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第3話「森の賢者との対話」
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わたしは、彼を試さなければなりませんでした。
彼の起こした奇跡が、かつて人間が犯した過ちの繰り返しではないことを、確かめなければならなかったのです。
生命を育む力は諸刃の剣。使い方を誤れば、それは大地からより多くのものを奪い去る新たな呪いにもなりうる。わたしはそれを幾度となく見てきました。
だから月の満ちる夜を待ち、わたしは彼の前に姿を現しました。
わたしの問いに、彼は答えられるだろうか。
わたしの森が、そしてこの世界が、彼を受け入れるに値する存在であるのかを。
わたしの心臓は、永い時の中で忘れていた微かな痛みと期待で、静かに震えていました。
アータル村は、活気に満ちていた。
豆の収穫を皮切りに、カイは次々と新しい作物の栽培に挑戦した。カブに似た根菜、トマトのような果実、そしてこの土地の主食である悪魔の麦。
改良された土壌では、それらの作物が面白いように育った。特に麦は以前の見る影もないほど、太い茎とずっしりと実の詰まった黄金色の穂をつけた。
村人たちは何十年ぶりかの豊作に沸き立った。収穫された作物はどれもこれも信じられないほど美味で、滋養に満ちていた。人々の頬は赤みを取り戻し、子供たちの笑い声が村のあちこちで響くようになった。
カイは村の英雄だった。誰もが彼を尊敬し、その言葉に耳を傾けた。十数歳の少年が、一つの村の運命を変えてしまったのだ。
「カイ、少し休め。お前さん、働きすぎだ」
グラムが心配そうに声をかける。カイは最近、村の畑だけでなくその周辺の土地の調査にも乗り出していた。より多くの作物をより効率的に育てるために、彼は常に新しい知識を求めていた。
「大丈夫だよ、村長。楽しいから」
土にまみれた顔で笑うカイに、グラムは苦笑するしかなかった。
その日、カイは村の水源をさらに探すため、いつもより深く森へと足を踏み入れた。
村の近くとは違い森の奥は、古の生命の気配が色濃く残っていた。天を突くような巨木、苔むした岩、そして澄み切った空気。だがどこか人を寄せ付けない、張り詰めたような静寂が支配していた。
村人たちが「忘れられた森」と呼び、決して近づこうとしない場所。そこには森の魔女が棲んでいる、という言い伝えがあった。
カイはそんな伝承を気に留めることなく、植物の分布を観察しながら歩を進めていた。前世の知識欲が、彼を未知の領域へと駆り立てる。
ふと、彼は足を止めた。
森の奥、木漏れ日が降り注ぐ小さな広場の中央に一本の巨大な木が立っていた。その木の根元に、誰かがいる。
逆光で姿はよく見えない。しかしその存在感は尋常ではなかった。まるでその人物が森そのものであるかのような、圧倒的な気配。
カイが息をのんで見つめていると、その人影がゆっくりとこちらを向いた。
現れたのは、一人の少女だった。
長く銀色に輝く髪。尖った耳。そして森の最も深い湖の色を映したような、翠の瞳。肌は透き通るように白く、人間とは明らかに違う神聖な美しさを放っていた。
エルフ。
カイの頭に、その言葉が浮かんだ。この世界に存在する、伝説の種族。
「……あなたが、カイ?」
鈴を転がすようでありながら、どこか冷ややかな声が静寂を震わせた。
「あなたは、誰?」
カイは警戒しながらも問い返した。目の前の少女からは敵意は感じられない。だが底知れない何かを感じさせた。
「わたしはリーリエ。この森の守り手です」
リーリエと名乗ったエルフの少女は、静かに言った。
「あなたが、土地の歌を思い出させたのですね。わたしの知る古い伝承によれば、かつてこの地は世界で最も美しい生命の歌を奏でていたといいます……『シルヴァ』と呼ばれた、調和の王国の歌を」
「土地の、歌?」
