過労死した植物学者の俺、異世界で知識チートを使い農業革命!最果ての寂れた村を、いつの間にか多種族が暮らす世界一豊かな国にしていました

黒崎隼人

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番外編「収穫祭の夜に」

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 あのひとが土に還ってから、幾度かの季節が巡りました。
 ヴェルデ連合は豊かな国になりました。畑には黄金色の麦が揺れ、果樹には色とりどりの実がたわわに実る。街には様々な種族の人々の笑い声が、絶えることなく響いています。
 すべて、あのひとが望んだ平和な世界。
 年に一度、秋の収穫を祝うお祭りの夜。わたしはいつも、あのひとを思います。
 もし彼がここにいてくれたなら。
 この温かな光の中で、どんな顔をして笑ってくれただろうか、と。
 そしてふと気づくのです。彼はちゃんと、ここにいるのだと。
 この豊かな恵みの中に。人々の笑顔の中に。そしてわたしの、この心の中に。

 ヴェルデ連合の建国から、五年。
 王都となったアータルは、かつての寂れた村の面影もないほど活気に満ち溢れていた。
 今日は年に一度の最も大きな祭り、「大収穫祭」の日だ。
 広場の中央には山と積まれたカボチャや麦の穂が飾られ、その周りでは陽気な音楽に合わせて人間もドワーフも獣人もエルフも、手を取り合って踊っている。
 広場の隅にずらりと並んだ屋台からは香ばしい匂いが立ち上っていた。串に刺して焼かれた肉、大鍋で煮込まれた野菜たっぷりのスープ、そしてふっくらと焼き上げられたパン。その全てがこの国の豊かな大地がもたらした、恵みだった。

「リーリエ様! こちらへどうぞ!」

 子供たちがリーリエの手を引いて、一番大きなテーブルへと案内する。
 テーブルの上には乗り切らないほどのご馳走が並べられていた。その中心にあるのはひときわ大きな、七面鳥の丸焼きだ。

「これは、グラムさんが腕によりをかけて育てた鳥なんですよ」

 すっかり母親らしくなった村の女性が、にこやかに教えてくれる。
 テーブルの向こうではそのグラムが、バルドと酒を酌み交わしていた。

「がっはっは! 今年の酒は一段と出来がいいわい!」

「うむ。カイの残した醸造法はまさに神の知恵よ。この一杯のために一年、槌を振るってきたようなものだ」

 二人はすっかり白くなった髭を揺らし、豪快に笑い合っている。

 少し離れた場所ではセレナが商人仲間たちと、商談とも宴会ともつかない賑やかな会話を繰り広げていた。

「いいかい、あんたたち! ヴェルデ連合の作物はあたしを通しなきゃ、一粒たりとも国外には出させないよ! なんてったってあたしは、あのカイの一番のパートナーだったんだからね!」

 彼女は胸を張りながら、どこか寂しそうな、それでいて誇らしげな目で広場の喧騒を眺めていた。

 リーリエはそんな平和な光景を、微笑みながら見つめていた。
 誰もが笑っている。
 誰もが満たされている。
 カイが命を賭けて守りたかった、温かい世界がここにあった。

「リーリエ様も、どうぞ」

 勧められるままにリーリエは、焼きたてのパンを一口ちぎって口に運んだ。
 麦の甘く豊かな香りが、口いっぱいに広がる。
 その味はカイが、初めてこの村で麦を収穫した時のあの感動を鮮やかに蘇らせた。

『土は、正直だから』

 そう言ってはにかむように笑った彼の顔が、瞼の裏に浮かぶ。
 胸の奥がきゅっと、甘く痛んだ。
 会いたい。
 もう一度あの笑顔に、あの声に触れたい。
 叶わぬ願いだと分かっていても、想いは募るばかりだった。

 宴が最も熱を帯びた頃、リーリエはそっとその場を抜け出した。
 彼女が向かったのは街の中心にそびえ立つ、巨大な樹。
「カイの樹」
 月明かりに照らされた大樹は、まるで銀色の光を放っているかのように神々しく輝いていた。
 リーリエはその太い幹に、そっと自分の頬を寄せた。
 ひんやりとした樹皮の感触が、心地よかった。

「カイ……聞こえますか?」

 彼女は静かに語りかけた。

「あなたの国は、こんなに素敵になりましたよ。みんな、あなたのことを今でも愛しています。……わたしも」

 最後の言葉は風に紛れるほど小さな声だった。
 その時、さわさわと大樹の葉が揺れた。
 まるで彼女の言葉に、応えるかのように。
 リーリエは目を閉じ、その音に耳を澄ませる。
 風の音。葉の擦れる音。その中に懐かしい彼の声が聞こえるような気がした。

『ありがとう、リーリエ』

 そう、言ってくれているような。

 リーリエは顔を上げた。その翠の瞳にはもう、涙はなかった。
 穏やかな愛に満ちた微笑みが、その唇に浮かんでいた。
 彼は、いなくなったのではない。
 この樹に、この国に、この世界に生きている。
 自分は彼の遺したこの世界を、彼と共に見守っていくのだ。永い永い時をかけて。

「さあ、戻りましょうか。みんなが、待っています」

 リーリエはもう一度優しく幹を撫でると、踵を返した。
 広場からはまだ楽しげな音楽と、人々の笑い声が聞こえてくる。
 その温かな光の中へと、彼女はゆっくりと歩き出した。
 その横顔を、カイの樹が優しく、静かに見守っていた。
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