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第1話『最高の離婚と、約束の土地』
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「リネット・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、ここに離婚を宣言する!」
王城の大広間に、氷のように冷たく、しかしよく通る声が響き渡った。
声の主は我が夫、このエルンディア皇国の皇太子であるクロード・エルンディア。銀色の髪を揺らし、氷蒼色の瞳で私を射抜くその姿は、一幅の絵画のように美しい。
ああ、なんて素敵な響きでしょう。『離婚』。
待ちに待ったその言葉に、私は感動で打ち震えそうになるのを必死でこらえた。口元が緩まないよう、扇で顔の下半分を隠す。完璧な淑女の作法だ。
周囲の貴族たちが「まあ、なんてこと」「やはりあの悪女めが」とささやき合っている。
ええ、そうですわ。私はこの国で知らぬ者のいない『悪役令嬢』。皇太子妃でありながら、夜会を抜け出しては素行の悪い者たちと付き合い、贅沢の限りを尽くし、清純な男爵令嬢をいじめているとされている。
まあ、そのほとんどは濡れ衣なのですが。
「言い分は、あるかな」
クロード様が冷ややかに問う。
私は扇をそっと閉じると、練習通り、か弱くも凛とした声で答えた。
「……ございません。すべては殿下のお心のままに」
心の中ではガッツポーズだ。(よし、完璧!)
この日のために、私はずっと『悪役令嬢』を演じ続けてきたのだから。
前世、私は日本の農家の娘だった。農業大学に通い、週末は畑を耕すのが何よりの楽しみという、自他ともに認める農業オタク。そんな私がトラックにはねられ、気づけばこの乙女ゲームのような世界の悪役令嬢、リネットに転生していた。
公爵令嬢の暮らしは退屈だった。土に触ることもできず、窮屈なドレスを着て、興味もない刺繍やお茶会に明け暮れる日々。そんな私にとって、唯一の希望がゲームのシナリオにあった『悪役令嬢の追放イベント』だった。
ゲームの彼女は、追放先の辺境で絶望して死んでしまう。けれど、その追放先こそが、私が喉から手が出るほど欲しかった『土地』なのだ。
日当たり良好、近くに清流あり、広さは王都の広場数個分。まさに農業天国!
だから、私は演じた。ゲームのシナリオ通りに振る舞い、クロード様に嫌われる努力を重ねた。
本当は彼のことは嫌いじゃない。むしろ、公務に真摯で民を思う心の優しい彼を、少しだけ尊敬していたくらいだ。
けれど、私の農業への愛は、そんな淡い恋心よりもずっと、ずっと強かった。
「シュバルツ公爵家の爵位剥奪の上、お前は平民に落とす。そして、二度と王都の土を踏めぬよう、最果ての地『忘れられた谷』へ追放とする!」
「……謹んで、お受けいたします」
私は悲劇のヒロインのように膝をつき、頭を垂れた。内心では『よっしゃー!忘れられた谷ゲット!』と叫びながら。
こうして私の離婚&追放劇は、台本通りに幕を閉じた。
揺れる馬車に一人乗せられ、王都を離れる。数日後、私がたどり着いた『忘れられた谷』は、うわさにたがわぬ荒れ地だった。雑草が生い茂り、岩がごろごろしている。人も住まない寂れた土地。護衛の騎士たちも、同情的な目で私を見ていた。
「……リネット様、お辛いでしょうが」
「いいえ、ちっとも」
私は満面の笑みで答えた。馬車から飛び降り、乾いた土をひと掴みする。指先で土の質感を確かめ、匂いを嗅ぐ。
(うん、最高の土壌! 少し痩せているけれど、腐葉土を混ぜて川の水を引けば……見渡す限りの大農園に!)
