『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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全年齢対応・表現マイルドバージョン

第95話 夢語り ~けじめの先に見えたもの~

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 逃げる生徒たちの中で、ひとりだけ動きが違った。
 大きな荷物を抱えたその生徒は、仲間たちと逆方向へと走り出す。
 通路の分岐を迷いなく選び、誰にも声をかけず、誰にもついていかない。

 教師たちの視線が、一瞬その背中に集まった。

「・・・あれ、記録持ってるか?」

「いや、違う。あんなサイズの記録装置、今どきないだろ」

「じゃあ、囮か。無視しろ。狙うのは記録だ」

 判断は早かった。
 教師たちは、荷物の大きさと行動の奇妙さに一瞬だけ警戒したが、すぐに興味を失った。

 その生徒は、ただの『囮』——そう思った。

 だが、大半の者は知らなかった。
 その荷物の中に何があるのか。
 そして、その生徒が何を『運んでいる』のか。

 迷宮の空気が、わずかに揺れた。
 一人だけ、興味を失わなかった者がいる。

「万一のこともある。俺は一応、後を追ってみる」
 教師の一人がそう言った。

 他の教師たちは一瞬だけ顔を見合わせ、黙って頷いた。
 誰もが気にはなっていた。
 だが、優先すべきは『記録』だった。

 教師は静かに通路を進む。
 足音を殺し、魔力の気配も抑えながら。
 迷宮の空気が、わずかに冷たい。

 やがて、袋小路にたどり着く。
 そこに、生徒がいた。

 大きな荷物を抱えたまま、壁を背にして立っていた。
 逃げる様子はない。
 怯える様子もない。
 ただ、教師の姿を見て、ゆっくりと荷物を下ろした。

「・・・何を運んでいる?」

 教師の声は低く、鋭かった。
 生徒は答えない。
 ただ、箱の上に手を置いた。

 通路の奥、誰もいない空間。
 教師と生徒が、向かい合う。

 一対一。
 逃げ場はない。
 言葉も、魔法も、まだ動かない。

 ただ、空気だけが張り詰めていた。

「これが『なに』かは知っているはずよ」
 生徒は、前髪で顔を隠したまま、声だけを響かせた。

 その声には、怯えも迷いもなかった。
 ただ、冷たい挑発だけが込められていた。

「欲しいから、追ってきたのでしょう?」

 教師の目が、わずかに細くなる。
 その箱の中身——『エリクサー』。
 死者を蘇らせる、命の極限を覆す秘薬。

 売れば大金。
 使えば安全。
 だからこそ、一人になってまで追ってきた。

「・・・何が望みだ?」

 教師の声は低く、濁っていた。
 その言葉の裏に、殺意が潜んでいた。
 だが、それを押し隠すように、静かに一歩踏み出す。

 生徒は動かない。
 箱を抱えたまま、壁を背にして立ち尽くす。

「けじめ、かな?」
 小首を傾げる。

 内心で『カルマも似たような態度してたな』などと思いながら。
 自分はカルマにとっての『イレギュラー』。
 彼が妖怪化を意図していない段階で、勝手に妖怪となって出現してしまった。

