『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第209話 校長、そして祖父 ~孫との邂逅~

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 校長は、中継拠点の一角に身を潜めていた。
 かつては指示を飛ばし、全体を統括していた場所。
 だが今は、誰も彼を探さず、誰も彼に従わない。

 その仄暗い通路に、校長は腰を下ろしていた。
 呼吸は浅く、目は虚ろ。
 彼の世界は、静かに沈み始めていた。

 彼の手は震えていた。
 薬の切れた体か、責任の重みに潰された心か。
 それを知る者は、もういなかった。

 そこへ、カルマが現れた。
 目は澄んでいた。
 まるで、誰よりも深く潜って、誰よりも遠くを見てきた者の目だった。

 校長は、その姿を見て、何も言わなかった。
 言えなかった。
 言葉は、もう彼の中に残っていなかった。

 ただ、震える指でカルマを指し、かすれた声で言った。

「・・・弁護士に・・・・・・伝えろ」
 それだけだった。

 カルマは、眉をひそめた。
 何かを言いかけたが、校長はもう目を閉じていた。

 その言葉が何を意味するか、カルマにはわからなかった。
 だが、彼は頷いた。
 それが、唯一の『孫への言葉』だったから。

 校長の死は、静かだった。
 誰にも看取られず、誰にも惜しまれず。
 カルマだけがその場にいた。
 妖怪たちは遠ざけられていた。

 ◇旧校舎にたたずむ女性◇

 同時刻、旧校舎では女性が佇んでいた。
 その手は『ナニカ』をしっかりと捕まえている。
 もう二度と、離しはしない。
 そんな決意を示すような力強さがある。

「そう・・・亡くなったのね」

 呟く声が静かに風に溶けた。
 あまり、感情の乗っていない声だった。
 まるで、『知らない人』について話しているような冷たさがあった。

「『わたしの知らない世間』の一番の人なのよね」

 顎を指先でつまんで、首を傾げる。
『大人』の女性だというのに、仕草は幼く見えた。

「でも、『私』は知ってる。『お義父様』が何を残したかを」

 そう言って、女性は目を上げた。
『最近』まで『彼氏』と会っていた旧校舎がある。
 学生時代の思い出の場所。
『駆馬』の『父親』との思い出の場所。
 それは、校長にとっても『息子』と、そして『孫』ともつながる大切な場所。

「息子との思い出もある『ここ』をそのまま保存するために、買い取った・・・いえ、先祖伝来の土地と交換した話を聞いていたもの」

 旧校舎の通路。
 その先に、『校長室』がある。
 そっと手を触れさせて、寂しそうに笑った。

「そんな気持ちがあるのなら『私』にもう少しだけ、手を差し伸べてくれればよかったのに。そうしていれば・・・というのは意味ないわね」

 呟きに答えるように、『カチリ』と音がした。
 閉じられていた扉が、開いていく。

 木の軋む音。
 長く閉じ込められていた空気の匂い。
 そんなものが、通路へと染み出した。

 校長室へと女性は足を踏み入れた。
『ナニカ』も一緒だ。
 そして、見つける。

 大量の写真を。
 学校行事の度、どこかで写された生徒たちの写真。
 よくある写真の数々だ。
 だけど・・・。

「素直になれないって罪よね」

 哀しそうな呟き。
 写真には『必ず』、特定の人物か入っていた。

 中心にはいない。
『誰か』または『何か』を写した時に、端にいた。
 そんな写真ばかりだ。

『ナニカ』が身じろぎをする。
 慄くような気配。
 そして、足元が震えた。
 乾いた木の床が、湿り気を帯びる。

 そんな中、写真立てが目に入る。
 校長が何かの行事で挨拶をしている。
 その後ろ、なにかを片付けようとしている生徒の背中。

「・・・珍しいわね。お義父様が、誰かと一緒に写っているなんて」

『ナニカ』は気が付いた。
 それが『誰の』背中かを。
 写真の中の背中が、今の自分と同じ角度で首を傾けていた。

 震える手が写真を出す。
 そして、そっとノートに挟み込んだ。

「出ましょう。『彼』が戻ったら、弁護士を呼ばないとね」

 それまでは、正式には手を出せないのだから。
 女性は、毅然とした態度をとろうとして失敗した。

「メイク、まだ慣れてないのに」

『大人』になったばかりの少女は息を吐いた。
 メイク直しが大変だと、嘆く声は震えて、湿っていた。

   ◇

 こうして、山形県内にある某高校は全校生266名のうち、『レイドに参加させてもらえなかった1名』を除いて全滅という史上最悪の結果を残した。
 歴史に名を残すという野望は果たせたが、そのことを喜んだ者は誰一人いない。


 後日、『カルマ』の到着を待って、『駆馬』から弁護士に連絡が入る。
 遺言書の存在が確認され、手続きが始まる。

 その筆頭には、確かに——『駆馬』の名が記されていた。

 それは、校長が忘れたふりをしていた過去。
 切り捨てたはずの血の記憶。
 そして、最後に残した『唯一の手紙』だった。


『駆馬』は、遺言書を受け取った。
 何も言わず、何も問わず。
 ただ、静かにそれを胸にしまった。
   

 迷宮の奥で交わされた、たった一言の再会。
 それが、すべてだ。
 彼は、『レイドに参加させてもらえなかった1名』だった。
 公式には、そう説明されている。

   ◆

 レアアイテム=『空蝉』。
 蝉の殻、その背に鏡が隠されている。
 使用すると『使用者がもう一人生み出される』。

『蝉』と『鏡』。
 それぞれに意味はあったのだ。
『殻』ではなく『蝉』ではあったけれど。

 鏡に触れたとき、空気が裂けた。
 鏡の中で、オレは笑っていた。
 笑わなくなったオレの顔で。

「オレが代わろう」
 誰も来ない教室で、『カルマ』が言った。

「オレは『感情』が薄いから耐えられる」

『駆馬』は黙ってうなずいた。
『駆馬』はそれからずっと、旧校舎で暮らしていた。

 今にして思えば、校長が『ここ』を守ったことが『駆馬』の居場所を守ったことになる。

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