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第24話「帝国からの使者、その名は」
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勝利の宴から一ヶ月。
俺の領地はすっかり平穏な日常を取り戻していた。
アシュフィールド家の残党処理は、エリアナ率いる王国騎士団が全て片付けてくれた。
俺たちは戦いのことなど忘れたかのように、日々の畑仕事と領地経営に精を出していた。
テル村はロックウェルとの交易でますます豊かになっている。
新しい加工品の工房も次々と建てられ、村人たちの暮らしは見違えるように向上した。
子供たちの教育のために、セレスティアが小さな学校を開いたりもした。
紅蓮のグリフォンのメンバーはすっかりこの領地が気に入ったらしく、冒険者の仕事もそこそこに、俺の用心棒兼農作業の手伝いとして居座っている。
彼らがいるだけで領地の安全性は格段に上がっていた。
俺はそんな穏やかな日々を満喫していた。
もう大きな事件など起こらないだろう。
このまま平和なスローライフが続いていく。
そう信じていた。
だが、その日は突然やってきた。
その日、俺の領域に一人の来訪者があった。
それは今までここを訪れた誰とも違う、異質な空気をまとった人物だった。
漆黒の豪奢なドレスに身を包んだ、絶世の美女。
腰まで届く艶やかな銀色の長髪。
血のように赤い瞳。
その非現実的なまでの美しさは、どこか人間離れしていた。
彼女はたった一人でアークライト街道を歩いてきた。
護衛もお供もいない。
だが彼女から発せられる圧倒的な威圧感は、百の軍勢にも匹敵するほどだった。
「グルルルルル……!」
ルプスが今まで見せたことのない最大限の警戒心で、彼女を睨みつけている。
その毛は逆立ち、牙をむき出しにしていた。
俺もダグたちも、咄嗟に武器を構える。
目の前の女がただ者ではないことは、一目で分かった。
「止まりなさい。ここはアークライト男爵様の領地ですわ。何者ですの?」
シルフィが弓を引き絞りながら問いかける。
女は足を止め、その赤い瞳で俺たちをゆっくりと見渡した。
そしてその視線が俺に注がれた。
一瞬、隣に立つセレスティアに意味深な視線を送り、まるで獲物を見定めるかのように細められる。
ふわり、と。
彼女の赤い唇が、妖艶な笑みの形に歪んだ。
「あなたがカイ・アークライトね。噂通りの面白い男のようだわ」
その声はまるで鈴を転がすように美しく、しかしどこか冷たい響きを持っていた。
「……あんたは誰だ?」
俺が問い返す。
女は優雅にスカートの裾をつまんで一礼した。
その仕草は完璧な貴族のそれだった。
「わたくしはリリス・フォン・ドラクル。ゼニス帝国皇帝ヴァルハルト陛下の名代として参りました」
「……!」
その名を聞いて、俺たちは息を呑んだ。
ゼニス帝国。
やはり来たか。
「帝国の使者が何の用だ。ここはクロービス王国の領地だぞ」
エリアナも駆けつけ、剣に手をかけながらリリスを睨みつけた。
リリスはエリアナの殺気など意にも介さず、くすくすと笑った。
「そういきり立たないで、王国騎士団長殿。わたくしは戦いをしに来たのではありませんわ。ただ、この国の新しい英雄にご挨拶をしに来ただけ」
彼女は再び俺に視線を戻す。
「グレン・アシュフィールドの愚かな計画を阻止した、あなたのその力。我が皇帝陛下は高く評価しておいでです」
「……それで、本題は何だ?」
俺は彼女の回りくどい言い方に、苛立ちを感じていた。
リリスは満足そうに頷いた。
「話が早くて助かるわ。単刀直入に言いましょう。カイ・アークライト、あなたをゼニス帝国にお迎えしたい」
「……は?」
俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。
リリスは続けた。
「クロービス王国のような弱小国に仕えるのは、あなたの才能の無駄遣いだわ。我が帝国に来れば、あなたには公爵の位と望むだけの富と名誉をお約束します。皇帝陛下はあなたの力を正当に評価し、重用されるでしょう」
それは破格の提案だった。
一介の成り上がり男爵に過ぎない俺を、いきなり公爵として迎え入れるというのだ。
普通の人間なら飛びついて喜ぶような話だろう。
だが俺は、静かに首を振った。
「断る」
