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第1話「追放の令嬢、辺境へ」
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「リリア・ヴァーミリオン! 貴様との婚約を、本日をもって破棄する!」
玉座の間を揺るがすような、かつての婚約者――ユリウス・レオンハート王子の声が響き渡る。
彼の隣には、か弱げに寄り添う聖女セレーネ・ホワイト。
その瞳の奥に、勝ち誇ったような光が宿っているのを、私は見逃さなかった。
「セレーネを虐げ、呪いをかけようとした悪女め! もはや貴様のような者は、王国の害悪でしかない! よって、貴様を王都から永久追放とする!」
ああ、やっぱりこうなったか。
周囲の貴族たちが向ける軽蔑と非難の視線を浴びながら、私は妙に冷静だった。
ここは、前世で私が夢中になった乙女ゲーム『王宮のラピスラズリ』の世界。
そして私は、ヒロインである聖女セレーネをいじめる、テンプレ通りの悪役令嬢リリア・ヴァーミリオン。
ゲームでは、このイベントの後、悪役令嬢は修道院に送られるはずだった。
けれど、現実のセレーネはゲームの彼女よりずっと巧妙で、陰湿だったらしい。
私の罪状は「聖女への加害未遂」から「王国への害悪」にまで格上げされ、行き先は修道院よりもっと過酷な場所に変更された。
護送用の、窓に鉄格子がはめられた馬車に揺られながら、私は兵士に告げられた行き先を反芻する。
「魔狼の森」
それは、王国の北東の果て、魔物が闊歩し、人間を寄せ付けないと言われる広大な森。
そこを根城にするのは、野蛮で好戦的と噂される獣人族。
そんな場所に、貴族の令嬢がたった一人で放り込まれる。
事実上の、死刑宣告だ。
絶望、すべきなのだろう。
けれど、馬車の揺れに合わせて私の頭に浮かんだのは、別の記憶だった。
(あれ? 魔狼の森って……)
それは、前世で乙女ゲームと並行して遊んでいた、もう一つのゲーム。『フロンティア・ガーデナー ~辺境開拓シミュレーション~』。
不毛の地を緑豊かな土地に変えていく、地味だけどやり込み要素の多いゲーム。
その初期マップの一つに、確か「魔狼の森」があったはずだ。
痩せた土地、少ない資源。
だけど、固有のハーブや薬草、特定の条件下でしか育たない希少な作物が手に入る、玄人好みのマップ。
『よし、ここからスローライフを始めよう!』
思わず口から飛び出した言葉に、向かいに座る護送の兵士が怪訝な顔を向けた。
私は慌てて口をつぐむ。
でも、心の中はもう決まっていた。
悪役令嬢リリアとしての人生は、今日で終わり。
これからは、ただのリリアとして、辺境の地で生きていく。
花を育て、ハーブを摘み、自給自足の穏やかな毎日を。
そう考えただけで、胸のつかえが少しだけ軽くなる気がした。
何日も揺られた馬車が、ついに止まった。
扉が開け放たれ、冷たく湿った空気が流れ込んでくる。
目の前に広がっていたのは、どこまでも続く深い森と、その入り口に粗末な柵で囲われただけの小さな集落。
ここが獣人族の村らしい。
馬車から降り立つと、見張りの兵士たちの冷たい視線だけでなく、集落のあちこちから突き刺さるような警戒の眼差しを感じた。
毛皮をまとった屈強な男たち。
その頭には、ピンと立った狼の耳が見える。
「王命により、罪人リリア・ヴァーミリオンの身柄を引き渡す」
護送兵の言葉に、集落の奥から一人の男がゆっくりと歩み出てきた。
月光を溶かしたような銀の髪。
鋭い金色の瞳。
そして、髪の間から覗く銀色の狼の耳。
他の者たちとは明らかに違う、圧倒的な存在感。
彼が、この地の領主なのだろう。
彼は私を一瞥すると、何の感情も浮かばない声で言った。
「……受け取った」