 自分の罪と向き合う。
 そんなわがままのために。
 カルマは『どうせ妖怪化はしただろうけどっ!』って勝手に出てこられたことを悔しがっていた。


「なんにせよ・・・」
 教師の口調が変わった。
 
 教師の足音が、迷宮の石床に響く。
 その音が、まるで心臓の鼓動のように重く響いた。

「渡す気はない・・・か」
  教師の手が、杖に触れる
  魔力が、わずかに空気を震わせる。

「——お前に、価値はない」

 その言葉は、宣告だった。
 命の価値を、薬の価値で測る者。
 そして今、命を奪おうとしている者。

 袋小路。
 逃げ場なし。
 命と欲望が、静かに交差する。


 魔法が炸裂した。
 炎が生徒の体を包み、爆風が通路を揺らす。
 教師は一歩下がり、煙の中を見つめた。

 そして——生徒は、立っていた。
 箱を抱えたまま、壁を背にして。
 まるで、何もなかったかのように。

「・・・魔法耐性か?」
 教師が呟く。
 だが、生徒の肩から、煙の中に赤い滴が落ちた。

 剣が振り下ろされる。
 金属音とともに、剣が深く食い込む感触。
 だが、生徒は動かない。
 ただ、箱を抱え直しただけ。

 傷口が、瞬時に閉じていく。
 皮膚が再生し、血が止まり、肉が繋がる。
 まるで、何事もなかったように。

 けれど—— その瞳は、揺れていた。

 痛みは、確かにある。
 肉体は平気でも、精神は削られていく。
 何度も、何度も、傷ついては治す。
 そのたびに、心が軋む。

「・・・痛いよ」
 小さく、誰にも届かない声が漏れた。
 それでも、生徒は立っていた。

 逃げない。
 渡さない。
 守るために、耐えている。

 教師は、もう一度剣を構えた。
 だが、その手に、わずかな迷いが走った。

『なぜ、そこまでして守る?』

 袋小路。
 一対一。
 命と意志が、静かにぶつかり合う。

 剣が振り下ろされる。
 攻撃性がいかんなく発揮された。
 血が床に落ちる。

 そして、瞬時に傷が塞がる。
 それが、何度も繰り返された。

 魔法、剣、痛み、再生。
 教師は、何度も攻撃を加えた。
 だが、生徒は、ただ立ち続けていた。

 箱を抱えたまま、壁を背にして。
 逃げない。
 倒れない。
 ただ、耐えていた。

 教師の手が、ついに止まった。
 剣を握る指が、わずかに震えていた。

「・・・なぜ、そこまでする?」

 その問いは、ようやく口に出た。 
 教師自身も、答えを知りたかった。
 理解できなかった。
 命を削ってまで、守る理由が。

 生徒――『一葉』は、前髪の奥から目を上げた。
 その瞳は、静かに濁っていた。
 けれど、確かに光を宿していた。

「おまえ・・・」
 正体を知って、愕然とする教師。
 それを無視して、一葉は答えた。

「けじめだからよ」
 声は、低く、でも確かだった。

「命や傷、痛みを——お金に換算していた。そんな自分への、けじめ」

 教師の目が、わずかに揺れた。

 一葉は、かつて『エリクサー』を作っていた。
 命を救う薬。
 それを、裏で横流ししていた。
 高値で売り、流通を操作し、命を『商品』にした。

 その罪を、誰も裁けなかった。
 法律では届かない。
 でも——自分自身は、逃がさなかった。

 妖怪となった一葉。
 その体は、回復魔法と妖怪化による再生能力で、傷を瞬時に癒す。

 だが、痛みは残る。
 肉体は治っても、神経は焼ける。
 心は削れる。

「痛みは消えないけど、意味はあるの」
 一葉は、微笑んだ。
 それは、苦笑だった。
 でも、確かに『人間』の表情だった。

 袋小路。
 血の匂い。
 再生する肉体。
 削れていく魂。

 教師は、剣を下ろした。
 その手に、もう力はなかった。


「痛みは消えないけど、意味はあるの」
 一葉の声が、袋小路に響いた。

 その言葉に、教師は剣を下ろした。
 手が震えていた。
 魔力も、怒りも、もうそこにはなかった。

「・・・借金のためだったな」
 教師の声は、かすれていた。

 一葉は、答えなかった。
