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第3章 ゼバーシュの騒動
第36話 指輪
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ノードが帰った後、二人向かい合って昼食を取る。
今日はベーコンと春の野菜を使ったパスタだった。それに加えて、ポテトや野菜の揚げ物とポタージュが並んでいる。
手際が良く、一品作る間にささっと副菜を準備するところが、やはり家事に手慣れている証拠だろうか。
彼女の家事全般の能力は、それを専門にしている家政婦にも勝るものがある。アティアスと出会うまではそれが仕事だったことを考えれば当然のことでもあるのだが。
「昼からは街に出かけるので構わないのか?」
元々の予定では、エミリスの希望で街を見て回ることになっていたが、午前中に色々あったので改めて聞いてみる。
「はいっ、それでよろしくお願いします」
彼女は笑顔で頷いた。
◆
「この辺りが街の中心かな」
ゼバーシュ卿の城から少し南に位置するこの辺りは、多くの店が立ち並ぶ商店街になっていた。
「うわー、トロンの町よりずっと発展してますねー」
アティアスの腕にしがみついたままエミリスが感嘆の声を漏らす。
「そりゃ、街の規模が3倍くらい違うからな。昨日の呉服屋は老舗だから少し離れた所にあったけど、新しい店はこの辺りが多いんだ」
周りには様々な店が立ち並んでいる。若者向けのファッションショップやスイーツ、飲食店なども目につく。通りには多くの人が行き交い、活気に溢れていた。
ふとアティアスの目に留まったのはアクセサリーを扱っている店だった。
「そうだ、あの店に寄ってもいいか?」
「はい、構いませんよ」
二人は店に入る。
アティアスも初めての店だった。店内にはネックレス、指輪を始め、女性向けのアクセサリーが多く並んでいた。
「うわ、綺麗ですねー」
彼女はキラキラと光る宝石を見ては目を輝かせる。
今までこういった物を身につける機会などほとんどなかったこともあり新鮮に映る。
「何かお探しでしょうか?」
店の店主が二人に声をかける。
「そうだな……これに指輪を贈りたい。見せてくれるか?」
「えっ⁉︎」
エミリスが驚き、声を上げるが気にしない。
「かしこまりました。ではこちらへ」
店主に勧められて指輪のコーナーに行く。
シンプルな結婚指輪の他、ダイヤやその他の宝石の付いた指輪が並んでいる。
「どのようなものがご希望でしょうか?」
「普段から付けていられる、あまり邪魔にならない物が良いな」
「なるほど……それではこの辺りの商品がお勧めでしょうか」
装飾の入ったプラチナかゴールドのリングに、小ぶりな宝石が埋め込まれている指輪が多く並んでいる。宝石の種類は様々だ。
「エミー、気になるようなのはあるか?」
「い、いえ……私はアティアス様に選んでいただきたいです……」
彼女は緊張していた。
「こういうのは直感だからな。……それじゃこの赤い宝石の物のが良いんじゃないか?」
アティアスは彼女の目の色に合わせて、ルビーが埋められた指輪を選ぶ。
「こちらですね。お似合いですよ。サイズを測らせてください」
エミリスはおずおずと左手を出す。
「薬指でよろしいのですよね?」
「もちろんだ」
てきぱきと関節部分の太さを測る。
「はい、大丈夫ですよ。調整しますからしばらくお待ちください」
店主が指輪を持って奥に入っていった。
「本当によろしいのでしょうか……?」
エミリスが恐る恐る聞く。
「当たり前だ。指輪のひとつもないとか……ナターシャに会ったら何言われるかわからん」
「……あー、なるほどです」
今晩ナターシャから食事に誘われていたのを思い出す。最初に城で会った時に何か言いたそうにしていたのは、もしかして彼女も知っているのかも……と思えた。
「お待たせしました。……どうですか?」
店主が調整したリングをアティアスに手渡す。
彼はエミリスの手を取り、そっと彼女の指に通す。少しきつめだが、すんなりと収まった。
「大丈夫そうかな? 抜くときがちょっと大変かもしれないけど、利き手だし緩いよりは良いだろ」
「はい。ありがとうございます……」
