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第6話「癒しの石鹸と最初の逆風」
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サンライズ商会、始動。
俺たちの最初の目標は「最高品質の石鹸」を開発し、市場に投入することだ。
「この世界の石鹸は、動物の脂と灰から作られてるんだよな?」
「はい。主に洗浄用の固形石鹸ですが、泡立ちも悪く、肌が荒れると評判はあまり……。貴族の女性方は、香りの良い高価な油で肌を清めるのが一般的です」
リリアナの説明に、俺はニヤリと笑った。
『なるほど、完全にブルーオーシャンだ』
現代日本の知識によれば、石鹸は油脂とアルカリを反応させる「鹸化」という化学反応で作られる。この世界の粗悪な石鹸は、木の灰を水に溶かして作る灰汁と動物の脂を使っているのだろう。発想は悪くないが、精製技術が未熟なせいで、不純物が多く、品質が低いのだ。
「もっと質の良い油と、純度の高いアルカリを使えば、劇的に品質を上げられるはずだ」
俺は早速、行動を開始した。まずは良質な植物油の確保だ。街の市場を巡り、オリーブのような果実から採れる油や、ナッツ系の油を買い集める。鑑定スキルで、それぞれの油の特性――保湿力が高い、泡立ちが良い、など――を調べていく。
次にアルカリ。木の灰から作る方法は効率が悪い。もっと強力で純度の高いアルカリが必要だ。
『確か、石灰石を焼いて、ソーダ灰と反応させれば苛性ソーダが作れたはず……』
化学の知識なんて、高校の授業で習った程度のかすかな記憶しかない。だが、試してみる価値はある。俺は石灰石と、海藻を焼いて作られるソーダ灰をなんとか手に入れ、厨房で化学実験まがいのことを始めた。
分量も加熱時間も、すべてが手探りだ。何度も失敗を繰り返し、小さな爆発を起こしてリリアナに怒られたりもした。
『うーん、難しい……。やっぱり、専門家の力が必要か?』
そう思い悩んでいた時、リリアナが助け舟を出してくれた。
「カイリ様、薬草や薬品のことに詳しい、古い知り合いがいます。訪ねてみてはいかがでしょう?」
リリアナに紹介されたのは、街の路地裏で小さな薬草店を営む、エルフの老婆、エリアーデさんだった。彼女は一見すると気難しそうだったが、俺が持ち込んだ植物の知識や、苛性ソーダの精製方法を話すと、興味深そうに目を輝かせた。
「ほう、面白いことを考える人間がおるもんじゃ。よし、婆さんも一枚噛ませてもらおうかの」
エリアーデさんの協力を得て、石鹸の試作は飛躍的に進んだ。彼女の知識は本物で、俺の曖昧な記憶を的確に補い、純度の高いアルカリの生成に成功した。
そしてついに、試作品第一号が完成した。
それは、乳白色に輝く、美しい固形石鹸だった。エリアーデさんが調合してくれたラベンダーのハーブを加えたことで、心安らぐ良い香りがする。
「すごい……! なんて良い香り!」
リリアナがうっとりと石鹸の香りをかいでいる。
実際に使ってみると、その差は歴然だった。きめ細かくクリーミーな泡が豊かに立ち、汚れをすっきりと落とすのに、洗い上がりは驚くほどしっとりしている。まるで高級な保湿クリームを塗った後のようだ。
「これなら、絶対に売れる!」
俺たちはこの石鹸を「癒しの石鹸」と名付け、美しい包装を施して売り出すことにした。値段は、従来の石鹸の十倍。ターゲットは、美意識の高い富裕層だ。
販売戦略も、現代知識を応用した。まずは、リリアナの持つ元貴族の人脈を使い、有力な貴族の奥様方にサンプルを配ってもらったのだ。
結果は、言うまでもない。
「まあ、なんて素晴らしい泡立ちと香りなのかしら!」
「洗い上がりが、まるで赤ちゃんの肌のよう!」
口コミは、あっという間に貴族社会に広まった。正式販売を開始すると、サンライズ商会の本店には、高級そうな馬車が次々と乗り付け、客が殺到した。
「癒しの石鹸」は、俺たちの予想をはるかに超える大ヒット商品となったのだ。
だが、成功には必ず嫉妬がつきまとう。
俺たちの快進撃を、苦々しい思いで見つめている者たちがいた。ゴルドマン商会だ。
***
ある日、サンライズ商会に、商業ギルドからの使者がやってきた。
「サンライズ商会代表、カイリ殿に告ぐ。貴殿の商会が販売する『癒しの石鹸』の主原料である『シトラスオイル』の買い占め、および市場価格の不当な吊り上げの疑いにより、ギルドへの出頭を命ずる」
「……なんだって?」
まったく、身に覚えのない嫌疑だった。シトラスオイルは、確かに石鹸の原料の一つだが、買い占めなんてするはずがない。
これは、明らかに罠だ。
***
ギルドに出頭すると、そこにはゴルドマン商会の会長、バルトロ・ゴルドマンが待ち構えていた。でっぷりと太った、いかにも悪役といった風貌の男だ。
「ほう、こいつが噂の若造か。ずいぶんと悪どいことをしてくれるじゃないか」
バルトロは、俺を見るなり嫌味たっぷりに言った。
「買い占めなど、していません。何かの間違いです」
「しらを切るな! お前たちがオイルを買い占めたせいで、市場から在庫がなくなり、価格が高騰していると、多くの商人から訴えが出ているのだ! 証拠もある!」
バルトロが突きつけてきたのは、数人の商人たちの署名が入った嘆願書だった。おそらく、金で署名させたのだろう。完全に、俺たちを潰すために仕組まれた芝居だ。
ギルドの幹部たちも、エトリアで絶大な力を持つゴルドマン商会に逆らえないのか、バルトロの言い分を鵜呑みにしているようだ。
「サンライズ商会には、原因が究明されるまで、当該商品の販売停止を命ずる」
非情な通告が下された。
「そんな……!」
リリアナが、悔しそうに唇を噛む。
これが、商業の世界の厳しさか。正攻法だけでは、巨大な権力には勝てない。初めての、大きな逆風だった。
***
店に戻ると、従業員たちは不安そうな顔で俺たちを迎えた。
「どうしよう、カイリ様……。このままでは……」
リリアナが、弱々しい声でつぶやく。
俺は、彼女の肩にポンと手を置いた。
「大丈夫だ。まだ、終わったわけじゃない」
俺の目には、まだ諦めの色はない。むしろ、闘志が燃え上がっていた。
『汚い手で来るとはな、ゴルドマン。いいだろう、受けて立ってやる』
確かに、シトラスオイルがなければ、今の石鹸は作れない。だが、代わりになるものなら、いくらでもある。
「エリアーデさんの所へ行くぞ、リリアナ。もっとすごい石鹸を作って、あいつらの度肝を抜いてやるんだ」
「え……?」
「ピンチはチャンスだ。これを乗り越えれば、サンライズ商会はもっと強くなれる。そうだろ?」
俺の力強い言葉に、リリアナの顔に少しだけ光が戻った。
「……はい!」
そうだ、下を向いている暇はない。逆境にこそ、革新の芽はある。
俺は、アイテムボックスに眠る様々な素材と、現代知識の引き出しを思い浮かべながら、反撃の策を練り始めた。ゴルドマン商会、お前たちのやり方は、必ず俺が打ち破ってみせる。
サンライズ商会の、本当の戦いが今、始まろうとしていた。
俺たちの最初の目標は「最高品質の石鹸」を開発し、市場に投入することだ。
「この世界の石鹸は、動物の脂と灰から作られてるんだよな?」
「はい。主に洗浄用の固形石鹸ですが、泡立ちも悪く、肌が荒れると評判はあまり……。貴族の女性方は、香りの良い高価な油で肌を清めるのが一般的です」
リリアナの説明に、俺はニヤリと笑った。
『なるほど、完全にブルーオーシャンだ』
現代日本の知識によれば、石鹸は油脂とアルカリを反応させる「鹸化」という化学反応で作られる。この世界の粗悪な石鹸は、木の灰を水に溶かして作る灰汁と動物の脂を使っているのだろう。発想は悪くないが、精製技術が未熟なせいで、不純物が多く、品質が低いのだ。
「もっと質の良い油と、純度の高いアルカリを使えば、劇的に品質を上げられるはずだ」
俺は早速、行動を開始した。まずは良質な植物油の確保だ。街の市場を巡り、オリーブのような果実から採れる油や、ナッツ系の油を買い集める。鑑定スキルで、それぞれの油の特性――保湿力が高い、泡立ちが良い、など――を調べていく。
次にアルカリ。木の灰から作る方法は効率が悪い。もっと強力で純度の高いアルカリが必要だ。
『確か、石灰石を焼いて、ソーダ灰と反応させれば苛性ソーダが作れたはず……』
化学の知識なんて、高校の授業で習った程度のかすかな記憶しかない。だが、試してみる価値はある。俺は石灰石と、海藻を焼いて作られるソーダ灰をなんとか手に入れ、厨房で化学実験まがいのことを始めた。
分量も加熱時間も、すべてが手探りだ。何度も失敗を繰り返し、小さな爆発を起こしてリリアナに怒られたりもした。
『うーん、難しい……。やっぱり、専門家の力が必要か?』
そう思い悩んでいた時、リリアナが助け舟を出してくれた。
「カイリ様、薬草や薬品のことに詳しい、古い知り合いがいます。訪ねてみてはいかがでしょう?」
リリアナに紹介されたのは、街の路地裏で小さな薬草店を営む、エルフの老婆、エリアーデさんだった。彼女は一見すると気難しそうだったが、俺が持ち込んだ植物の知識や、苛性ソーダの精製方法を話すと、興味深そうに目を輝かせた。
