9 / 17
第8話『泥だらけの皇太子と、揺れる心』
しおりを挟む
隣国との一触即発(?)騒動の後、クロード様はぱったりと私の農園に姿を見せなくなった。さすがに自分の行動を反省したのだろうか。少しだけ静かになった日々に、私は安堵していた。
……が、その平和は長くは続かなかった。
ある日、麓の村の村長が、慌てた様子で私の元へ走ってきた。
「リネット様! た、大変です! 畑に、ものすごく不審な男が……!」
「不審な男?」
「はい! 立派な服を着ているのに、クワの使い方も知らねえみてえで……畑をメチャクチャにしてるんです!」
私は嫌な予感を覚えながら、村長の案内でその畑へ向かった。そこには、信じられない光景が広がっていた。
高級そうなシャツの袖をまくりあげ、泥にまみれながら慣れない手つきでクワを振るう男。その顔には焦りと必死さが浮かんでいる。
「……クロード様?」
私の元夫、エルンディア皇国の皇太子殿下が、そこにいた。
彼は私の声に気づくと、ビクッと体を震わせ、気まずそうに顔を上げた。顔も泥で汚れている。
「リ、リネット……。これは、その……」
「何をしているんですか、こんなところで」
「……農業を、学んでいる」
彼は、ぽつりと答えた。
「君の気持ちがわからないのなら、君の世界を理解しようと思った。君が大切にしているものを、私も知りたいんだ」
そう言って、彼は再びクワを握りしめた。だが、その動きはぎこちなく、土を掘り返すというより、叩いているようにしか見えない。案の定、クワの先は固い石に当たって、カンッ!と甲高い音を立てた。
「くっ……!」
バランスを崩したクロード様は、見事に尻もちをついた。泥だらけのお尻。威厳も何もあったものじゃない。周りで見ていた村人たちも、呆気にとられている。
私は、思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
「……貸してください」
私は彼からクワを受け取ると、慣れた手つきで土を耕し始めた。サクッ、サクッ、と小気味よい音が立つ。
「農業は、力任せにやるものではありません。腰を入れて、土の重みを感じながら……こうです」
「な、なるほど……」
クロード様は、私の手元を真剣な目で見つめている。その瞳は、まるで初めて勉強を教わる子供のように、真摯で、純粋だった。
その日から、クロード様の『農業修行』が始まった。彼は皇太子の公務の合間を縫って、毎日私の農園にやってきた。最初は村人たちも遠巻きに見ていたが、彼が本気だとわかると、少しずつ手伝ってくれるようになった。
「殿下、腰が入ってやせんぜ!」
「種はそうやって撒くもんじゃねえ!」
村の子供たちにまでダメ出しをされ、彼は何度も落ち込んでいた。完璧主義者の彼にとって、何一つ上手くいかない農業は、相当なストレスだっただろう。
それでも、彼は決して諦めなかった。
泥にまみれ、汗を流し、不器用ながらも必死に土と向き合う彼の姿を見ているうちに、私の心の中に、今までとは違う感情が芽生え始めていることに気づいた。
(……少し、だけれど)
彼のひたむきな姿が、私の凍っていた心を、ほんの少しだけ、溶かし始めているのかもしれない。
ある日の夕暮れ。二人で畑の草むしりをしていると、彼がぽつりとつぶやいた。
「……何も、育たないな。私が植えた場所だけ」
見ると、彼が世話を任された一角だけ、なぜか作物の元気がなかった。
「……ふふっ」
「な、何がおかしい」
「いいえ。でも、少しだけ、あなたを可愛いと思いましたわ」
「か……!?」
顔を真っ赤にして固まるクロード様に、私は微笑んだ。
彼が私を理解しようと、不器用な努力を続けている。その事実が、どんな言葉よりも、私の心を揺さぶっていた。
復縁はまだ考えられない。でも、彼との関係が、少しずつ変わっていく予感がした。それは、決して悪いものではないように思えた。
……が、その平和は長くは続かなかった。
ある日、麓の村の村長が、慌てた様子で私の元へ走ってきた。
「リネット様! た、大変です! 畑に、ものすごく不審な男が……!」
「不審な男?」
「はい! 立派な服を着ているのに、クワの使い方も知らねえみてえで……畑をメチャクチャにしてるんです!」
私は嫌な予感を覚えながら、村長の案内でその畑へ向かった。そこには、信じられない光景が広がっていた。
高級そうなシャツの袖をまくりあげ、泥にまみれながら慣れない手つきでクワを振るう男。その顔には焦りと必死さが浮かんでいる。
「……クロード様?」
私の元夫、エルンディア皇国の皇太子殿下が、そこにいた。
彼は私の声に気づくと、ビクッと体を震わせ、気まずそうに顔を上げた。顔も泥で汚れている。
「リ、リネット……。これは、その……」
「何をしているんですか、こんなところで」
「……農業を、学んでいる」
彼は、ぽつりと答えた。
「君の気持ちがわからないのなら、君の世界を理解しようと思った。君が大切にしているものを、私も知りたいんだ」
そう言って、彼は再びクワを握りしめた。だが、その動きはぎこちなく、土を掘り返すというより、叩いているようにしか見えない。案の定、クワの先は固い石に当たって、カンッ!と甲高い音を立てた。
「くっ……!」
バランスを崩したクロード様は、見事に尻もちをついた。泥だらけのお尻。威厳も何もあったものじゃない。周りで見ていた村人たちも、呆気にとられている。
