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第4章 マドン山脈へ
閑話(3) 続・エミリスの苦手なモノ(前編)
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「ひとつ、お仕事をお願いしたいのですが……」
テンセズのギルドに顔を出すと、馴染みのグランツが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「どうしたんだ? 急に……」
アティアスが聞く。
たまに彼も仕事を請け負ったりしていたが、今はエミリスと短期滞在のつもりだった。
それをグランツも知っている。それに、他に仕事を頼める冒険者は多くいるだろう。
「安い仕事なのですが、他に頼める人がいないんです」
「……暇だからやってもいいが、他に冒険者は多くいるんじゃないか?」
「いえ、最近この周りに獣が多く出るので、冒険者の報酬が高くなってしまって、こういう安い仕事は受けてくれないんです。……それで、アティアスさんならと思いまして」
なるほど。
他に割りのいい仕事があるなら、皆そちらを選ぶだろう。アティアスが稼ぎを気にしていないからこそ、依頼しているのだろう。
「そうか。……で、どんな仕事なんだ?」
「この近くの洞窟にある薬草を採ってきて欲しいのです。それほど危険はないと思います」
「ふむ。エミー、構わないか?」
「ええ。私はお付き合いしますよ」
念のためエミリスにも聞き、了承を得る。
断られることはないだろうが、確認するのは大事なことだ。
「よし、受けよう。詳細を教えてくれ」
「ありがとうございます」
◆
「私、こういうの初めてで、ちょっとワクワクしますね」
装備を身に付け、依頼された洞窟に向かいながら彼女が楽しそうにしていた。
洞窟はマッキンゼ領に続く街道から、脇に逸れて少し行ったところのマドン山脈の麓にある。
ある程度戦える者にとっては大したことはないが、獣が出没するため一般の人が立ち入るのは危険が伴う。
「どうせドーファン先生から返事が帰ってくるまで暇だったし、ちょうど良い運動だな」
「はいっ! 楽しみですー」
2人で出かけられるとあって、彼女はピクニック気分で機嫌良く見える。
「……で、洞窟ってどんなところなんでしょうか?」
「そうだな。ここの洞窟は行ったことがないからわからないけど、よくあるのは坑道の跡地とか鍾乳洞みたいなところだな」
「…………えぇ? 鍾乳洞……ですか……」
彼の説明に急に顔を曇らせる。
その言葉に、不意に以前の嫌な記憶が蘇ったのだ。
「ああ、お化けが出るわけじゃないから大丈夫だぞ。住み着いた獣や魔獣が出たりはするけど」
「それなら良いんですけど……」
ほっと胸を撫で下ろした。
簡単な仕事というからには、それほど強い魔物も出ないのだろう。
「地図からすると、そろそろ着くんじゃないかな。入るのは休憩してからにしよう」
「はい。それじゃ軽く食事をしましょうか」
「頼む」
朝早く出発して、ここまでテンセズの町から3時間ほど歩いていた。昼にはまだ早いが、洞窟に入る前に食事を摂っておく予定にしていたのだ。
◆
「それじゃ入るぞ」
「はい……。暗いですね……」
洞窟の入り口はかなり大きく、2人が並んで歩いても十分な広さがあった。
岩肌の感じは、もともとここにあった鍾乳洞のようで、道の脇には水が流れていて、湿度が高く感じた。
「眼鏡が曇って見えないです……」
仕方なく、彼女は眼鏡を外してしまい込む。
周りは真っ暗だが、アティアスが灯りを灯す魔法を使い、十分な明るさは確保されていた。
「よくこんなところに薬草なんて生えてるもんだな」
普通は光が差し込む場所でないと植物は育たないものだが、ここにある薬草はこの洞窟に適応しているらしい。逆に外では栽培できないそうだ。
「ですねぇ……。でもここ、魔力の濃度が高いですね」
彼女の感覚のとおり、アティアスも同じように感じていた。
魔法を使うと魔力が消費されるが、周囲の魔力を徐々に吸収して回復する。つまりそれだけ周りに魔力があるということだ。
しかし、この洞窟の中はそれがより顕著で、恐らくここだと更に早く魔力は回復するだろう。
「薬草ってのも、この魔力で育ってるのかな。わからないけど」
ふとそんなことを考えながら、ふたりはゆっくりと洞窟の奥に入っていく。
「……このあたり、周囲の気配がよくわからないです。周り中ざわざわしてる感じがして……」
外敵が近づいてこないかと、彼女は常に周りに注意を配っているが、この洞窟ではそれもうまく探知できないようだった。
――ゴトッ!
