無能な悪役令嬢は静かに暮らしたいだけなのに、超有能な側近たちの勘違いで救国の聖女になってしまいました

黒崎隼人

文字の大きさ
14 / 24

第13話:旱魃と聖女の祈り

しおりを挟む
 王国を、未曾有の危機が襲った。
 何ヶ月も雨が降らず、大地は干上がり、作物は枯れ、人々は水不足に苦しんでいた。深刻な干ばつだ。

 この危機に、王家は聖なる力を持つヒロイン、エマに雨乞いの儀式を依頼した。彼女の聖なる力ならば、天に祈りを届け、恵みの雨を降らせることができるかもしれない。
 エマは民のために、毎日懸命に祈りを捧げた。しかし、彼女の力をもってしても、空は応えず、乾いた風が吹くだけだった。
 連日の祈祷で心身ともに消耗し、ついにエマは倒れてしまった。

 その知らせは、学園にいる私の耳にも届いた。
「エマが倒れた……?」
 彼女は、今や私の熱烈な信者だ。私に会うたびに「イザベラ様!」と子犬のように駆け寄ってくる彼女の顔が目に浮かぶ。いくら面倒くさがりな私でも、さすがに心配になった。

 私は、コンラートとリリアを伴い、エマが見舞いのため療養している教会を訪れた。
 ベッドに横たわるエマは、顔色が悪く、ぐったりとしていた。
「イザベラ……様……。申し訳、ありません……。私の力が、足りないばかりに……」
「いいから、今は休みなさい。あなたはよく頑張ったわ」
 私は彼女の手を握り、そう声をかけることしかできなかった。

 エマの枕元には、水差しが置かれていたが、中身はほとんど空だった。国中が水不足なのだから、仕方がない。
 見舞いを終え、教会の外に出ると、じりじりと太陽が照りつけていた。喉が、カラカラに乾く。

「……ああ、喉が渇いたわ。お水が、飲みたいわね……」

 それは、本当に、ただの生理的な欲求から出た言葉だった。
 しかし、私の隣にいたリリアは、その呟きを聞き逃さなかった。彼女は、倒れたエマと、苦しむ民衆、そして私の物憂げな表情を見て、全てを理解した(と勘違いした)。

(そうか……! お嬢様は、エマ様の心を汲み、この国を憂い、天に雨を願っておられるのだ! 『お水が飲みたい』……それは、この乾いた大地に恵みを与えよという、天への祈り! そして、私への指令!)

 リリアの天才的な頭脳が、フル回転を始める。
「コンラート、お嬢様を館までお頼みします! 私、急用を思い出しました!」
 そう言うと、リリアは猛然と走り出した。彼女が向かったのは、ヴァレンシュタイン領にある彼女の巨大な研究所だった。

 研究所に着いたリリアは、助手を総動員し、ある巨大な魔導具の起動準備を始めた。それは、彼女が密かに研究していた、対大規模災害用の環境改変装置だった。
 大気中に無数に存在する魔素を強制的に結合させ、物質に変換する――つまり、何もない空間から水を生成するという、神の御業にも等しい禁断の魔導具だった。
 まだ実験段階で、稼働には領地一つの電力を賄えるほどの膨大な魔力が必要になる。しかし、リリアに迷いはなかった。

「お嬢様の祈りを、叶えるために! 全魔力、注入開始!」

 リリアの号令と共に、ヴァレンシュタイン領の全ての魔導灯が消え、魔力が装置へと注ぎ込まれていく。
 装置が天に向かって光の柱を放った、その数分後。

 奇跡は起きた。
 乾ききっていた王都の上空に、みるみるうちに暗雲が立ち込め、やがて、ぽつり、ぽつりと大粒の雨が落ち始めたのだ。それは瞬く間に豪雨となり、乾いた大地を潤していった。
 人々は空を見上げ、歓喜の声を上げた。何ヶ月も続いた旱魃が終わったのだ。

 教会で療養していたエマも、窓から差し込む雨を見て、涙を流した。
「雨……! 奇跡が起きたんだわ……!」
 そして、彼女は思い出した。先ほどまで自分のそばにいてくれた、敬愛する令嬢の姿を。

「まさか……。イザベラ様が、私のために祈ってくださったんだわ! 私の未熟な力を補い、天に祈りを届けてくださったんだ!」

 この奇跡は、「聖女イザベラの祈り」として、瞬く間に国中に広まった。聖なる乙女エマですら起こせなかった奇跡を、ヴァレンシュタインの令嬢が起こした、と。

 一方、その頃の私は。
 屋敷に帰り、リリアが作った「永久氷晶箱」の氷を浮かべた冷たいレモン水を飲みながら、一息ついていた。
「やっぱり、喉が渇いた時はこれに限るわね」
 窓の外で大雨が降っていることにも気づかず、私はただ、一人の時間を満喫していた。

 自分が、国を救った「奇跡の聖女」として崇められているなど、夢にも思わずに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました

タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。 ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」 目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。 破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。 今度こそ、泣くのは私じゃない。 破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

【完結】モブの王太子殿下に愛されてる転生悪役令嬢は、国外追放される運命のはずでした

Rohdea
恋愛
公爵令嬢であるスフィアは、8歳の時に王子兄弟と会った事で前世を思い出した。 同時に、今、生きているこの世界は前世で読んだ小説の世界なのだと気付く。 さらに自分はヒーロー(第二王子)とヒロインが結ばれる為に、 婚約破棄されて国外追放となる運命の悪役令嬢だった…… とりあえず、王家と距離を置きヒーロー(第二王子)との婚約から逃げる事にしたスフィア。 それから数年後、そろそろ逃げるのに限界を迎えつつあったスフィアの前に現れたのは、 婚約者となるはずのヒーロー(第二王子)ではなく…… ※ 『記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました』 に出てくる主人公の友人の話です。 そちらを読んでいなくても問題ありません。

処理中です...