 ただ、箱を抱えたまま、壁を背にして立っていた。

 教師は、ゆっくりと視線を落とした。
 床に広がる血の跡。
 何度も再生されたはずの傷。
 でも、痛みは残っていた。
 それを、何度も、何度も——耐えていた。

「良かれと思って・・・だったんだ」
 教師の声が、迷宮の石壁に吸い込まれていく。

「君が、人生を買い戻すために。だから、横流しを提案した。誰にも迷惑をかけずに、効率よく、稼げる方法だと・・・」

 一葉は、静かに目を閉じた。
 その瞳の奥に、過去が揺れていた。

 両親が作った借金。
 誰も助けてくれなかった。
 だから、自分で返すしかなかった。
 命を救う薬を作り、命を金に変えた。

 それが、自分の人生を買い戻す方法だと思っていた。

「でも、違ったのよ」
 一葉が、ぽつりと呟いた。

「命を金に換えることは、命を軽んじることだった。だから、今こうして——痛みで、けじめをつけてる」
 自分を見下ろして、小さく笑う。

 袋小路。
 逃げ場のない通路。
 でも、それだけじゃない。

 立ち位置も、未来も、心の中も——すべてが袋小路だった。
 詰んでいる。
 それでも、彼女は立っていた。

「妖怪になったのもそのため。罰を受けるの。誰にも裁かれないなら、自分で裁くしかないじゃない?」
 痛みで引きつりながらも、肩をすくめて見せた。

「妖怪・・・そうか。それが『このダンジョン』なのか」
 ダンジョンの変化に、ほんの一瞬目を向けて納得したように頷いた。

「妖怪になる・・・それも勝手にって言ったな。それだけの苦しみだったわけだ」
 教師は、うなだれた。
 その背中が、静かに沈んでいく。

「・・・俺が、君を地獄に落としたのか」

 袋小路。
 再生する肉体
 削れていく魂。
 そして、罪を背負った者と、罪を作った者が、静かに向き合っていた。

 教師はうなだれたまま、動けなかった。
 生徒を殺そうとしていた『今』とは違う、生徒のためにと動いていた『過去』ですら、生徒を苦しめる判断をしていた。

 その事実が、重い。
 剣は下ろされ、魔力も収まり、ただ沈黙だけが袋小路を満たしていた。

 その静寂を、一葉の声が切り裂いた。

「こうしていても、どうもこうもならないわ」
 声は冷たく、でも感情を押し殺したような響きだった。

「どうする? ここで死ぬ? それとも、地上で社会的に終わる?」

 教師の肩が、わずかに震えた。
 その言葉は、選択肢ではなく『宣告』だった。

 一葉は、箱を抱えたまま、一歩前に出た。
 その足音が、教師の心を刺す。

「もう、運命はほぼ決まってるのよ。 あなたが何を言っても、何をしても——もう、遅いの」

 教師は、顔を上げられなかった。
 自分が何をしたか。
 何を背負わせたか。
 その重さが、今になってのしかかっていた。

「・・・あ」
 一葉が、ふと声を上げた。
 その口元に、皮肉な笑みが浮かぶ。

「地上で社会的に終わってから、ここに戻って死ぬってのも、ありかもよ?」

 その言葉は、冗談のようで、冗談ではなかった。
 教師の顔が、わずかに歪んだ。
 怒りでも、悲しみでもない。
 ただ、絶望に近い苦笑だった。

 袋小路。
 逃げ場なし。
 選択肢なし。
 ただ、結果だけが残されていた。

 袋小路。
 血の匂いと沈黙が満ちる空間に、ふいに一葉の声が響いた。

「どうもこうもならない状況だけど、いいこともあるわ」
 その言葉は、まるで冗談のようだった。
 でも、声の奥には、確かな熱があった。

「あなた、夢とかあった?」

 教師は、目を伏せたまま答えられなかった。
 夢——そんなもの、考えたこともなかった。

 ダンジョンが発生してから、選択肢は一つしかなかった。
『探索者』になること。
 それ以外は、無価値とされていた。

「夢、か・・・」
 教師は、ぽつりと呟いた。

 そんなものは、ない。
 でも——ふと、口をついて出た言葉があった。
 古い、古すぎる記憶が、心の底に残っていて、出した答え。

「たこ焼き屋さん・・・かな」

