元悪役令嬢、偽聖女に婚約破棄され追放されたけど、前世の農業知識で辺境から成り上がって新しい国の母になりました

黒崎隼人

文字の大きさ
3 / 21

第2章:絶望の地と、蘇る前世の記憶

しおりを挟む
 王都を離れ、揺れる馬車に身を任せること十日。ロゼリアを乗せた一行は、ついに追放先である「灰色の谷」へと到着した。彼女に付き従ったのは、忠実な侍女のマリアと、父が護衛としてつけてくれた寡黙な騎士ゲオルグだけだった。
 馬車の窓から外を眺めたマリアが、小さく悲鳴を上げる。
「まあ……なんて場所なのでしょう……」
 その名の通り、世界から色彩が失われたかのような光景が広がっていた。空は常に鈍色の雲に覆われ、大地は乾ききってひび割れている。まばらに生えている木々は枯れ枝のようで、畑らしき場所に見える作物も、力なくうなだれ、茶色く変色していた。時折すれ違う村人たちの顔にも、生気というものが感じられない。痩せこけ、虚ろな目で、ただ黙々と道を歩いているだけだ。
「まさしく、絶望の地ですわね」
 ロゼリアは静かに呟いた。与えられた館は、かつて代官が使っていたというものだったが、今は見る影もなく荒れ果て、埃とカビの匂いが鼻をつく。あまりの惨状に、気丈に振る舞っていたマリアの目からも、ついに涙がこぼれ落ちた。
「お嬢様……このような場所に……。旦那様も、どうして反対してくださらなかったのか……」
 父であるヴェルフェン公爵は、ロゼリアの追放に反対しなかった。それは、王家への忠誠心からではない。彼が、自分の娘の強さと賢さを、誰よりも信じていたからだ。「お前の好きに生きなさい。父はいつでも、お前の味方だ」――王都を発つ前、父はそう言って彼女を抱きしめてくれた。その信頼が、今のロゼリアを支えている。
「大丈夫よ、マリア。ここから始めるの」
 気丈に言うロゼリアだったが、その時、不意に激しい頭痛が彼女を襲った。
「きゃっ……!」
 こめかみを針で突き刺されるような鋭い痛みに、思わずその場にうずくまる。マリアとゲオルグが慌てて駆け寄るが、ロゼリアの耳には二人の声は届いていなかった。
 頭の中に、嵐のように映像と情報が流れ込んでくる。
 見たこともない、ガラスと金属でできた箱のような建物が立ち並ぶ街。鉄の馬が、人々を乗せて高速で走る道。そして――広大な緑の畑。近代的な設備を備えた温室。白衣を着て、顕微鏡を覗き込み、土の成分を分析している自分。
『――土壌のpH値が低い。石灰を撒いて中和しないと』
『この痩せた土地には、根粒菌を持つマメ科の植物を植えて、窒素を固定させるのが有効だ』
『新品種のジャガイモは、冷涼な気候と乾燥に強い。この土地の気候なら、きっとうまく育つ』
 日本の、とある大学。その農学部で、土壌学と育種学を研究していた記憶。事故で呆気なく死んでしまった、二十代半ばの自分の人生。
 ――そうか。わたくし、転生者だったのね。
 流れ込んできた膨大な記憶と知識は、しかし混乱ではなく、驚くほどの納得感と共にロゼリアの中にすっと収まった。どうりで、幼い頃から植物の生態や土の性質に妙に詳しかったわけだ。公爵令嬢としての教育を受けながらも、庭の片隅で家庭菜園に夢中になっていた理由が、今、ようやく繋がった。
 痛みは嘘のように引き、ロゼリアはゆっくりと立ち上がった。心配そうに顔を覗き込むマリアとゲオルグに、彼女は悪戯っぽく微笑んでみせる。
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ」
 彼女は再び、窓の外に広がる荒涼とした谷を見渡した。先ほどまで絶望の色しか見えなかった風景が、今は全く違って見えていた。
 痩せ細った土地。しかし、見方を変えれば、改良の余地が無限にあるということだ。
 枯れた作物。それは、この土地に合わない品種を選んでいるという証拠に過ぎない。
 谷を流れる、か細い小川。あれを使えば、立派な灌漑施設が作れるかもしれない。
 人々の目に光がないのなら、自分が光を見せてあげればいい。
「そうか……そうだったのね」
 ロゼリアの口から、歓喜のため息が漏れた。
「ここが、わたくしの新しい研究室なのね」
 そのアイスブルーの瞳には、もはや絶望の影はなかった。あるのは、知的好奇心と探求心、そして未来への確かな希望の炎だけだ。王宮での華やかだが窮屈な日々よりも、婚約者という不自由な立場よりも、ずっと自由で、ずっと刺激的な日々が、今、ここから始まる。
 悪役令嬢ロゼリア・フォン・ヴェルフェンの物語は終わった。これより始まるのは、農業を愛する一人の女性、ロゼリアの物語だ。彼女は、この絶望の地で、人生で最も胸躍る研究を始めることを、心に固く誓った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!

