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全年齢対応・表現マイルドバージョン
第13話 往路から末路へ ◇とある四人パーティの話◇ ③
しおりを挟む首を振り続けるだけでは、終わらなかった。
彼女は、『価値がない』とはならなかった。
ヴヴヴヴヴヴヴ――。
背後で羽音が響いた。
「え・・・」
脅威を察知して、思わず身をすくめる。
体が浮き上がった。
・・・違う。
体が浮いたのは事実だが、『自分で』飛び上がったわけではなかった。
「え、や、やだ・・・!」
足をばたつかせるが、空中で揺れることはなかった。
両腕が後ろに引かれる。
誰かに掴まれている。
足も、同じように。
宙に浮いた身体は、意思に反して動かない。
そのとき――
「な、なに・・・なに?」
下からも、別の『何か』が近づいてきた。
背中に乗るような形で、彼女の体に重みが加わる。
「ぐ、ぐぎっ・・・」
下の『何か』が手を回し、頭を静かに押さえた。
上と下から、動きを封じられる。
身動きが取れない。
完全な拘束――けれど、痛みはなかった。
ただ、動けないという事実だけが、静かに彼女を包んでいた。
「え? ちょ、え? う、ウソっ! うそぉぉぉぉぉ!」
下にいた『何か』が、長く伸びた腹部を反らし、先端を上へ向けた。
それは、見た目にも不気味で、どこか本能的な恐怖を呼び起こす動きだった。
「な、なんで・・・」
体の内側と外側の境界で、何かが揺れた気がした。
「ひっ・・・」
嫌な予感がする。
だが――
痛みはなかった。
体の表面に、ひんやりとした感触が走っただけだった。
何かが当たり、そこから力が吸い取られていく。
「あ・・・なんだ。当ててるだけか」
刺すとかではない。
体を傷つけられるわけではないのだ。
少しだけ、安堵する。
ただ、先端は魔力の濃い部分。
『命』の近くに触れているようだった。
何かが絡みつき、固定されている。
だが、それ以上の動きはない。
ジェットコースターに乗るときの安全ベルトのような拘束感だ。
だけど、『何か』の狙いは『そこ』ではなく、もっと深い部分――お腹の奥の方。
体の中の『命』・・・魔力を弄られる感覚。
「で、でも・・・これなら、まだ・・・」
不快ではあるが、最悪ではない。
だけど——
「あ・・・なにこれ・・・」
意識が、霧の中に沈んでいく。
体の奥から、何かが抜き取られていくような感覚。
「ま・・・まりょ、く・・・?」
そう、吸われているのは魔力だった。
けれど、それだけではない。
自分という存在そのものが、少しずつ薄れていくような――そんな感覚だった。
『エナジードレイン』。 相手の魔力を吸収する技が使われていた。
「ふ、ふざけんな・・・あれって、非接触技だろうが!」
本来は、離れた場所から魔力を吸収する遠距離系のスキル。
こんなに密着した状態で使うなんて、聞いたことがない。
だけど、その位置と雰囲気で気が付いた。
「した、ばら・・・? あ、アイツの逆・・・?」
それは、カルマの『魔力補充』を『逆再生』したような形だった。
◇観察者(カルマ視点)◇
「はい、魔力補充員一名採用!」
カルマがパチパチと手を叩く。
「どれくらい『魔力生成』してくれるか楽しみだな~!」
多ければ嬉しいが、個体差はあるだろう。
質の問題もある。
何にせよ、自動で『マナポイント』が増える仕組みが構築された。
「補充してあげた分は返してもらったけど、利子はまだだからね」
舞台演出的には、『余韻』と呼ぼうか?
そう言って、カルマが送り込んだのは――魔力を吸収する『ドレインモスキート』。
10階層のボス級モンスター。
蚊の姿をしたモンスターだ。
道具として扱われた記憶は、カルマの中で静かに沈んでいた。
今、彼女が『魔力の供給源』として扱われる姿は――その記憶への、静かな返礼だった。
かつては『名前』だった。
今は『数字』だった。
迷宮は、彼女の声を数えていた。
◇魔力補充員視点◇
「こ、の! クソがぁぁぁぁ!」
無性に腹が立ち、A子は全力で暴れようとした。
けれど、何も動かなかった。
「は?!」
体が震え、全身が強張る。
「な・・・!」
背後で羽音が響いた。
振り返ることもできず、ひんやりとした振動が背中に走る。
ソローッと視線を向けると、ずんぐりとした『黒バエ』から不穏な気配が、静かに彼女の背へと近づけられていた。
楽観しようとする心の防壁の隙間から、冷たい予感が侵入してくる。
「や、やだ・・・なに、それ・・・やめて、お願い・・・」
声は震え、目だけが必死に周囲を探す。
だが、何もできなかった。
「な、なによ・・・なんなの?」
不穏な気配は誰かの『希望』。
次に伝える『願い』。
だけど、彼女には『絶望』にもなりえる不穏さを伴っていた。
それは武器ではない。
美しく尊い。
命の核のようなものが、静かに揺れている。
それは、誰かの願いのかけらかもしれない。
「ま、まさか・・・」
A子は震えながら、『現実』から目を背けて『真実』に目を凝らす。