「ええ。土は命を育む時に歌うのです。あなたの畑は今、喜びに満ちた歌を奏でている。……ですがその歌は、本当に大地のためになるものですか?」
リーリエの翠の瞳が、カイの心の奥底まで見透かすようにまっすぐに彼を射抜いた。
「人間はいつもそう。一時の豊かさのために、大地から力を搾り取る。あなたのやっていることも、結局は同じことなのではありませんか?」
それは鋭い問いだった。
カイの農業は化学肥料や農薬を使わない、有機農法に近いものだ。しかし集約的に作物を育てるという行為は、多かれ少なかれ自然の生態系に負荷をかける。リーリエは、その本質を突いていた。
カイはしばらく黙って考えた。そして誠実に、自分の言葉で答えることにした。
「僕は奪っているつもりはない。借りている、という方が近いかな」
「借りる?」
「うん。土から栄養を借りて、作物を育てる。そして収穫が終わった後には堆肥や緑肥で、借りた分以上のものを土に返すんだ。そうすれば土はもっと豊かになる。僕の知識は、そのためのものだから」
彼は輪作や混植、コンパニオンプランツといった前世の農業技術の概念を、分かりやすく説明した。それは単なる収奪ではなく、持続可能な自然との共存を目指す思想だった。
リーリエは黙ってカイの話を聞いていた。その表情に変化はない。
「言葉だけなら、何とでも言えます。あなたの言う『共存』が偽りではないと、どうすれば証明できますか?」
「それは……これからの僕の行いで、示すしかない」
カイはきっぱりと言った。
「僕は、この村の人たちにお腹いっぱい食べてもらいたい。ただそれだけなんだ。でもそのために森や大地を犠牲にするつもりはない。もし僕が間違ったことをしたら、その時はあなたが僕を止めてくれて構わない」
そのまっすぐな言葉に、リーリエの瞳がかすかに揺らめいた。
彼女は数えきれないほどの人間を見てきた。そのほとんどが欲望に忠実で、自然を顧みない者たちだった。しかし目の前の少年は何かが違う。その瞳には嘘やごまかしの色がなかった。ただ純粋に生命を愛する者の光が宿っていた。
「……良いでしょう。信じる、というわけではありません。ただ、もう少しだけあなたのやることを見ていましょう」
リーリエはそう言うと、ふっと身体を翻した。その姿がまるで霧のように森の光に溶けていく。
「待って!」
カイが呼び止める。
「また、会える?」
リーリエは姿を消す直前、わずかに振り返り、小さく、本当に小さくうなずいたように見えた。
カイが村に戻ると、何やら騒がしくなっていた。
村の入り口に立派な馬車が停まっている。そして派手な身なりの女が、グラムたち村人を相手に大声で何かをまくしたてていた。
「だから、その奇跡の作物を作った子を出しなさいって言ってるのよ! 私はセレナ! この辺り一帯を取り仕切る大商人よ!」
オレンジ色の髪を揺らし、自信満々の笑みを浮かべるその女性は、カイの姿を認めるとぱあっと顔を輝かせた。
「あんたね! カイっていうのは!」
セレナと名乗る商人は、ずかずかとカイの前に歩み寄ると彼の顔をじろじろと覗き込んだ。
「ふーん、こんなガキンチョがねぇ。まあいいわ。単刀直入に言うわよ。あんたが作った作物、全部私に売んなさい! 他の連中の倍は出すわ!」
あまりに一方的な申し出に、カイも村人たちも唖然とする。
「いや、しかし、それは……」
グラムが口を挟もうとするが、セレナはそれを手で制した。
「いいこと? この辺りの物流は、全部あたしが握ってんの。あたしを敵に回したら、あんたたちは塩の一粒だって手に入らなくなるわよ。あたしと組めば、あんたたちの生活は保障してあげる。悪い話じゃないでしょ?」
それはほとんど脅迫に近い言葉だった。しかし彼女の言うことも事実なのだろう。この小さな村が商人の組合に逆らって生きていくのは難しい。
村人たちが不安そうな顔でカイを見る。村の運命は、今や彼の判断一つにかかっていた。
カイはセレナをまっすぐに見つめ返した。
「お断りします」
「……は?」
予想外の答えに、セレナは間の抜けた声を上げた。
