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全年齢対応・表現マイルドバージョン
第92話 舞台演目② 『執着の檻』~見られたかった背中~
しおりを挟む迷宮の一角、スーツ姿の女性教師が立っていた。
その目は、誰かを探していた。
いや、『誰か』ではない。
『彼』だった。
「こんなところにいていいのかしら?」
行く手に、制服の袖を揺らして待ち受ける『真梨華』の姿を見つけ、女教師は挑発的に言葉をかけた。
地上へ向けて、仲間を率いていなくていいのか?
そういうことだろう。
「・・・かまわないわ」
対する『真梨華』は顔の横で、煩わしげに手を振った。
耳元を掠めた小さな虫を払うようなしぐさだった。
「あなたこそ、こんなところで『なに』を探しているの?」
「・・・あなたに関係あるかしら? 男に縋りつくだけのあなたに」
リーダーに寄りかかり、それでようやく立っていた。
そんな、『真梨華』を嘲笑ってくる。
「そうね・・・昨日まではどうでもよかった。貴女のことなんて気にしたこともないわ。彼のそばにいられればそれで十分だったから」
リーダーが全てだったことを認めてみせる。
女教師の眉が少し寄った。
『こいつは、誰?』。
そんな疑問が湧いた顔だった。
「ねぇ? 気が付いていないわよね? 酔っているから? それとも疲れているのかしら? 『探索者』の感覚がすっかり鈍っているようね」
両手を広げ、くるりと回ってみせる。
スカートの裾が優雅に舞った。
男性教諭にならともかく、自分に?
訝しげに眉間のしわを深くした女教師だが、さすがに気が付いた。
「ダンジョンの内装が変わっている? 土と森ではなく・・・木の板。何かの建物?」
「正解よ。今、このダンジョンは『学校』。木造校舎になっているわ」
「・・・『性質の変容』、ね」
例は少ないが、報告はある。
『ダンジョン』の性質『テーマ』が何らかの理由で変更される現象だ。
それが起こる可能性・・・。
「『ダンジョンマスター』の攻略は報告通り成功していたわけね」
「ええ。ただし、その直後に新たな『ダンジョンマスター』が現れる・・・いえ、『選ばれる』ことは誰も予想していなかった」
「・・・・・・」
女教師が考え込む。
かつて、『現役』当時には『マザーコンピューター』——『マザコン』――とふざけた呼び方に、多分の敬意を込めて呼ばれていた。
冷徹で思慮深い分析力と洞察力が動き出す。
最近は、『標的』にした生徒を『導く』ことにしか使っていなかったそれを、フル稼働させた。
「まさか・・・」
思い当たって、顔色を変える。
「『彼』ね。そうなのね!」
女教師は、周囲を見渡した。
木造校舎の廊下、軋む床、掲示板に貼られた『文化祭のお知らせ』。
それは、かつて彼が笑っていた場所だった。
女教師が、初めて『カルマ』に目を向けた場所でもあった。
自死をされても困るから、一応監視はついていたのだ。
女教師はそのうちの一人。
彼女の目に、『カルマ』は打ちひしがれて孤独、御しやすい相手に見えていた。
「・・・ふざけた演出ね。こんなもの、彼が望むはずがない」
真梨華は、静かに微笑んだ。
その笑みは、どこか哀しみを含んでいた。
「そうね。彼は、誰にも見られなかった教室の隅で、ただ静かに夢を見ていただけ。誰にも届かない声で、名前を呼ばれることを願っていた」
妖怪となった時、『まゆり』の糸はカルマの記憶をも手繰り寄せていた。
愛したなら、骨までしゃぶりつくすのが『女郎蜘蛛』の本能だから。
女教師の目が揺れる。
その言葉が、心の奥に刺さった。
「あなたは、彼の名前を呼んだことがあるの?」
『真梨華』が問う。
「・・・あるわ。何度も。何度も呼んだ。彼が私を見てくれるように」
「でも、彼はあなたを見ていなかった」
孤独であるはずのカルマは、それでも腐らずにいた。
一人、必死に立っていた。
だから、女教師の『導き』に乗らなかったのだ。
「真梨華・・・あなたは、彼の名前を呼んだことがあるの?」
教師の声は、静かに震えていた。
その震えは怒りではなく、焦りだった。
『真梨華』は、ゆっくりと首を傾ける。
「名前を呼ぶのは、見つけた人の特権よ。あなたは、彼を見ていた?」
その言葉に、教師の顔が歪む。
彼女は『見ていた』つもりだった。
けれど、それは『自分の欲望』を通して見た幻だった。
「私は・・・彼を守ろうとしたのよ。あの子は、私の・・・」
「あなたの『何』? 所有物? 慰め? それとも、名前の代わり?」
『真梨華』の声は冷たく、そして優しかった。
それは、誰かの痛みを知っている者の声だった。
迷宮の壁が、再び囁く。
『演目:執着の檻』
「・・・あなたは、誰?」
女教師が目を眇める。
話せば話すほど『真梨華』とは違う。
見た目は似ているが、考え方か、価値観が、『本質』が。
まるで違っている。
「私は『黒羽まゆり』。妖怪『女郎蜘蛛』にして、このダンジョンの『サブマスター』。カルマ様の手足となるもの」
『真梨華』の目が表情のない蜘蛛の目に、手首から糸が垂れる。
左右の肩には子犬サイズのタランチュラが一匹ずつ。
◇
カルマは、画面の前で小さく笑った。
「さて、どちらの『執着』が相手を絡めとるか、見せてもらおうか」
◇
まゆりの瞳は、感情のない蜘蛛の目。
その奥に、記憶を喰らう静かな飢えが潜んでいた。
まゆりの糸が、空気を渡る。
細く、見えないほどの糸が、女教師の足元に絡みつく。
それは攻撃ではなく、『記憶の再生』だった。
女教師の視界が揺れる。
目の前に現れたのは、かつての教室。
誰もいない放課後、窓際に座るカルマの背中。
「・・・彼は、私を見ていた。そう思っていたのに」
まゆりの声が、記憶の中に響く。
「彼は、誰も見ていなかった。見られることを、ただ待っていたの」
女教師の足元に、掲示板の紙が舞い落ちる。
それは、文化祭の企画書。
『誰にも見られなかった』彼の提案が、そこにあった。
「あなたは、彼の『声』を聞いたことがある?」
まゆりの糸が、教師の手に絡む。
その手は、かつてカルマの提出物を『無視』した手だった。
「・・・やめて・・・」
教師の声が震える。
それは、怒りでも焦りでもない。
『見ていなかった』ことへの後悔だった。
「というか・・・貴女。『本当は誰を』欲しかったの?」
女教師は、言葉を失った。
まゆりの問いは、ただの挑発ではなかった。
それは、彼女自身がずっと避けてきた『問い』だった。
「・・・私は・・・」
声が震える。
その震えは、迷宮の空気に溶けていく。
「彼が欲しかったのか、それとも・・・彼に見られている『自分』が欲しかったのか」
まゆりは、静かに頷いた。
その瞳は、まるで『答えを知っている者』のようだった。
「執着ってね、相手を縛るようでいて、本当は『自分の形』を守るためのものなの」
◆
女教師は、かつてコンピューターと言われるほど理知に富んだ女性だった。
仲間から信頼され、頼られて。
それが、『彼女』を失わせた。
形は保っていても、『心』は色をなくしていく。
『自分』というものをなくして、必要な分析を行い最善の答えを出す存在。
そんなものになっていった。
だから、『探索者』を引退した時、彼女は途方に暮れた。
「私って、どんな人間だっけ?」
鏡を見ても、昔の画像を見ても思い出せなかった。
だから、『他人の目』に執着した。
他人が自分を見るとき、そこに『自分』が必ずいるのだから
◇
女教師は、まゆりの糸に絡め取られながら、静かに目を閉じた。
その瞼の裏に浮かぶのは、かつての仲間たちの笑顔。
そして、自分が『必要とされていた』頃の記憶。
「私は・・・誰かの『役に立つ』ことで、自分を保っていた。いつのまにか、そうなっていたの」
まゆりは黙って聞いていた。
糸は、教師の胸元に絡み、鼓動のリズムを探っていた。
「でも、探索者を辞めた瞬間、誰も私を見なくなった。だから、誰かの目に映る『私』に、すがったの」
その告白に、迷宮の空気が変わった。
木造校舎の廊下に、風が吹き抜ける。
まゆりは、糸を緩めた。
それは、優しさではなく、『見せるため』の演出だった。
「じゃあ、見せてあげる。彼の目に映っていた『あなた』を」
迷宮の壁が開き、教室の中に一枚の鏡が現れる。
その鏡には、カルマの視点で記録された『女教師』の姿が映っていた。
無表情で、冷静で、ただ『必要なこと』だけを言う存在。
でも、その背中には、誰にも見られない寂しさが滲んでいた。
女教師は、鏡に手を伸ばす。
その指先が、震えていた。
「・・・私、こんな顔してたんだ」
まゆりは、静かに言った。
「それでも、彼はあなたを『見ていた』わ。ただ、『名前』を呼ぶほどには、近づけなかっただけ」
女教師は、鏡に映る『自分』を見つめていた。
その瞳に、初めて『色』が戻っていた。
「・・・私、いたのね。ちゃんと、ここに」
まゆりは、糸を静かにほどいた。
それは、もう『絡める』ためのものではなかった。
『繋ぐ』ための糸だった。
迷宮の空気が変わる。
木造校舎の廊下に、柔らかな光が差し込む。
黒板に、最後の文字が浮かび上がる。
『演目:執着の檻——終幕:雲外鏡』
過去と未来、そして現在。
物事の『本質』を映し出す鏡の妖怪。
それが・・・『雲外鏡』。
迷宮の一角に、古びた占いブースが現れる。
そこには、制服姿の『雲外鏡』が静かに座っていた。
迷宮の壁が、静かに光を灯す。
まるで、舞台の幕が下りる瞬間を見届ける観客のように。
彼女の前には、鏡とカード。
そして、誰かのまたは自分の『名前』と『記憶』を探す者たちが、そっと扉を開ける。
退避と追跡行の脱落=生徒2 教師4
◇
カルマは、画面の前で頷いた。
「過去を映し、未来を示す。学園祭には『占いの館』が必要だしね」
新しくできたブースに満足げだ。
「はじめてになるのかな? 生きたままの妖怪化って?」
『システム』に問いかけた。
そもそも人間のまま妖怪化するとは思ってなかった。
『ある意味では『河童:沢辺みどり』も生きたままですよ。ちゃんと蘇生していたものを変えたのですから』
「ああ。そういえばそうか」
『妖怪化に『死』は必須ではありません。無理矢理に変えるには意識がないほうが楽だというだけのこと。本人が望むのなら・・・むしろ簡単ですね。自分の『魂』で勝手に変わってくれます』
ネームドを作るときに消費する『ソウルポイント』も安くて済むらしい。
「そうなんだ・・・」
小さく頷いたカルマの目が、ウィンドウを見つめる。
妖怪が加速的に増える予感がした。
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