出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた

黒崎隼人

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第5話「初めての来訪者と聖なる野菜」

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 ルプスが伝説の聖獣フェンリルだと判明してから、数週間が過ぎた。
 俺たちの生活は相変わらず平和そのものだ。
 畑を耕し新しい作物の栽培に挑戦し、ルプスともふもふし、時々やってくる魔物はルプスが一瞬で片付けてくれる。完璧なスローライフだ。

 グレートボアを皮切りに、時折ゴブリンやオークといった魔物が俺の領域に引き寄せられてやってくるようになったが、全てルプスの敵ではなかった。
 解体した魔物の素材は倉庫にどんどん溜まっていく。いつかこれを換金して、塩や香辛料といったスキルでは作り出せないものを手に入れたいと考えていた。

 そのためには、どこか近くの町か村へ行く必要がある。
 この嘆きの荒野から一番近い集落は……確か、屋敷を追い出される時に聞いた覚えがある。
『テル村』とか言ったか。荒野の入り口にある、寂れた村だと。

「よし、そろそろ行ってみるか」

 俺は意を決し、初めて領域の外へ、人里へと向かう準備を始めた。
 売るものは山ほどある。
 まずは魔物の素材。それから俺の畑で採れた自慢の野菜たちだ。
 この野菜が果たして外の世界で通用するのか。いや、通用するどころか大騒ぎになるんじゃないかという一抹の不安もあるが。

「まあ、少量だけなら大丈夫だろう」

 俺は特に出来の良かったトマトとニンジン、ジャガイモをカゴに詰め込んだ。
 ルプスは俺の身の安全のため、普段の子犬サイズでついてきてくれることになった。いざとなればあの巨大な姿で俺を守ってくれるだろう。心強い相棒だ。

 準備を整え、俺とルプスはテル村を目指して歩き出した。
 嘆きの荒野は相変わらずの不毛の大地だが、一度外に出てみると俺の領域の異常さがよく分かる。あの一角だけ、まるで奇跡のように緑が生い茂っているのだ。
 これを見られたら面倒なことになるかもしれない。領域の周りにはカモフラージュのために背の高い木でも植えておこう。

 半日ほど歩くと前方に小さな集落が見えてきた。
 木の柵で囲まれた、十数軒の家が集まるだけの本当に小さな村だ。あれがテル村だろう。

 村の入り口に立つと、見張りをしていたらしい人の良さそうなおじさんが、訝しげな顔でこちらを見てきた。

「あんた、旅人かい? 嘆きの荒野の方から来たようだが……」

 無理もない。あんな場所から人が現れるなんて、普通は考えないだろう。
 俺はあらかじめ考えておいた設定を口にする。

「はい。少し道に迷ってしまって。この村で少し食料を分けていただけませんか? もちろんお金は払いますし、こちらに売りたいものもあるのですが」

 俺がそう言うと、おじさんは少し警戒を解いてくれた。

「そうかい。まあ、こんな寂れた村にはまともな食い物もねぇが……。とりあえず中に入りな」

 村の中は想像以上に活気がなかった。
 道行く人々は皆痩せていて、表情も暗い。畑らしき場所もあるが、育っている作物はひどく貧相で栄養が足りていないのが一目で分かった。
 この土地も嘆きの荒野と同じように、痩せているのだろう。

 俺は村で唯一の商店だという、小さな店を訪れた。
 店主の老婆に持ってきた魔物の素材を見せる。

「こ、これは……グレートボアの牙と、オークの皮じゃないか! あんた、これを一人で?」

 老婆は目を丸くして驚いている。

「ええ、まあ、運が良かったんです」

 まさか隣にいる子犬が一撃で仕留めたとは言えない。
 素材は相場よりも少し安く買い叩かれた気もするが、それでも十分な額の銅貨になった。これで当面の生活には困らないだろう。

