『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第102話 風雷の沈黙 ~えいゆうたち~ 前編

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 ──風は、止まっていた。
 いつもなら、彼女の髪を揺らすはずの空気が、あの日だけはぴたりと動きを止めていた。
 葉隠霞は、屋上の手すりに両手をかけ、遠くの会議室から漏れ聞こえる声に耳を澄ませていた。

「彼がいれば、間違いなくできる」
「アイツの能力は、このためにある」
 ガラス越しに届くその声は、はっきりと彼の名を指していた。

 霞にはわかっていた。 彼らが何をしようとしているのか。
 そして、彼がその計画の中心に据えられていることも。

 胸の奥が、熱くなった。
 息が詰まり、喉がきしむ。

「やめろ」と言いたかった。
「そんなことは許されない」と叫びたかった。
 でも、声は出なかった。
 口を開いても、ただ空気が漏れるだけだった。

 霞は、ただ見ていた。
 彼の背中が、廊下の向こうに消えていくのを。
 仲間たちの目が、彼を『仲間』ではなく『道具』として見ているのを。
 そして、自分の胸の奥に芽生えた、あの黒い感情を。

『これが成功すれば、私はもっと上に行ける』
 その考えが、頭の中で何度も繰り返された。
 耳元で誰かが囁いているようだった。
 その声は、風よりも強く、彼女の良心を押し流していった。

 止めなかった。
 止められなかった。
 その瞬間、霞は自分の中にあった“風”を見捨てた。

 彼がいなくなったあと、風は戻ってきた。
 でもそれは、頬を撫でるような優しい風ではなかった。
 髪を乱し、肌を刺すような、冷たく乾いた風だった。
 その風の中で、霞は小さく呟いた。

「・・・あたしが、見殺しにしたんだ」

 ──歓声が、耳に刺さる。

「やったぞ!」
「これで道が開ける!」
 仲間たちの声が、屋上のドアから漏れてくる。
 その声は、まるで爆竹のように弾けて、霞の耳に突き刺さった。

 霞は、その輪の外にいた。
 屋上の隅で、紙コップを両手で包み込むように持っていた。

 中には、コンビニで買った安い炭酸飲料。
 甘いはずなのに、喉を通るたびに舌の奥に苦味が残った。

 眉間にしわが寄る。
 笑おうとしても、口元が引きつるだけだった。

「これでよかったんだ。これで、もっと上へ行けるんだ」
 そう自分に言い聞かせる。
 何度も、何度も。

 霞の視線は、誰にも向いていなかった。
 ただ、夜空の隅を見つめていた。
 そこに、彼の姿が浮かんでいるような気がして。

 でも、風は何も運んでこなかった。
 雷も、まだ沈黙していた。

 仲間たちは、未来を語っていた。
「こんな田舎から、もっと都会へ。いや、世界だって目指せるさ」
「あたしたちならやれる」
 その言葉が耳に入るたび、霞の胸の奥で、何かが軋んだ。

 彼女は、紙コップを口元に運びながら、心の中で呟いた。

「・・・あたしは、風を裏切った」
 でも、口に出すことはなかった。
 この場では、風も雷も、心の揺れも、すべて隠しておかなければならなかった。

 紙コップの中で、炭酸の泡が弾ける。
 その音が、誰かのすすり泣く声のように聞こえた。
 霞は、眉を寄せたまま、その音に耳を澄ませていた。

 ──夜の風は、静かだった。
 胸の奥に残るざらつきは、まだ消えていない。
 祝杯の泡の苦味も、喉に残っている。
 でも──それでも、霞は前を向いた。

「・・・あたしが選んだんだ」
 誰に言うわけでもない。
 ただ、夜空に向かって、そして自分自身に向かって。

「だったら、背負って進むしかない」
 風を裏切ったなら、風に償うしかない。
 雷を呼んだなら、その雷で道を切り開くしかない。

 霞は、髪をかき上げた。
 赤と金に染めたメッシュが、月明かりに照らされてきらめいた。
 その色は、過去の過ちの証。
 でも同時に、彼女が選んだ力の象徴でもあった。

「彼の分まで、あたしが進む」
「この手で、風を正す」
「この足で、雷を導く」
「この心で、乙女を貫く」

 それは、誰にも聞かせない決意の言葉。
 自分自身への、静かな誓いだった。

 風が、そっと吹いた。
 今度は、背中を押すように優しかった。
 霞は、目を閉じてその風を受けた。
 そして、静かに歩き出した。
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