「僕の作った作物は売り物じゃありません。村のみんなで食べるためのものです。余った分を売ることは考えてもいいけど、全部は渡せません」
「なっ……あんた、自分の立場が分かってんの!?」
セレナが激昂する。
「それと、取引の条件が一つあります」
カイはセレナの言葉を遮って続けた。
「僕たちの村に、一方的に値段を押し付けるようなやり方はやめてください。僕たちは対等なパートナーとして、あなたと取引がしたい」
その言葉にセレナは完全に虚を突かれた顔をした。今までこんな辺境の村の、こんな子供に真正面からそんなことを言われた経験など一度もなかったのだろう。
彼女はしばらくカイの顔を睨みつけていたが、やがてふっと肩の力を抜くと、腹を抱えて笑い出した。
「あははは! 面白い! あんた、最高よ! 気に入ったわ!」
ひとしきり笑った後、セレナは涙を拭って言った。
「いいわ、その条件飲んであげる。対等なパートナー、ね。上等じゃないの。その代わり、あたしをがっかりさせるような物は作んじゃないわよ!」
こうしてアータル村は、セレナという強力な販路と少し変わったパートナーを得ることになった。
セレナが持ち帰ったカイの作物はすぐに近隣の町で評判となった。それは村に富をもたらすと同時に、新たな厄介事を引き寄せる呼び水ともなった。
その夜、カイは一人畑に立っていた。
月明かりが豊かに実った麦の穂を、銀色に照らし出している。
風が吹き抜け、さわさわと葉の擦れる音がする。それはまるで大地が奏でる子守唄のようだった。
ふと、カイは森の方に気配を感じた。
見ると少し離れた木の陰に、リーリエが立っていた。彼女は何も言わずに、ただ静かにこちらを見ている。
カイは彼女に向かって小さく手を振った。
リーリエはすぐには応えなかった。しかしカイがもう一度手を振ると、彼女もほんの少しだけためらうように手を振り返したように見えた。
二人の間にはまだ見えない壁があった。しかしその壁の向こう側から確かな何かが伝わってくるのを、カイは感じていた。それはこれから始まる長い物語の、静かな予感だった。
彼の起こした奇跡が、かつて人間が犯した過ちの繰り返しではないことを、確かめなければならなかったのです。
生命を育む力は諸刃の剣。使い方を誤れば、それは大地からより多くのものを奪い去る新たな呪いにもなりうる。わたしはそれを幾度となく見てきました。
だから月の満ちる夜を待ち、わたしは彼の前に姿を現しました。
わたしの問いに、彼は答えられるだろうか。
わたしの森が、そしてこの世界が、彼を受け入れるに値する存在であるのかを。
わたしの心臓は、永い時の中で忘れていた微かな痛みと期待で、静かに震えていました。
アータル村は、活気に満ちていた。
豆の収穫を皮切りに、カイは次々と新しい作物の栽培に挑戦した。カブに似た根菜、トマトのような果実、そしてこの土地の主食である悪魔の麦。
改良された土壌では、それらの作物が面白いように育った。特に麦は以前の見る影もないほど、太い茎とずっしりと実の詰まった黄金色の穂をつけた。
村人たちは何十年ぶりかの豊作に沸き立った。収穫された作物はどれもこれも信じられないほど美味で、滋養に満ちていた。人々の頬は赤みを取り戻し、子供たちの笑い声が村のあちこちで響くようになった。
カイは村の英雄だった。誰もが彼を尊敬し、その言葉に耳を傾けた。十数歳の少年が、一つの村の運命を変えてしまったのだ。
「カイ、少し休め。お前さん、働きすぎだ」
グラムが心配そうに声をかける。カイは最近、村の畑だけでなくその周辺の土地の調査にも乗り出していた。より多くの作物をより効率的に育てるために、彼は常に新しい知識を求めていた。
「大丈夫だよ、村長。楽しいから」
土にまみれた顔で笑うカイに、グラムは苦笑するしかなかった。
その日、カイは村の水源をさらに探すため、いつもより深く森へと足を踏み入れた。
村の近くとは違い森の奥は、古の生命の気配が色濃く残っていた。天を突くような巨木、苔むした岩、そして澄み切った空気。だがどこか人を寄せ付けない、張り詰めたような静寂が支配していた。
村人たちが「忘れられた森」と呼び、決して近づこうとしない場所。そこには森の魔女が棲んでいる、という言い伝えがあった。
カイはそんな伝承を気に留めることなく、植物の分布を観察しながら歩を進めていた。前世の知識欲が、彼を未知の領域へと駆り立てる。
ふと、彼は足を止めた。
森の奥、木漏れ日が降り注ぐ小さな広場の中央に一本の巨大な木が立っていた。その木の根元に、誰かがいる。
逆光で姿はよく見えない。しかしその存在感は尋常ではなかった。まるでその人物が森そのものであるかのような、圧倒的な気配。
カイが息をのんで見つめていると、その人影がゆっくりとこちらを向いた。
現れたのは、一人の少女だった。
長く銀色に輝く髪。尖った耳。そして森の最も深い湖の色を映したような、翠の瞳。肌は透き通るように白く、人間とは明らかに違う神聖な美しさを放っていた。
エルフ。
カイの頭に、その言葉が浮かんだ。この世界に存在する、伝説の種族。
「……あなたが、カイ?」
鈴を転がすようでありながら、どこか冷ややかな声が静寂を震わせた。
「あなたは、誰?」
カイは警戒しながらも問い返した。目の前の少女からは敵意は感じられない。だが底知れない何かを感じさせた。
「わたしはリーリエ。この森の守り手です」
リーリエと名乗ったエルフの少女は、静かに言った。
「あなたが、土地の歌を思い出させたのですね。わたしの知る古い伝承によれば、かつてこの地は世界で最も美しい生命の歌を奏でていたといいます……『シルヴァ』と呼ばれた、調和の王国の歌を」
「土地の、歌?」
「ええ。土は命を育む時に歌うのです。あなたの畑は今、喜びに満ちた歌を奏でている。……ですがその歌は、本当に大地のためになるものですか?」
リーリエの翠の瞳が、カイの心の奥底まで見透かすようにまっすぐに彼を射抜いた。
「人間はいつもそう。一時の豊かさのために、大地から力を搾り取る。あなたのやっていることも、結局は同じことなのではありませんか?」
それは鋭い問いだった。
カイの農業は化学肥料や農薬を使わない、有機農法に近いものだ。しかし集約的に作物を育てるという行為は、多かれ少なかれ自然の生態系に負荷をかける。リーリエは、その本質を突いていた。
カイはしばらく黙って考えた。そして誠実に、自分の言葉で答えることにした。
「僕は奪っているつもりはない。借りている、という方が近いかな」
「借りる?」
「うん。土から栄養を借りて、作物を育てる。そして収穫が終わった後には堆肥や緑肥で、借りた分以上のものを土に返すんだ。そうすれば土はもっと豊かになる。僕の知識は、そのためのものだから」
彼は輪作や混植、コンパニオンプランツといった前世の農業技術の概念を、分かりやすく説明した。それは単なる収奪ではなく、持続可能な自然との共存を目指す思想だった。
リーリエは黙ってカイの話を聞いていた。その表情に変化はない。
「言葉だけなら、何とでも言えます。あなたの言う『共存』が偽りではないと、どうすれば証明できますか?」
「それは……これからの僕の行いで、示すしかない」
カイはきっぱりと言った。
「僕は、この村の人たちにお腹いっぱい食べてもらいたい。ただそれだけなんだ。でもそのために森や大地を犠牲にするつもりはない。もし僕が間違ったことをしたら、その時はあなたが僕を止めてくれて構わない」
そのまっすぐな言葉に、リーリエの瞳がかすかに揺らめいた。
彼女は数えきれないほどの人間を見てきた。そのほとんどが欲望に忠実で、自然を顧みない者たちだった。しかし目の前の少年は何かが違う。その瞳には嘘やごまかしの色がなかった。ただ純粋に生命を愛する者の光が宿っていた。
「……良いでしょう。信じる、というわけではありません。ただ、もう少しだけあなたのやることを見ていましょう」
リーリエはそう言うと、ふっと身体を翻した。その姿がまるで霧のように森の光に溶けていく。
