9 / 16
第08話「王都からの急使と深まる愛」
しおりを挟む
レオニールの呪いが浄化され始めてから、辺境伯領の砦には春が訪れたような空気が流れていた。
実際に季節はまだ冬の只中であり、外は猛吹雪が吹き荒れているのだが、城の中は温かい。使用人たちの表情も明るく、何より城主であるレオニールの雰囲気が劇的に柔らかくなっていたからだ。
かつて「氷の悪竜」と恐れられた彼は今、暖炉の前のソファでアナベルを膝の上に乗せ、愛おしげにその銀色の髪を梳いている。
「……アナベル、髪が伸びたな」
「はい。レオニール様が毎日手入れしてくださるおかげで、とても艶やかになりました」
アナベルがはにかんで見上げると、レオニールは目を細めて彼女の頬に口づけを落とした。
これが最近の日常だった。呪いの痛みが消えたレオニールは、これまで抑え込んでいた感情を一気に爆発させたかのように、アナベルへのスキンシップを好むようになっていた。
アナベルも、最初は戸惑っていたものの、今では彼の体温が心地よく、安心できる場所になっていた。彼に触れられるたび、かつて呪いと忌み嫌われた自分の体が、愛されるべきものへと変わっていくような感覚を覚える。
「旦那様、奥様。失礼いたします」
甘い時間を遮るように、執事が神妙な面持ちで入ってきた。
「何だ。今は忙しい」
「……お取り込み中、大変恐縮ですが、王都より急使が参りました。王家紋章入りの馬車が、城門に到着しております」
王都という言葉に、アナベルの肩がびくりと跳ねた。レオニールの腕が、彼女を守るように強く回される。
「王都だと? 何の用だ」
「それが……勅命により、アナベル様を王都へ連れ戻す、と」
室内の空気が一瞬にして凍りついた。レオニールの瞳から甘い色が消え、鋭い剣のような銀色の光が宿る。
「……通せ。話を聞いてやる」
応接間に通されたのは、近衛騎士団の副団長を名乗る男だった。傲慢な態度を隠そうともせず、レオニールに対しても形式的な礼しかとらない。
「単刀直入に申し上げます。ラインハルト殿下、ならびに国王陛下の命により、アナベル・リヒトハイム嬢の身柄を拘束し、直ちに王都へ連行いたします」
「連行? 彼女は私の妻だ。罪人ではない」
レオニールの低い声が響く。だが、騎士は鼻で笑った。
「妻? 正式な婚姻の儀はまだでしょう。それに、彼女には国家反逆罪の疑いがかかっているのです。王都に蔓延する瘴気は、彼女が北から呪いを送っているせいだという情報があります」
アナベルは息を呑んだ。あまりにも理不尽な言いがかりだ。自分を追い出しておきながら、今度は災厄の元凶として呼び戻し、おそらくはスケープゴートにして処刑するつもりなのだろう。恐怖で指先が震える。
「……くだらん」
レオニールが吐き捨てるように言った。彼は立ち上がり、ゆっくりと騎士へと歩み寄る。一歩進むごとに、部屋の温度が下がっていくような威圧感が溢れ出る。
「そのような妄言のために、私の大事な妻を渡すと思うか? 帰れ。二度とこの地を踏むな」
騎士はレオニールの気迫に押され、後ずさった。だが、すぐに気を取り直して叫ぶ。
「こ、これは王命であるぞ! 逆らえばヴァルグレイブ家とて無事では済まない!」
「王命? 知ったことか。彼女を守れるなら、私は国を敵に回しても構わん」
レオニールの背後に、巨大な竜の幻影が揺らめいたように見えた。騎士は腰を抜かしそうになりながら、逃げるように走り去った。
静寂が戻った部屋で、レオニールは振り返り、震えるアナベルを抱きしめた。
「安心しろ。誰にも、お前を傷つけさせはしない」
その力強い言葉と体温に、アナベルは涙を流しながら頷いた。もう、かつての無力な自分ではない。愛してくれる人がいる。それが何よりの強さになると知ったから。
実際に季節はまだ冬の只中であり、外は猛吹雪が吹き荒れているのだが、城の中は温かい。使用人たちの表情も明るく、何より城主であるレオニールの雰囲気が劇的に柔らかくなっていたからだ。
かつて「氷の悪竜」と恐れられた彼は今、暖炉の前のソファでアナベルを膝の上に乗せ、愛おしげにその銀色の髪を梳いている。
「……アナベル、髪が伸びたな」
「はい。レオニール様が毎日手入れしてくださるおかげで、とても艶やかになりました」
アナベルがはにかんで見上げると、レオニールは目を細めて彼女の頬に口づけを落とした。
これが最近の日常だった。呪いの痛みが消えたレオニールは、これまで抑え込んでいた感情を一気に爆発させたかのように、アナベルへのスキンシップを好むようになっていた。
アナベルも、最初は戸惑っていたものの、今では彼の体温が心地よく、安心できる場所になっていた。彼に触れられるたび、かつて呪いと忌み嫌われた自分の体が、愛されるべきものへと変わっていくような感覚を覚える。
「旦那様、奥様。失礼いたします」
甘い時間を遮るように、執事が神妙な面持ちで入ってきた。
「何だ。今は忙しい」
「……お取り込み中、大変恐縮ですが、王都より急使が参りました。王家紋章入りの馬車が、城門に到着しております」
