『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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全年齢対応・表現マイルドバージョン

第82話 妖怪制作 ~火車~

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 「そうなると、当然に次は彼女、だよね」
 運ばれてきたまま、床に寝かされている遺体に目を向けた。
 Sランク相当のネームバリュー高め女子『沙羅』だ。

 相当に力を入れて作成すべき『素材』である。
 なにせ、カルマが名前をしっかり覚えている相手。
 縫緋まといとは双璧を成す妖怪になることが確定的な相手なのだから。

   ◆60階層の追憶◆

 「さっさと終わらせてね」
 声が耳に痛い。

 魔力補充のため、囲いのある静かな場所に呼び出されたカルマ。
 沙羅は、まるで儀式の始まりを待つ巫女のように、整えられた姿でそこにいた。
 
 用意の良さは『薫様』と同等かそれ以上だ。
 会うときに必要な儀礼の難解さもまた、同等かそれ以上だった。

 「まずは服を脱ぐ・・・そうでしょう?」
 もちろん、『作業』として見れば、そんな必要はない。
 だけど、彼女の前でカルマは腰にタオルが『お定まり』だった。

 『脱ぐ』とはカルマのことなのだ。
 沙羅のことではない。

 『魔力を渡す』、そのためであれば沙羅の姿を整えるのは理に叶う。
 だけど、渡し手であるカルマにその理はない。

 それでも、『手伝ってあげる』と、後ろに回られた。
 ゆっくりと防備を剥がしていくカルマに、いっそ甲斐甲斐しいほど手を貸してくる。

 それは、神の前に出る前の禊のようだった。
 沙羅は『神』であり『巫女』でもある。
 自分の前に出ようというカルマを、儀式に出られるよう整えるのだ。

 俗世の穢れを脱ぎ捨て、赤子のような『無垢』を取り戻す。
 これは、そんな行為——所作だ。

 「いいわね」
 『無垢』となったカルマの肩に、暖かく湿った風が当たった。
 彼女の浅く、熱を帯びた呼吸が聞こえる。

 彼女は激しく燃える炎。
 誰も寄せ付けない。
 誰も近付けない。
 性の別なくだ。

 『火の舞踊』。
 そんな集団の代表ではあるが、統治はしておらず、勝手に集まった者たちの合議に委ねている状態。
 形は似ているが、そういう意味では『薫様』とは一線を隔している。
 
 『薫様』が神と信者による信仰の関係だとするならば、彼女のそれは、神と巫女の神事を行うパートナーの関係性。
 神は巫女に指示はしても従えず。
 巫女は神に仕えようとも膝は折らない。
 カルマは今、神前に立つための洗礼を受けているのだった。
 
 沙羅にとってカルマは、感情ではなく『合理性』で選ばれた接触対象だった。
 好悪ではなく、利便性。
 それは、誰にも咎められず、誰にも干渉されない関係性。

 だからこそ、彼女はカルマに近づいた。
 他の『誰か』では代わることのできない関係性。
 それがカルマにはある。
 
 それが『誰』かはどうでもよい。
 自分と違う『構造』への興味。
 それが、彼女の行動理由だった。

 彼女が見ていたのは、『境界』だった。
 自分と違うもの。
 触れてはいけないもの。
 それでも、近づいてみたくなる『ナニカ』だ。

 「クスクス」
 楽し気な笑い声が、カルマの輪郭をなぞって、流れ、落ちて、また浮かび上がった。
 カルマは『その時』が終わるまで、彼女が満足するまで耐えるほかない。
 
 「始めます」
 準備の整ったカルマは、ひと声かけて作業を始める。

 「どうぞ。あなたの中から湧き上がる野望を注ぐがいいわ」
 挑発的な声音が、沙羅の口から放たれる。
 赤い舌が、酸素を取り込もうとする炎のように動いた。

「火って、怖いですよね」
 カルマがぽつりと呟いた。
 探索中の沙羅の姿が思い出されたからだ。
 目の前の整えられた姿ではない、燃え盛る炎そのものの荒神たる沙羅の姿が。