 一葉の目が、ぱちりと瞬いた。
 そして、笑った。

「いいじゃない! たこ焼き屋さんになりなさいよ!」

 教師は、思わず顔を上げた。

「は?」

 その反応に、一葉はさらに笑った。
 それは、痛みの中で見せる、ほんの少しの『人間らしさ』だった。

「地上で社会的に死ぬなら、ついでに人生も変えちゃえばいいじゃない。たこ焼き屋さん、いいと思うわよ。熱くて、丸くて、ちょっと焦げてて——人間っぽいじゃない」

 教師は、言葉を失った。
 でも、心の奥で、何かがわずかに動いた。

 袋小路。 絶望の中で、ふいに差し込んだ『夢』の話。
 それは、罪と痛みの先にある、ほんの少しの希望だった。

 ◇

「うまいな」
 カルマが微笑んだ。
 その表情は、演出家ではなく、ただの『客』だった。

 63階層。
 何もない空間。
 迷宮の静寂が広がるその場所に、突如として現れたのは——

『たこ焼き屋の模擬店』だった。
 一葉が袋小路を去ったあと、カルマは静かにウィンドウを開いた。

「夢を語らせた。なら、実現させないとな」

 彼女が語った『たこ焼き屋』は、奇抜でも幻想でもない。
『学園祭』という迷宮のテーマにも、ぴったりだった。

 カルマは『野営用大型マジックアイテム』をベースに、いくつかの『料理系アイテム』を組み合わせていく。
 鉄板、ソース、たこ、青のり、紅しょうが。

「これくらいできなきゃ、『ダンジョンマスター』は名乗れない」

 魔力が流れ込み、迷宮の一角が変化する。
 赤いのれんが揺れ、香ばしい匂いが漂い始めた。

 ——模擬店『たこ焼き屋』、開店。
 そんな感じで具現化したものだった。


 赤いのれん。
 鉄板の上で、くるくると回るたこ焼き。
 香ばしいソースの匂いが、空気を揺らす。

 店主は、学ラン姿。
 ねじり鉢巻きを締め、真剣な顔でたこ焼きを焼いている。
 頭に小さな角、青い肌、そして背中には『たこ焼きの煙』を吸って膨らむ小さな袋。
 それでも、笑顔は人間以上に温かかった。

 その手つきは、まるで魔法が宿っているかのように滑らかだった。
『模擬店』自体が『魔法のアイテム』だからだろうか。
『校長室』に設置された『宝箱』は、迷宮のテーマに沿ったアイテムを具現化できる特殊装置として機能する。
 ただし、使用には膨大なマナポイントが必要で、演出家のセンスも問われるだろう。
 でも、それだけの価値はある。

「はふっ、はふっ!」
 一仕事終えた一葉――『妖怪:どうもこうも(薬師堂ここも)』が熱そう、うまそう、たこ焼きをパクついている姿を見ていれば、そう思える。


 ちなみにだけどな、『どうもこうも』って妖怪、伝承にちゃんと残っているんだ。
 昔の名医同士が腕比べして、互いの頭を切り合った・・・結局、どうもこうもならなかったって話だ。
 どちらが上かと競った挙句、何にもならないことをしたという『戒め』的な言い伝えだ。

 それを聞いた一葉が『それ、私のことじゃない』って笑ってたよ。
 でも、あの笑い方は・・・ちょっとだけ、泣きそうだった

 名前の『薬師堂ここも』については・・・薬と医療を司る『薬師如来』から借りた。お堂で薬を用意して、本人が気づかないような傷すらも「ここも」と治療する。
 そんな意味合いで名付けた。


「へい、お待ち!」
 店主が声を上げる。
 カルマが受け取った『たこ焼き』は、湯気を立てていた。

「・・・夢って、こういうことなのか」
 カルマは、静かに呟きを落とした。

 63階層。
 かつて死闘があった場所。
 そこで今、『生きるための夢』が焼かれていた。

 たこ焼きの丸さ。
 焦げ目の香ばしさ。
 そして、店主の笑顔。

 それは、罪の先にある『けじめ』の形だった。

 カルマは、もう一つたこ焼きを口に運んだ。
 そして、満足げに頷いた。

『うん。うまい』
 何かを確認する。
 そんな頷きだった。

 退避と追跡行の脱落者=生徒2  教師6
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