5 / 21
第4章:未来を育む、始まりの土作り
しおりを挟む
「この土地は死んでなどいないわ。ただ、ひどく疲れて、お腹を空かせているだけなのよ」
翌日、ロゼリアはマリアとゲオルグの前で高らかに宣言した。二人はきょとんとしているが、ロゼリアの目は本気だった。彼女は早速、前世の知識を総動員した土壌改良計画に着手した。
最初の仕事は、堆肥作りだ。幸い、荒れ果てた谷には雑草だけは豊富に生えている。ロゼリアはドレスの裾をたくし上げ、自ら草むしりを始めた。最初は「お嬢様、そのようなことは私たちが!」とマリアが悲鳴を上げたが、ロゼリアは笑って首を振った。
「これは遊びじゃないの。未来を作るための、大切な仕事よ。あなたたちも手伝ってくれる?」
主人の本気の眼差しに、マリアとゲオルグも覚悟を決めた。マリアは村の家々を回り、有料で家畜の糞を分けてもらえないかと交渉した。最初は訝しんでいた村人たちも、わずかでも金になると知ると、渋々ながら糞を分けてくれた。ゲオルグは、その屈強な腕力で枯れ葉や落ち枝を集め、館の裏庭に運んだ。
集められた雑草、家畜の糞、枯れ葉を、ロゼリアは指示通りに積み重ねさせていく。
「いいこと? ただ積むだけではダメ。米ぬかや水を加えながら、空気を含ませるように、層になるように重ねていくの。こうすることで、微生物の活動が活発になって、良い堆肥ができるのよ」
ロゼリアは、まるで大学で後輩に講義をするかのように、生き生きと説明した。その姿は、もはや公爵令嬢ではなく、農業研究者のそれだった。村人たちは、館の裏で奇妙な作業を始めたロゼリアたちを、遠巻きに嘲笑していた。「あのお嬢様、ついに頭がおかしくなったか」「糞を集めて喜んでるぞ」「どうせすぐに飽きるさ」。
そんな冷ややかな視線の中、一人だけ違う目で見ている者がいた。カイだ。彼は自分の畑仕事の合間に、ロゼリアたちの作業を物陰からじっと観察していた。
ロゼリアは堆肥作りと並行して、もう一つの計画を進めていた。水路の確保だ。谷の奥を流れる小川は水量が乏しいが、途中で堰き止めて水位を上げ、水路を引けば、館の近くの小さな土地まで水を運ぶことができる。
彼女は地面に木の枝で簡単な設計図を描き、ゲオルグに指示を出した。
「ゲオルグ、ここの岩を動かして、流れを少しだけこちらに。そして、この傾斜に沿って、浅く溝を掘っていってちょうだい」
ゲオルグは寡黙に頷き、その怪力で巨大な岩を動かし、シャベルで正確に溝を掘り進めていく。数日後、ちょろちょろと頼りないながらも、確かに水が流れる小さな水路が完成した。
その様子を、カイはずっと見ていた。堆肥作りも、水路の設計も、素人の思いつきではない。理論的で、極めて実践的だ。あの女、一体何者なんだ? カイの心に、戸惑いと興味が芽生え始めていた。
ある日の午後、ロゼリアが堆肥の切り返し作業(発酵を促すために、中身を混ぜ合わせる作業)をしていると、背後からぶっきらぼうな声がした。
「……何をしている」
振り返ると、カイが腕を組んで立っていた。相変わらず険しい表情だが、その瞳には嘲笑の色はない。
「見ての通りよ。未来の土を作っているの」
ロゼリアは汗を拭いもせず、にっこりと微笑んだ。堆肥からは、むっとするような熱気と独特の匂いが立ち上っている。
「発酵熱だ。順調に進んでいる証拠よ。この熱で、雑草の種や病原菌も死滅するわ」
カイは無言で堆肥の山に近づき、土の匂いを嗅ぎ、その温度を手で確かめた。彼の表情が、わずかに変わる。
「……あんた、本当に何者だ?」
その問いは、以前のものとは明らかに響きが違っていた。ただの身分を問うものではなく、彼女の知識の源泉に対する、純粋な疑問。
ロゼリアは、いたずらっぽく片目をつぶった。
「だから言ったでしょう? ただの、農業を愛する女よ」
その答えに、カイは小さく息を吐いた。彼の頑なだった心の氷が、ロゼリアのひたむきな情熱の熱によって、ほんの少しだけ溶け始めた瞬間だった。彼はまだ協力するとは言わなかったが、その日を境に、ロゼリアたちの作業を遠巻きに見ることはなくなった。時折、ふらりと現れては、何も言わずにロゼリアのやり方を見ていくようになった。それは、言葉にはならない、彼なりの対話の始まりだった。
翌日、ロゼリアはマリアとゲオルグの前で高らかに宣言した。二人はきょとんとしているが、ロゼリアの目は本気だった。彼女は早速、前世の知識を総動員した土壌改良計画に着手した。
最初の仕事は、堆肥作りだ。幸い、荒れ果てた谷には雑草だけは豊富に生えている。ロゼリアはドレスの裾をたくし上げ、自ら草むしりを始めた。最初は「お嬢様、そのようなことは私たちが!」とマリアが悲鳴を上げたが、ロゼリアは笑って首を振った。
「これは遊びじゃないの。未来を作るための、大切な仕事よ。あなたたちも手伝ってくれる?」
主人の本気の眼差しに、マリアとゲオルグも覚悟を決めた。マリアは村の家々を回り、有料で家畜の糞を分けてもらえないかと交渉した。最初は訝しんでいた村人たちも、わずかでも金になると知ると、渋々ながら糞を分けてくれた。ゲオルグは、その屈強な腕力で枯れ葉や落ち枝を集め、館の裏庭に運んだ。
集められた雑草、家畜の糞、枯れ葉を、ロゼリアは指示通りに積み重ねさせていく。
「いいこと? ただ積むだけではダメ。米ぬかや水を加えながら、空気を含ませるように、層になるように重ねていくの。こうすることで、微生物の活動が活発になって、良い堆肥ができるのよ」
ロゼリアは、まるで大学で後輩に講義をするかのように、生き生きと説明した。その姿は、もはや公爵令嬢ではなく、農業研究者のそれだった。村人たちは、館の裏で奇妙な作業を始めたロゼリアたちを、遠巻きに嘲笑していた。「あのお嬢様、ついに頭がおかしくなったか」「糞を集めて喜んでるぞ」「どうせすぐに飽きるさ」。
そんな冷ややかな視線の中、一人だけ違う目で見ている者がいた。カイだ。彼は自分の畑仕事の合間に、ロゼリアたちの作業を物陰からじっと観察していた。
ロゼリアは堆肥作りと並行して、もう一つの計画を進めていた。水路の確保だ。谷の奥を流れる小川は水量が乏しいが、途中で堰き止めて水位を上げ、水路を引けば、館の近くの小さな土地まで水を運ぶことができる。
彼女は地面に木の枝で簡単な設計図を描き、ゲオルグに指示を出した。
「ゲオルグ、ここの岩を動かして、流れを少しだけこちらに。そして、この傾斜に沿って、浅く溝を掘っていってちょうだい」
ゲオルグは寡黙に頷き、その怪力で巨大な岩を動かし、シャベルで正確に溝を掘り進めていく。数日後、ちょろちょろと頼りないながらも、確かに水が流れる小さな水路が完成した。
その様子を、カイはずっと見ていた。堆肥作りも、水路の設計も、素人の思いつきではない。理論的で、極めて実践的だ。あの女、一体何者なんだ? カイの心に、戸惑いと興味が芽生え始めていた。
ある日の午後、ロゼリアが堆肥の切り返し作業(発酵を促すために、中身を混ぜ合わせる作業)をしていると、背後からぶっきらぼうな声がした。
「……何をしている」
振り返ると、カイが腕を組んで立っていた。相変わらず険しい表情だが、その瞳には嘲笑の色はない。
「見ての通りよ。未来の土を作っているの」
ロゼリアは汗を拭いもせず、にっこりと微笑んだ。堆肥からは、むっとするような熱気と独特の匂いが立ち上っている。
「発酵熱だ。順調に進んでいる証拠よ。この熱で、雑草の種や病原菌も死滅するわ」
カイは無言で堆肥の山に近づき、土の匂いを嗅ぎ、その温度を手で確かめた。彼の表情が、わずかに変わる。
「……あんた、本当に何者だ?」
その問いは、以前のものとは明らかに響きが違っていた。ただの身分を問うものではなく、彼女の知識の源泉に対する、純粋な疑問。
ロゼリアは、いたずらっぽく片目をつぶった。
「だから言ったでしょう? ただの、農業を愛する女よ」
その答えに、カイは小さく息を吐いた。彼の頑なだった心の氷が、ロゼリアのひたむきな情熱の熱によって、ほんの少しだけ溶け始めた瞬間だった。彼はまだ協力するとは言わなかったが、その日を境に、ロゼリアたちの作業を遠巻きに見ることはなくなった。時折、ふらりと現れては、何も言わずにロゼリアのやり方を見ていくようになった。それは、言葉にはならない、彼なりの対話の始まりだった。
30
あなたにおすすめの小説
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!
六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。
家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能!
「ここなら、自由に生きられるかもしれない」
活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。
「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る
黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。
(ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)
婚約破棄された宮廷薬師、辺境を救い次期領主様に溺愛される
希羽
恋愛
宮廷薬師のアイリスは、あらゆる料理を薬学と栄養学に基づき、完璧な「薬膳」へと昇華させる類稀なる才能の持ち主。
しかし、その完璧すぎる「効率」は、婚約者である騎士団の副団長オスカーに「君の料理には心がない」と断じられ、公衆の面前で婚約を破棄される原因となってしまう。
全てを失ったアイリスが新たな道として選んだのは、王都から遠く離れた、貧しく厳しい北の辺境領フロスラントだった。そこで彼女を待っていたのは、謎の奇病に苦しむ領民たちと、無骨だが誰よりも民を想う代理領主のレオン。
王都で否定された彼女の知識と論理は、この切実な問題を解決する唯一の鍵となる。領民を救う中で、アイリスは自らの価値を正当に評価してくれるレオンと、固い絆を結んでいく。
だが、ようやく見つけた安住の地に、王都から一通の召喚状が届く。
追放悪役令嬢のスローライフは止まらない!~辺境で野菜を育てていたら、いつの間にか国家運営する羽目になりました~
緋村ルナ
ファンタジー
「計画通り!」――王太子からの婚約破棄は、窮屈な妃教育から逃れ、自由な農業ライフを手に入れるための完璧な計画だった!
前世が農家の娘だった公爵令嬢セレスティーナは、追放先の辺境で、前世の知識と魔法を組み合わせた「魔法農業」をスタートさせる。彼女が作る奇跡の野菜と心温まる料理は、痩せた土地と人々の心を豊かにし、やがて小さな村に起こした奇跡は、国全体を巻き込む大きなうねりとなっていく。
これは、自分の居場所を自分の手で作り出した、一人の令嬢の痛快サクセスストーリー! 悪役の仮面を脱ぎ捨てた彼女が、個人の幸せの先に掴んだものとは――。
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、国の経済を掌握しました
鍛高譚
恋愛
「経済を握る者こそ、世界を動かす――」
前世、日本の証券会社で働いていた**瑞穂紗羅(みずほ さら)**は、異世界に転生し、サラ・レティシア伯爵令嬢として生まれ変わった。
貴族社会のしがらみや婚姻政策に巻き込まれながらも、彼女はひそかに動き始める。
「まずは資金を確保しなくちゃね」
異世界の為替市場(FX)を利用し、通貨の価値変動を読み、巨額の富を得るサラ。
次に狙うは株式投資――貴族の商会やギルドに出資し、国の経済に食い込んでいく。
気づけば彼女は、両替所ネットワークと金融システムを構築し、王国の経済を裏から支配する影の実力者となっていた。
そんな中、彼女に公爵令息との婚約話が舞い込む。
しかし、公爵令息は「格下の伯爵令嬢なんて興味がない」と、一方的に婚約破棄。
それを知った公爵は激怒する――
「お前は何も分かっていない……! あの女は、この国の経済を支配する者だぞ! 世界すら掌握しかねないのだ!」
サラの金融帝国の成長は止まらない。
貴族たちは彼女にひれ伏し、国王は頼り、王太子は取り込もうとし、帝国は彼女の影響力に戦慄する。
果たしてサラは、異世界経済の頂点に立ち、さらなる世界の覇権を握るのか――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる