お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

文字の大きさ
69 / 164

第二十六話③『ダブルデート』

しおりを挟む


 観覧車の中は賑やかな外に比べて静まっており、入った数秒間だけ公式のアナウンスがスピーカーから流れていた。

 それを耳に入れながらも嶺歌れかは緊張で目の前の兜悟朗とうごろうを意識する。

 兜悟朗は和やかな表情をしながら外に目を向けており、彼から放たれる優しい雰囲気に気持ちが高鳴っていた。

 いつでも穏やかで冷静で紳士的な彼が、今目の前にいる。

 二人きりで揺られるこの空間に、緊張を感じてはいてもこの状況を喜んでいる自分を否定する事はできなかった。

「兜悟朗さん、一人称を変えられた理由を聞いてもいいですか」

 嶺歌は単刀直入に尋ねた。兜悟朗がどのような理由から嶺歌の前でだけ一人称を変えようと思い至ってくれたのかどうしても気になったのだ。

 特別な理由を期待していない訳でもないのだが、彼の恋愛的な意味合いを期待しての質問ではなかった。自分の片思いである事はよく理解している。

「勿論でございます」

 すると兜悟朗はいつものように柔らかく微笑みを向けてくるとこちらを真っ直ぐに見つめて、ゆっくりと口を開き始めた。

 このように笑みを溢してくるあたり、やはり彼の大人らしさを実感する。全く動じた様子を見せない兜悟朗のその笑みは、嶺歌の心を何度でも動かしていた。

形南あれなお嬢様と平尾様の尾行をおこなった日の夜の事を覚えておられますか」

 兜悟朗はこちらに確かめるようにそんな言葉を口にする。忘れられる訳がない。あれは本当に驚いたが、とても嬉しい事だったのだと、今ならよく分かる。

 他でもない兜悟朗にあのような事をされた事実は嶺歌にとってかけがえのない出来事へとなっていたからだ。

 嶺歌ははいと頷くと兜悟朗は再び微笑んで言葉を続けた。

「あの日、僕は貴女にお誓いしました。これから貴女に何か起こり得るのならば必ずお嬢様と僕がお力になると」

 その言葉も――――忘れられる筈がなかった。

 彼にされた手の甲への口付けが一番印象的に残っているとしても、あの日の兜悟朗の発言は何もかもが嬉しくて、嶺歌の心にずっと大切に残っている。それはきっとこの先も変わらない。

「嶺歌さんは形南お嬢様の大切なご友人です。ですが、僕にとっても貴女の存在はとても大きく感じられます」

「え……」

 思わず声が出た。どういう意味で捉えていいのか分からない。

 だがそんな事は二の次であり、確かに今嶺歌れかの事を大きな存在であると口にしてくれた兜悟朗とうごろうに嶺歌は再び心臓の音がうるさく鳴り始める。どうしよう、堪らなく嬉しい。

「あの日、貴女に表明した日から僕自身も貴女様の存在の大きさを再認識したのです。ですからもう少しだけ砕けた状態で、貴女と関わりたく思いました」

 兜悟朗はそう言って優しく嶺歌を見つめる。彼の視線が輝きを放つ夕日に相まってとてつもなく眩しく見える。

 そして兜悟朗は柔らかな笑みを一度止め、口元を引き締めると今度はこんな言葉を口にした。

「ですがこの件に関しましてはお嬢様にお告げしておりません。お嬢様の前ではそのような態度をお見せする事を僕自身が禁じております」

 それは、高円寺院こうえんじのいん家に仕えた執事としての立場を考えての言葉なのだと、説明がなくとも今の彼の台詞で理解する事が出来た。

 嶺歌は彼の意見を肯定するように小さく頷いてみせると兜悟朗は再び微笑みかけてから、自身の胸元に手を当て、こちらを見返した。

「ですので嶺歌さんの前でのみ、僕は僕で接したいと思っております。お許しいただけますか?」

 彼のその控えめな問い掛けに嶺歌れかの心はあっという間に奪われた。

 そのような許可を取る彼に今のこの嶺歌が容認しない選択肢があるはずもなく、嶺歌は真っ赤に染まった顔のまま勿論ですと声を返す。

 兜悟朗とうごろうへの恋を自覚してから何だか普通に接する事ができない。

 嶺歌は自身の心を隠すように慌てて「う、嬉しいですけどなんだか照れますね。兜悟朗さんは大丈夫なんですか」と言葉にした。

 彼の表情はいつも通り、柔らかで誰に対しても向けられる表情そのものだからだ。しかしそこで嶺歌は己の言葉にすぐ心中で否定の声をあげていた。

(いやいやいや、兜悟朗さんが照れる訳ないじゃん、何言ってんのあたし)

 混乱する中で嶺歌がそんな事に考えを巡らせていると兜悟朗は「そうですね」と言葉を口に出してから、しかしこんな言葉を繰り出してくる。

「僕も恥じらいというものはあります。ですがそれ以上に、嶺歌さんと以前より親密になれた事実を嬉しく思います」

「…………」

 もう恥ずかしくてどうにも出来ない自分がいた。赤面する顔をどうにかしようと思っていた心さえも、簡単に諦めてしまう。

 それほどまでに嶺歌の顔は最高潮に赤く染まり上がっており、それを隠しきれないと気が付いたのだ。

 嶺歌は真っ赤っかになった顔のまま顔を俯かせると兜悟朗に小さく言葉を放つ。

「あの、ありがとうございます」

「とんでも御座いません。こちらこそ、有難う御座います」

 兜悟朗の顔は嶺歌と比較して全く照れている様子などはない。

 彼の言葉の意味も単なる親愛的なもので他意などないのであろう事も分かっている。

 だがそれでも、この一分一秒がとてつもなく嶺歌の心を満たしており、こうして二人だけでいられる僅かな時間を永遠と過ごしていたいと、そう感じてしまっている自分がいた。



 長くも短い観覧車を降りると形南あれなと平尾がこちらに向かって歩いてくる。

 二人とも楽しそうな表情をしており、今回のダブルデートを心から楽しんでいるようだった。そう感じ取ることが出来、嶺歌れかは嬉しい気持ちになる。

 それから解散の時間になり、それぞれ電車で最寄り駅まで同行する事になった。

 全員の家はそこまで離れていないが、それぞれ数駅ずつ最寄りの駅が異なっている。

 嶺歌は一番早く自分の降りる駅に到着し、電車の中から手を振る三人に手を振り返して電車を降りた。

 数秒、兜悟朗とうごろうと目が合い、彼の優しげな笑みを見て嶺歌の心は激しく波打ちはじめる。それを悟られないようにと取り繕いながらその場を後にしていた。

 だが同時に、彼と最後視線が合った事を喜んでいる自分もいた。

 本当に兜悟朗という一人の男性に恋をしてしまったのだと改めて実感したそんな夜だった。


第二十六話『ダブルデート』終

     next→第二十七話(7月12日更新予定です)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

処理中です...