こうして、私の辺境での新しい生活は、絶望と希望がないまぜになったまま、静かに幕を開けたのだった。
玉座の間を揺るがすような、かつての婚約者――ユリウス・レオンハート王子の声が響き渡る。
彼の隣には、か弱げに寄り添う聖女セレーネ・ホワイト。
その瞳の奥に、勝ち誇ったような光が宿っているのを、私は見逃さなかった。
「セレーネを虐げ、呪いをかけようとした悪女め! もはや貴様のような者は、王国の害悪でしかない! よって、貴様を王都から永久追放とする!」
ああ、やっぱりこうなったか。
周囲の貴族たちが向ける軽蔑と非難の視線を浴びながら、私は妙に冷静だった。
ここは、前世で私が夢中になった乙女ゲーム『王宮のラピスラズリ』の世界。
そして私は、ヒロインである聖女セレーネをいじめる、テンプレ通りの悪役令嬢リリア・ヴァーミリオン。
ゲームでは、このイベントの後、悪役令嬢は修道院に送られるはずだった。
けれど、現実のセレーネはゲームの彼女よりずっと巧妙で、陰湿だったらしい。
私の罪状は「聖女への加害未遂」から「王国への害悪」にまで格上げされ、行き先は修道院よりもっと過酷な場所に変更された。
護送用の、窓に鉄格子がはめられた馬車に揺られながら、私は兵士に告げられた行き先を反芻する。
「魔狼の森」
それは、王国の北東の果て、魔物が闊歩し、人間を寄せ付けないと言われる広大な森。
そこを根城にするのは、野蛮で好戦的と噂される獣人族。
そんな場所に、貴族の令嬢がたった一人で放り込まれる。
事実上の、死刑宣告だ。
絶望、すべきなのだろう。
けれど、馬車の揺れに合わせて私の頭に浮かんだのは、別の記憶だった。
(あれ? 魔狼の森って……)
それは、前世で乙女ゲームと並行して遊んでいた、もう一つのゲーム。『フロンティア・ガーデナー ~辺境開拓シミュレーション~』。
不毛の地を緑豊かな土地に変えていく、地味だけどやり込み要素の多いゲーム。
その初期マップの一つに、確か「魔狼の森」があったはずだ。
痩せた土地、少ない資源。
だけど、固有のハーブや薬草、特定の条件下でしか育たない希少な作物が手に入る、玄人好みのマップ。
『よし、ここからスローライフを始めよう!』
思わず口から飛び出した言葉に、向かいに座る護送の兵士が怪訝な顔を向けた。
私は慌てて口をつぐむ。
でも、心の中はもう決まっていた。
悪役令嬢リリアとしての人生は、今日で終わり。
これからは、ただのリリアとして、辺境の地で生きていく。
花を育て、ハーブを摘み、自給自足の穏やかな毎日を。
そう考えただけで、胸のつかえが少しだけ軽くなる気がした。
何日も揺られた馬車が、ついに止まった。
扉が開け放たれ、冷たく湿った空気が流れ込んでくる。
目の前に広がっていたのは、どこまでも続く深い森と、その入り口に粗末な柵で囲われただけの小さな集落。
ここが獣人族の村らしい。
馬車から降り立つと、見張りの兵士たちの冷たい視線だけでなく、集落のあちこちから突き刺さるような警戒の眼差しを感じた。
毛皮をまとった屈強な男たち。
その頭には、ピンと立った狼の耳が見える。
「王命により、罪人リリア・ヴァーミリオンの身柄を引き渡す」
護送兵の言葉に、集落の奥から一人の男がゆっくりと歩み出てきた。
月光を溶かしたような銀の髪。
鋭い金色の瞳。
そして、髪の間から覗く銀色の狼の耳。
他の者たちとは明らかに違う、圧倒的な存在感。
彼が、この地の領主なのだろう。
彼は私を一瞥すると、何の感情も浮かばない声で言った。
「……受け取った」
こうして、私の辺境での新しい生活は、絶望と希望がないまぜになったまま、静かに幕を開けたのだった。
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