『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第150話 風雷は吹きて惑わず ~帰り着く場所~ 前編

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 ──命令が届いた。

「かすみ、出番だよ。人間を蹴散らす、簡単なお仕事だ」

 私は——葉隠霞。
 だけど、その名はもう過去のもの。

 今のあたしは、ただの『かすみ』。
『かすみ』と呼ばれるたびに、霞だった頃の自分が、風に溶けていく気がした。

 彼の声は、耳に届く前に、風が運んでいた。
 雷は、胸の奥で小さく震えた。
 それは怒りでも、恐怖でもない。
 ただ、静かな『了承』だった。

 かすみは、目を閉じる。
 風が頬を撫でる。
 雷が、皮膚の下で脈打つ。

 風が囁く。
「忘れろ」と。

 雷が叫ぶ。
「壊せ」と。

「人間か」

 その言葉に、何の感情も乗っていない。
 かつてなら、ためらいがあった。
 かつてなら、誰かの顔が浮かんだ。
 でも今は——風がそれを吹き飛ばし、雷が焼き払った。

「命令なら、従うだけだよ」

 それは、霞の声ではなかった。
 風に染まった声。
 雷に焼かれた声。
 彼女の『意思』は、もう力の中に沈んでいた。

 でも——ほんの一瞬だけ、胸の奥が軋んだ。
 風が、問いかけるように揺れた。
 雷が、迷いのように弾けた。

「……人間という『枠』を壊す。それって、あたしが『完全にこっち側』になるってことだよね?」

 誰かが囁いた。
 そのとき、ほんの一瞬だけ、誰かの名前が浮かびそうになった。
 あの声が、まだ耳に残っていた。

「もう戻れないよ」

 かすみは、笑った。
 それは、風に乗った笑み。
 雷に染まった笑み。

「戻る気なんて、ないよ。だって——あたしを壊したのは、人間だった」

 風が、彼女の背を押す。
 雷が、彼女の足元を照らす。
 かすみは、歩き出す。

 その足取りは、軽く。
 その瞳は、赤と金に染まっていた。

 ──葉隠霞。
 風雷の乙女。
 今、かつての『仲間』を標的に定める。

     ◇

 ──足音が近づいてくる。
 ダンジョンの奥へと踏み込む探索者たち。
 その中には、見覚えのある顔もあった。

 同じ制服。
 同じ教室。
 同じ昼休みの、くだらない会話。

 霞は、岩陰に身を潜めながら、風の中にその気配を感じ取っていた。
 雷が、胸の奥で小さく鳴る。
 それは、懐かしさではなく──警告だった。

「……あたし、あそこにいたんだよな」

 風が、彼女の髪を揺らす。
 それは、過去をなぞるような優しい動きだった。
 でも、霞は団扇を握りしめる。
 その表面に刻まれた桜と紅葉が、微かに震える。

「もう、戻れない。あたしは『こっち側』なんだ」

 ──モンスター。
 そう呼ばれる存在。
 ダンジョンの奥に潜み、探索者を喰らう者。

 でも、霞は『かつて』彼らと同じ側にいた。
 同じ制服を着て、同じ未来を語っていた。
 その未来を、誰かが焼き払った。

「それでも、あたしを差し出したのは『人間』だった」

 雷が、指先に集まる。
 風が、彼女の背を押す。
 霞の瞳が、赤と金に染まる。

「だったら、あたしは──『人間という枠』を壊す」

 その言葉に、風がざわめく。
 雷が、喜びのように弾ける。

 でも、ほんの一瞬だけ。
 霞の胸が軋んだ。

 制服の袖に残る、かつての仲間の手の感触。
 教室の窓から見た、同じ空。
「また明日な」って笑った、誰かの声。

「……ごめんね」

 その声は、誰にも届かない。
 風が、かき消した。
 雷が、焼き払った。

 そして、静かになった。
 まるで、何もなかったかのように。

 霞は、廊下の角から姿を現す。
 探索者たちの目が、彼女を捉える。

 驚き。
 恐怖。
 混乱。

「葉隠……? え?」

 その問いに、霞は答えない。
 ただ、団扇を振る。
 風が唸り、雷が走る。

 ──葉隠かすみ。
 かつての仲間を前に、モンスターとして立つ。
 その心は、風に引き裂かれ、雷に焼かれながらも──確かに、進んでいた。

 風が裂けた。
 雷が走った。
 探索者たちの隊列は、瞬く間に崩れた。

「うわっ!」
「隊列が乱れた! 後衛、下がれ!」
「風が……風圧が強すぎる!」
「雷が……走る!」

 悲鳴が、風に乗って霞の耳に届く。
 雷が、彼らの足元を焼き、風が視界を奪う。
 誰もが、散り散りに逃げていく。
 秩序は崩れ、連携は断たれ、ただ『個』として逃げ惑う。

 霞は、その光景を見下ろしていた。
 団扇を振るたび、風が唸り、雷が咆哮する。
 その力は、もはや『技』ではなく、『本能』だった。

 風は命を奪うために吹き、雷は心臓を止めるために走る。
 霞の意思など、もはや必要なかった。

「……弱いな」

 ぽつりと漏れた言葉。
 それは、嘲笑ではない。
 ただ、事実の確認。

「隊列が崩れただけで、もう何もできないのか」

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