彼女は指輪が嵌められた自分の手を見ながら、うっとりと声を漏らす。
「サイズは問題なさそうだ」
「承知しました。ありがとうございます」
店主はアティアスにメモを渡す。指輪の金額が書かれていた。12万ルド。指輪としては一般的な金額だ。
「これで支払うから、おつり分は……そうだな、ついでにイヤリングでも見繕ってくれないか」
彼は2枚の金貨を店主に渡す。
金貨1枚が10万ルドの価値になる。
「ありがとうございます。それでは、その指輪と御揃いのものがありますので、それでいかがでしょうか。少し金額を超えますが勉強させていただきます」
「ああ、ありがとう」
礼を言うと、店主が指輪と同じ赤いルビーがあしらわれたイヤリングを持ってくる。
それを受け取ったアティアスがエミリスの両耳にそれを付けてあげる。
彼女は鏡を見てそれを確認する。
「良く似合ってる」
「……はい」
普段は髪で耳が隠れているが、ちらちらと赤く光るものが見える。心なしか目も潤んでいた。
「そのままお付けになりますか? ……それでは、こちら空箱ですので、お持ちください」
店主が指輪とイヤリングの空箱を袋に入れて手渡してくれた。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げて見送る店主を後に、二人は店を出る。
「アティアス様、本当にありがとうございます」
エミリスも彼に頭を下げる。
「慣れるまでは違和感あるだろうけど我慢してくれ。……いつできるかわからないが、式の時にはちゃんと指輪を作ろう。婚約指輪もあげられなくてすまんな」
「お気遣いありがとうございます。……楽しみにしていますねっ!」
そう言って、彼女は笑顔を弾けさせた。
◆
それからも街を見て回る。
「そうだ、あれ食べたことあるか?」
そう言ってアティアスが指差すのは小さなクレープ屋だった。流行っているようで、何人か並んでいる。
「いえ、食べたことありません。どんなものなんですか?」
「薄く焼いた小麦粉の生地でクリームやフルーツを巻いて食べるんだよ。手で持って食べるパフェみたいな感じ」
「はぇー、美味しそうですー」
甘いものが大好きな彼女はゴクリと涎を飲み込む。
アティアスと出会うまでそういったものに縁がなかったこともあり、その反動からか甘いものには目がなかった。
「エミーならそう言うと思ったよ。買ってみよう」
「はいっ!」
二人で列に並ぶ。
店員が手際よく生地を広げては焼いていく。先に並んでいた客に出来上がったクレープが渡されるのを、待ち遠しく眺めている。
「えっと、このイチゴとチョコのクレープをお願いしますっ!」
「はい、お待ちくださいね」
自分たちの順番が来てメニュー表から注文すると、すぐに焼き始める。あっという間に綺麗に広げられていった生地が焼き上がる。別の店員がそれを受け取り、トッピングを施し最後にくるくると巻いたクレープがエミリスに手渡される。
「はい、どうぞ」
「うわぁ……ありがとうございますっ」
アティアスが頼んだ分も受け取ってから、彼女はクレープにかぶりつく。
「んー、美味しいです」
「気に入ると思ったよ」
彼女はあっという間に全部食べ終えてしまった。
名残惜しそうにしている彼女に声をかける。
「……まだ食べたいのか?」
「え……良いんですかっ? あ……でも夕食が近いので、あと1個だけにします……」
「…………おいおい、そんなに何個も食べる気だったのか?」
「できるなら全種類食べたいくらいです……」
そう呟く彼女に呆れる。1個でもかなりの量があるのだ。
「まぁ良いけどな。好きにしろ」
「はいっ!」
もう一度列に並んで待っていると彼女がぼそっと呟く。
「んー、毎日食べたいですねぇ……」
「こういうのはたまに食べるから良いんだよ。毎日だと飽きるだろ?」
「え……? 私毎日食べても飽きませんよっ!」
意味もなく胸を張って答える彼女の額を指で突くと「あう……」と小さな声が出る。
「……あんまり太ったら捨てるぞ?」
もちろん冗談だ。
それを分かっているエミリスも彼に合わせる。
「それは困りますね……。アティアス様が早くもバツイチになってしまいます……」
