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第4章 マドン山脈へ
閑話(3) 続・エミリスの苦手なモノ(後編)
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「離れるなよ?」
「うぅ……。もし離れろって言われても絶対離しませんよぅ」
泣きそうな声で彼の腕にしがみつきながら彼女が言う。
戦いになればあれほど強い彼女が、こういう場所では震えているのを見ると微笑ましくもあるが、今それどころではない。
音が直近にまで近づくと、ようやくそれが2人の歩いてきた入り口側から近づいていることがわかる。
そちらのほうを凝視しつつも、アティアスは剣を抜いた。
「エミー、たぶん魔物だ。……戦えるか?」
「……はい」
彼女もアティアスから離れ、腰の剣を抜く。
ちらっと彼女の方を振り返ると、先ほどまでの怯えた表情とは一転して、戦うときの顔になっていた。
これなら心配ないか、と安心する。
「あまり強力な魔法は使うなよ。……生き埋めになるから」
「そんな死に方は嫌ですね……」
そしてその音の主が姿を現した。
◆
「ブラウンベアーか!」
アティアスが叫ぶ。
それも、よくここまでの狭い通路を抜けてこられたと思うほどの巨体の熊だった。
茶色い体毛を持ち、その口は一口で人の頭など噛み砕くだろう大きさだった。
――グオオォ!!
ブラウンベアーは立ち上がって2人を威嚇する。
その体高は、優に大人2人を足したほどはあるだろうか。
これほど大きなブラウンベアーはアティアスも初めて見るほどだった。
「素早いから油断するなよ!」
「はいっ!」
そう答えてすぐに、彼女は先制でブラウンベアーの頭に向けて魔法を放った。
力を抑えているとはいえ、ワイルドウルフなら一撃で仕留められるほどの威力を持つ。
しかし、ブラウンベアーの頭にそれは確かに当たったが、何か蚊にでも刺されたのかというような仕草を見せただけで、ほとんど効かなかった。
「…………えぇっ⁉︎」
彼女はそれを信じられない思いで呆然と見る。
あれがほとんど効かないなら、どうすれば良いのか。自分の力だと剣が通用するとも思えない。
「こいつの毛皮は魔法を防ぐんだ! 口とか目を狙わないと効かないぞ!」
アティアスが助言をする。
なるほど。そういうことかと、気を取り直す。
「俺が行く!」
意を決して、彼が飛び込む。
ブラウンベアーと戦ったことは何度もあるが、そのときはいつもノードが前衛で、自分はサポートをしていた。ノードの力ならこの硬い毛皮も切り裂くことができた。
しかし今は自分がやらないとならない。
魔法が効きにくいブラウンベアーには、剣で傷を付けてからそこを魔法で狙うのが定石だった。
そこまで自分の剣でダメージを与えられるだろうか。
「うおおっ!!」
気合いを入れて剣を一閃する。
まずは様子見で浅めの攻撃だ。無闇に飛び込むとあっという間に爪で切り裂かれてしまう。
――ガキッ!
剣は何気なく上げたブラウンベアーの手にあっさりと阻まれる。
大きな身体をしている割に、ものすごく素早い動きを見せる。
ガン、ガンッ!
何度切り込んでも、突破することができない。
ノードならどうするだろうか?
考えながら戦うが、相手はただ戯れ合っているかのようで、本気を出している素振りすら見えなかった。
(くそっ! せめて広い場所なら……!)
このような洞窟でなければ、アティアスの爆裂魔法ならブラウンベアーの毛皮をものともせずに、一撃で仕留められる。
だが、今それほどの魔法を使うと確実に生き埋めになるだろう。
――ガツン!
不意に意識が遠のく。
ブラウンベアーが払うように動かした手が、自分を横なぎに吹っ飛ばしたということに気づいた時には、すでに自分の身体が地面に倒れて動けなくなっていた。
「――アティアスさまっ!!」
彼女の声がうっすらと聞こえる。
そこで彼の意識は途絶えた。
◆
エミリスは後ろで彼が戦う姿を見ていたが、ほとんど有効打を得られない様子を見て、覚悟を決めていた。
……あれを使うしかない。
ただ、今使うと彼も巻き込んでしまうだろう。
歯痒い思いで見ていると、不意にブラウンベアーが薙いだ手でアティアスが吹き飛ばされるのが見えた。
「――アティアスさまっ!」
心の底から声を上げる。
致命傷でないことだけを祈るが、まずは先にブラウンベアーをなんとかしないと、手当てもできない。
ブラウンベアーが次の攻撃へと移る前に、彼女は全力で魔力を練り――放った。
――――バリバリッ!!
洞窟の中が一瞬閃光で真っ白に満たされる。
驚いたコウモリ達が一斉に飛び立つが、気にせず魔力を放出する。
それは彼女が初めて実戦で使う、雷撃魔法だった。
ゼバーシュで彼女自身がそれを受け、構成方法を覚えて自分でも使えるように練習してきたのだ。
これなら洞窟が崩れるようなこともなく、ブラウンベアーの毛皮をものともせずにダメージを与えられると確信していた。
雷を受けるブラウンベアーはその巨体をガクガクと痙攣させていて、効いていることは明白だった。
――彼女が魔力の放出を止めたとき、ブラウンベアーはその巨体をゆっくりと地面に横たえた。
「――アティアスさまっ!」
もうブラウンベアーが動かないのを確信し、急いで彼の元に走る。
抱き起こすと、胸当てに爪の跡がくっきりと付いていたが、目立つ怪我もなく、気を失っているだけのようだった。
「――よかった……」
安堵しつつも、身体の中に怪我があるかもしれないと、念のため魔力を込めて治癒を施した。
◆
「うっ……」
10分ほど経った頃だろうか。
エミリスの膝を枕にして寝かせられていたアティアスは、ゆっくりと目を覚ました。
「――アティアスさまっ、大丈夫でしょうか?」
「エミー……」
自分を心配そうに覗き込む彼女の顔が見える。
そうだ、ブラウンベアーと戦っていて、それで……。
「……ブラウンベアーは、エミーが?」
「……はい。もう死んでいます。ご安心ください」
「そうか。やっぱりエミーは強いな。ありがとう」
「ふふ、アティアス様をお守りできなければ、私がここにいる意味がありませんし。無事でよかったです……」
アティアスは自分の身体を確認すると、怪我もないようで動くのには支障なさそうだった。
彼女の手を借りて身体を起こす。
「うん、大丈夫そうだ。エミーが治癒してくれたのか?」
「はい。でもそんなに大怪我はしてませんでしたよ」
「……ありがとう」
礼を言いながら、彼女をそっと抱き寄せて頭を撫でると、嬉しそうに微笑む。
「それじゃ、早く薬草を採って帰ろうか」
「そうですね。私もう疲れましたよ……」
そう言う彼女の手を引いて、先に進む。
それから目的地までは特に何事もなくたどり着くことができた。
依頼された分だけ薬草を採って袋に入れると、元来た道を戻る。
「それにしてもこれデカいな。どうする?」
「どうするって言っても、どうしようもなくないですか?」
ブラウンベアーの死骸を見て相談するが、放置する以外に方法はなさそうだった。
いずれ何か別の獣の餌にでもなるだろう。
◆
「ほら、薬草採ってきたよ」
「ありがとうございます!」
ギルドに戻ると、グランツに薬草の入った袋を手渡す。
中を確認したあと、報酬を貰い、今回の仕事は完了となった。
「また機会がありましたら、ぜひよろしくお願いします」
「ああ、その時はまた言ってくれ」
グランツの言葉にアティアスは軽く返すが、エミリスはもう二度と行くまいと心に決めていた。
あとで彼にしっかり訴えておかないと……。
「うぅ……。もし離れろって言われても絶対離しませんよぅ」
泣きそうな声で彼の腕にしがみつきながら彼女が言う。
戦いになればあれほど強い彼女が、こういう場所では震えているのを見ると微笑ましくもあるが、今それどころではない。
音が直近にまで近づくと、ようやくそれが2人の歩いてきた入り口側から近づいていることがわかる。
そちらのほうを凝視しつつも、アティアスは剣を抜いた。
「エミー、たぶん魔物だ。……戦えるか?」
「……はい」
彼女もアティアスから離れ、腰の剣を抜く。
ちらっと彼女の方を振り返ると、先ほどまでの怯えた表情とは一転して、戦うときの顔になっていた。
これなら心配ないか、と安心する。
「あまり強力な魔法は使うなよ。……生き埋めになるから」
「そんな死に方は嫌ですね……」
そしてその音の主が姿を現した。
◆
「ブラウンベアーか!」
アティアスが叫ぶ。
それも、よくここまでの狭い通路を抜けてこられたと思うほどの巨体の熊だった。
茶色い体毛を持ち、その口は一口で人の頭など噛み砕くだろう大きさだった。
――グオオォ!!
ブラウンベアーは立ち上がって2人を威嚇する。
その体高は、優に大人2人を足したほどはあるだろうか。
これほど大きなブラウンベアーはアティアスも初めて見るほどだった。
「素早いから油断するなよ!」
「はいっ!」
そう答えてすぐに、彼女は先制でブラウンベアーの頭に向けて魔法を放った。
力を抑えているとはいえ、ワイルドウルフなら一撃で仕留められるほどの威力を持つ。
しかし、ブラウンベアーの頭にそれは確かに当たったが、何か蚊にでも刺されたのかというような仕草を見せただけで、ほとんど効かなかった。
「…………えぇっ⁉︎」
彼女はそれを信じられない思いで呆然と見る。
あれがほとんど効かないなら、どうすれば良いのか。自分の力だと剣が通用するとも思えない。
「こいつの毛皮は魔法を防ぐんだ! 口とか目を狙わないと効かないぞ!」
アティアスが助言をする。
なるほど。そういうことかと、気を取り直す。
「俺が行く!」
意を決して、彼が飛び込む。
ブラウンベアーと戦ったことは何度もあるが、そのときはいつもノードが前衛で、自分はサポートをしていた。ノードの力ならこの硬い毛皮も切り裂くことができた。
しかし今は自分がやらないとならない。
魔法が効きにくいブラウンベアーには、剣で傷を付けてからそこを魔法で狙うのが定石だった。
そこまで自分の剣でダメージを与えられるだろうか。
「うおおっ!!」
気合いを入れて剣を一閃する。
まずは様子見で浅めの攻撃だ。無闇に飛び込むとあっという間に爪で切り裂かれてしまう。
――ガキッ!
剣は何気なく上げたブラウンベアーの手にあっさりと阻まれる。
大きな身体をしている割に、ものすごく素早い動きを見せる。
ガン、ガンッ!
何度切り込んでも、突破することができない。
ノードならどうするだろうか?
考えながら戦うが、相手はただ戯れ合っているかのようで、本気を出している素振りすら見えなかった。
(くそっ! せめて広い場所なら……!)
このような洞窟でなければ、アティアスの爆裂魔法ならブラウンベアーの毛皮をものともせずに、一撃で仕留められる。
だが、今それほどの魔法を使うと確実に生き埋めになるだろう。
――ガツン!
不意に意識が遠のく。
ブラウンベアーが払うように動かした手が、自分を横なぎに吹っ飛ばしたということに気づいた時には、すでに自分の身体が地面に倒れて動けなくなっていた。
「――アティアスさまっ!!」
彼女の声がうっすらと聞こえる。
そこで彼の意識は途絶えた。
◆
エミリスは後ろで彼が戦う姿を見ていたが、ほとんど有効打を得られない様子を見て、覚悟を決めていた。
……あれを使うしかない。
ただ、今使うと彼も巻き込んでしまうだろう。
歯痒い思いで見ていると、不意にブラウンベアーが薙いだ手でアティアスが吹き飛ばされるのが見えた。
「――アティアスさまっ!」
心の底から声を上げる。
致命傷でないことだけを祈るが、まずは先にブラウンベアーをなんとかしないと、手当てもできない。
ブラウンベアーが次の攻撃へと移る前に、彼女は全力で魔力を練り――放った。
――――バリバリッ!!
洞窟の中が一瞬閃光で真っ白に満たされる。
驚いたコウモリ達が一斉に飛び立つが、気にせず魔力を放出する。
それは彼女が初めて実戦で使う、雷撃魔法だった。
ゼバーシュで彼女自身がそれを受け、構成方法を覚えて自分でも使えるように練習してきたのだ。
これなら洞窟が崩れるようなこともなく、ブラウンベアーの毛皮をものともせずにダメージを与えられると確信していた。
雷を受けるブラウンベアーはその巨体をガクガクと痙攣させていて、効いていることは明白だった。
――彼女が魔力の放出を止めたとき、ブラウンベアーはその巨体をゆっくりと地面に横たえた。
「――アティアスさまっ!」
もうブラウンベアーが動かないのを確信し、急いで彼の元に走る。
抱き起こすと、胸当てに爪の跡がくっきりと付いていたが、目立つ怪我もなく、気を失っているだけのようだった。
「――よかった……」
安堵しつつも、身体の中に怪我があるかもしれないと、念のため魔力を込めて治癒を施した。
◆
「うっ……」
10分ほど経った頃だろうか。
エミリスの膝を枕にして寝かせられていたアティアスは、ゆっくりと目を覚ました。
「――アティアスさまっ、大丈夫でしょうか?」
「エミー……」
自分を心配そうに覗き込む彼女の顔が見える。
そうだ、ブラウンベアーと戦っていて、それで……。
「……ブラウンベアーは、エミーが?」
「……はい。もう死んでいます。ご安心ください」
「そうか。やっぱりエミーは強いな。ありがとう」
「ふふ、アティアス様をお守りできなければ、私がここにいる意味がありませんし。無事でよかったです……」
アティアスは自分の身体を確認すると、怪我もないようで動くのには支障なさそうだった。
彼女の手を借りて身体を起こす。
「うん、大丈夫そうだ。エミーが治癒してくれたのか?」
「はい。でもそんなに大怪我はしてませんでしたよ」
「……ありがとう」
礼を言いながら、彼女をそっと抱き寄せて頭を撫でると、嬉しそうに微笑む。
「それじゃ、早く薬草を採って帰ろうか」
「そうですね。私もう疲れましたよ……」
そう言う彼女の手を引いて、先に進む。
それから目的地までは特に何事もなくたどり着くことができた。
依頼された分だけ薬草を採って袋に入れると、元来た道を戻る。
「それにしてもこれデカいな。どうする?」
「どうするって言っても、どうしようもなくないですか?」
ブラウンベアーの死骸を見て相談するが、放置する以外に方法はなさそうだった。
いずれ何か別の獣の餌にでもなるだろう。
◆
「ほら、薬草採ってきたよ」
「ありがとうございます!」
ギルドに戻ると、グランツに薬草の入った袋を手渡す。
中を確認したあと、報酬を貰い、今回の仕事は完了となった。
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