王都という言葉に、アナベルの肩がびくりと跳ねた。レオニールの腕が、彼女を守るように強く回される。
「王都だと? 何の用だ」
「それが……勅命により、アナベル様を王都へ連れ戻す、と」
室内の空気が一瞬にして凍りついた。レオニールの瞳から甘い色が消え、鋭い剣のような銀色の光が宿る。
「……通せ。話を聞いてやる」
応接間に通されたのは、近衛騎士団の副団長を名乗る男だった。傲慢な態度を隠そうともせず、レオニールに対しても形式的な礼しかとらない。
「単刀直入に申し上げます。ラインハルト殿下、ならびに国王陛下の命により、アナベル・リヒトハイム嬢の身柄を拘束し、直ちに王都へ連行いたします」
「連行? 彼女は私の妻だ。罪人ではない」
レオニールの低い声が響く。だが、騎士は鼻で笑った。
「妻? 正式な婚姻の儀はまだでしょう。それに、彼女には国家反逆罪の疑いがかかっているのです。王都に蔓延する瘴気は、彼女が北から呪いを送っているせいだという情報があります」
アナベルは息を呑んだ。あまりにも理不尽な言いがかりだ。自分を追い出しておきながら、今度は災厄の元凶として呼び戻し、おそらくはスケープゴートにして処刑するつもりなのだろう。恐怖で指先が震える。
「……くだらん」
レオニールが吐き捨てるように言った。彼は立ち上がり、ゆっくりと騎士へと歩み寄る。一歩進むごとに、部屋の温度が下がっていくような威圧感が溢れ出る。
「そのような妄言のために、私の大事な妻を渡すと思うか? 帰れ。二度とこの地を踏むな」
騎士はレオニールの気迫に押され、後ずさった。だが、すぐに気を取り直して叫ぶ。
「こ、これは王命であるぞ! 逆らえばヴァルグレイブ家とて無事では済まない!」
「王命? 知ったことか。彼女を守れるなら、私は国を敵に回しても構わん」
レオニールの背後に、巨大な竜の幻影が揺らめいたように見えた。騎士は腰を抜かしそうになりながら、逃げるように走り去った。
静寂が戻った部屋で、レオニールは振り返り、震えるアナベルを抱きしめた。
「安心しろ。誰にも、お前を傷つけさせはしない」
その力強い言葉と体温に、アナベルは涙を流しながら頷いた。もう、かつての無力な自分ではない。愛してくれる人がいる。それが何よりの強さになると知ったから。
83
あなたにおすすめの小説
醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄されましたが、実は本物の聖女でした
きまま
恋愛
王国の夜会で、第一王子のレオンハルトから婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リリエル・アルヴァリア。
顔を銀の仮面で隠していることから『醜貌の聖女』と嘲られ、不要と切り捨てられた彼女は、そのまま王城を追われることになる。
しかし、その後に待ち受ける国の運命は滅亡へと向かっていた——
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
「異常」と言われて追放された最強聖女、隣国で超チートな癒しの力で溺愛される〜前世は過労死した介護士、今度は幸せになります〜
赤紫
恋愛
私、リリアナは前世で介護士として過労死した後、異世界で最強の癒しの力を持つ聖女に転生しました。でも完璧すぎる治療魔法を「異常」と恐れられ、婚約者の王太子から「君の力は危険だ」と婚約破棄されて魔獣の森に追放されてしまいます。
絶望の中で瀕死の隣国王子を救ったところ、「君は最高だ!」と初めて私の力を称賛してくれました。新天地では「真の聖女」と呼ばれ、前世の介護経験も活かして疫病を根絶!魔獣との共存も実現して、国民の皆さんから「ありがとう!」の声をたくさんいただきました。
そんな時、私を捨てた元の国で災いが起こり、「戻ってきて」と懇願されたけれど——「私を捨てた国には用はありません」。
今度こそ私は、私を理解してくれる人たちと本当の幸せを掴みます!
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
地味令嬢の私ですが、王太子に見初められたので、元婚約者様からの復縁はお断りします
有賀冬馬
恋愛
子爵令嬢の私は、いつだって日陰者。
唯一の光だった公爵子息ヴィルヘルム様の婚約者という立場も、あっけなく捨てられた。「君のようなつまらない娘は、公爵家の妻にふさわしくない」と。
もう二度と恋なんてしない。
そう思っていた私の前に現れたのは、傷を負った一人の青年。
彼を献身的に看病したことから、私の運命は大きく動き出す。
彼は、この国の王太子だったのだ。
「君の優しさに心を奪われた。君を私だけのものにしたい」と、彼は私を強く守ると誓ってくれた。
一方、私を捨てた元婚約者は、新しい婚約者に振り回され、全てを失う。
私に助けを求めてきた彼に、私は……
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる