべた冷たいレモン水を飲みながら、一息ついていた。
「やっぱり、喉が渇いた時はこれに限るわね」
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