「……それは確かに困るな。食事もまた前に戻るのは辛い。……だからあんまり太らないでくれよ?」
「ふふふ、善処します」
クレープを美味しそうに食べる彼女の頭をわしゃわしゃと撫で、お腹を空かせるために街をしばらく散歩することにした。
今日はベーコンと春の野菜を使ったパスタだった。それに加えて、ポテトや野菜の揚げ物とポタージュが並んでいる。
手際が良く、一品作る間にささっと副菜を準備するところが、やはり家事に手慣れている証拠だろうか。
彼女の家事全般の能力は、それを専門にしている家政婦にも勝るものがある。アティアスと出会うまではそれが仕事だったことを考えれば当然のことでもあるのだが。
「昼からは街に出かけるので構わないのか?」
元々の予定では、エミリスの希望で街を見て回ることになっていたが、午前中に色々あったので改めて聞いてみる。
「はいっ、それでよろしくお願いします」
彼女は笑顔で頷いた。
◆
「この辺りが街の中心かな」
ゼバーシュ卿の城から少し南に位置するこの辺りは、多くの店が立ち並ぶ商店街になっていた。
「うわー、トロンの町よりずっと発展してますねー」
アティアスの腕にしがみついたままエミリスが感嘆の声を漏らす。
「そりゃ、街の規模が3倍くらい違うからな。昨日の呉服屋は老舗だから少し離れた所にあったけど、新しい店はこの辺りが多いんだ」
周りには様々な店が立ち並んでいる。若者向けのファッションショップやスイーツ、飲食店なども目につく。通りには多くの人が行き交い、活気に溢れていた。
ふとアティアスの目に留まったのはアクセサリーを扱っている店だった。
「そうだ、あの店に寄ってもいいか?」
「はい、構いませんよ」
二人は店に入る。
アティアスも初めての店だった。店内にはネックレス、指輪を始め、女性向けのアクセサリーが多く並んでいた。
「うわ、綺麗ですねー」
彼女はキラキラと光る宝石を見ては目を輝かせる。
今までこういった物を身につける機会などほとんどなかったこともあり新鮮に映る。
「何かお探しでしょうか?」
店の店主が二人に声をかける。
「そうだな……これに指輪を贈りたい。見せてくれるか?」
「えっ⁉︎」
エミリスが驚き、声を上げるが気にしない。
「かしこまりました。ではこちらへ」
店主に勧められて指輪のコーナーに行く。
シンプルな結婚指輪の他、ダイヤやその他の宝石の付いた指輪が並んでいる。
「どのようなものがご希望でしょうか?」
「普段から付けていられる、あまり邪魔にならない物が良いな」
「なるほど……それではこの辺りの商品がお勧めでしょうか」
装飾の入ったプラチナかゴールドのリングに、小ぶりな宝石が埋め込まれている指輪が多く並んでいる。宝石の種類は様々だ。
「エミー、気になるようなのはあるか?」
「い、いえ……私はアティアス様に選んでいただきたいです……」
彼女は緊張していた。
「こういうのは直感だからな。……それじゃこの赤い宝石の物のが良いんじゃないか?」
アティアスは彼女の目の色に合わせて、ルビーが埋められた指輪を選ぶ。
「こちらですね。お似合いですよ。サイズを測らせてください」
エミリスはおずおずと左手を出す。
「薬指でよろしいのですよね?」
「もちろんだ」
てきぱきと関節部分の太さを測る。
「はい、大丈夫ですよ。調整しますからしばらくお待ちください」
店主が指輪を持って奥に入っていった。
「本当によろしいのでしょうか……?」
エミリスが恐る恐る聞く。
「当たり前だ。指輪のひとつもないとか……ナターシャに会ったら何言われるかわからん」
「……あー、なるほどです」
今晩ナターシャから食事に誘われていたのを思い出す。最初に城で会った時に何か言いたそうにしていたのは、もしかして彼女も知っているのかも……と思えた。
「お待たせしました。……どうですか?」
店主が調整したリングをアティアスに手渡す。
彼はエミリスの手を取り、そっと彼女の指に通す。少しきつめだが、すんなりと収まった。
「大丈夫そうかな? 抜くときがちょっと大変かもしれないけど、利き手だし緩いよりは良いだろ」
「はい。ありがとうございます……」
彼女は指輪が嵌められた自分の手を見ながら、うっとりと声を漏らす。
