『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第78話 抜け出せた者たち ~触覚だけの世界へ~ 後編

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 男が食われている間に逃げる腹積もりだったのだ。
 蹴られたのが顔でさえなければ、63階層までは一緒に行動することもありえたかもしれないが、顔はない!

「爆弾男とでも仲良くするがいいさ。もっとも、あたしがアイツなら、やっぱ顔面蹴り飛ばすけどね!」
 毒を吐いて踵を返す。

 サソリの横を通る気にはなれない。
 遠回りにはなるが、反対側の通路から逃げようというのだ。

「イタっ!」
 駆けだそうとしたとこで、つんのめった。

「なによ、コレ!?」
 変なでっぱりがあることに気が付いて眉を寄せる。

 ブヨブヨしているようで弾力のある『ナニカ』だ。
 周囲が妙にテカテカしていた。
 ネバついているようにも感じる。

「なにかが這った跡?」
 首を傾げそうになって頭を振った。

 そんなヒマはない。
 サソリがエサに食いついているうちに、できるだけ遠くへ逃げなくてはならないのだ。
 ネバついているところを避けて走るルートを見定め、走り出・・・せない。

 「ぐっ、ぐぅぅ・・・!」

 背中に、ぬるりとした『ナニカ』が覆いかぶさる。
 重さと粘り気が、膝を沈めさせ、肺を圧迫する。
 呼吸が浅くなり、体温がじわじわと奪われていく。

「ひ、ひゃっ・・・!」

 服の隙間から、冷たい感触が滑り込んでくる。
 それは水でも風でもない。
 もっと生々しく、もっと執拗な『何か』。

「あ、くっ・・・や、やめ・・・!」

 背筋を這う感覚に、思考がかき乱される。
 逃げなければならないのに、力が入らない。
 体が、言うことをきかない。

 べちゃっ。

 一瞬、全身の力が抜けた。
 床に崩れ落ち、背中を完全に覆われる。
 体の芯が、じわじわと溶けていくようだった。

「あ、や、ヤバ・・・!」

 焦りが喉を詰まらせる。
 拳を握りしめ、振り上げる――

 グニッ。

 拳は、柔らかくも弾力のある『ナニカ』に沈んだ。
 ヌルヌルとした感触が、力を吸い取っていく。
 まるで、拒絶すら許さないように。

「や、やだ・・・っ、あ、ふ・・・!」

 頭は逃げろと叫んでいる。
 けれど、体は震え、熱を帯びていく。
 冷たさと熱が交互に押し寄せ、感覚が混線する。

 笑いとも、喘ぎともつかない声が漏れた。
 目は見開かれ、全身が強張る。
 なのに、どこかが、じんわりと緩んでいく。

 視界が滲み、色が褪せていく。
 音が遠のき、匂いが消える。
 味も、痛みも、もうわからない。

 残ったのは、触覚だけ。
 背中を這う感触。
 肌を撫でるような、這い回るような、奇妙な刺激。

 それだけが、彼女の『存在』を証明していた。

「い、いや・・・こんな・・・っ!」

 怒りを燃やそうとする。
 だが、火はすぐに湿った感覚に包まれて消える。

「あ、ふ・・・っ」

 声が漏れる。
 それは拒絶ではなかった。
 恐怖と快楽の境界が、曖昧になっていく。

 もういいだろ?
 力を抜いて、目を閉じろ。
 結果は、変わらない。

 もがいても、もがいても、逃れられない。
 女の意識は、ゆっくりと闇に溶けていく。

 触覚だけの世界へ。
 巨大ナメクジが織りなす、ぬめる影の向こうへ。
 感覚が霧に包まれ、世界が遠ざかっていく。

   ◇観察者視点◇

「いやぁ、見応えがあったね!」

 カルマは、上機嫌に笑った。
 ウィンドウ越しに見ていた主力たちの混乱と崩壊。
 そのすべてが、彼の『演出』だった。

「緊迫感の中に笑いがある。裏切りの連鎖、ゾクゾクするよ!」

 その背後には、彼が作り出した『わたしたち妖怪』が静かに従っていた。
 それとも、『彼を作り出した元人間』が従っていたというべきだろうか?

 どちらでもいい。
 笑いながら歩くカルマの背中に、誰も声をかけることはできない。

 彼の狂気は、あまりに静かで、あまりに正確だった。

 通ったあとには、何も残らない。
 靴下一枚さえも残さず、すべてを『素材』として取り込んでいく。
 そして、妖怪として再構築する。

 それは、破壊ではない。
 再生でもない。
 ただの、演出。

 明らかに壊れている。
 精神が病んでいるのは、誰の目にも明らかだった。

 だけど――誰も、何も言えなかった。

『妖怪』として蘇らされた者たちは、沈黙していた。
 彼が壊れた理由のほとんどが、自分たちにあることを知っていたから。

 だから、何も言えなかった。
 だから、何も止められなかった。

 カルマの足音だけが、通路に響いていた。
 その音は、まるで幕の開く合図のように、静かで、冷たかった。

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