悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~

黒崎隼人

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第8話『泥だらけの皇太子と、揺れる心』

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 隣国との一触即発(?)騒動の後、クロード様はぱったりと私の農園に姿を見せなくなった。さすがに自分の行動を反省したのだろうか。少しだけ静かになった日々に、私は安堵していた。
 ……が、その平和は長くは続かなかった。

 ある日、麓の村の村長が、慌てた様子で私の元へ走ってきた。

「リネット様! た、大変です! 畑に、ものすごく不審な男が……!」

「不審な男?」

「はい! 立派な服を着ているのに、クワの使い方も知らねえみてえで……畑をメチャクチャにしてるんです!」

 私は嫌な予感を覚えながら、村長の案内でその畑へ向かった。そこには、信じられない光景が広がっていた。
 高級そうなシャツの袖をまくりあげ、泥にまみれながら慣れない手つきでクワを振るう男。その顔には焦りと必死さが浮かんでいる。

「……クロード様?」

 私の元夫、エルンディア皇国の皇太子殿下が、そこにいた。
 彼は私の声に気づくと、ビクッと体を震わせ、気まずそうに顔を上げた。顔も泥で汚れている。

「リ、リネット……。これは、その……」

「何をしているんですか、こんなところで」

「……農業を、学んでいる」

 彼は、ぽつりと答えた。

「君の気持ちがわからないのなら、君の世界を理解しようと思った。君が大切にしているものを、私も知りたいんだ」

 そう言って、彼は再びクワを握りしめた。だが、その動きはぎこちなく、土を掘り返すというより、叩いているようにしか見えない。案の定、クワの先は固い石に当たって、カンッ!と甲高い音を立てた。

「くっ……!」

 バランスを崩したクロード様は、見事に尻もちをついた。泥だらけのお尻。威厳も何もあったものじゃない。周りで見ていた村人たちも、呆気にとられている。
 私は、思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえた。

「……貸してください」

 私は彼からクワを受け取ると、慣れた手つきで土を耕し始めた。サクッ、サクッ、と小気味よい音が立つ。

「農業は、力任せにやるものではありません。腰を入れて、土の重みを感じながら……こうです」

「な、なるほど……」

 クロード様は、私の手元を真剣な目で見つめている。その瞳は、まるで初めて勉強を教わる子供のように、真摯で、純粋だった。
 その日から、クロード様の『農業修行』が始まった。彼は皇太子の公務の合間を縫って、毎日私の農園にやってきた。最初は村人たちも遠巻きに見ていたが、彼が本気だとわかると、少しずつ手伝ってくれるようになった。

「殿下、腰が入ってやせんぜ!」

「種はそうやって撒くもんじゃねえ!」

 村の子供たちにまでダメ出しをされ、彼は何度も落ち込んでいた。完璧主義者の彼にとって、何一つ上手くいかない農業は、相当なストレスだっただろう。
 それでも、彼は決して諦めなかった。
 泥にまみれ、汗を流し、不器用ながらも必死に土と向き合う彼の姿を見ているうちに、私の心の中に、今までとは違う感情が芽生え始めていることに気づいた。
(……少し、だけれど)
 彼のひたむきな姿が、私の凍っていた心を、ほんの少しだけ、溶かし始めているのかもしれない。

 ある日の夕暮れ。二人で畑の草むしりをしていると、彼がぽつりとつぶやいた。

「……何も、育たないな。私が植えた場所だけ」

 見ると、彼が世話を任された一角だけ、なぜか作物の元気がなかった。

「……ふふっ」

「な、何がおかしい」

「いいえ。でも、少しだけ、あなたを可愛いと思いましたわ」

「か……!?」

 顔を真っ赤にして固まるクロード様に、私は微笑んだ。
 彼が私を理解しようと、不器用な努力を続けている。その事実が、どんな言葉よりも、私の心を揺さぶっていた。
 復縁はまだ考えられない。でも、彼との関係が、少しずつ変わっていく予感がした。それは、決して悪いものではないように思えた。
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