元悪役令嬢、偽聖女に婚約破棄され追放されたけど、前世の農業知識で辺境から成り上がって新しい国の母になりました

黒崎隼人

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第7章:辺境伯の慧眼と、領地の未来

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 灰色の谷で起きている奇跡的な変化の噂は、風に乗って、やがてこの一帯を治める領主、バルトロ辺境伯の耳にも届いた。
 バルトロ辺境伯は、叩き上げの武人であり、現実主義者だ。彼にとって、王都から追放されてきた公爵令嬢など、厄介事の種でしかなかった。当初は、大人しく館に引きこもっているのなら、それで良いと考えていた。しかし、彼の元に届く報告は、日に日に信じがたいものになっていく。
「痩せた土地が蘇り、見たこともない作物が豊作?」
「村人たちが、あの元令嬢を『女神』と崇めている?」
「薬草を加工して、行商人に高く売っているだと?」
 にわかには信じがたい話だった。何か黒魔術のようなものを使っているのか、あるいは、村人たちを騙して何か良からぬことを企んでいるのではないか。バルトロ辺境伯は深刻な警戒心を抱き、自らの目で真偽を確かめるため、少数の供だけを連れて灰色の谷へと視察に訪れることを決意した。
 辺境伯一行が谷の入り口に足を踏み入れた瞬間、彼は息を呑んだ。報告は、決して大げさなものではなかった。むしろ、控えめなくらいだ。
 かつて自身も匙を投げていた、あの不毛で陰鬱な谷は、どこにもない。どこまでも広がる畑には青々とした作物が風にそよぎ、整備された水路がきらきらと輝いている。家々は修繕され、道端には花が植えられていた。そして何より、すれ違う村人たちの顔つきが、領内の他のどの村よりも明るく、活気に満ちている。
「……これが、本当にあの灰色の谷なのか」
 辺境伯が呆然と呟く。やがて、彼の視線の先に、噂の元凶である人物の姿が見えた。
 畑の中で、数人の村人たちに囲まれ、身振り手振りを交えて何かを教えている女性がいた。高価なドレスではなく、動きやすいシンプルなワンピースを着こなし、その手は土で汚れている。だが、その立ち姿には、紛れもない気品と、人々を惹きつける指導者の風格が備わっていた。ロゼリア・フォン・ヴェルフェンだ。
 辺境伯の来訪に気づいたロゼリアは、村人たちに一言断ると、彼の元へと歩み寄ってきた。その隣には、鋭い目つきの青年、カイが寄り添っている。
「これはこれは、バルトロ辺境伯様。わざわざこのような辺鄙な場所まで、ようこそおいでくださいました」
 ロゼリアは、優雅にカーテシーで迎えた。その堂々とした態度に、辺境伯はゴクリと唾を飲む。目の前の女性は、追放されてきた惨めな令嬢などではない。確固たる自信と実績に裏打ちされた、一人の優れた為政者だった。
「……ロゼリア嬢。単刀直入に聞こう。一体、何をしたのだ?」
 辺境伯の問いに、ロゼリアは穏やかに微笑んだ。
「特別なことは何もしておりません。ただ、この土地の声を聞き、土が求めるものを与え、人々が望む未来を、ほんの少しお手伝いしただけですわ」
 彼女は辺境伯を案内し、堆肥場を見せ、ポタトの畑を歩き、薬草の加工場を説明した。その全てが合理的で、地に足の着いた、努力と知恵の結晶だった。黒魔術でもなければ、詐欺でもない。ただひたすらに、真摯な努力が積み重ねられていただけだ。
 全てを見終えた後、バルトロ辺境伯は、ロゼリアの前に深く、深く頭を下げた。
「……ロゼリア様。わしは、己の不明を恥じている。貴女様のような偉大な方を、厄介者扱いしていたとは。このバルトロ、一生の不覚だ。どうか、この無礼をお許しいただきたい」
 武骨な辺境伯が見せた、心からの敬意だった。
「顔をお上げください、辺境伯。私はもう、ただのロゼリアです」
「いや、貴女様は、この辺境の地に現れた希望の光だ!」
 辺境伯は顔を上げると、熱のこもった目でロゼリアに懇願した。
「どうか、ロゼリア様。そのお力を、この灰色の谷だけでなく、わしの領地全体のために貸してはいただけまいか! わしは、貴女様の最大の協力者になることを誓う!」
 それは、ロゼリアの活動が、一個人のささやかな挑戦から、領地全体の未来を左右する巨大なプロジェクトへとスケールアップする瞬間だった。
 ロゼリアは、隣に立つカイの顔を見た。カイは、力強く頷いた。
「お受けいたします、辺境伯様。この土地を、王国で最も豊かな場所にしてみせましょう」
 その言葉は、もはや夢物語ではなかった。確かな未来を見据えた、力強い宣言だった。バルトロ辺境伯という最大の支援者を得て、ロゼリアの物語は、新たな章へと進んでいく。
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