「ひいっ!」
突然、背後で何かが落ちる音がした。
彼女がビクッと声を上げて、横を歩くアティアスにぎゅっと抱きつく。
「石が落ちただけだって。……大丈夫か?」
「え、ええ……。ごめんなさい」
彼を掴むその手は震えていた。とても大丈夫そうには見えない。
どうもゼバーシュのお化け屋敷のこともあってだろうか、このような洞窟は彼女のトラウマになっているようだった。
「落ち着け。お化けは出ないから」
「は、はい。……先を急ぎましょう」
なんとか落ち着きを取り戻した彼女と先に進む。
地図が間違っていなければ、目的地まで三分の一を過ぎたあたりのはずだ。
「だんだん狭くなってきますね……」
彼女の言う通り、道は少しずつ狭くなり、先ほどまで2人が並んで歩けた道も、今は並ぶことはできないほどになっていた。
「エミーが先歩くか? どっちがいい――」
彼が聞いた時だった。
――バサバサバサッ‼︎
「きゃああああ――っ!!」
アティアスの声に反応したのだろうか、大群のコウモリが2人のそばをすり抜けるようにして飛び去っていく。
それに驚いたエミリスは悲鳴をあげ、ぺたんと地面にへたり込んだ。
すぐに静かになったが、彼女は立ち上がる気配がない。
「エミー、大丈夫か?」
「……うう。大丈夫じゃないです……。こ、腰が抜けて……」
コウモリに驚いた彼女は、涙目で訴える。
お化けは出ないと言うのはその通りなのだろうが、これだとお化け屋敷とあまり変わらないではないか。
自分は冒険者には向いてないなぁと呟く。
「ほら、手を……」
「ありがとうございます……」
彼に手を借りて、ようやく立つことができた。
まだ半分も来ていないのに、こんな体たらくでは最後まで辿り着けるのだろうかと、彼女は心配になる。
「アティアス様……。手を繋いでもらっても……かまいませんか?」
「それはかまわないけど……」
それまでは邪魔にならないようにと離れていたが、もう強がっても仕方ないと割り切って、彼にお願いする。
彼の手をしっかり握ると、少し落ち着くことができた。
「それじゃ、先を歩くからついておいで」
「はい……。よろしくお願いします」
手を引かれながら、彼の背中に続いて洞窟を進む。
もう半分は過ぎただろうか。
このまま何事もないことを祈りながら歩くが、そんなに甘くはなかったことを知るのはもう少し先だった。
◆
「ここは広いな」
「ですねぇ……」
とつぜん、大広間のような大空間に到達した。
天井もものすごく高く、氷柱のような鍾乳石が上からぶら下がっていた。
「……でも、あの天井の黒いブツブツ、全部コウモリですねぇ」
げんなりした顔で彼女が呟く。
アティアスにはそこまで細かく判別できないが、確かに天井が黒っぽくなっていた。
それが彼女の目だとコウモリがびっしりと貼り付いているのが見えるらしい。
「まさか合体してコウモリ男とか出てきたりしませんよね……?」
彼女が言うのは、絵本に出てくるお化けの一種だった。
子供ながらに怖かったのを、アティアスも覚えていた。
「まさか。そんなの出てきたら俺も怖いぞ」
「その時は私を捨てて逃げないでくださいよぅ……」
「善処するよ……」
彼女は、逃がさないぞ、とばかりに彼の腕をしっかりと掴まえる。
こんなところにひとり残されたら、発狂する自信しかなかった。
「休憩する? それとも先を急ぐか?」
「えっと、できればこの洞窟に長くいたくはないので……」
「ならさっさと薬草を取りに行くか」
「よろしくお願いします……」
入る前に休憩を取っていたこともあり、体力にはまだまだ余裕があった。
そして、こんないつコウモリが襲ってくるかわからないところにいるよりは、早く仕事を終えて帰りたかった。
彼が歩き始めた時だった。
「ん? ……なんの音だ?」
遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。
洞窟で音が反響していて方向がわからないが、確かに徐々に近づいてきているようで、音が大きくなってくる。
「離れるなよ?」
「うぅ……。もし離れろって言われても絶対離しませんよぅ」
テンセズのギルドに顔を出すと、馴染みのグランツが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「どうしたんだ? 急に……」
アティアスが聞く。
たまに彼も仕事を請け負ったりしていたが、今はエミリスと短期滞在のつもりだった。
それをグランツも知っている。それに、他に仕事を頼める冒険者は多くいるだろう。
「安い仕事なのですが、他に頼める人がいないんです」
「……暇だからやってもいいが、他に冒険者は多くいるんじゃないか?」
「いえ、最近この周りに獣が多く出るので、冒険者の報酬が高くなってしまって、こういう安い仕事は受けてくれないんです。……それで、アティアスさんならと思いまして」
なるほど。
他に割りのいい仕事があるなら、皆そちらを選ぶだろう。アティアスが稼ぎを気にしていないからこそ、依頼しているのだろう。
「そうか。……で、どんな仕事なんだ?」
「この近くの洞窟にある薬草を採ってきて欲しいのです。それほど危険はないと思います」
「ふむ。エミー、構わないか?」
「ええ。私はお付き合いしますよ」
念のためエミリスにも聞き、了承を得る。
断られることはないだろうが、確認するのは大事なことだ。
「よし、受けよう。詳細を教えてくれ」
「ありがとうございます」
◆
「私、こういうの初めてで、ちょっとワクワクしますね」
装備を身に付け、依頼された洞窟に向かいながら彼女が楽しそうにしていた。
洞窟はマッキンゼ領に続く街道から、脇に逸れて少し行ったところのマドン山脈の麓にある。
ある程度戦える者にとっては大したことはないが、獣が出没するため一般の人が立ち入るのは危険が伴う。
「どうせドーファン先生から返事が帰ってくるまで暇だったし、ちょうど良い運動だな」
「はいっ! 楽しみですー」
2人で出かけられるとあって、彼女はピクニック気分で機嫌良く見える。
「……で、洞窟ってどんなところなんでしょうか?」
「そうだな。ここの洞窟は行ったことがないからわからないけど、よくあるのは坑道の跡地とか鍾乳洞みたいなところだな」
「…………えぇ? 鍾乳洞……ですか……」
彼の説明に急に顔を曇らせる。
その言葉に、不意に以前の嫌な記憶が蘇ったのだ。
「ああ、お化けが出るわけじゃないから大丈夫だぞ。住み着いた獣や魔獣が出たりはするけど」
「それなら良いんですけど……」
ほっと胸を撫で下ろした。
簡単な仕事というからには、それほど強い魔物も出ないのだろう。
「地図からすると、そろそろ着くんじゃないかな。入るのは休憩してからにしよう」
「はい。それじゃ軽く食事をしましょうか」
「頼む」
朝早く出発して、ここまでテンセズの町から3時間ほど歩いていた。昼にはまだ早いが、洞窟に入る前に食事を摂っておく予定にしていたのだ。
◆
「それじゃ入るぞ」
「はい……。暗いですね……」
洞窟の入り口はかなり大きく、2人が並んで歩いても十分な広さがあった。
岩肌の感じは、もともとここにあった鍾乳洞のようで、道の脇には水が流れていて、湿度が高く感じた。
「眼鏡が曇って見えないです……」
仕方なく、彼女は眼鏡を外してしまい込む。
周りは真っ暗だが、アティアスが灯りを灯す魔法を使い、十分な明るさは確保されていた。
「よくこんなところに薬草なんて生えてるもんだな」
普通は光が差し込む場所でないと植物は育たないものだが、ここにある薬草はこの洞窟に適応しているらしい。逆に外では栽培できないそうだ。
「ですねぇ……。でもここ、魔力の濃度が高いですね」
彼女の感覚のとおり、アティアスも同じように感じていた。
魔法を使うと魔力が消費されるが、周囲の魔力を徐々に吸収して回復する。つまりそれだけ周りに魔力があるということだ。
しかし、この洞窟の中はそれがより顕著で、恐らくここだと更に早く魔力は回復するだろう。
「薬草ってのも、この魔力で育ってるのかな。わからないけど」
ふとそんなことを考えながら、ふたりはゆっくりと洞窟の奥に入っていく。
「……このあたり、周囲の気配がよくわからないです。周り中ざわざわしてる感じがして……」
外敵が近づいてこないかと、彼女は常に周りに注意を配っているが、この洞窟ではそれもうまく探知できないようだった。
――ゴトッ!
「ひいっ!」
突然、背後で何かが落ちる音がした。
彼女がビクッと声を上げて、横を歩くアティアスにぎゅっと抱きつく。
「石が落ちただけだって。……大丈夫か?」
「え、ええ……。ごめんなさい」
彼を掴むその手は震えていた。とても大丈夫そうには見えない。
どうもゼバーシュのお化け屋敷のこともあってだろうか、このような洞窟は彼女のトラウマになっているようだった。
「落ち着け。お化けは出ないから」
「は、はい。……先を急ぎましょう」
なんとか落ち着きを取り戻した彼女と先に進む。
地図が間違っていなければ、目的地まで三分の一を過ぎたあたりのはずだ。
「だんだん狭くなってきますね……」
彼女の言う通り、道は少しずつ狭くなり、先ほどまで2人が並んで歩けた道も、今は並ぶことはできないほどになっていた。
「エミーが先歩くか? どっちがいい――」
彼が聞いた時だった。
――バサバサバサッ‼︎
「きゃああああ――っ!!」
アティアスの声に反応したのだろうか、大群のコウモリが2人のそばをすり抜けるようにして飛び去っていく。
それに驚いたエミリスは悲鳴をあげ、ぺたんと地面にへたり込んだ。
すぐに静かになったが、彼女は立ち上がる気配がない。
「エミー、大丈夫か?」
「……うう。大丈夫じゃないです……。こ、腰が抜けて……」
コウモリに驚いた彼女は、涙目で訴える。
お化けは出ないと言うのはその通りなのだろうが、これだとお化け屋敷とあまり変わらないではないか。
自分は冒険者には向いてないなぁと呟く。
「ほら、手を……」
「ありがとうございます……」
彼に手を借りて、ようやく立つことができた。
まだ半分も来ていないのに、こんな体たらくでは最後まで辿り着けるのだろうかと、彼女は心配になる。
「アティアス様……。手を繋いでもらっても……かまいませんか?」
「それはかまわないけど……」
それまでは邪魔にならないようにと離れていたが、もう強がっても仕方ないと割り切って、彼にお願いする。
彼の手をしっかり握ると、少し落ち着くことができた。
「それじゃ、先を歩くからついておいで」
「はい……。よろしくお願いします」
手を引かれながら、彼の背中に続いて洞窟を進む。
もう半分は過ぎただろうか。
このまま何事もないことを祈りながら歩くが、そんなに甘くはなかったことを知るのはもう少し先だった。
◆
「ここは広いな」
「ですねぇ……」
とつぜん、大広間のような大空間に到達した。
天井もものすごく高く、氷柱のような鍾乳石が上からぶら下がっていた。
「……でも、あの天井の黒いブツブツ、全部コウモリですねぇ」
げんなりした顔で彼女が呟く。
アティアスにはそこまで細かく判別できないが、確かに天井が黒っぽくなっていた。
それが彼女の目だとコウモリがびっしりと貼り付いているのが見えるらしい。
「まさか合体してコウモリ男とか出てきたりしませんよね……?」
彼女が言うのは、絵本に出てくるお化けの一種だった。
子供ながらに怖かったのを、アティアスも覚えていた。
「まさか。そんなの出てきたら俺も怖いぞ」
「その時は私を捨てて逃げないでくださいよぅ……」
「善処するよ……」
彼女は、逃がさないぞ、とばかりに彼の腕をしっかりと掴まえる。
こんなところにひとり残されたら、発狂する自信しかなかった。
「休憩する? それとも先を急ぐか?」
「えっと、できればこの洞窟に長くいたくはないので……」
「ならさっさと薬草を取りに行くか」
「よろしくお願いします……」
入る前に休憩を取っていたこともあり、体力にはまだまだ余裕があった。
そして、こんないつコウモリが襲ってくるかわからないところにいるよりは、早く仕事を終えて帰りたかった。
彼が歩き始めた時だった。
「ん? ……なんの音だ?」
遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。
洞窟で音が反響していて方向がわからないが、確かに徐々に近づいてきているようで、音が大きくなってくる。
「離れるなよ?」
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