「それで、何か食べ物を売っていただけませんか?」

 俺が尋ねると、老婆は申し訳なさそうに棚に並んだ黒く硬いパンと、干からびた豆を指さした。

「すまないねぇ。今あるのはこれくらいさ。今年は日照りが酷くて、作物が全然育たなくってねぇ……」

 村の窮状を物語る食料事情に俺は胸が痛んだ。
 そして同時に思った。
 俺の野菜なら、この村の人たちを助けられるかもしれない、と。

「あの、もしよかったら……これ、食べてみませんか?」

 俺はおそるおそる、持ってきたカゴの中から真っ赤に輝くトマトを一つ取り出し、老婆に差し出した。

 老婆は、そのトマトを一目見て息を呑んだ。

「な……なんて見事なトマトなんだい……。まるで宝石じゃないか……」

「俺の畑で採れたんです。味には自信がありますよ」

 老婆は震える手でトマトを受け取ると、ゴクリと喉を鳴らしおもむろにかぶりついた。

 シャクッ!

 その瞬間、老婆の顔が驚愕に染まる。

「なっ……こ、これは……!? なんて甘くて瑞々しいんだ……!」

 そして、さらに信じられないことが起こった。
 トマトを食べ終えた老婆が、急に自分の腰をさすり始めたのだ。

「あれ……? あんなに痛かった腰が……痛くない……? それどころか、なんだか力がみなぎってくるような……!」

 老婆はその場で何度か屈伸運動をすると、奇跡でも見たかのような顔で俺を見つめてきた。

「坊や……あんた、一体何者なんだい? このトマトはただのトマトじゃない……まるで聖水で育った『聖なる野菜』じゃないか!」

『で、出たー! やっぱりそういう展開になるのか!』

 俺の不安は的中した。
 俺の作る野菜は美味いだけじゃなく、明確な治癒効果や滋養強壮効果を持っているらしい。
 老婆の叫び声を聞きつけ、店の外から村人たちが何事かと集まってくる。

「ばあさん、どうしたんだ?」
「腰の痛みが消えたって、本当かい?」

 老婆は興奮した様子で俺が持ってきたトマトを指さし、まくしたてた。

「本当さ! この坊やがくれたトマトを食べたら、長年の腰痛が嘘みたいに消えちまったんだよ!」

 その言葉に村人たちの視線が一斉に俺のカゴに注がれる。
 その目は飢えた獣のようでもあり、神に祈る信者のようでもあった。

「お、お願いだ! その野菜を俺たちにも売ってくれ!」
「娘が熱を出して寝込んでいるんだ! 頼む!」
「金なら払う! いくらでも!」

 村人たちが我先にと俺に殺到してくる。
 このままではパニックになってしまう。

「わ、分かりました! 落ち着いてください! 皆さんにちゃんと行き渡るようにしますから!」

 俺は必死に叫び、なんとかその場を収めた。
 結局その日、俺が持ってきた野菜はあっという間に村人たちの手に渡っていった。代金として受け取った銅貨で、俺の財布はずっしりと重くなった。

 野菜を食べた村人たちは皆その味と効果に驚愕していた。
 病が癒え力がみなぎり、村全体がさっきまでの沈んだ空気が嘘のように活気に満ちあふれている。

 子供たちの笑い声が、村のあちこちから聞こえてくる。
 その光景を見て、俺は心の底からここに来て良かったと思った。

「兄ちゃん、ありがとう!」

 小さな女の子が俺に駆け寄ってきて、手作りの花の冠をくれた。
 その笑顔はどんな宝石よりも輝いて見えた。

 俺は少し照れくさく思いながらも、その冠を受け取った。
 自分の力が誰かの役に立つ。誰かを笑顔にできる。
 それは思っていた以上に、嬉しいことだった。

 この日を境に、俺は定期的にテル村を訪れ野菜を売ることになった。
 俺の野菜は『奇跡の野菜』と呼ばれ、俺自身も村人たちから『辺境の聖者様』なんて、ちょっと大げさな名前で呼ばれるようになってしまった。

 静かなスローライフを望んでいたはずが、いつの間にか一つの村の救世主になっていた。
 まあ、悪い気はしない。
 この小さな村との交流が、俺の孤独だった世界を少しずつ彩り始めていた。

 だがこの『奇跡の野菜』の噂が、やがてこの小さな村の外へ……王都にまで届くことになるのを、この時の俺はまだ知る由もなかった。
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