『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

文字の大きさ
302 / 327
レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第186話 夢語り ~けじめの先に見えたもの~ 中編

しおりを挟む
 

 袋小路。
 逃げ場はない。
 命と欲望が、静かに交差する。

 魔法が炸裂した。
 炎が生徒の体を包み、爆風が通路を震わせる。
 教師は一歩下がり、煙の奥を凝視した。

 そして——生徒は立っていた。
 箱を抱えたまま、壁を背にして。
 まるで、炎など触れもしなかったかのように。

「……魔法耐性か?」
 教師の呟きが、煙の中に溶ける。
 だが、生徒の肩から、赤い滴がひとつ落ちた。
 その音が、やけに大きく響いた。

 剣が振り下ろされる。
 金属が肉を断つ鈍い感触が、教師の腕に伝わる。
 だが、生徒は動かない。

 ただ、箱を抱え直しただけだった。
 傷口が、瞬時に閉じていく。
 皮膚が再生し、血が引き、肉が繋がる。
 その過程はあまりに滑らかで、あまりに静かで——

 まるで、生き物の治癒ではなく、『別の何か』の動作のようだった。
 教師の喉が、わずかに鳴る。
 恐怖か、興奮か、自分でも判別できないまま。

 生徒は、ただ立っていた。
 箱を抱え、煙の中で、無表情のまま。
 その姿は、もはや『生徒』ではなかった。

 けれど——その瞳は、揺れていた。
 痛みは、確かにある。
 肉体は平然と再生しても、精神は削られていく。

 傷つき、治り、また傷つく。
 そのたびに、心のどこかが軋み、ひび割れていく。

「……痛いよ」
 誰にも届かないほど小さな声。
 それでも、一葉は立っていた。

 逃げない。
 渡さない。
 守るために、ただ耐える。

 教師は剣を構え直した。
 だが、その手に、わずかな迷いが走る。

 ——なぜ、そこまでして守る?

 袋小路。
 一対一。

 命と意志が、静かにぶつかり合う。
 剣が振り下ろされる。
 攻撃の意図が、ためらいなく形になる。
 血が床に落ちる。

 そして、瞬時に傷が塞がる。
 その光景が、何度も繰り返される。

 魔法。
 剣。

 痛み。
 再生。

 教師は攻撃を重ねた。
 だが、一葉はただ立ち続けていた。
 箱を抱えたまま、壁を背にして。

 逃げず、倒れず、ただ耐える。
 その姿は、もはや『守られる側』ではなく、『守るために壊れていく側』だった。

 教師の手が、ついに止まった。
 剣を握る指が、わずかに震えている。

「……なぜ、そこまでする?」
 その問いは、ようやく声になった。
 教師自身が、答えを知りたかった。

 理解できなかった。
 命を削ってまで守る理由が。

 一葉は、前髪の奥からゆっくりと目を上げた。
 その瞳は、静かに濁っていた。
 けれど、その奥には確かな光が宿っていた。
 痛みに削られ、再生に歪められ、それでも消えない光。
 それは——

 自分の命よりも大切なものを抱えている者の目だった。

「……おまえ……」

 正体を知った瞬間、教師の顔から血の気が引いた。
 その動揺を、一葉はまるで見ていないかのように無視した。

「けじめだからよ」
 声は低く、しかし揺るぎなかった。

「命や傷、痛みを——お金に換算していた。そんな自分への、けじめ」

 教師の目が、わずかに揺れる。
 一葉は、かつて『エリクサー』を作っていた。

 命を救う薬。
 だがその裏で、横流しをしていた。
 高値で売り、流通を操作し、命を『商品』に変えた。

 その罪を、誰も裁けなかった。
 法律では届かない。
 だが——自分自身は、逃がさなかった。

 妖怪となった一葉。
 回復魔法と妖怪化の再生能力で、傷は瞬時に癒える。
 だが、痛みは残る。
 肉体は治っても、神経は焼ける。
 心は削れ続ける。

「痛みは消えないけど、意味はあるの」
 一葉は微笑んだ。

 それは苦笑で、どこか壊れかけていた。
 それでも確かに、『人間』の表情だった。

 袋小路。
 血の匂い。

 再生する肉体。
 削れていく魂。

 教師は、剣を下ろした。
 その手には、もう力がなかった。

「痛みは消えないけど、意味はあるの」
 一葉の声が、袋小路に静かに響く。

 その言葉に、教師の手が震えた。
 魔力も、怒りも、もうそこにはない。
 ただ、理解できない現実と、目の前の存在への畏怖だけ。

「……借金のためだったな」
 教師の声は、かすれていた。

 その言葉には、責める色はなかった。
 ただ、事実を確かめるような、弱い響きだけがあった。

 一葉は答えない。
 箱を抱えたまま、壁を背にして立っている。
 その姿は、守られる者ではなく——
 自分の罪を背負い続ける者だった。

 教師は視線を落とした。
 床に広がる血の跡。
 何度も再生されたはずの傷。
 だが、痛みは消えない。

 それを、一葉は何度も、何度も——耐えていた。
 その痛みこそが、彼女の『けじめ』だった。

「……良かれと思って、だったんだ」
 教師の声は、迷宮の石壁に吸い込まれるように消えていった。
 その響きには、後悔とも言い訳ともつかない濁りがあった。

「君が、人生を買い戻すために。だから横流しを提案した。誰にも迷惑をかけずに、効率よく稼げる方法だと……本気で、そう思っていた」
 一葉は静かに目を閉じた。
 その瞳の奥で、過去が揺れる。

 両親が残した借金。
 誰も助けてくれなかった現実。
 だから、自分で返すしかなかった。
 命を救う薬を作り、命を金に変えた。
 それが、自分の人生を買い戻す唯一の方法だと信じていた。

「でも、違ったのよ」
 ぽつりと落とした声は、痛みよりも静かだった。

「命を金に換えることは、命を軽んじることだった。だから、今こうして——痛みで、けじめをつけてる」
 自分の体を見下ろし、小さく笑う。
 その笑みは壊れかけていたが、確かに『人間』の表情だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...