「サイズは問題なさそうだ」
「承知しました。ありがとうございます」
店主はアティアスにメモを渡す。指輪の金額が書かれていた。12万ルド。指輪としては一般的な金額だ。
「これで支払うから、おつり分は……そうだな、ついでにイヤリングでも見繕ってくれないか」
彼は2枚の金貨を店主に渡す。
金貨1枚が10万ルドの価値になる。
「ありがとうございます。それでは、その指輪と御揃いのものがありますので、それでいかがでしょうか。少し金額を超えますが勉強させていただきます」
「ああ、ありがとう」
礼を言うと、店主が指輪と同じ赤いルビーがあしらわれたイヤリングを持ってくる。
それを受け取ったアティアスがエミリスの両耳にそれを付けてあげる。
彼女は鏡を見てそれを確認する。
「良く似合ってる」
「……はい」
普段は髪で耳が隠れているが、ちらちらと赤く光るものが見える。心なしか目も潤んでいた。
「そのままお付けになりますか? ……それでは、こちら空箱ですので、お持ちください」
店主が指輪とイヤリングの空箱を袋に入れて手渡してくれた。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げて見送る店主を後に、二人は店を出る。
「アティアス様、本当にありがとうございます」
エミリスも彼に頭を下げる。
「慣れるまでは違和感あるだろうけど我慢してくれ。……いつできるかわからないが、式の時にはちゃんと指輪を作ろう。婚約指輪もあげられなくてすまんな」
「お気遣いありがとうございます。……楽しみにしていますねっ!」
そう言って、彼女は笑顔を弾けさせた。
◆
それからも街を見て回る。
「そうだ、あれ食べたことあるか?」
そう言ってアティアスが指差すのは小さなクレープ屋だった。流行っているようで、何人か並んでいる。
「いえ、食べたことありません。どんなものなんですか?」
「薄く焼いた小麦粉の生地でクリームやフルーツを巻いて食べるんだよ。手で持って食べるパフェみたいな感じ」
「はぇー、美味しそうですー」
甘いものが大好きな彼女はゴクリと涎を飲み込む。
アティアスと出会うまでそういったものに縁がなかったこともあり、その反動からか甘いものには目がなかった。
「エミーならそう言うと思ったよ。買ってみよう」
「はいっ!」
二人で列に並ぶ。
店員が手際よく生地を広げては焼いていく。先に並んでいた客に出来上がったクレープが渡されるのを、待ち遠しく眺めている。
「えっと、このイチゴとチョコのクレープをお願いしますっ!」
「はい、お待ちくださいね」
自分たちの順番が来てメニュー表から注文すると、すぐに焼き始める。あっという間に綺麗に広げられていった生地が焼き上がる。別の店員がそれを受け取り、トッピングを施し最後にくるくると巻いたクレープがエミリスに手渡される。
「はい、どうぞ」
「うわぁ……ありがとうございますっ」
アティアスが頼んだ分も受け取ってから、彼女はクレープにかぶりつく。
「んー、美味しいです」
「気に入ると思ったよ」
彼女はあっという間に全部食べ終えてしまった。
名残惜しそうにしている彼女に声をかける。
「……まだ食べたいのか?」
「え……良いんですかっ? あ……でも夕食が近いので、あと1個だけにします……」
「…………おいおい、そんなに何個も食べる気だったのか?」
「できるなら全種類食べたいくらいです……」
そう呟く彼女に呆れる。1個でもかなりの量があるのだ。
「まぁ良いけどな。好きにしろ」
「はいっ!」
もう一度列に並んで待っていると彼女がぼそっと呟く。
「んー、毎日食べたいですねぇ……」
「こういうのはたまに食べるから良いんだよ。毎日だと飽きるだろ?」
「え……? 私毎日食べても飽きませんよっ!」
意味もなく胸を張って答える彼女の額を指で突くと「あう……」と小さな声が出る。
「……あんまり太ったら捨てるぞ?」
もちろん冗談だ。
それを分かっているエミリスも彼に合わせる。
「それは困りますね……。アティアス様が早くもバツイチになってしまいます……」
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