 それは、誰に向けた言葉でもなかった。
 でも、沙羅は答えた。

「怖いから、近づくのよ」
「焼かれるかもしれないじゃないですか」
「焼かれたいのよ。少しだけでも、何かを変えられるのならね。炎は創造と変化の源。焼かれなければ、鉄はただの石ころだわ」
 カルマは黙った。
 炎の揺らぎが、彼女の言葉の奥に見えた気がした。

「燃え尽きるのが怖いんじゃない。燃え残るのが、いちばん怖いものよ」
 その言葉に、カルマは目を伏せた。

 その言葉には、『火の神』としての真摯さが現れていた。
 炎への敬愛と信頼が見えた。

 カルマへの扱いはぞんざいにも見える。
 だが、その魂は気高さを失っていないようだった。
 炎の中に、まだ名前のない『かたち』が揺れていた。

 カルマが、彼女の名を胸に刻んだのは、まさにこの時だった。
 他の人にはない『ナニカ』が確かに息づいている。
 そんな気配を、無意識に感じていた。

    ◇

 「火を操る妖怪『火車』としよう」
 それ以外に、どんな選択肢がある?
 
 カルマは即決した。
 『火』の女には『火』の妖怪が似合うのだ。

    ◇

 自分の弱さが、罪が、胸の奥で燻っていた。
 誰かに見せることもできず、誰かに許されることもなく、ただ燃え続ける『業火』だった。

 それでも、燃え尽きることはなかった。
 焼き尽くしたはずの心の奥に、まだ残っていた『ナニカ』。

 それは、名前のない未練。
 それは、薫の背中に感じた、届かない憧れ。

「私は、焼かれたかったのかもしれない」

「でも、焼かれただけじゃ、終われない」

「焼いたあとに、残るものがあるなら——それが、私のかたちになる」

 炎は、罪を焼く。
 炎は、弱さを焼く。
 でも、炎は『残ったもの』を照らすこともできる。

『薫』——縫緋まといに食まれた身でも、まだ残っている。
 自ら焼いたはずの炎の中でも、残ったものがある。

 これを『妖怪』と呼ぶ者がいるらしい。
 それを『形』にできる力を持つらしい。
 それは・・・かつて私に触れたことのある数少ない『誰か』のようだ。

 ならば、私は立つだろう。
 可燃物と酸素があるなら、火は立ち燃え盛るものだから。

 燃え尽きるまでは。
 必要とされていても。
 嫌悪され否定されても。
 炎は燃え続けようとする。

 そして、実際に燃え続ける。
 炎とはそういう存在。

 私は、『火の女』と呼ばれた『火の化身』。
 そう振舞ってきた。
 そう求められていたから。

 でも、もういいだろう。
『火の女』を演じた『沙羅』は死んだのだ。
 これからは、『火の妖怪』として自らの意志で燃え続ける。

 燃やすモノを決めるのは私だ。
 燃やさないモノを選ぶのも、私だ。
 手の届くモノは皆燃やそう。

 燃え尽きるモノは『幸運』だ。
 燃え残ったモノは『格別』だ。
 燃やす私は『至高』だ。

 なんであれ、変化は起きる。
 変化して残るならばよし。
 元のまま変われぬとあれば、燃やし尽くしてやろう。
 無からの再生もまた、美しい。

 だから、私は火車になる。
 罪を背負ったまま、燃え尽きずに歩く者として。

   ◇

「『彼岸』へようこそ」
 カルマが声を上げた。
『完成』はやめたが、『再開』とは言えなかったようだ。

 カルマは、炎の中に立つ彼女を見つめた。
 燃え尽きず、なお燃え続ける魂。
 罪を焼き、未練を抱え、それでも変化を求める者。

「お前の名前は・・・『焔熾(ほむらおり)サラ』だ」

 焔は、揺らぎながらも消えない火。
 熾は、燃え残ったものを再び燃やす力。
 そしてサラは、かつての名。
 演じていた『火の女』の記憶を、妖怪として継ぐ者。

 サラは、炎の中で目を閉じた。
 その名は、彼女の中で静かに燃え始めた。
 そして、誰にも届かない場所で、確かに灯った。



 視界の隅で、縫緋まといが、小さく拍手をしていた。
 なにか言いたそうな視線をサラに投げかけながら・・・。

   
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