六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。 家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能! 「ここなら、自由に生きられるかもしれない」 活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。 「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る

黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。 (ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)

婚約破棄された宮廷薬師、辺境を救い次期領主様に溺愛される

希羽
恋愛
宮廷薬師のアイリスは、あらゆる料理を薬学と栄養学に基づき、完璧な「薬膳」へと昇華させる類稀なる才能の持ち主。 しかし、その完璧すぎる「効率」は、婚約者である騎士団の副団長オスカーに「君の料理には心がない」と断じられ、公衆の面前で婚約を破棄される原因となってしまう。 全てを失ったアイリスが新たな道として選んだのは、王都から遠く離れた、貧しく厳しい北の辺境領フロスラントだった。そこで彼女を待っていたのは、謎の奇病に苦しむ領民たちと、無骨だが誰よりも民を想う代理領主のレオン。 王都で否定された彼女の知識と論理は、この切実な問題を解決する唯一の鍵となる。領民を救う中で、アイリスは自らの価値を正当に評価してくれるレオンと、固い絆を結んでいく。 だが、ようやく見つけた安住の地に、王都から一通の召喚状が届く。

追放悪役令嬢のスローライフは止まらない!~辺境で野菜を育てていたら、いつの間にか国家運営する羽目になりました~

緋村ルナ
ファンタジー
「計画通り!」――王太子からの婚約破棄は、窮屈な妃教育から逃れ、自由な農業ライフを手に入れるための完璧な計画だった! 前世が農家の娘だった公爵令嬢セレスティーナは、追放先の辺境で、前世の知識と魔法を組み合わせた「魔法農業」をスタートさせる。彼女が作る奇跡の野菜と心温まる料理は、痩せた土地と人々の心を豊かにし、やがて小さな村に起こした奇跡は、国全体を巻き込む大きなうねりとなっていく。 これは、自分の居場所を自分の手で作り出した、一人の令嬢の痛快サクセスストーリー! 悪役の仮面を脱ぎ捨てた彼女が、個人の幸せの先に掴んだものとは――。

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、国の経済を掌握しました

鍛高譚
恋愛
「経済を握る者こそ、世界を動かす――」 前世、日本の証券会社で働いていた**瑞穂紗羅(みずほ さら)**は、異世界に転生し、サラ・レティシア伯爵令嬢として生まれ変わった。 貴族社会のしがらみや婚姻政策に巻き込まれながらも、彼女はひそかに動き始める。 「まずは資金を確保しなくちゃね」 異世界の為替市場(FX)を利用し、通貨の価値変動を読み、巨額の富を得るサラ。 次に狙うは株式投資――貴族の商会やギルドに出資し、国の経済に食い込んでいく。 気づけば彼女は、両替所ネットワークと金融システムを構築し、王国の経済を裏から支配する影の実力者となっていた。 そんな中、彼女に公爵令息との婚約話が舞い込む。 しかし、公爵令息は「格下の伯爵令嬢なんて興味がない」と、一方的に婚約破棄。 それを知った公爵は激怒する―― 「お前は何も分かっていない……! あの女は、この国の経済を支配する者だぞ! 世界すら掌握しかねないのだ!」 サラの金融帝国の成長は止まらない。 貴族たちは彼女にひれ伏し、国王は頼り、王太子は取り込もうとし、帝国は彼女の影響力に戦慄する。 果たしてサラは、異世界経済の頂点に立ち、さらなる世界の覇権を握るのか――?

処理中です...