Sランクパーティー役立たずと追放された僕。でも俺のスキルは、ガラクタを伝説級に変える最強鑑定士でした

黒崎隼人

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第3章:錆びた短剣と沈黙の少女

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 店主になって最初にしたことは、店の隅から隅まで掃除することだった。埃を払い、窓を磨き、床を掃く。体を動かしていると、少しだけ気が紛れた。
 片付けの途中、床に転がっていた一振りの短剣を手に取った。刀身は赤錆に覆われ、柄の革はひび割れている。どこからどう見ても、ただの鉄クズだ。
 だが、俺は無意識にその短剣に手をかざし、【物語鑑定】を発動させた。
 途端に、脳内に鮮やかな映像と感情が流れ込んでくる。

 ――それは、薄暗い戦場の物語。小柄で臆病な一人の兵士が、震える手でこの短剣を握りしめている。彼はいつも、仲間の背中に隠れて戦いから逃げていた。だがその日、彼の唯一の友が、巨大なオークの棍棒に打ち倒されそうになる。
『逃げるな!』
 心の中で誰かが叫ぶ。兵士は生まれて初めて、恐怖を乗り越えた。友を守るため、ただその一心で、オークの巨体に向かって駆け出す。短剣を突き立て、致命傷にはならなくとも、友が逃げるための時間を稼いだ。結果、彼は命を落としたが、その顔には満足げな笑みが浮かんでいた――

 物語を読み終えた瞬間、短剣が手のひらの上で淡い光を放った。カチリ、と音がして、表面の錆が粉のように剥がれ落ちていく。現れたのは、白銀に輝く美しい刀身だった。
「これは……」
 驚く俺の目の前で、短剣の情報が更新されていく。

【勇気の短剣】
 ・レアリティ:レア
 ・効果:装備者に不屈の心を与える。窮地に陥った際、一度だけ身体能力を飛躍的に向上させる。
 ・物語:臆病な兵士が、たった一度だけ振り絞った勇気の物語が宿っている。

 ガラクタ同然だった錆びた短剣が、魔法のアイテムに生まれ変わったのだ。俺のスキルは、物の価値を鑑定するのではなく、その物語を読み解き、本来の力を「解放」する力だったのかもしれない。
 感動に打ち震えていると、カラン、と店のドアベルが鳴った。
 振り向くと、そこに一人の少女が立っていた。年の頃は俺と同じくらいだろうか。深く被ったフードの隙間から、月光のような銀の髪と、湖のように澄んだ青い瞳が覗いている。色素の薄い肌は透き通るようで、この世の者とは思えないほど儚げで美しい。
 だが、それと同時に、彼女の存在そのものが、まるで陽炎のように希薄に感じられた。ここにいるはずなのに、意識しなければ消えてしまいそうな、不思議な感覚。
「い、いらっしゃいませ」
 慌てて声をかけると、少女はびくりと肩を震わせた。そして、おずおずとカウンターに近づき、小さなメモ帳とペンを取り出す。そこに、震えるような文字でこう書いた。

『……何か、温かいものを、いただけませんか』

 彼女は、言葉を話せないようだった。だがそれ以上に、彼女の周りには深い孤独と悲しみの気配が漂っている。俺は何も聞かず、黙って頷くと、裏の居住スペースで熱いミルクティーを淹れて差し出した。
 少女は小さな声で「ありがとう」と呟いたように見えたが、その声は音になることなく、空気に溶けて消えてしまった。
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