私は、思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
「……貸してください」
私は彼からクワを受け取ると、慣れた手つきで土を耕し始めた。サクッ、サクッ、と小気味よい音が立つ。
「農業は、力任せにやるものではありません。腰を入れて、土の重みを感じながら……こうです」
「な、なるほど……」
クロード様は、私の手元を真剣な目で見つめている。その瞳は、まるで初めて勉強を教わる子供のように、真摯で、純粋だった。
その日から、クロード様の『農業修行』が始まった。彼は皇太子の公務の合間を縫って、毎日私の農園にやってきた。最初は村人たちも遠巻きに見ていたが、彼が本気だとわかると、少しずつ手伝ってくれるようになった。
「殿下、腰が入ってやせんぜ!」
「種はそうやって撒くもんじゃねえ!」
村の子供たちにまでダメ出しをされ、彼は何度も落ち込んでいた。完璧主義者の彼にとって、何一つ上手くいかない農業は、相当なストレスだっただろう。
それでも、彼は決して諦めなかった。
泥にまみれ、汗を流し、不器用ながらも必死に土と向き合う彼の姿を見ているうちに、私の心の中に、今までとは違う感情が芽生え始めていることに気づいた。
(……少し、だけれど)
彼のひたむきな姿が、私の凍っていた心を、ほんの少しだけ、溶かし始めているのかもしれない。
ある日の夕暮れ。二人で畑の草むしりをしていると、彼がぽつりとつぶやいた。
「……何も、育たないな。私が植えた場所だけ」
見ると、彼が世話を任された一角だけ、なぜか作物の元気がなかった。
「……ふふっ」
「な、何がおかしい」
「いいえ。でも、少しだけ、あなたを可愛いと思いましたわ」
「か……!?」
顔を真っ赤にして固まるクロード様に、私は微笑んだ。
彼が私を理解しようと、不器用な努力を続けている。その事実が、どんな言葉よりも、私の心を揺さぶっていた。
復縁はまだ考えられない。でも、彼との関係が、少しずつ変わっていく予感がした。それは、決して悪いものではないように思えた。
53
あなたにおすすめの小説
落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!
たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。
途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。
鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒!
素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。
裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!
【完結】勇者に折られた魔王のツノは、幼児の庇護者になりました
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
旧タイトル:膨大な魔力と知識ありのチートだけど、転生先がツノはないよね?
異世界転生、胸躍らせる夢の展開のはず。しかし目の前で繰り広げられる勇者vs魔王の激戦に、僕は飽きていた。だって王の頭上で、魔力を供給するだけのツノが僕だ。魔王が強いからツノがあるのではなく、ツノである僕がいるから彼が最強だった。
ずっと動けない。声は誰にも聞こえない。膨大な魔力も知識チートも披露できぬまま、魔王の頭上で朽ちるのか。諦めかけていた。
勇者の聖剣が僕を折るまでは……!
動けなかったツノは、折れたことで新たな仲間と出会う。チート無双はできないが、ツノなりに幸せを掴めるのか!? いつか自力で動ける日を夢見て、僕は彼と手を組んだ。
※基本ほのぼの、時々残酷表現あり(予告なし)
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2021/11/17 完結
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~
Lihito
ファンタジー
過労死したシステムエンジニアは、異世界の辺境伯家に転生した。
三男。継承権は遠い。期待もされない。
——最高じゃないか。
「今度こそ、のんびり生きよう」
兄たちの継承争いに巻き込まれないよう、誰も欲しがらない荒れ地を引き受けた。
静かに暮らすつもりだった。
だが、彼には「構造把握」という能力があった。
物事の問題点が、図解のように見える力。
井戸が枯れた。見て見ぬふりができなかった。
作物が育たない。見て見ぬふりができなかった。
気づけば——領地が勝手に発展していた。
「俺ののんびりライフ、どこ行った……」
これは、静かに暮らしたかった男が、なぜか成り上がっていく物語。
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。
緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。
前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。
これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる