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エピローグ「そして、森は語り継ぐ」
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時は、流れます。
人の一生など瞬きほどの間に過ぎ去り、国は形を変え街は名前を変える。
けれど、変わらないものもあるのです。
土の温もり。緑の輝き。生命の尊さ。
そして、愛しいひとを想う、この心。
わたしは、語り部となりました。
あのひとの物語を、未来へと紡いでいくために。
彼の起こした奇跡を。彼の残した想いを。そして彼がどれほど、この世界を愛していたかを。
さあ、耳をすまして。
風が、大樹の葉を揺らしています。
また、新しい物語が始まろうとしていますよ。
あのひとの手が土に触れると、世界は歌いだすのです。
忘れられていた古い歌を、思いだすように――。
あれから、数百年という長い時間が過ぎ去った。
ヴェルデ連合は今や大陸で最も豊かで、平和な国としてその名を知られている。
国の中心には、あの「カイの樹」が変わらず天を突くようにそびえ立っていた。その姿は建国の頃よりもさらに大きく雄大になり、まるで国全体を見守る慈愛に満ちた父のようだった。
大樹の根元は美しい公園として整備され、いつも人々の憩いの場となっていた。
その日も、穏やかな昼下がりだった。
大樹の木陰にあるベンチに、銀色の髪を持つ美しい女性が座っていた。
リーリエ。
その姿は数百年前と何一つ変わらない。悠久の時を生きるエルフにとって、数百年という時間はほんの短い夢のようなものだった。
彼女の周りには数人の子供たちが集まり、その瞳をきらきらと輝かせながら彼女の話に聞き入っていた。
「ねえ、リーリエ様!」
一番小さな男の子が、彼女の膝に乗りかかってきた。
「建国王様って、本当に手からお花を咲かせることができたの?」
子供たちの間ではカイの物語は少しずつ尾ひれがついて、まるでおとぎ話の魔法使いのように語り継がれていた。
リーリエはくすくすと笑い、男の子の頭を優しく撫でた。
「いいえ。カイは魔法使いではありませんでしたよ。彼の武器は魔法の杖ではなく、一本のクワでした」
「クワ?」
子供たちはきょとんとした顔をする。
「ええ。彼は誰よりも土を愛し、土に愛された人でした。彼のその手が土に触れると、まるで魔法のように大地が喜んでたくさんの恵みを与えてくれたのです。それはどんな強力な魔法よりも、ずっと尊くて温かい本当の奇跡でした」
リーリエは遠い目をして、大樹を見上げた。
その葉の隙間から木漏れ日が、きらきらと降り注いでいる。
まるで彼の笑顔のように。
「リーリエ様は、建国王様のこと、好きだったの?」
一人の女の子が、少し恥ずかしそうに尋ねた。
その問いにリーリエは少しだけ頬を赤らめ、そしてこれまでで一番美しい微笑みを浮かべた。
「ええ。ええ、そうですよ。今でも、世界で一番愛しています」
その言葉に嘘も、偽りも一欠片もなかった。
彼女の愛は時の流れの中で色褪せるどころか、ますます深く澄み切ったものになっていた。
リーリエは立ち上がると、子供たちに向かって優しく手を差し伸べた。
「さあ、帰りましょうか。お母さんたちが心配しますよ」
子供たちは名残惜しそうにしながらも元気よく返事をすると、それぞれの家路へと駆け出していった。
一人その場に残ったリーリエは、再び大樹の幹にそっと手を触れた。
「カイ……。あなたの望んだ世界は、ちゃんとここにありますよ。あなたの歌は今も、この世界に響いています」
風が吹き抜け、大樹の葉がさわさわと、歌うように揺れた。
それはリーリエにだけ聞こえる、愛しい人の返事だった。
彼女はゆっくりと、森へと歩き出す。彼女の棲家であり、カイと共に守り抜いた忘れられた森へ。
物語は、終わらない。
カイの遺した想いがこの緑豊かな大地にある限り。
そしてその物語を、愛と共に語り継ぐ者がここにいる限り。