私の目には、雑草だらけの荒れ地が、黄金色に輝く麦畑や、色とりどりの野菜が実る楽園にしか見えなかった。
「さようなら、窮屈なドレスと退屈な日々! こんにちは、私の農地! 私の人生は、今日ここから始まるんだ!」
空に向かって高らかに宣言すると、護衛の騎士たちは「ついに心が壊れてしまわれた……」とさらに気の毒そうな顔をした。
失礼しちゃう。こっちは最高の気分だというのに。
こうして、元皇太子妃リネットの、自由で最高な農業ライフが幕を開けたのだった。
王城の大広間に、氷のように冷たく、しかしよく通る声が響き渡った。
声の主は我が夫、このエルンディア皇国の皇太子であるクロード・エルンディア。銀色の髪を揺らし、氷蒼色の瞳で私を射抜くその姿は、一幅の絵画のように美しい。
ああ、なんて素敵な響きでしょう。『離婚』。
待ちに待ったその言葉に、私は感動で打ち震えそうになるのを必死でこらえた。口元が緩まないよう、扇で顔の下半分を隠す。完璧な淑女の作法だ。
周囲の貴族たちが「まあ、なんてこと」「やはりあの悪女めが」とささやき合っている。
ええ、そうですわ。私はこの国で知らぬ者のいない『悪役令嬢』。皇太子妃でありながら、夜会を抜け出しては素行の悪い者たちと付き合い、贅沢の限りを尽くし、清純な男爵令嬢をいじめているとされている。
まあ、そのほとんどは濡れ衣なのですが。
「言い分は、あるかな」
クロード様が冷ややかに問う。
私は扇をそっと閉じると、練習通り、か弱くも凛とした声で答えた。
「……ございません。すべては殿下のお心のままに」
心の中ではガッツポーズだ。(よし、完璧!)
この日のために、私はずっと『悪役令嬢』を演じ続けてきたのだから。
前世、私は日本の農家の娘だった。農業大学に通い、週末は畑を耕すのが何よりの楽しみという、自他ともに認める農業オタク。そんな私がトラックにはねられ、気づけばこの乙女ゲームのような世界の悪役令嬢、リネットに転生していた。
公爵令嬢の暮らしは退屈だった。土に触ることもできず、窮屈なドレスを着て、興味もない刺繍やお茶会に明け暮れる日々。そんな私にとって、唯一の希望がゲームのシナリオにあった『悪役令嬢の追放イベント』だった。
ゲームの彼女は、追放先の辺境で絶望して死んでしまう。けれど、その追放先こそが、私が喉から手が出るほど欲しかった『土地』なのだ。
日当たり良好、近くに清流あり、広さは王都の広場数個分。まさに農業天国!
だから、私は演じた。ゲームのシナリオ通りに振る舞い、クロード様に嫌われる努力を重ねた。
本当は彼のことは嫌いじゃない。むしろ、公務に真摯で民を思う心の優しい彼を、少しだけ尊敬していたくらいだ。
けれど、私の農業への愛は、そんな淡い恋心よりもずっと、ずっと強かった。
「シュバルツ公爵家の爵位剥奪の上、お前は平民に落とす。そして、二度と王都の土を踏めぬよう、最果ての地『忘れられた谷』へ追放とする!」
「……謹んで、お受けいたします」
私は悲劇のヒロインのように膝をつき、頭を垂れた。内心では『よっしゃー!忘れられた谷ゲット!』と叫びながら。
こうして私の離婚&追放劇は、台本通りに幕を閉じた。
揺れる馬車に一人乗せられ、王都を離れる。数日後、私がたどり着いた『忘れられた谷』は、うわさにたがわぬ荒れ地だった。雑草が生い茂り、岩がごろごろしている。人も住まない寂れた土地。護衛の騎士たちも、同情的な目で私を見ていた。
「……リネット様、お辛いでしょうが」
「いいえ、ちっとも」
私は満面の笑みで答えた。馬車から飛び降り、乾いた土をひと掴みする。指先で土の質感を確かめ、匂いを嗅ぐ。
(うん、最高の土壌! 少し痩せているけれど、腐葉土を混ぜて川の水を引けば……見渡す限りの大農園に!)
私の目には、雑草だらけの荒れ地が、黄金色に輝く麦畑や、色とりどりの野菜が実る楽園にしか見えなかった。
「さようなら、窮屈なドレスと退屈な日々! こんにちは、私の農地! 私の人生は、今日ここから始まるんだ!」
空に向かって高らかに宣言すると、護衛の騎士たちは「ついに心が壊れてしまわれた……」とさらに気の毒そうな顔をした。
失礼しちゃう。こっちは最高の気分だというのに。
こうして、元皇太子妃リネットの、自由で最高な農業ライフが幕を開けたのだった。
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