「ほう、面白いことを考える人間がおるもんじゃ。よし、婆さんも一枚噛ませてもらおうかの」
エリアーデさんの協力を得て、石鹸の試作は飛躍的に進んだ。彼女の知識は本物で、俺の曖昧な記憶を的確に補い、純度の高いアルカリの生成に成功した。
そしてついに、試作品第一号が完成した。
それは、乳白色に輝く、美しい固形石鹸だった。エリアーデさんが調合してくれたラベンダーのハーブを加えたことで、心安らぐ良い香りがする。
「すごい……! なんて良い香り!」
リリアナがうっとりと石鹸の香りをかいでいる。
実際に使ってみると、その差は歴然だった。きめ細かくクリーミーな泡が豊かに立ち、汚れをすっきりと落とすのに、洗い上がりは驚くほどしっとりしている。まるで高級な保湿クリームを塗った後のようだ。
「これなら、絶対に売れる!」
俺たちはこの石鹸を「癒しの石鹸」と名付け、美しい包装を施して売り出すことにした。値段は、従来の石鹸の十倍。ターゲットは、美意識の高い富裕層だ。
販売戦略も、現代知識を応用した。まずは、リリアナの持つ元貴族の人脈を使い、有力な貴族の奥様方にサンプルを配ってもらったのだ。
結果は、言うまでもない。
「まあ、なんて素晴らしい泡立ちと香りなのかしら!」
「洗い上がりが、まるで赤ちゃんの肌のよう!」
口コミは、あっという間に貴族社会に広まった。正式販売を開始すると、サンライズ商会の本店には、高級そうな馬車が次々と乗り付け、客が殺到した。
「癒しの石鹸」は、俺たちの予想をはるかに超える大ヒット商品となったのだ。
だが、成功には必ず嫉妬がつきまとう。
俺たちの快進撃を、苦々しい思いで見つめている者たちがいた。ゴルドマン商会だ。
***
ある日、サンライズ商会に、商業ギルドからの使者がやってきた。
「サンライズ商会代表、カイリ殿に告ぐ。貴殿の商会が販売する『癒しの石鹸』の主原料である『シトラスオイル』の買い占め、および市場価格の不当な吊り上げの疑いにより、ギルドへの出頭を命ずる」
「……なんだって?」
まったく、身に覚えのない嫌疑だった。シトラスオイルは、確かに石鹸の原料の一つだが、買い占めなんてするはずがない。
これは、明らかに罠だ。
***
ギルドに出頭すると、そこにはゴルドマン商会の会長、バルトロ・ゴルドマンが待ち構えていた。でっぷりと太った、いかにも悪役といった風貌の男だ。
「ほう、こいつが噂の若造か。ずいぶんと悪どいことをしてくれるじゃないか」
バルトロは、俺を見るなり嫌味たっぷりに言った。
「買い占めなど、していません。何かの間違いです」
「しらを切るな! お前たちがオイルを買い占めたせいで、市場から在庫がなくなり、価格が高騰していると、多くの商人から訴えが出ているのだ! 証拠もある!」
バルトロが突きつけてきたのは、数人の商人たちの署名が入った嘆願書だった。おそらく、金で署名させたのだろう。完全に、俺たちを潰すために仕組まれた芝居だ。
ギルドの幹部たちも、エトリアで絶大な力を持つゴルドマン商会に逆らえないのか、バルトロの言い分を鵜呑みにしているようだ。
「サンライズ商会には、原因が究明されるまで、当該商品の販売停止を命ずる」
非情な通告が下された。
「そんな……!」
リリアナが、悔しそうに唇を噛む。
これが、商業の世界の厳しさか。正攻法だけでは、巨大な権力には勝てない。初めての、大きな逆風だった。
***
店に戻ると、従業員たちは不安そうな顔で俺たちを迎えた。
「どうしよう、カイリ様……。このままでは……」
リリアナが、弱々しい声でつぶやく。
俺は、彼女の肩にポンと手を置いた。
「大丈夫だ。まだ、終わったわけじゃない」
俺の目には、まだ諦めの色はない。むしろ、闘志が燃え上がっていた。
『汚い手で来るとはな、ゴルドマン。いいだろう、受けて立ってやる』
確かに、シトラスオイルがなければ、今の石鹸は作れない。だが、代わりになるものなら、いくらでもある。
「エリアーデさんの所へ行くぞ、リリアナ。もっとすごい石鹸を作って、あいつらの度肝を抜いてやるんだ」
「え……?」
「ピンチはチャンスだ。これを乗り越えれば、サンライズ商会はもっと強くなれる。そうだろ?」
俺の力強い言葉に、リリアナの顔に少しだけ光が戻った。
「……はい!」
そうだ、下を向いている暇はない。逆境にこそ、革新の芽はある。
俺は、アイテムボックスに眠る様々な素材と、現代知識の引き出しを思い浮かべながら、反撃の策を練り始めた。ゴルドマン商会、お前たちのやり方は、必ず俺が打ち破ってみせる。
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