『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第180話 舞台演目② 『執着の檻』~見られたかった背中~ 前編

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 迷宮の一角。
 スーツ姿の女性教師が立っていた。
 その目は、誰かを探していた。

 いや——『誰か』ではない。
『彼』だった。

「こんなところにいていいのかしら?」

 行く手に、制服の袖を揺らして待ち受ける『真梨華』の姿を見つけ、女教師は、挑発的に言葉をかけた。

 地上へ向けて、仲間を率いていなくていいのか?
 そういうことだろう。

「……かまわないわ」

 対する『真梨華』は、顔の横で煩わしげに手を振った。
 耳元を掠めた小さな虫を払うようなしぐさだった。

「あなたこそ、こんなところで『なに』を探しているの?」

「……あなたに関係あるかしら? 男に縋りつくだけのあなたに」

 リーダーに寄りかかり、それでようやく立っていた。
 そんな『真梨華』を、嘲笑ってくる。

「そうね……昨日まではどうでもよかった。貴女のことなんて気にしたこともないわ。彼のそばにいられれば、それで十分だったから」

 リーダーが全てだったことを、真梨華は認めてみせた。

 女教師の眉が、少し寄った。
『こいつは、誰?』
 そんな疑問が湧いた顔だった。

 沈黙が、迷宮の空気に染み込む。
 けれど、その沈黙は、火種だった。

『彼』を巡る記憶。
『彼』を巡る執着。
『彼』を巡る後悔。

 それらが、今ここで交差する。

 この演目は、剣も魔法もいらない。
 言葉と視線だけで、心を裂く。

 カルマの『メガネウロ』は、静かにその瞬間を捉えていた。
 赤と黒の部屋。
 愛と憎しみの檻。

 幕は、もう上がっている。

「ねぇ? 気が付いていないわよね? 酔っているから? それとも疲れているのかしら? 『探索者』の感覚がすっかり鈍っているようね」

 真梨華は、両手を広げ、くるりと回ってみせた。
 スカートの裾が、優雅に舞う。

 男性教諭にならともかく、自分に?
 訝しげに眉間のしわを深くした女教師。
 だが、さすがに気が付いた。

「ダンジョンの内装が変わっている? 土と森ではなく……木の板。何かの建物?」

「正解よ。今、このダンジョンは『学校』。木造校舎になっているわ」

「……『性質の変容』、ね」

 例は少ないが、報告はある。
『ダンジョン』の性質——『テーマ』が、何らかの理由で変更される現象。

 それが起こる可能性——

「『ダンジョンマスター』の攻略は報告通り成功していたわけね」

「ええ。ただし、その直後に新たな『ダンジョンマスター』が現れる……いえ、『選ばれる』ことは誰も予想していなかった」

「…………」

 女教師が、考え込む。

 かつて、『現役』当時には『マザーコンピューター』——『マザコン』とふざけた呼び方に、多分の敬意を込めて呼ばれていた。

 冷徹で思慮深い分析力と洞察力。
 最近は、『標的』にした生徒を『導く』ことにしか使っていなかったそれを、今、フル稼働させた。

「まさか……」

 思い当たって、顔色を変える。

「『彼』ね。そうなのね!」

 女教師は、周囲を見渡した。
 木造校舎の廊下。
 軋む床。
 掲示板に貼られた『文化祭のお知らせ』。

 それは、かつて彼が笑っていた場所だった。

 女教師が、初めて『カルマ』に目を向けた場所でもあった。
 自死をされても困るから、一応監視はついていた。

 女教師は、そのうちの一人。

 彼女の目に、『カルマ』は——打ちひしがれて孤独、御しやすい相手に見えていた。

「……ふざけた演出ね。こんなもの、彼が望むはずがない」

 真梨華は、静かに微笑んだ。
 その笑みは、どこか哀しみを含んでいた。

 彼が望んだかどうかではない。
 彼が『選ばれた』のだ。

 そして、迷宮は——彼の記憶を舞台に変えた。

「そうね。彼は、誰にも見られなかった教室の隅で、ただ静かに夢を見ていただけ。誰にも届かない声で、名前を呼ばれることを願っていた」

 真梨華の声は、淡々としていた。
 けれど、その言葉は、女教師の心の奥に、鋭く突き刺さった。

 妖怪となった時、『まゆり』の糸は、カルマの記憶をも手繰り寄せていた。
 愛したなら、骨までしゃぶりつくすのが『女郎蜘蛛』の本能。

 女教師の目が、揺れる。

「あなたは、彼の名前を呼んだことがあるの?」

 真梨華が、問う。

「……あるわ。何度も。何度も呼んだ。彼が私を見てくれるように」

「でも、彼はあなたを見ていなかった」

 その言葉に、女教師の肩がわずかに震えた。

 孤独であるはずのカルマは、それでも腐らずにいた。
 一人、必死に立っていた。
 だから、女教師の『導き』に乗らなかったのだ。

「真梨華……あなたは、彼の名前を呼んだことがあるの?」

 教師の声は、静かに震えていた。
 その震えは、怒りではなかった。
 焦り。
 そして、喪失の予感。

 真梨華は、ゆっくりと首を傾けた。

「名前を呼ぶのは、見つけた人の特権よ。あなたは、彼を見ていた?」

 その言葉に、女教師の顔が歪む。

 彼女は『見ていた』つもりだった。
 けれど、それは——自分の欲望を通して見た幻。

「私は……彼を守ろうとしたのよ。あの子は、私の……」

「あなたの『何』? 所有物? 慰め? それとも、名前の代わり?」

 真梨華の声は、冷たく、そして優しかった。
 それは、誰かの痛みを知っている者の声。

 女教師は、言葉を失った。
 彼の名前を呼んだことはあった。
 けれど、それは『彼のため』ではなかった。

 自分のためだった。

 迷宮の廊下が、きしむ。
 掲示板の紙が、風もないのに揺れる。
 まるで、誰かがそこにいるかのように。

 カルマの名は、まだ呼ばれていない。
 本当の意味で、誰にも。

 迷宮の壁が、再び囁く。

『演目:執着の檻』

 その声は、風のように、それでいて確かに耳元を撫でた。

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