世界はこれからも、美しく優しい歌を奏で続けていくだろう。
(了)
人の一生など瞬きほどの間に過ぎ去り、国は形を変え街は名前を変える。
けれど、変わらないものもあるのです。
土の温もり。緑の輝き。生命の尊さ。
そして、愛しいひとを想う、この心。
わたしは、語り部となりました。
あのひとの物語を、未来へと紡いでいくために。
彼の起こした奇跡を。彼の残した想いを。そして彼がどれほど、この世界を愛していたかを。
さあ、耳をすまして。
風が、大樹の葉を揺らしています。
また、新しい物語が始まろうとしていますよ。
あのひとの手が土に触れると、世界は歌いだすのです。
忘れられていた古い歌を、思いだすように――。
あれから、数百年という長い時間が過ぎ去った。
ヴェルデ連合は今や大陸で最も豊かで、平和な国としてその名を知られている。
国の中心には、あの「カイの樹」が変わらず天を突くようにそびえ立っていた。その姿は建国の頃よりもさらに大きく雄大になり、まるで国全体を見守る慈愛に満ちた父のようだった。
大樹の根元は美しい公園として整備され、いつも人々の憩いの場となっていた。
その日も、穏やかな昼下がりだった。
大樹の木陰にあるベンチに、銀色の髪を持つ美しい女性が座っていた。
リーリエ。
その姿は数百年前と何一つ変わらない。悠久の時を生きるエルフにとって、数百年という時間はほんの短い夢のようなものだった。
彼女の周りには数人の子供たちが集まり、その瞳をきらきらと輝かせながら彼女の話に聞き入っていた。
「ねえ、リーリエ様!」
一番小さな男の子が、彼女の膝に乗りかかってきた。
「建国王様って、本当に手からお花を咲かせることができたの?」
子供たちの間ではカイの物語は少しずつ尾ひれがついて、まるでおとぎ話の魔法使いのように語り継がれていた。
リーリエはくすくすと笑い、男の子の頭を優しく撫でた。
「いいえ。カイは魔法使いではありませんでしたよ。彼の武器は魔法の杖ではなく、一本のクワでした」
「クワ?」
子供たちはきょとんとした顔をする。
「ええ。彼は誰よりも土を愛し、土に愛された人でした。彼のその手が土に触れると、まるで魔法のように大地が喜んでたくさんの恵みを与えてくれたのです。それはどんな強力な魔法よりも、ずっと尊くて温かい本当の奇跡でした」
リーリエは遠い目をして、大樹を見上げた。
その葉の隙間から木漏れ日が、きらきらと降り注いでいる。
まるで彼の笑顔のように。
「リーリエ様は、建国王様のこと、好きだったの?」
一人の女の子が、少し恥ずかしそうに尋ねた。
その問いにリーリエは少しだけ頬を赤らめ、そしてこれまでで一番美しい微笑みを浮かべた。
「ええ。ええ、そうですよ。今でも、世界で一番愛しています」
その言葉に嘘も、偽りも一欠片もなかった。
彼女の愛は時の流れの中で色褪せるどころか、ますます深く澄み切ったものになっていた。
リーリエは立ち上がると、子供たちに向かって優しく手を差し伸べた。
「さあ、帰りましょうか。お母さんたちが心配しますよ」
子供たちは名残惜しそうにしながらも元気よく返事をすると、それぞれの家路へと駆け出していった。
一人その場に残ったリーリエは、再び大樹の幹にそっと手を触れた。
「カイ……。あなたの望んだ世界は、ちゃんとここにありますよ。あなたの歌は今も、この世界に響いています」
風が吹き抜け、大樹の葉がさわさわと、歌うように揺れた。
それはリーリエにだけ聞こえる、愛しい人の返事だった。
彼女はゆっくりと、森へと歩き出す。彼女の棲家であり、カイと共に守り抜いた忘れられた森へ。
物語は、終わらない。
カイの遺した想いがこの緑豊かな大地にある限り。
そしてその物語を、愛と共に語り継ぐ者がここにいる限り。
世界はこれからも、美しく優しい歌を奏で続けていくだろう。
(了)
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