「これは・・・妄想。そう! BLの妄想なの!」
自分に言い聞かせるように呟き、意識を守ろうとする。
数分後。
彼女の呼吸は浅くなり、目は虚ろだった。
まるで、寄せては返す波を眺めるような平穏。
自然の営みを、自分も一部のように眺めるひと時だ。
自然の一部となった自分を、夢の中で思い描いていた。
夢の中では、誰もが笑っていた。
それが現実じゃなくても、彼女には十分だった。
体の奥で、何かが静かに満ちていく。
それは、彼女の記憶を少しずつ押し流していた。
「そうよ。これ、きっと『意味』があるの」
妄想の世界が、現実よりも優しく見え始めていた。
「私の中で、月が満ちて、波が動く。誰かの役に立つって、素敵でしょ?」
彼女はそう言って、そっと目を閉じた。
これから始まる『使命』に向けて、静かに休息を取るように。
その瞼の裏で、世界が静かに始まろうとしていた。
◇観察者2(カルマ視点)◇
「作ってけしかけてはみたものの、人間に利用させるって、精神的ダメージ以外に意味あるのかな?」
『異物の魔力を利用できるため、追加コストなしでモンスターを生成可能です。ステータスも高めになります』
「・・・なるほど」
カルマは静かに頷いた。
「それなら、積極的に利用したくなるよね」
『コストパフォーマンス的には優秀です』
「よし、その方向で進めよう。あ、それとシステムの『異物』って呼び方、変えてくれる?」
『名称変更は可能です。どう呼びますか?』
「魔力をくれて、ポイントもくれて、モンスターまで育ててくれる――『お客様』が妥当じゃない?」
『了承。今後、『異物』は『お客様』と呼称します』
「そうして。では、『お客様』のためにもう少し演出に凝ってみようか。満足のいく舞台にしないとね。『観客』としても「役者」としても、そして・・・『小道具』としても。かな?」
◇数時間後◇男子B視点◇
「ヒール」
乾いた声が聞こえる。
自分の声なのに、遠くから響いてくるようだった。
手足は治っている。
高級ポーションと回復魔法で、自分でくっつけた。
目の前には、男子CとA子。
二人とも、不要なものを処理され、巨大な虫に体を押さえられていた。
『蚊』と『ウスバカゲロウ』らしい。
人間並みの大きさ。
なにより――
「痒いっ、痒いっ、痒いんだよっ!」
「掻いて、掻いて、お願い!」
ものすごく痒がっていた。
そりゃそうだろうな。
無感動に考える。
最初は頼まれるまま、彼らの体をさすっていた。
服の上からでは効果が薄く、魔力の乱れが皮膚のすぐ下で波打っていた。
浮かび上がる残光が、縦横に走る。
それは、魔力の乱れによって生じた『痕跡』あるいは『呪い』。
暗く湿った場所で発生した魔力の塊が、体内を移動している。
その動きが、耐えがたい痒みを引き起こしていた。
だけど、大丈夫。
痒みはもうじき収まる。
魔力が形を変え、外へと放出されるから。
そこまでが役目だから。
『ふたりをいやせ』
地面に、普通サイズのハエが並んだ。
俺への指示だ。
「ヒール」
俺の役目は、彼らの魔力の乱れをリセットすること。
魔力の塊が成長し、体外に出ると、次の『用意』が始まる。
癒された体は、再び『利用可能な存在』として機能する。
「お願い・・・もう、終わらせて・・・」
「ひと思いに・・・」
二人の声は、涙と絶望に濡れていた。
でも、俺には選択肢がなかった。
地面に並ぶ蠅が、文字のように並びを変える。
まるで迷宮の筆記体。
俺の運命は、そこに書かれていた。
『ふたりがいなくなれば、おまえも不要』
俺は、リセットするためだけに存在していた。
彼らがいなくなれば、俺も『資源』として扱われる。
「は、ハハッ・・・『リセット』か。『リセット』ってなんだっけ?」
『癒す』なら、かろうじて覚えている。
でも、『リセット』って何だろう?
元に戻す?
戻した先に、何かが変わるのか?
わからない。 わからなくていい。
知る意味なんてない。
わかっているのは、この『仕事』をしていれば、俺は俺でいられる。
『俺』って、なんだっけ?
まぁ、いいや。
だって――
「俺は痒くなんてない」
そう言い聞かせながら、目を逸らす。
命を失えば、痒みもない。
彼も、彼女も痒いのは、生きているからだ。
俺は、そのためにいる。
「頑張れ。心の底から応援してる」
平坦な声で、エールを送り続けた。
命を守るのが、俺の仕事だ。
癒すことは、戻すこと。
でも、戻った先に何があるのかは――考えない。
「頑張れ」
それは、俺がかつて言われた言葉だった。
でも今は――誰のために言っているのかも、わからない。
ただ、その言葉だけが、俺の中で生きていた。
◇観察者3(カルマ視点)◇
「いいね。『マナポイント』も『ソウルポイント』も、ガンガン溜まってるよ!」
カルマは満足げに手を叩いた。
その瞳は、冷たく澄んでいた。
まるで、あの教室の窓から見た雨のように――静かで、濡れて、誰にも気づかれないまま流れていく。
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