俺の即答に、リリスは少し驚いたように目を見開いた。
「どうして? このしがない辺境の領主で満足だと言うのかしら?」
「ああ、満足だ」
俺はきっぱりと言い切った。
「俺には金も名誉もいらない。俺が欲しいのはこの場所で、大切な仲間たちと送る平穏な毎日だけだ。あんたたちの野心に付き合うつもりは毛頭ない」
俺の言葉に、隣にいたセレスティアが嬉しそうに微笑んだ。
ダグたちもニヤリと笑っている。
俺の答えを聞いたリリスは、しばらく黙っていた。
そしてやがて、くすくすと笑い声を漏らし始めた。
それは先ほどまでの作り物のような笑いではなく、心の底から楽しんでいるような笑い声だった。
「……ふふっ、あはははは! 面白い! 本当に面白い男ね、あなたは!」
彼女は涙を拭う仕草をしながら言った。
「いいわ、カイ・アークライト。あなたのその答え、気に入ったわ。皇帝陛下にはわたくしから上手く伝えておきましょう」
彼女はそう言うと、あっさりと俺に背を向けた。
もう用は済んだとでも言うように。
「待て。このまま帰すと思うな」
エリアナが剣を抜く。
だがリリスは振り返りもしない。
「忠告しておくわ、騎士団長。わたくしに剣を向けるのはやめておいた方が身のためよ。あなたではわたくしの髪の毛一本、切ることはできないわ」
その言葉には絶対的な自信が満ちていた。
そしてそれは決して虚勢ではないことを、俺たちは肌で感じていた。
この女はダグたちAランク冒険者でさえ、束になっても敵わないほどの圧倒的な強者だ。
「カイ・アークライト」
リリスは去り際に、俺の名前を呼んだ。
「また会いに来るわ。次に会う時が本当の交渉の時。それまでせいぜい、そのおままごとのような平和を楽しむことね」
そう言い残し、彼女は幻のようにその場から姿を消した。
まるで最初から誰もいなかったかのように。
後に残されたのは、不気味な沈黙と、俺たちの心の中に植え付けられた大きな不安の種だけだった。
リリス・フォン・ドラクル。
あの女は一体何者なんだ。
そして彼女が言っていた『本当の交渉』とは、一体何を意味するのか。
ゼニス帝国との本格的な対決の時は、すぐそこまで迫っているのかもしれない。
俺はリリスが消えた空間を見つめながら、改めて気を引き締めるのだった。
俺の領地はすっかり平穏な日常を取り戻していた。
アシュフィールド家の残党処理は、エリアナ率いる王国騎士団が全て片付けてくれた。
俺たちは戦いのことなど忘れたかのように、日々の畑仕事と領地経営に精を出していた。
テル村はロックウェルとの交易でますます豊かになっている。
新しい加工品の工房も次々と建てられ、村人たちの暮らしは見違えるように向上した。
子供たちの教育のために、セレスティアが小さな学校を開いたりもした。
紅蓮のグリフォンのメンバーはすっかりこの領地が気に入ったらしく、冒険者の仕事もそこそこに、俺の用心棒兼農作業の手伝いとして居座っている。
彼らがいるだけで領地の安全性は格段に上がっていた。
俺はそんな穏やかな日々を満喫していた。
もう大きな事件など起こらないだろう。
このまま平和なスローライフが続いていく。
そう信じていた。
だが、その日は突然やってきた。
その日、俺の領域に一人の来訪者があった。
それは今までここを訪れた誰とも違う、異質な空気をまとった人物だった。
漆黒の豪奢なドレスに身を包んだ、絶世の美女。
腰まで届く艶やかな銀色の長髪。
血のように赤い瞳。
その非現実的なまでの美しさは、どこか人間離れしていた。
彼女はたった一人でアークライト街道を歩いてきた。
護衛もお供もいない。
だが彼女から発せられる圧倒的な威圧感は、百の軍勢にも匹敵するほどだった。
「グルルルルル……!」
ルプスが今まで見せたことのない最大限の警戒心で、彼女を睨みつけている。
その毛は逆立ち、牙をむき出しにしていた。
俺もダグたちも、咄嗟に武器を構える。
目の前の女がただ者ではないことは、一目で分かった。
「止まりなさい。ここはアークライト男爵様の領地ですわ。何者ですの?」
シルフィが弓を引き絞りながら問いかける。
女は足を止め、その赤い瞳で俺たちをゆっくりと見渡した。
そしてその視線が俺に注がれた。
一瞬、隣に立つセレスティアに意味深な視線を送り、まるで獲物を見定めるかのように細められる。
ふわり、と。
彼女の赤い唇が、妖艶な笑みの形に歪んだ。
「あなたがカイ・アークライトね。噂通りの面白い男のようだわ」
その声はまるで鈴を転がすように美しく、しかしどこか冷たい響きを持っていた。
「……あんたは誰だ?」
俺が問い返す。
女は優雅にスカートの裾をつまんで一礼した。
その仕草は完璧な貴族のそれだった。
「わたくしはリリス・フォン・ドラクル。ゼニス帝国皇帝ヴァルハルト陛下の名代として参りました」
「……!」
その名を聞いて、俺たちは息を呑んだ。
ゼニス帝国。
やはり来たか。
「帝国の使者が何の用だ。ここはクロービス王国の領地だぞ」
エリアナも駆けつけ、剣に手をかけながらリリスを睨みつけた。
リリスはエリアナの殺気など意にも介さず、くすくすと笑った。
「そういきり立たないで、王国騎士団長殿。わたくしは戦いをしに来たのではありませんわ。ただ、この国の新しい英雄にご挨拶をしに来ただけ」
彼女は再び俺に視線を戻す。
「グレン・アシュフィールドの愚かな計画を阻止した、あなたのその力。我が皇帝陛下は高く評価しておいでです」
「……それで、本題は何だ?」
俺は彼女の回りくどい言い方に、苛立ちを感じていた。
リリスは満足そうに頷いた。
「話が早くて助かるわ。単刀直入に言いましょう。カイ・アークライト、あなたをゼニス帝国にお迎えしたい」
「……は?」
俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。
リリスは続けた。
「クロービス王国のような弱小国に仕えるのは、あなたの才能の無駄遣いだわ。我が帝国に来れば、あなたには公爵の位と望むだけの富と名誉をお約束します。皇帝陛下はあなたの力を正当に評価し、重用されるでしょう」
それは破格の提案だった。
一介の成り上がり男爵に過ぎない俺を、いきなり公爵として迎え入れるというのだ。
普通の人間なら飛びついて喜ぶような話だろう。
だが俺は、静かに首を振った。
「断る」
俺の即答に、リリスは少し驚いたように目を見開いた。
「どうして? このしがない辺境の領主で満足だと言うのかしら?」
「ああ、満足だ」
俺はきっぱりと言い切った。
「俺には金も名誉もいらない。俺が欲しいのはこの場所で、大切な仲間たちと送る平穏な毎日だけだ。あんたたちの野心に付き合うつもりは毛頭ない」
俺の言葉に、隣にいたセレスティアが嬉しそうに微笑んだ。
ダグたちもニヤリと笑っている。
俺の答えを聞いたリリスは、しばらく黙っていた。
そしてやがて、くすくすと笑い声を漏らし始めた。
それは先ほどまでの作り物のような笑いではなく、心の底から楽しんでいるような笑い声だった。
「……ふふっ、あはははは! 面白い! 本当に面白い男ね、あなたは!」
彼女は涙を拭う仕草をしながら言った。
「いいわ、カイ・アークライト。あなたのその答え、気に入ったわ。皇帝陛下にはわたくしから上手く伝えておきましょう」
彼女はそう言うと、あっさりと俺に背を向けた。
もう用は済んだとでも言うように。
「待て。このまま帰すと思うな」
エリアナが剣を抜く。
だがリリスは振り返りもしない。
「忠告しておくわ、騎士団長。わたくしに剣を向けるのはやめておいた方が身のためよ。あなたではわたくしの髪の毛一本、切ることはできないわ」
その言葉には絶対的な自信が満ちていた。
そしてそれは決して虚勢ではないことを、俺たちは肌で感じていた。
この女はダグたちAランク冒険者でさえ、束になっても敵わないほどの圧倒的な強者だ。
「カイ・アークライト」
リリスは去り際に、俺の名前を呼んだ。
「また会いに来るわ。次に会う時が本当の交渉の時。それまでせいぜい、そのおままごとのような平和を楽しむことね」
そう言い残し、彼女は幻のようにその場から姿を消した。
まるで最初から誰もいなかったかのように。
後に残されたのは、不気味な沈黙と、俺たちの心の中に植え付けられた大きな不安の種だけだった。
リリス・フォン・ドラクル。
あの女は一体何者なんだ。
そして彼女が言っていた『本当の交渉』とは、一体何を意味するのか。
ゼニス帝国との本格的な対決の時は、すぐそこまで迫っているのかもしれない。
俺はリリスが消えた空間を見つめながら、改めて気を引き締めるのだった。
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