「待って!」
カイが呼び止める。
「また、会える?」
リーリエは姿を消す直前、わずかに振り返り、小さく、本当に小さくうなずいたように見えた。
カイが村に戻ると、何やら騒がしくなっていた。
村の入り口に立派な馬車が停まっている。そして派手な身なりの女が、グラムたち村人を相手に大声で何かをまくしたてていた。
「だから、その奇跡の作物を作った子を出しなさいって言ってるのよ! 私はセレナ! この辺り一帯を取り仕切る大商人よ!」
オレンジ色の髪を揺らし、自信満々の笑みを浮かべるその女性は、カイの姿を認めるとぱあっと顔を輝かせた。
「あんたね! カイっていうのは!」
セレナと名乗る商人は、ずかずかとカイの前に歩み寄ると彼の顔をじろじろと覗き込んだ。
「ふーん、こんなガキンチョがねぇ。まあいいわ。単刀直入に言うわよ。あんたが作った作物、全部私に売んなさい! 他の連中の倍は出すわ!」
あまりに一方的な申し出に、カイも村人たちも唖然とする。
「いや、しかし、それは……」
グラムが口を挟もうとするが、セレナはそれを手で制した。
「いいこと? この辺りの物流は、全部あたしが握ってんの。あたしを敵に回したら、あんたたちは塩の一粒だって手に入らなくなるわよ。あたしと組めば、あんたたちの生活は保障してあげる。悪い話じゃないでしょ?」
それはほとんど脅迫に近い言葉だった。しかし彼女の言うことも事実なのだろう。この小さな村が商人の組合に逆らって生きていくのは難しい。
村人たちが不安そうな顔でカイを見る。村の運命は、今や彼の判断一つにかかっていた。
カイはセレナをまっすぐに見つめ返した。
「お断りします」
「……は?」
予想外の答えに、セレナは間の抜けた声を上げた。
「僕の作った作物は売り物じゃありません。村のみんなで食べるためのものです。余った分を売ることは考えてもいいけど、全部は渡せません」
「なっ……あんた、自分の立場が分かってんの!?」
セレナが激昂する。
「それと、取引の条件が一つあります」
カイはセレナの言葉を遮って続けた。
「僕たちの村に、一方的に値段を押し付けるようなやり方はやめてください。僕たちは対等なパートナーとして、あなたと取引がしたい」
その言葉にセレナは完全に虚を突かれた顔をした。今までこんな辺境の村の、こんな子供に真正面からそんなことを言われた経験など一度もなかったのだろう。
彼女はしばらくカイの顔を睨みつけていたが、やがてふっと肩の力を抜くと、腹を抱えて笑い出した。
「あははは! 面白い! あんた、最高よ! 気に入ったわ!」
ひとしきり笑った後、セレナは涙を拭って言った。
「いいわ、その条件飲んであげる。対等なパートナー、ね。上等じゃないの。その代わり、あたしをがっかりさせるような物は作んじゃないわよ!」
こうしてアータル村は、セレナという強力な販路と少し変わったパートナーを得ることになった。
セレナが持ち帰ったカイの作物はすぐに近隣の町で評判となった。それは村に富をもたらすと同時に、新たな厄介事を引き寄せる呼び水ともなった。
その夜、カイは一人畑に立っていた。
月明かりが豊かに実った麦の穂を、銀色に照らし出している。
風が吹き抜け、さわさわと葉の擦れる音がする。それはまるで大地が奏でる子守唄のようだった。
ふと、カイは森の方に気配を感じた。
見ると少し離れた木の陰に、リーリエが立っていた。彼女は何も言わずに、ただ静かにこちらを見ている。
カイは彼女に向かって小さく手を振った。
リーリエはすぐには応えなかった。しかしカイがもう一度手を振ると、彼女もほんの少しだけためらうように手を振り返したように見えた。
二人の間にはまだ見えない壁があった。しかしその壁の向こう側から確かな何かが伝わってくるのを、カイは感じていた。それはこれから始まる長い物語の、静かな予感だった。
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